第2話 恩寵(スキル)(5)
「吉田! お前、なんで起こさなかったんだよ、なんで一緒に寝てるんだ?」
朝、俺が起きると吉田がごろ寝していた。
本当なら吉田と俺は交代で睡眠をとり、佐久田クン達の監視をしていなくてはならなかったはずだ。
それなのに吉田はぐうぐういびきをかいて寝ている。
俺を起こさないで途中から寝てしまったんだ、こいつは。
佐久田クンがまた暴れだしたらどうしようかと思っていたのに! なんで熟睡できる!
俺は吉田をゆっさゆっさと揺さぶった。
「ん……んあ? オッス……箕作」
「オッスじゃねーよ! 監視はどうした? ああん?」
佐久田クンが暴れでもしたらパーティー組が来た時のように魔方陣が破られていたかもしれないのに! 俺は勝手に寝てしまったことを追求した。
「ふああ、大丈夫、大丈夫。ほら見ろ……佐久田は泣き疲れて寝ちまったんだ」
吉田があくびをしながらのんきに言う。
「咎人スキル持ちになって牢屋にぶち込まれて、暴れて美濃にぶちのめされて……。もう反抗する気はねえだろ? ふああ~」
どうでもいいだろう、みたいに伸びをしている吉田。
確かに……。あれだけのことがあったら心が折れるだろうなあ。
佐久田クンをまじまじと見る。すうすうと寝息を立てる佐久田クン。頬には涙の跡が残っている。
こうしていると佐久田クンはいい奴そうに見えるのに、なんであんなことになってしまったのか。
いままでは諍いがあっても美濃クンが取り成してくれていた。それで何とかなってきた。
けれど、いまは違う。咎人スキル持ちになってからは、魔方陣に閉じ込められ、いつもは取り成してくれるはずの、あの美濃クンにも裏切られた。
可哀そうな奴だな……。
そう思うと彼のことも少しだけ怖くなくなった。
吉田が佐久田クンの監視という役割を放棄して寝てしまうのも、なんとなくは頷けた。
しかしな、それでも一言くらいあってもよかったんじゃないのか、吉田?
俺はモヤモヤを抑えきれず吉田にもう一回くらいは文句を言おうと口を開こうとしたときだった。
「ねえ、気づいてる?」
いままで一度も言葉を発しなかった人物が口を開いた。
「……もしかして……飯井?」
俺と吉田が同時に聞いてしまった。
「いい匂い……してる……たぶん……ごはん」
飯井、おまえ……喋れたんだな。
それよりも、ごめん、君が居たことをすっかり忘れていた。
♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦
結論から言おう。
飯井に指摘された匂いは言われた通り、ごはんの匂いだった。
そして美味かった。
昨日の、お湯にキノコと野草をぶち込んだだけのお世辞にもメシとは言い難い代物から一転、ファミリーレストランとまでは言えないまでも下校時に立ち寄る食堂のラーメンくらいの美味さの食事。
よく考えたら、この神殿に来て飯を食べたのは昨日の夕飯のみ。それも明るいうちからの食事の一回のみで、味もへったくれもない、食えればよいだけのメシであった。
それが、どうしてこんなにうまくなったのか?
理由は簡単だった。
スキルを使っただけ。
そのスキルの使い手は野呂。野呂洋子。
あの「家政婦」スキルで泣き叫び暴れまわった、野呂である。
どうやったら、美味い飯を作れるか? 集めたキノコや野草を前にクラスメート達は考えた。キノコってシイタケとかと同じなんだから出汁が出るんじゃない? 煮たら大丈夫だよ! そんな甘い考えで作った昨日のメシはお湯に手でちぎったキノコと野草が浮かんだ、味も何もしない、激マズの代物だった。
それがなぜ、あんなにもうまいものに変化したのか?
簡単なことだった。
「家政婦」スキルを持つ野呂洋子が私に任せて! とばかりに腕まくりをして台所に立ち、どうしたものかと悩んでいるクラスメートに、あなたはこれを! きみはこうやって、と口角砲よろしく唾を飛ばしながら指示を出し、出汁はこうやってとるのよ! この木の実を砕いて振りかけるとおいしいわ。と実際にやってみせ、野呂洋子は台所にある食材にどんどん手を加えて鍋に放り投げていったのだった。
最初は戸惑うばかりのクラスメートも湯気とともに香り立つ匂いに、これはモノになるのでは? と協力しはじめ、匂いにつられてやってきた者は何事か! えっ、いい匂いがしている! と食堂に使っていたと思しき広い部屋に食器を並べ、いま現在。
みんなが一日ぶりにまともな飯にありつけたのだ。
うまい!
俺も野呂さんの作った食事を頂いた。
スキル持ちが作るとまずいものでも簡単にうまくなるのか、それともスキルによってうまく作る方法がわかるのか、それは不明ではあったがともかくうまい。
こんなご飯を作ってくれるなら毎日食べたいもんだと思った。
「洋子ちゃん、スゴイ!」
「へへー、どう? 家政婦スキルも捨てたもんじゃないでしょ?」
友達から褒められて鼻高々の野呂洋子。
「これからの食事は私に任せて! いっぱいおいしいもの作るから!」
自信満々に宣言している。昨日の失態はなんだったのかと思うくらい、サバサバとした態度だ。
「うん、おいしい。これからの食事は野呂さんにお願いできるかな? な、細井?」
「そうだな、美濃君。娯楽が何もないここでは食事が一番の楽しみになる。おいしいご飯を作れる野呂さんは貴重なスキル持ちだ」
美濃クンが提案をすると、細井君も人差し指でブリッジを持ち上げながら同意する。
「エッヘン。美濃君に言われるとうれしいね! じゃあ、私はみんなの料理長ということで、よろしく! あと……昨日はあんな態度をとってしまって……みんなごめんなさい!」
野呂さんが食事をとる俺達に深々と頭を下げた。
彼女も昨日のことは気にしていたらしい。それでもたった一日で不貞腐れることなく、こうしてみんなの前にやってこられる野呂さんは強いなと思う。
あと、ちゃっかり自分の役割も手に入れやがった。
料理長って、いまの状況だとけっこういいポジションじゃないか?
「気にしてないよ、野呂さん。誰だってつらいときはあるから……」
「そうそう、それに洋子ちゃんがこうして元気になってくれたのが私たちにとってはうれしいよ」
美濃クンと小野寺さんが優しい言葉を投げかける。
それに合わせて細井君がブリッジを押さえながら頷き、塚本君や駒井君、中宮さんがそうだよ、そうだねと続ける。そのあとに他のクラスメート達が野呂さんに声をかけていく。
「うん、みんなありがとう。私、みんなのために頑張る。特にクエストのために美濃君達には頑張ってもらいたいから、魔王討伐まで美濃君や小野寺さん達のためにおいしいご飯作るよ!」
「よろしく頼んだよ、野呂さん」
「美濃君の言う通りだね! 洋子ちゃん、魔王を倒すまでの道のりは険しいよお?」
「うん、わかってる。ありがとう、小野寺さん。私、頑張ってみんなについて行く!」
ついて行くって……、おい、おい。パーティー組と一緒に魔王を打倒しに行くつもりか? おまえ「家政婦」だぞ……。
「さっきも言ったように食事は重要だ。これからのことを考えれば野呂さんのスキルはかなり貴重だね。魔王を倒す道中には危険なこともあるはずだし……、僕や美濃君だけでなくパーティーメンバー全員で守らないといけないな」
あれ? ……連れて行くんだ。
「細井君、もうちょっとくだけた言い方出来ないのお? 感じわる~い」
「い、いや、小野寺さん、僕は別に悪気があってそう言っているわけじゃなくて……違うんだよ!」
「細井君、顔、真っ赤!」
「ホントに違う!」
細井君のお堅い言い方に小野寺さんが突っ込みを入れると、みんなの表情もくだけてきている。
これって、パーティー組のお約束なんだろうか?
「みんな……ありがとう!」
涙ぐむ野呂さんと、それを笑顔で迎えるパーティー組。その一角だけが温かい雰囲気に包まれていた。
俺は思う。
野呂さんがずっと落ち込んだままでいるのはクラスのためにも良くない。
こうしてみんなと和気あいあいと触れ合えて自分の役割を持てることは良いことだと思う。
こんなときには特に……。
でも……気分ワリー。
俺はパーティー組が陣取るテーブルの向こうの、斜向かいに座る立花さん達を見つめながら、そう思った。