出会い
リーシャで暮らしはじめてもうすぐ1ヶ月。
私は農業ギルドで働いている。
や、すっごい楽しい!毎日土と触れあう事なんて元の世界じゃなかったし何もかもが新鮮だ。
しかもこの国の土は栄養があるから野菜の成長が早い!
ギルドに登録した時に私が管理する畑(4畳半くらいの規模)と比較的育てやすくて成長も早いポタという種を貰ったんだけど…。
普通、種を蒔いてから収穫まで早くても1、2ヶ月くらいじゃない?
ポタはなんと3日!早すぎだろ!でも枯れるスピードも早いからすぐ収穫しないといけない。最初わからなくて2、3個枯らしてしまった。
収穫したらギルドへ納品。すぐに換金してくれる。ポタは大量生産できるから値は一番安いんだけどね。
形が悪かったり出来が悪いものは自分達が持って帰っていい。
ポタっていうのは空豆を2回りほど大きくした豆。スープにも使うし、磨り潰して塩やらで練っていけばパン生地みたくなる。小麦のパンより味は落ちるけど、ジャムを塗って食べると美味しい。
最近はポタだけじゃなくて色々な野菜を育てたくて、そうなると畑をもっと大きくしたいんだよね。
畑はギルドへの貢献度で決まるらしくて1番大きな畑を持ってるのは勿論ギルド長。次いで国王。うん、公務は?って思うよね。
私はまだまだ駆け出しだけど行く行くはギルド長並みの畑を持ちたい。未知の野菜とか作りだしたい。養蜂とかしてみたい。
と、私がここに来た当初の目的を忘れつつあったある日のこと。
「ハル!じいちゃんが帰ってきたからハルの事話しておいたよ!
研究で家には帰ってこないからさ、神殿までの地図渡しとくな。いつでも来ていいってさ」
ニールは地図を渡して去っていった。
今日は教会のシスター様とデートらしい。
そのシスター様、3日前別の男の人と腕を組んで歩いてましたがね…。言わぬが仏ですね。
因みにあれからニールは私によく話しかけてくれる。
……くれるんだけど、アイツはモテるらしく私は女の人から睨まれる事が多々ある。いい迷惑だ。私は彼を異性として意識した事はない。
ニールも私の事を同性と思ってるっぽい。この前は堂々と下ネタを言われた。言った後に「あ、そういやこいつ女だったな」って顔された。解せぬ。
朝の作業が一段落したので、市場でお弁当を買って神殿へ行く事にした。
地図が書いてある紙を開くと淡い光が線を描き文字になる。
魔術師がよく使う方法らしく、カーナビみたいに目的地まで誘導してくれるそうだ。
私が森に足を踏み入れると地図の文字が動き始める。
"真っ直ぐ50歩進め"…いち、にい、と慎重に数えながら進む。
こんな所で道に迷ったら洒落にならん。食料も1食分しかないのに。サンドイッチが3人前と唐揚げ、デザートのクリームパイ1ホール。今日はちょっと少なめだ。
「んと、次は"左手にバツ印の付いた大きな木がある。そこまで進め"?バツ印………あ、あった。はいはい…っと」
…獣道とかじゃなくて良かった。ちゃんと道が整備されてる。
"右の道を突き当たりまで進め"
………………てくてく………………
"3つある分かれ道の真ん中を進め"
……………てくてく…………………もぐもぐ………
………う~ん…。何だか書かれてる通りに行ってるはずなのに周りの様子がおかしいぞ…?
空気が淀んでいると言うか重苦しい雰囲気がする。
でも今更引き返せないしなぁ…。魔術師っていうくらいだからこういう所で研究や実験とかするのがいいのかな?あ、それは物語の魔女だったっけ?
その後も地図の指示に従い歩いていると
"目的地に到着"
と文字が出ると光は飛散して真っ白の紙だけになった。
「……え?ここ……?」
目の前にあるのは巨大な扉。他の建物はない。
周りの木々も他のとは違う。
神殿じゃ、ない、よね…?
「…えっ?!ちょっと待ってよ?地図の通りに来たのに!何で?!ニールが間違えたの?!おじいさんが間違えたの?!どっちなのよ!文字が出てこない!!炙り出し?!炙り出し方式か!?」
思わず扉に背を向けて紙を逆さまにしたり下から覗きこんだり叫んだり端から見れば怪しい。
その時だ。
…………ギィィ………ガサッ………
思わず私の体が跳ね上がる。
い、今扉開く音した…よね…?生き物が出てくる音もした……。
ガサッ…
ほ、ほら!地面の草を踏みしめてる音!
後ろ…振り向きたくない……。でも明らかにこっちに近づいてる…。
そういえばパンフレットに森は魔界に繋がってるとか書いて………じゃあ、もしかして今後ろにいるのって…………。
「おい」
ガシッ
か、肩掴まれた!!そのまま私の体が反転する。
「あああっ!!私を食べても美味しくないからぁぁぁっ!!!」
思わず持っていたクリームパイを差し出しながら叫んだ。
そこに立っていたのは
「……っ!!」
全身真っ黒の服に身を包んだ綺麗な男の人。
漆黒の髪は柔らかいウェーブがかかって襟足まである。
瞳は血を連想させるような赤。何故か目を見開いている。
何か言葉を発しようと口を開いたそこには鋭い牙の様な犬歯。
私の肩を掴む手には鋭い爪。でも思ったより痛くない。
何より私の目を釘付けにしたのはその背中にある髪と同じ色の黒い羽根。天使を思わせる柔らかそうな羽根は、黒であることでえも知れぬ威厳を放つ。
……こんな綺麗な人、見たことない……。
「……お前……」
「!っはい!?」
男の人は一瞬うつむいて勢いよく顔を上げる。
「お前!余の妻になれっ!!」
「うん、よし。帰れ」
初対面で何言ってんだ?こいつ。