マサユキの強能力
ただっ広い草原の中を兄さんは走った。
俺は、そんな兄さんに抱えられながら後ろから追いかけてくるティラノサウルスに向けて詠唱を行っていた。
「きらめく光よ 我が魔力を喰らいて闇を打ち消せ……」
詠唱を終えると同時に左手で投げる動作をし、その方向に一気に魔力を送り込む。
「――閃光!」
唯一使える妨害魔術である閃光を放つが、既にティラノサウルスたちは耐性がついたのか全く怯むことなく追いかけてきていた。
「他の魔物に比べれば知能は遥かに低いけど、目眩しはもう耐性がついてきてるな……」
「せめてもう少し妨害魔術が使えれば……兄さん、バフはまだ効いてる?」
「バフ!? なんだそれは!!」
「……強化魔術のこと!」
「ああ。今は大丈夫だけどあと数分もすれば効果が切れるぞ!!」
ということは、今から詠唱を始めないと強化魔術が途中で切れてしまう。
舌を噛まないように慎重に、だが高速で詠唱の準備を始めた。
攻め手が兄さんしかいないこの状況でティラノサウルスの群れから逃げ切るには、身体強化魔術を兄さんにかけ、俺を抱えてもらって逃げ回るしかなかった。
だが、俺の魔力もかなり減ってきているためこのまま同じことを繰り返しても二十分逃げ続けてもらうのが限界だろう。
その時はこいつらを引き連れてでも門の中に逃げ込むしかない。命が優先だ。
「……いや、これは得策じゃないな」
詠唱を一時中断する。
このまま逃げ続けるとヤツらは対象を変更するか、今のフォーメーションを変えてくるかもしれない。
今は大回りで円を描くように逃げ続けているが、このやり方も通用しなくなる可能性が高いのだ。
……まあ、諦めてどこかに行ってくれるのが一番だが、そうもいかない。
空腹のようなティラノサウルスたちはどうあっても俺たちを食い殺してしまいたいようだ。
……助けが来る気配でもあればよかったが、この様子じゃいつ来るのかすら分からない。
「――我は契約する者」
だったら、残された道は一つだ。
客観的に考えれば何も考えずに門の中に逃げ込んでしまえばいいが、俺の中の情がそれを許さない。
安全で、平和な生活のためにここは俺も覚悟を決める必要がある。
俺は再び詠唱を始めた。
「我が一族を守る盾となりし精霊よ 今こそその力を我らに示せ」
しかし、今回は妨害魔術といったその場しのぎの魔術ではないため詠唱も長くなる。
この世界において魔術師のみが使うことが出来る技であり、魔術師最大の強みと言える魔術だ。
「……まさかお前!」
「――顕現せよ ウォールゴーレム!!」
詠唱を終えると同時に先程まで地面だった場所が壁となり、その壁はティラノサウルスを囲むように増え続けていく。
兄さんは驚きつつも状況を把握したのか足を止めて俺を降ろした。
「召喚魔術……。お前、いつの間に」
「万全の状態でも使役できるのは六分が限界なんだ」
「……へっ、その歳で召喚魔術使えるなら十分すぎるくらいだ」
「俺としては使うなら万全で使いたいよ」
土の壁はティラノサウルスの攻撃で一部が崩れては再生を繰り返してティラノサウルスたちを完全に封じこめていた。
しかし、こうしている間にも俺の魔力は消費している。召喚魔術を使いこなせていない俺は魔力消費の燃費が悪く、あまり時間は残されていない。
「強制退場だ! そいつらを遠くに連れて行ってくれ!!」
ウォールゴーレムに指示を出し、ティラノサウルスの群れに道を作ってやる。
それは俺や国の門とは反対側に作られ、足音を聞くにティラノサウルスたちはその作られた道に従って進んでいっている。
いくら俺のいた世界で強者だったとしても、ここでは人間でも倒せる程度の存在。
知能だって他の魔物に比べれば高くないとも言っていた。
だからヤツらは出来た道を進むだろう。その先に餌がいると信じて。
「……魔術師は召喚魔術を覚えたがるわけだ。殺気を確認してもそこに残ってるのは一、二匹ぐらいだな」
「でも、魔力切れしかけてるから俺は動けそうにないや。兄さん、任せたよ」
「任せとけ。たかが数匹倒せないようじゃ戦士失格だ!」
ウォールゴーレムが徐々に消滅していく。
やはりこれが今の限界か。
でも、数匹なら俺は無理でも兄さんが倒してくれる……。
「――ふうむ、ただのガキ二人だと思えば小さいガキは召喚魔術の素質があるようだな」
……人の声?
どこからだ? 右か? 左か? 後ろは……。
……そんなはずはない。だって、確認した。その時はいなかった。いなかったはずなんだ。
「……どうして壁の中から人の声が聞こえてくるんだよ!!?」
落ち着け。これは授業じゃない。
つまり、トリックか何かがあるはずだ。
思い出せ。魔術の授業で習ったのは実践で使えるものだけじゃない。
一つだけ言葉でしか教わっていないものがある……!
「……変幻魔術か!!」
兄さんがそう発し、俺も思い出した。
そうだ、たしか術者が別の何者かに姿を変える禁忌魔術。それが変幻魔術だと教わっていた。
そして、この魔術を禁忌と知りながら平然と使う輩は大体決まっている。
「……魔族か盗賊ギルド。でも、魔族なら俺たちよりも街を破壊すことを優先するはず」
「クックックッ、そこの大きいガキは元冒険者のようだな」
「元冒険「家」だ。悔しいけど俺に冒険者みたいな実力はねえ」
兄さんも変幻魔術を使う者の特徴は知っているようだ。
そして、魔族と盗賊ギルドにはそれぞれ特徴があるらしい。
魔族は人間を滅ぼすべく街を集中して狙う。それに対して盗賊ギルドは金目のものや人間を攫うために人を狙うが街に入ってまで問題を起こすことは全くしない。
「正解だ。俺は「アサガオ」のメンバーの一人、ダッキーニ」
アサガオのダッキーニ。……盗賊ギルドだから危険なのは分かってるけど何となく名前に緊張感がないな。
いや、名前と違ってこいつ自身はこう、オーラが違うのは分かる。
これが殺し屋のオーラというものなのだろうか。
「アサガオ……。盗賊ギルドの中でも上位ギルドじゃねえか」
「流石に国の騎士団様を呼ばれると厄介だからな。アサガオ秘伝の特殊結界でここの様子は全く感知されていない」
「……何が目的だ」
「今回は人攫いだ。この辺のガキは売れば高値がつくからなぁ」
アサガオの盗賊が短剣を構える。
だが、もう片方の手でずっと文字詠唱をしているのを見るにヤツは剣の腕よりも魔術の腕の方があるようにも見える。
安直すぎる気もするが、実際魔力的には俺より当然勝っているから強く見えて当然か。
「魔術師として、敵の状態を見るのは基礎中の基礎。それぐらいは学んでいるようだな」
だが、と盗賊は短剣に何かを塗り始めた。
見た目でははっきりとは分からないが、おそらくあれは毒だ。
「毒ナイフ使いで魔術師。……一番戦いたくない相手だな」
「俺たちの仲間になるなら命は奪わん」
「バカ言うな。闇組織なんざ誰が入るか」
「ならばお前を殺してそこのガキを盗賊ギルドの一員として育ててやるさ」
さすが盗賊。汚いやり方だ。
盗賊で魔術も使えるというのは敵としたらかなり厄介な相手だ。
兄さんは覚悟を決めたように俺に近付いた。
兄さんが犠牲になって俺が助かると思っているのだろうか。
見た感じ俺は逃げ切る自信が皆無だぞ。
……うん。今回ばかりは仕方ないか。
兄さんが死ぬことに関してはまだ認められない。もう数年は長生きしてもらわないと困る。
ポケットに隠していた魔力ポーションを咥える。
「……魔力ポーションか。だが、解毒魔術も使えない貴様に何が出来る?」
盗賊を無視して続けて詠唱を始める。
とても簡単な閃光を準備しつ拳を構える。
「……拳術だと? この状況が分からないのか」
「分かっているからこそ、俺はこうしてるんだ。幸いにもと言うべきか……拳も武器として扱われてるらしいからさ」
魔術は発動させず、俺はその場で盗賊の方面に正拳突きをした。
「……稽古ならそこの大きいガキ殺してからゆっくりと――」
盗賊はそれから何かを受信言おうとしていたが、その内容を聞くことはない。
次の瞬間には盗賊の姿は影も形もなく、そこには俺と兄さんしかいない。
「……へ?」
……間違いなく、これが俺が転生した原因。
俺は、武器を二つ持っていると力がチート級に強くなれるらしい。