36 『赤いも』
やあやあ。
お久しぶり。
外はすっかり秋だね。
快晴の空は気持ちいいよ。
今はとても開放的な気分だよ。
狭い部屋でじっとしていると時間が経つのが遅くてね。
ん?
どうしたんだい、そんな嫌そうな顔をして。
ああ、もしかして髭が生えてしまって分からないかな。
私だよ。
ダイゴの父だよ。
ええ、ええ。
あれから色々ありましてね。
ん?
今度は何をしたんだって?
あっはっは。
人聞きが悪いですよ。
ところで、この間ね、あれがあったでしょ。
ほら、この間、渋谷で行われたハロウィン。
実は私、あれに参加してきてね。
え?
大暴れして逮捕されたのかって?
やめてくれたまえ!
私をあのような群衆心理に流される愚か者たちと一緒にしないでいただきたい!
……私はね。
純粋にあの場の雰囲気を楽しみに行ったんだ。
人がたくさん集まっていてね。
みんなが楽しそうに行き来してる。
そこにいるだけでテンションが上がるじゃないか。
私がどんなコスプレをしたのかって?
はっは。
君ね。
私の年齢を考えたまえ。
もうそんなことにはしゃぐ年ではないよ。
立場のある大人なんだから。
私はね。
ただただ。
渋谷のスクランブル交差点のど真ん中で――
下半身を露出させていただけだよ。
いやはや。
みんなコスプレに夢中でね。
あんなに人がいるのに、これがなかなかバレないんだ。
いつばれるか。
ばれたら終わりだ。
そう考えると、恥ずかしいほどに興奮してしまってね。
露出狂の私にとって、渋谷のハロウィンはまるで楽園だったよ。
まあ、すぐに警察に捕まってしまったけどね。
捕まってヤフーのトップニュースに載って、フルネームが晒されてしまったけどね。
ま、今となってはいい思い出だ。
それじゃ、今日も始めようか。
昔々、ある所に貧しい母子がいたんだ。
母は厳しい生活の中、ある日、息子にこう問うんだ。
「人生で一番大事なものは何だと思う?」
すると、息子はこう答える。
「お金」
……まあ、無理からんことだろう。
この子は貧困を憎んでいたに違いない。
そんな息子に、母は言うんだ。
「お金よりももっと大事なものがある」 と。
息子は当然、そんなことは信じなかった。
お金があれば、なんでも出来ると思っていたんだね。
やがて、母は病気になって亡くなった。
その直前、彼女は息子に「床下の赤いもの苗がある。それを畑に植えなさい。そしてそれを、村の人たちに分け与えなさい」と伝えた。
息子は言いつけ通り、赤いもを育てた。
苦労したが、やがていもは大きくなり、彼はそれを売って生活することが出来るようになった。
彼はさらに、母の言った通りにいもを村の人たちにも分け与えた。
すると、村全体が豊かになったんだ。
そしてその時。
息子は「お金より大事なものがある」という母の言葉を思い出し、夕日に向かってこう叫んだんだ。
「おっかあ! おら、やっとお金より大事なものに気付いたど!」
彼が何に気付いたか。
人それぞれ見解はあるだろうが、私にはそれが「家族」だったのではないかと思えるんだ。
ここでいう「家族」というのは、何も血縁だけのことを言っているわけじゃない。
血のつながりはなくとも、人を思いやる心があればちゃんと繋がれる。
そして人生では、そのことが最も大事なんだ。
他者のためにいもを作り、母以外の村人たちとも繋がった彼は、そのことに気付いたんだ。
私は、それがよく分かる。
思えば私の人生はどうしようもないものだった。
人様に自慢できるようなことは何一つない。
だが、そんな私でも、胸を張って言えることがあるんだ。
それは――
うちの家族は最高だよ、ということだ。
私は、ダイゴとヤヨイが世界で最も愛しい。
彼らと家族になれたことは私にとっての宝物――まさに、人生で一番大事なものだ。
そこに、血の繋がりなどというものは些末なことなんだ。
そんなものはなくても、二人は私の誇りなのさ。
おっと、この話、ダイゴたちには言わないでくれたまえよ。
私と妻だけの秘密だからね。




