第2話 恩寵(スキル)(4)
「なあ、吉田。いいかげん、俺の話も聞いてくれよ!」
「だから、さっきも言っただろ? 細井君から話はしちゃいけないって、佐久田も聞いてたじゃないか」
「だから! あいつの言うことより俺の言うことを聞けって言ってんだよ! なんで俺達がここに入れられてんだよ、おかしーじゃねーか!」
俺と吉田に襲い掛からんばかりに近づいて怒鳴っているのは佐久田クン。
細井君の魔方陣のおかげでこれ以上、彼が近くに来ることはないのだが、その迫力がすごい。
俺も吉田も思わず身をすくめていた。
『なあ、もしかして、これも咎人スキルの力なのか? 俺、こえーよ』
『俺も怖い。吉田、もう反応すんな』
俺は震えながら耳元で囁く吉田に答えた。
「聞こえてんだよ、バカ! 箕作がエラソーに言ってんじゃねーよ!」
ドカン、ドカンと音がしそうな勢いで魔方陣を蹴飛ばす佐久田クン。
目に見えない壁に蹴りを延々と入れているだけのその風景は、傍から見たら何をやっているんだと言われそうなシュールなものだが、彼の形相と俺達が受ける圧力は元いた世界では感じられないほどのものだ。
これ絶対、咎人スキルの効果だと思う。
はあ、はあ、と肩で息をしながら片膝をつく佐久田クン。
細井君の作った魔方陣を破れないと悟ったのか奥に戻っていく。
ドカッと壁にもたれ掛けながら板張りの床に座って俺達を睨めつけ視線を動かさなくなった。
『ヒィー……俺、視線だけで殺されるよ』
『黙れ吉田。聞かれたらまた暴れる』
『箕作……逃げたい』
『出来るか! 俺達の役割だろ?』
そう、俺達の役割は佐久田クンほか、この魔方陣に閉じ込められている三人の監視。
狂戦士の佐久田篤、暗殺者の飯井涼子、最後にスキル不明の須藤良一。
この三人の咎人スキル持ちの監視が俺と吉田の仕事だ。
『はあ……箕作、こんな仕事辞めたい』
『あきらめろ、吉田。それでもここに放り込まれるより、ましだろ』
『そんなこと言ったってなあ……はあ』
佐久田クンは細井君や美濃クンとともにクラスの中心メンバーだったはずだ。それがいまはここに閉じ込められている。
咎人スキル持ちだから、という理由で。
さて、咎人スキル持ちとは何か?
実はそんな名前のものはない。
女神から植え付けられた記憶――ステータスを確認したり、メニューを操作する方法とかね。実はその中にはいろいろとこれから生きていくために必要な最低限の知識が含まれているのだ――にも、そんなものはない。
便宜上、俺達の「魔王打倒」パーティー、通称、パーティー組の細井君、美濃クン、小野寺さん達が分類して名付けたスキルの総称に過ぎない。
人々に害をなす可能性のあるスキル、「狂戦士」や「暗殺者」、「盗賊」など。これを「咎人スキル」とし、そのスキルを持つ者を「咎人スキル持ち」と言っている。
あと、「スキル持ち」も彼らが付けた名称で、スキルを最初に持ってきて「○○スキル持ち」と言うようにしているだけ。
なんか厨二っぽいネーミングだよな。
でも、一通りスキルを確認したあと細井君がそう説明してくれた。共通の用語がないと意思疎通に不具合が生じるからだそうだ。
みんなのスキルを確認しているとき、細井君、美濃クン、小野寺さんが一組になっていたが、あれは咎人スキル持ちをいち早く見つけて取り押さえるためだったんだな。と、いまさらながら思う。
そして、咎人スキル持ちはいくつかの部屋に分散されて細井君の作った魔方陣にぶち込まれているというわけだ。
ついでだが、須藤は神殿を探索する前からずっとガクガク震えてばかりで、スキルを確認できなかったので佐久田クンと同じ魔方陣にいる。
♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦
「監視の仕事、ご苦労様」
そう言って俺達が監視を続ける部屋に入ってきたのは細井君達、パーティー組の面々だった。
魔術師の細井君を先頭に、勇者の美濃クン、聖騎士の小野寺さん。それに塚本君、生駒君、中宮さんの計六人だ。
「ほ~そ~いいイイイ!」
奥に引っ込んでいた佐久田クンがまた壁にかぶりついてきた。
「元気そうだね、佐久田君。拘束魔法で動けなくなっていないか心配していたんだ」
俺のスキルを冷たく「屑スキル」と言い放ったのと同じ口調で、「心配していた」というのは細井君だ。
細井君、眼鏡のブリッジをくいっと指で押さえながら言うのは厭味ったらしいよ。あと、誠意が全く感じられない。
「ふざけんな、細井! いますぐここから出せ! そしてお前を殺してやる!」
佐久田クンをここに閉じ込めたのは細井君だ。
俺は全く気付かなかったが、佐久田クンはスキルを確認するときに真っ先に取っ捕まったらしい。
どうやって彼を取り押さえたのかわからないが、みんなのスキルの確認を終えたときには佐久田クンは取り押さえられていた。
あとは戦闘系スキル持ちが協力して魔方陣に放り込んだわけだが、それだけで、ここまで怒っているわけではないだろう。
佐久田クンは運動部に入っているわけではないが、運動神経抜群、実家が空手道場をやっている関係で彼も空手の有段者らしい。
身長も高く筋肉質で、ちょっときつめの眼差しが女の子から人気のナイスガイである。
美濃クンといつもつるんでいて、かつ、クラスの中心メンバーなのだが、細井君とは相性が悪いらしく、話し合いではいつも細井君の提案に食って掛かるように反論して、結局、美濃クンが間を取り持ち、話をまとめている。
そんな光景をよく目にしていた。
まあ、要するにウマが合わないのだ。
そんな関係の二人が「魔術師」と「狂戦士」、魔方陣の結界――檻と言った方がこの場合は正しいだろう――に閉じ込めている者と、閉じ込められている者に分けられたとしたら……。
まあ、こうなるわな。
さっきと同じように佐久田クンは壁を蹴り始めた。鬼の形相で俺達を罵りながら。
少し違うのは威力が上がっていること。
なんか、地面がぐらぐら揺れてきている気がするが……気のせいじゃないよな?
目に見えない魔方陣の壁にビシッとひびが入る。
「細井、これって……」
「ああ、レベルが上がっているのだと思う。さすが狂戦士。怒りに任せて暴れるだけでこんな風になるとは……」
美濃クンの質問に細井君が答える。
狂戦士といえば疲れを知らず、恐れを知らず、敵味方関係なく暴れまくるんだったか。
細井君に怒って暴れているから狂戦士としてレベルが上がっていくというわけだ。
まんま、ゲームだ。
ん? だとしたら……これって俺のスキルにも当てはまるんじゃないか?
いや、いまはそんな、のんきなことは言っていられない。
魔方陣が破られたら狂った佐久田クンが襲ってくるぞ。しかも狂戦士だから細井君だけ襲うわけではないはず……。
「佐久田君。これ以上、暴れると僕達も強硬手段に出なくちゃいけなくなる。そこまでにしてくれないか?」
「ッザケルナ! オマエヲコロス!」
だから、そのブリッジに指を当てるのをやめろ。佐久田クンを逆なでしてる。
それにもう時間がないと思うんだ。もう魔方陣が壊れることを見越して吉田が俺の背中に隠れているぞ。
「ふう、仕方ない。美濃君」
「わかった、細井」
頷いた美濃クンが手をかざすと大音響が鳴り響く。
びっくりして目をつぶってしまったが、再び目を開けたときには佐久田クンがうつぶせに倒れていた。
「すまない。佐久田」
「う、うう。み……美濃、おまえ、何をやったんだ?」
「佐久田君、美濃君は勇者の力を使ったんだよ」
佐久田クンの問いに細井君が答えた。
「お、お前なんかに聞いちゃいねえ……!」
相変わらず細井君を凄い怖い顔で睨みつける佐久田クンだったが、勇者の力が相当効いたのだろう、体をひくつかせながらも立ち上がる気配はない。
「佐久田君、僕達は別に好きでこんなひどいことをやっているわけではない。君のスキルが僕達に害がないことがはっきりしたら開放することもできるんだよ?」
「うるせえ、細井、お前は必ず……コロス……」
佐久田クンの怒りがどこから出ているのか全く分からないが、とりあえず佐久田クンが魔方陣を破って暴れだすことはなくなったようだ。
だって、さっきの勢いはどこへやら、情けない声で佐久田クンは、かつては何をするでもいつも一緒にいた級友に訴えはじめたからだ。
「なあ、美濃。お前、どうしたんだよ……そんな奴じゃなかっただろ? こんな野郎に操られて……どうかしてる!」
「佐久田。俺はみんなを救わなくちゃならない。そのためならなんだってするつもりだ。例え、お前が相手だったとしても……」
「み、美濃、どうして!」
あ~あ……佐久田クン涙目だよ。
そのまま美濃クン達は去っていくのかと思ったら、生駒君が木で適当に作った皿と箸を渡してきた。
え……この……中身って……。思わず息をのむ。
「吉田君、箕作君。食事。……あんまり上手に出来てなくて申し訳ないけど」
「神殿の周りの森から採ってきたキノコや野草を茹でただけだから美味くないかもしれない。でもみんな一生懸命になって集めたんだ」
塚田君もそう言ってきた。
「おお、わりい、わりい。俺達はここに座ってただけだから、作ってもらえるだけでありがてえよ。いっただき~」
吉田が愛想よく返事をしてきた。
さっきまで俺の背中に隠れていたくせに……。
トンと肘でわき腹を突いてくる。わかってるよ、吉田。
「生駒君、塚田君。ありがとう」
俺も吉田に続いてお礼を言って食事をもらう。
皿にはなみなみと注がれたお湯と手でちぎったキノコと野草が浮いていた。
……ゼッタイ、うまくないよな、これ。
「みんなの分もあるから……」
申し訳なさそうに生駒君が魔方陣の中に手を伸ばして皿を置いていく。
勇気があるなあ、と思っていると佐久田クンが皿を掴んで細井君に投げつけた。
あ!
しかし、細井君がお湯をかぶることはなかった。
投げつけられたお皿は魔方陣の壁に跳ね返され佐久田クンに当たり、皿に残っていたお湯がかかってびしょびしょになった。
魔方陣というものは便利なものだな。と感心しているとすすり泣く声が聞こえてきた。
佐久田クン……情けなさすぎ。
いや、ここは、情けなさ杉イ! ってするのがいいんだろうが、ちょっとそこまでは……。
まあ、佐久田クンの気持ちもわからんでもないが、しかし、ボッチ耐性なさすぎだ。
「みんな、行こう。僕達には使命がある」
心底呆れたとでも言うように細井君が踵を返す。
「そうだな」
「まあ、美濃クンが言うんならしょうがないか。さ、みんな行きましょ!」
小野寺さんがそう言うと他のパーティー組のメンバーも頷き、細井を先頭にしてパーティー組は去っていった。
「箕作、なんか……このクラス、変わっちまったな」
「ああ」
不味いというのはみんなの努力を無駄にするので憚られるが、何の味もしない食事をすすりながら吉田と俺は何とはなしに言葉を交わした。
――あの、美濃クン達が演説していたときの熱気はどこに行ってしまったのかな……。それとも元々こんなもんだったのか?
スキルによって俺達は以前の関係ががらりと変わったことを嫌というほど自覚した。