第2話 恩寵(スキル)(2)
いま俺達は神殿の大広間に集まって休憩をしている。
隅ではこれからどうするのかをクラスの主だったメンバーが集まって話し合っている。
集まっているのは生徒会長の細井君、書記の立花さん、イケメングループの美濃クンと佐久田クン。それに女の子グループの小野寺さん、元木さん。
彼らはクラスの催し物があると先頭に立ってみんなをまとめてくれるクラスの中心メンバーである。
彼らがいなかったら、このクラスは、まとまりがなくなってグダグダになっているに違いなく、体育祭や文化祭でクラス対抗の催し物にいい成績を取れるのも彼らのおかげといってよかった。
彼ら以外にクラスをまとめられる者はいない。
こんなときなら、なおさらだ。
リーダーシップのある彼らに方針を決めてもらったほうが良いだろう。
そんなことを考えながら彼らを眺めていると、指を目の前で縦や横にずらしたり、ときに何もないところを指でつつく仕草をしている。
それに合わせてお互いに見合ったり、笑ったり落ち込んだりして、何やら盛り上がっている。
――ステータスを見ているのか……。
女神から恩寵を与えられたとき、ステータスの確認方法を教えられた。
教えられたと言っても口で説明されたわけではなくて、頭の中にこういう風にすればよい。と記憶を植え付けられたと言ったほうが良いのかもしれないが。
ステータスを確認するには「ステータス・オープン」と言う。もしくは心の中で念じるだけでもかまわない。
そうすると目の前にゲームでおなじみのステータス画面が表示される。
あとはスマートフォンをいじるように、スワイプとタッチを繰り返してメニューにあるスキル・タブをタッチすれば自分が持つスキルがわかるようになっている。
細井君がまずは神殿と周辺の確認をして、それからステータスを見ようと言っていたので誰もスキルを確認していなかったのだが、いよいよステータスの確認を行うらしい。
「みんな、聞いてくれ!」
細井君が大広間の真ん中に立ってみんなに呼び掛けた。両隣には美濃クンと小野寺さんが控えている。
「これからステータスを開いてスキルを確認しようと思う。僕達が回っていくから順番に見せて欲しい」
細井君達、三人で俺達のステータスを見ていくのか。
ちょっと女の子から不満が漏れていた。
――美濃クンならいいけど……。
――ほかの男子にステータスを見られるって、なんかね?
――うん、ちょっと……嫌かな。
それは織り込み済みだったのだろう。細井君が左右の美濃クンと小野寺さんに目配せする。
「みんなステータスを他人にみられるのは嫌かもしれない。俺も見せるとき、少し恥ずかしかったからね」
美濃クンがさわやかスマイルではにかむ。
ああ、これは女の子はいちころじゃないか?
「実は私もそう。すこしどころか、凄く恥ずかしかった」
今度は小野寺さんが頬をポリポリと掻きながらうなずく。
小野寺さんはギャルっぽい感じがするが、勉強も出来て運動神経も抜群。人当たりもよいので女の子からの人気が高い。
彼女もステータスを見せているなら、むづがる女の子達も見せてくれる気になるかもしれない。
「スキルを見せることは恥ずかしいと思う……でもクエストをクリアしていくためには、みんなのスキルを確認して効率よくクエストをクリアする必要があると思うんだ」
美濃クンがスキルを確認する必要性を説く。
確かにその通りかもしれない。
クエストといえばモンスターを倒すとか、そういったことに違いない。女神から恩寵を受けた俺達のクエストとなればこの世界にとって最重要なもの……「打倒魔王」。
これがクエストの最有力候補だろう。
そうであれば、みんなのスキルを有効に使ってクエストに取り組むのが一番だ。
「美濃クンは勇者、小野寺さんは聖騎士スキルを持っていた。ランクはAだ」
ええ!
細井君の発言に、みんなが一斉に声を上げた。
――すごーい。やっぱり美濃クンだね。
――勇者ってことは魔王を倒すんだ!
――スゲー! なんか俺、ワクワクしてきちゃったよー!
――おまえ、勇者じゃねーじゃん
――だってよー、これがワクワクしないワケねーだろー
クラスメート全員が興奮し始めた。
それはそうだ。クエストをクリアするためには強力なスキルが必要だ。
そこに勇者と聖騎士スキルを持つ者が現れれば……。
「細井も魔術師、ランクAだ」
美濃クンがざわつくクラスメート達に細井君の肩に手をやりながら言う。
――スゲーじゃん!
またクラスメートから歓声が起きる。ただし、さっきより若干、称賛の声が少ないことは伏せておく。
勇者、聖騎士、魔術師ときて、いずれもAクラスってなかなか凄いことだ。
元の世界に戻るという目標がぐっと近づいたように感じる。
「みんな、俺が勇者だなんて不安だと思う。でも俺は細井や小野寺さんの力を借りてクエストをクリアしたい。与えられるクエストはきっと魔王打倒。……困難なクエストだと思う。だからこそ細井や小野寺さんだけでなく、みんなの力を借りたいと思っている。そしてみんなの力でクエストクリアして、みんなで元の世界に戻ろう!」
美濃クンの演説に感化された痛いヤツが何人か立ち上がる。
――そうだ! 俺達ならやれるさ!
――みんなで頑張ろうぜ!
――私達だったら……出来るんじゃない?
――うん! きっとそうだよ!
クラスの盛り上がりは最高潮に達する。
かく言う俺もかなり興奮している。
ああ、これはもうクエストをクリアしちゃったみたいな雰囲気だな。
この場には文化祭のクラス対抗で全員で催し物をしたときや、体育祭でクラス対抗借り物リレーをやったときのような一体感に溢れている。
いまなら、みんなで何でも出来そうだ。
あのときも学年じゃなくて学校で一番になったもんなあ……。
騒々しくなったみんなに、さっそく三人がステータスを確認するため回っていく。
――おお! 俺、弓手だって!
――パーティーの護衛、頼んだぞ。
――任せろ!
――ねえねえ、この薬師って何?
――パーティーメンバーが病気にかかったときに薬を調合して治す仕事だよ?
――じゃあ私もパーティーメンバーに選ばれるってこと?
――もちろん! よろしくね!
――きゃー! うれしー!
スキルを確認していくたびに歓声が上がる。
女神や天使達の言動は、アレではあったが恩寵はまともだったらしい。
ここはひとつ女神にお礼のお祈りの一つも必要だろうか? でもどういう風にお祈りしたらいいんだろう?
スキルを確認しては喜ぶクラスメート達を眺めていると、ふと、立花さんが目に入る。
青い顔をしてうなだれていて、眼鏡をかけた女の子が励ますように立花さんに声をかけると、それに力なくうなずいていた。
どこか焦点が合っていない感じがして危うげだ。
まあ、あれだ。きっとあの三人のように強力なスキルを持っていて、その責任感から具合を悪くしているのだろう。
彼女は女の子からの人気は小野寺さんほどではないにしても、勉強ができ、品行方正で通っている。
なんなら生徒会長に立候補したら当選するくらいの信頼はあるのだが、如何せんプレッシャーに弱く、生徒会長どころか副会長に立候補するのも泣いて辞退したほどだ。
書記になったのも生徒会長の細井君が立花さんの才能がもったいないと言って無理やりやらせているくらいで、元々、彼女は矢面に立つのは苦手にしているのだろう。
――それでも人の上に立つ者はそれなりの責任を持たなきゃいけないね。ノブリス・オブリージュってやつだ。俺は適度にいいスキルでみんなのあとをついて行きますよ♪
ウキウキしながらどうでもいいことを考えていたら声をかけられた。
「箕作、よろしく。ステータス、見せてくれるかな?」
勇者・美濃クンだ。
「あ、ああ。よろしく」
いつのまにか俺の番になっていたらしい。
ふと、いままで経験したことのない視線を感じて振り向くと、ギャラリーが凄いことになっていた。
美濃クンの演説を聞いて興奮したクラスメート達が、スキルの開示はまだかと覗き込んでいたのだ。
こんなに注目を浴びるのは、このクラスになって初めてだ。緊張して変なことになってはまずい。
落ち着いて、落ち着いて……さあ、ステータスを開けることにしよう。
「それでは……ステータス・オープン!」
上ずった声とともにステータス画面が目の前に広がる。
緊張に震える指で、右上にある「メニュー」ボタンをタッチしてメニューを出す。
スワイプすると一覧が流れて下の方にある「スキル」タブが見えてきた。
――さあ、俺も強力なスキルを出して魔王を倒すパーティーに加えてもらおうか! 今日からボッチとはおさらばだ!
「スキル」、タッチ!
軽やかな音が流れてスキルが表示される。
俺にはスキルを見て驚愕するギャラリー、やったな! 俺達ならクエストをクリアできる! と肩をぐっと掴む冒険者パーティーの希望に満ちた表情、腕にそっと手を巻き付けてくるヒロインの柔和でいて畏敬の感情に満ちた笑顔が見えてきた。
フハハハハ! ついに俺のボッチ生活がここで終わ……
「………………え?」
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スキル「農夫」
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俺は固まってしまった。
「ねえ、美濃クン。どうしたの?」
「……スキルが……農夫だった」
「え? それって、あの……クエスト、出来るの?」
美濃クンと小野寺さんの会話が頭越しに聞こえる。
「無理だね。屑スキルだ」
細井君の冷え切った音が耳に入る。
声ではなくて音。
農夫? は? ……意味がわからない。
――なに? あれ?
――農夫って……農家ってことでしょう?
――クエストと関係あるか?
――ゼッテー、ねーよなあ?
――せっかく盛り上がってたのに……何考えてんの?
――チッ! やっぱ、ボッチは空気が読めねえよな!
みんなの声がおとにしか、きこえない。……キミタチ、ナニイッテンノ?