帰れる?帰れない?
とりあえず中に入ってエントランスに来たんだけど…。
まあ、そうなるよね~って感じで魔術師達がずらっと並んでいた。中には敵意むき出しの人も。
「魔族が何故人間界にいる?何を企んでいるんだ?」
真ん中にいた年配の魔術師がこちらを睨む。
「そうさなぁ、1ヶ月も扉が開いたままだというのに気づきもしない阿呆どもの面でも見に来た、とでも言っておこうか?」
ニヤリ、と魔術師達を挑発する魔王さん。
あれ?私に対する態度とは少し違うぞ?
魔王さんの発言でざわつく。
「戯れ言を…」
「戯れ言などと…余がここにいるのが何よりの証拠であろう?」
魔王さんは私の肩を抱いて年配の魔術師に近寄る。
「団長!?」
「ヤツを団長に近づけるな!」
「駄目だ!女性を人質に取っている!」
…魔術師達が慌ててるんだけど、私には危機感がなかった。
魔王さんの触れる手は優しいし、近づいて見ると団長と呼ばれた人の口元は微かに口角が上がっている。
魔王さんと団長さんが顔がくっつくくらい近くなって2、3言葉を交わす。
団長さんが右手をスッと上げ、周囲に警戒を解くよう指示する。
「…娘さんはオルソン博士に用だったな。来なさい、案内しよう」
「うむ」
「って、魔王さんもついてくるの?」
「当たり前だ。余はこの者に話がある。
ところでハル、その"魔王さん"とは余の事か?」
「魔王でしょ?」
「…余の名前はサミエルだと申した。名で呼ぶがよい」
「………………ま…(すっげえ睨まれた)………サミエルさん」
「"さん"もいらぬぞ、ハル」
「………………サミエル……」
わあ、すっごい笑顔だ。前を歩く団長さんや後ろでまだ固まってる魔術師達にもわからないように私だけに一瞬だけ見せたその笑顔は、少しだけ幼い印象を受ける。
…あれ?そう言えばさっきからサミエルは私の名前呼んでるな。
名前教えてないんだけど…。
「そなたの情報を読み取った時に見たぞ」
「あ、なーる…って人の考え読むの止めてくれない?」
「読んでおらぬ。そなたは感情が顔に出やすい」
「えっ!?マジか?!」
「……お前達、仲が良いな。着いたぞ」
団長さんが苦笑しながら立ち止まる。
「お前はこちらの部屋だ。…嫌そうな顔をするな」
私と離れるのは嫌だとサミエルが思いきり顔を歪めるが、団長さんから「部屋が狭いんだからお前の羽根が邪魔なんだよ」と言われて渋々隣の部屋に入る。
……魔王だよね?偉いんだよね?あの人。
私は部屋の扉をノックする。
「開いているよ。入っておいで」
優しそうな声に促されて「失礼します」と言って入る。
中に入ると沢山の書類が机の上に散乱したり、よくわからない瓶が棚に並んでいたり。うん、研究室っぽい。
そして奥の椅子に腰掛けているのは
「よく来たね、ハルさん」
ニールの肉親だとわかる整った顔立ちの柔らかい雰囲気のお爺さん。
「オルソン博士、ですね。はじめまして。ハル・シドウと申します」
「はい、はじめまして。ニールから話は聞いているよ。元の世界に帰りたいらしいね」
ニールめ!そこまで話してくれていたのか!できる子だ。
「はい、元の世界には帰れるのでしょうか…?」
博士は困ったような笑いをした。
「……今のところ、帰れる確率はゼロだ」
博士によれば何千何万の資料を調べても帰ったという記述はないらしい。
…………やっぱり………か………。
頭ではわかっていたのにそう言われて落胆する私がいる。
…田中も言ってたしね。最初からわかっていたのに。
「…本当は、帰れない事も理解してたんです。ただ、どうしても納得出来なくて。…帰るっていう"逃げ道"が欲しかったのかもしれないです。
…家族に会えないのは寂しいし悲しいけど、この世界の人達はとても優しいから」
だから、私は
「今日はありがとうございます、博士。私、この世界で頑張ってみようと思います!」
深くお辞儀をした後、私は博士を真っ直ぐ見る。
自然と笑みが溢れる。
「私は何もしていないからお礼を言われる所以はないよ。
逆に申し訳ないと思っている。異世界を研究してると言っても力にはなれないのだから」
博士に逆に謝らせてしまいあわあわしてる私に、博士は私に視線を合わせると人好きのする笑顔を見せる。
「私はまだ諦めていないよ。向こうから来る事が出来るんだ。こちらから向こうの世界に行けるかもしれない」
何年、何十年かかるかわからないけどね。
そう告げる博士の顔は生き生きとした研究者の顔だ。
目標を持って進む人って好きだな。
協力を申し出ようとした時、ドアが勢い良く開いた。
「話は終わったか?ハル!」
「ドアを開ける前にノックせんかい!!」
「!す、すまない…」
…はっ!つい兄にするように対応してしまった…。
サミエルが引いてる…。サミエルの後ろにいる団長さんは手で口元を押さえてるけど、あれ絶対笑ってるよね。
「それで、そなたは元の世界に帰るのか?」
「帰れないわよ。帰れる確率は限りなくゼロ。でも博士の研究には協力するわ。それまで私は…」
私にはこの世界で目標が出来た。帰れないのであれば私が進む道は唯1つ。
「余の妻に「農業ギルド長になる!!」…なーぜーだー!?」
「…ぶふっ!魔王がフラれておる…」
その後、団長さんから迷わず神殿に来れるように道標の呪いをかけてもらった。ついでにサミエルにも扉まで来れる呪いをかけられた。
「余は諦めておらぬからな。そなたが森に入れば扉は開く」
つまり、神殿に行こうと森に入ったらもれなく魔界の扉が開いてサミエルがついてくるのか。あまり頻繁に森に入らないようにしよう。
サミエルが森の入口まで転送してくれるので目を瞑る。あの視界が揺れる感覚が苦手なんだよな。
光を放つ瞬間、サミエルの声が耳元で囁く。
「また、な。ハル」
「~~~~っ!!あ、あんな色っぽい声で囁くの反則でしょ~~!?」
誰もいない森の入口で私は膝から崩れ落ちた。