兄との冒険
冒険者になるのに必要なものはなにか?
その答えは第一に「気持ち」だと兄さんは言う。
いくら強力な魔法や魔術が使えても、誰にも負けないような強さを持っていても、冒険者になりたいという気持ちがなければ冒険者にはなれない。というかならない。
俺もその冒険者にならない派の人間だった。
……だったのだが。
「――兄さん!」
「任せとけっ!」
俺が強化魔術の詠唱を終えると同時に兄さんの薙刀は目の前の猪を一撃で斬り捨てた。
兄さんは冒険家の中では弱い方だと言っていたが、今の戦い方を見るにとてもそうには思えない。
兄さんは基本的に動きに無駄がなく、素人目からはかなり熟練された戦い方に見える。
「……前より腕が鈍ったか。これじゃあ冒険家としても必要最低限しか動けなさそうだ」
「それだけ動けるのに鈍ってるの?」
「恥ずかしいけど、俺は冒険家の中でも中の下だったからな。そうじゃなきゃ今頃冒険者として活動しているさ」
この世界では冒険家と冒険者の違いが明確になっている。
冒険家はギルドに入っている国から正式に認められた職業で月に一度だけでも魔物の素材を定められた数寄付すれば冒険家ギルドで決まった額を入手することができ、魔物の素材も基本的には全て自分のものになるので手に入れた素材で強力な専用の武器を作ることも、店で買わずに自分でオリジナルのポーションや解毒薬を調合することも出来る。
更に緊急時には回復ポーションや武器、防具、などがギルドで支給されるため幅広い人たちが冒険家として活動している。
デメリットがあるとすれば、冒険者なら高額で売れる素材は冒険家だとかなり減額されてしまったり、冒険家たちの動きは最初に手渡される冒険家カードによって監視されるのでサポートはしっかりしている分ずっと見張られていると感じる部分が多いらしい。
冒険者は国から正式に認められていない人たちで、お金を貯めるには魔物の素材を換金するしかなく、手元に残る素材も少ないために武器も武器屋で売っているものを買うことが殆どだという。
しかも一般的な素材は冒険家が多く寄付するために買取価格も雀の涙程度ということがざらにあるそうだ。
メリットとしては倒した魔物によっては冒険家よりも多くの報酬がもらえ、素材の件も人によってはデメリットになることがない。鬼に金棒というが、そもそも鬼は単体でも強いからだ。
そして何より、国公認ではないため誰の監視もなくのびのびと冒険が出来るというのも大きな利点だ。
兄さんは冒険者として稼ぐのは困難といって冒険家になる道を選んだそうだが、俺は監視とかされて自由にできないのは御免だから冒険者になるのが一番だと考えている。
そのためにも今のうちから鍛えておかないといけない。
「どうだ? 冒険って楽しいだろ」
「……まあ、それなりには」
冒険といっても街の門を出て少し歩いた場所にある森林をウロウロとしているだけだが。
それでもいざ探索をしてみると冒険家にしろ、冒険者にしろ、こうして外で魔物を倒して素材を剥ぎ取ったりするのは本当にファンタジーの世界に来たんだと実感するため興奮する。
あれだけ頑なに断っていたのが不思議なくらいにだ。
もちろん今でも死ぬ可能性があるから怖いのは怖いが、冒険者として仲間を集めてのんびり自分より格下の魔物とだけ戦っていれば死ぬ可能性は限りなく低いことも分かったから以前よりは恐怖心も薄い。
せっかく異世界に来たのだからこの世界ならではの楽しみ方をしなきゃ損だという考えの方が強くなっていた。
「……狩りすぎたせいか魔物が近付いてくる気配がないな。今日はこの辺で切り上げるか」
「これだけの素材を売ればそこそこのお金になるかな?」
「いや、こいつらは全部寄付しておく。それで今月のノルマは達成だろうしな」
ざっと数えても二十匹ぐらい倒したと思うのに、これを全部寄付してしまうのか。
これだけ倒してやっとノルマってことは、本当に底辺中の底辺。スライムみたいなものなのだろうな。
「小遣い増えると思ったのにな〜」
「また休みの日とかに狩りに行けばいいさ。俺も、それまでに感覚を取り戻さないといけねえし」
「俺はこのまま補助魔法を鍛えつつ武術でも習おうかな」
「魔術戦士か。俺は魔法使いも魔術師も素質が皆無だったから戦士しかなれなかったけど、それなら冒険者としてもある程度はやっていけるだろうな」
俺は兄さんとそんな話をしつつ倒した魔物を荷台に乗せて帰る支度をしていた。
兄さんはさすが冒険家というべきか、二十匹の猪を工夫しながら荷台に詰めていき、軽々と運び始めた。
そうして魔物とも遭遇することなく森を抜け出した。あとはこれを冒険家ギルドに寄付して家に帰るだけだ。
「……! 隠れろ!!」
「え……。ちょ、なっ……!?」
突然だった。
兄さんが俺を連れて近くの茂みに隠れた。
荷台を投げ捨てて。
「な、何やってんだよ!」
「静かに」
兄さんはジッと遠くを見つめていた。
これほど真剣な顔をした兄さんは初めてだ。
何を見つめているのか気になった俺は兄さんの見つめる方に視線を向けた。
……かなり遠いが、巨大な生物が走ってきている?
いや、あの姿勢はどこかで見た記憶がある。
四足歩行で角の生えた巨大生物……。
「……トリケラトプス」
たしかそんな名前の恐竜だったはずだ。
もっとも、俺の知るトリケラトプスと違って角の数はバラバラだが、そんなことはどうでもいい。
トリケラトプスは群れを為してこちらに近付いていた。
「竜種がどうしてこんな場所に……」
「あれが通り過ぎるのを待つの?」
「一体だけならなんとかなると思うけど、数が多すぎる」
俺を守らず兄さん一人で戦えばもしかすると……と思ったが、表情を見るに兄さん一人でも群れを相手にするのは厳しいように見える。
トリケラトプスの群れは俺たちに気付かずに目の前を大急ぎに走り去っていく。
まるで、何かから逃げていくように……。
「……まさか」
トリケラトプスといえば、俺の世界だと捕食される側の恐竜だった。
そして、ヤツらを捕食するのはいつだってあの恐竜だ。
世界でもメジャーすぎる二足歩行の恐竜。
「……あ」
ティラノサウルス。
「バカな! これだけの数が王国近くまで侵入してきているのか!!?」
ヤツらも群れを為して。しかしその視線は既にトリケラトプスに向いてはいなかった。
さらに、近くには街に入る門がある。
そこには今の俺の家族や親しくなった人たち、友達だって住んでいる。
「……こういう場合、兄さんならどうする?」
「この状況見れば出てくる答えは一つしかない」
答えは一つだけ。
そりゃそうか。多分俺と同じことを考えているはずだ。
短く、そして素早く詠唱を開始した。
「兄さん目を瞑って! 閃光」
「よし、今の閃光でさすがに騎士団か冒険家ギルド、冒険者が動くはずだ。街に被害を及ぼさない為にも助けが来るまでここでヤツらを引きつけるぞ!!」
俺たちが逃げるのは簡単だ。
だが、その場合はこの群れを騎士団たちは門の近くで相手しなければならない。
やってやろうじゃねえか。
「……鬼ごっこの始まりだ!! 来いよ竜野郎!」
俺と兄さんは門とは反対側に走り出した。