28 『三年寝太郎』
あ、すいません。
えーっと、ダイゴさんのお友達の方ですか?
ああ、よかった。
私、今日はダイゴさんの代理で参りました。
マドカの母でございます。
はい、そうです。
ダイゴさん、何でも「四国のチュパカブラ」を探しに徳島に行っているみたいで。
はい。
ダイゴさんにはいつもマドカがお世話になっておりますので。
今日は私が代わりに童話を一つ、お話させていただきます。
昔々、あるところにですね。
三年寝太郎という青年が住んでいたそうです。
寝太郎はとても怠け者で、村の人間から忌み嫌われていました。
しかし、数年後のことです。
この村に、大洪水が襲ったんです。
すると、それまで怠けていた寝太郎が急に起きだして、命を賭けて洪水を止め、村を救ったんです。
それから、寝太郎さんは村人から尊敬されるようになったんですって。
私、この話を聞くと、いつもダイゴさんのことを思い出すんです。
ほら、ダイゴさんって、一見ちょっと怖いじゃないですか。
だから、皆に誤解されてると思うんですよね。
本当は、とても心の優しい青年なのに。
マドカがあんなにも懐くなんて、よっぽどだと思うんです。
あの子、そんなに懐く子じゃないですから。
え?
価値観が似ているんじゃないかって?
いやいや。
ダイゴさんはもう立派な社会人ですから。
でも……ふふ。
あの方は、子供相手にもいつも真剣で、対等にお話なさってますよね。
うん。
私もそう思います。
きっと、それがあの人の魅力なんですよね。
……え?
ダイゴさん、マドカのこと“童話の師匠”って呼んでるんですか?
あっはは。
そうなんですか。
なんだか、それって、すごくダイゴさんらしいですね。
でもほんと――なんていうか。
ダイゴさんって……
……。
…………。
……ごめんなさい。
ちょっと、泣けてきちゃって。
こんな公衆の面前で――お恥ずかしい。
なんていうか、その、今さらなんですけど。
ダイゴさんってありがたいなあ、とか思っちゃって。
そう思うと、涙が出ちゃいました。
あ、わけわかんないですよね。
ごめんなさい。
……実を言うとですね。
マドカには父親がいないんです。
はい。
私たち夫婦、数年前に別れてしまいまして。
お恥ずかしい話なんですけれど。
実は、ですね。
マドカが『童話』を好きになったきっかけって、あの子の父親の影響なんです。
あの人、夫としては最低でしたけど、父親としては結構良いお父さんで。
会社から疲れて帰って来ても、いつもマドカの話す童話を聞いてあげていたんです。
「マドカはたくさん昔ばなしを知っていて頭がいいなあ。将来は学者さんか、それとも作家さんかな」
聞き終わると、いつもそんな風に言って。
毎日毎日、誇らしげにおだててました。
……親バカなんですけどね。
あの子にとっては、良い父親でした。
マドカの方も、それがとても嬉しいらしくって。
父親に褒められたい一心で、どんどん童話を覚えていったんです。
でも。
私たち夫婦が別れてしまって。
あの子、それから童話を一切話さなくなったんです。
私はとても悲しくなりました。
そして、すごく申し訳なく思いました。
マドカは明るく振舞っていましたが、やはり以前と違うんだなって。
そんなある日のことです。
マドカが迷子になって、交番で保護されてるって幼稚園の先生から連絡が来たんです。
私が慌てて迎えに行くと、保護してくれた方はもう帰っていました。
マドカは人見知りですから、きっと泣きべそかいてるだろうなと思ったんです。
そしたらあの子、すごく楽しそうに笑ってたんです。
私、驚いちゃって。
どうしたの? って聞くと、あの子は嬉しそうに「お友達が出来たの」って言ったんです。
そして、その日から。
マドカはまた、童話のことを話すようになりました。
私も最初は不思議だったんですけど――
その理由はすぐに分かりました。
その「新しいお友達」のおかげだって。
ふふ。
ええ、そうです。
そのお友達とは――ダイゴさんだったんです。
どうやら、その時にマドカを保護してくれたのが彼だったみたいで。
交番に着くまで、二人でずっと昔ばなしの話をしていたそうなんです。
マドカは、多分すっごく嬉しかったんだと思います。
また童話を話して、褒めてくれる人が出来たから。
「今日はダイゴにこんな話をしてあげたの」
「ダイゴはあんな話が好きなの」
家ではいつもそんな風に話してますよ。
……私、その様子を見てて、思ったんです。
ダイゴさん、きっと良いパパになるって。
マドカも、ダイゴさんがパパならきっと認めてくれるだろうなあって。
……え?
私がダイゴさんを狙ってるのかって?
あはは。
まさか。
ダイゴさんには彼女さんがいらっしゃるらしいじゃないですか。
私は、絶対人の彼氏を取るなんてことしませんよ。
それをされた人の悲しみは、誰よりも私が知ってますから。
ただ――
もしもダイゴさんと彼女さんが別れたら、まず最初に私に連絡してくださいね。
……え?
目が怖い?
あはは。
なんてね。
冗談ですよ、冗談。
……でも、念のためにラインは交換しておきましょうか。




