転生者がいっぱい
「おめでとうございます! あなたは無事、転生候補者に選ばれました!」
目覚めたおれの前で胸の大きい天使が明るく叫んだ。
最後に残った記憶は猛スピードで視界に飛び込んでくるトラック。
色々と勘案してみると、どうやらおれは死んでしまったらしい。
で、気が付いたらこの状況というわけだ。
ほがらかに語りかけてきた天使は紅白のくす玉を片手にぶら下げ、引かれた糸によって割れたくす玉からは『祝! 転生?』と書かれた垂れ幕と紙吹雪が舞っていた。
「あの……。おれって転生できるんですか?」
いまやソシャゲのリセマラ並に一般化した行為である死後転生だ。おれだって大体、どういう流れなのかはとっくに承知している。
しかし、大衆化すれば色々と問題が生じてくるのも世の中の常。
どこに落とし穴があるのかもわからない。
実のところ心中、穏やかならざる気持ちを出来る限り表には出さず、落ち着いて交渉のテーブルに赴こうとした。
「でも最近は転生って言ってもなんだかバラエティに飛んでますよね。人外ならまだしも無機物に転生とかだと、ちょっと自分的にはつらいかなって……」
興味は持ちつつ、視聴者受けを狙った色物路線は避けていく。
生まれ変わってまでテレビで活躍するリアクション芸人さんのような体を張った笑いをおれに期待されても正直、困る。
「昨今の転生ブームで見ている方の目も随分と肥えていらっしゃいますから、そのような風潮は転生を司る当方といたしましても大変、心苦しい部分でございます……。が、今回は! いえ、今後はそういった転生希望者様の需要と供給のミスマッチングを避けるため、われわれはこの度、新たなる方式を導入いたしました。それが今回、ご紹介させて頂く転生希望者ドラフト制度なのです」
小慣れた感じのプレゼンがかえって胡散臭さを増大させる。
詐欺師を見るような目つきでおれは相手を睨みつけた。
「いえいえ、お客様。お客様! そのようにお感じになられるのも当然の反応だと思います。ですが、五分! いえ、三分で結構ですので、まずはわたくしにご説明差し上げる機会をお与えください。もしそれで、十分にご納得いただけないのでしたら、今回はご縁がなかったものとして素直に引き上げますので、まずはお話だけでも!」
ここが勝負とばかりに天使は一転攻勢を仕掛けてきた。
両腕でおれの片手に取りすがり、わざと姿勢を低くして見上げるような瞳で熱っぽく語り掛けてくる。
身をよじるような仕草のせいで腕に柔らかな感触が伝わってきた。
生きているうちには最後まで経験し得なかった夢のような一瞬である。
ついつい、女の子にはやさしくしてあげないとな、などとカモネギな思考が頭をよぎった。
気をつけろ。可愛い女子の後ろには、高確率で怖いお兄さんが待ち構えている。
「ま、まあ。話くらいなら……」
小さくつぶやいたその声を聞き逃さず、天使はどこからか取り出したチラシをおれの目の前に持ってくる。
必然、彼女の横顔がすぐ間近に迫った。
多分、母親以外の異性をこれほど至近距離に迎えたのは人生で初めてだ。もう終わってるけど。
「こちらをご覧ください。現在、多くの転生候補者が特定分野への転生を希望されておられます」
指し示した箇所には、『現在人気の転生タグ一覧番付』と書かれてあった。
上から順に文字のポイントが変わっていき、一番上に太い文字で『異世界チート』と書かれてあり、続けて『異世界勇者』、『異世界貴族』、『異世界人外』、『異世界商人』……。
しばらくは異世界クラスタが延々と連なり、かなり文字が小さくなってから『歴史戦国』という言葉が見つかった。
ここからわかるのはみんな異世界大好きという事実だ。
「競争率、高いな。みんな、どうしてそんなに異世界が好きなんだ?」
口にはしてみたが、理由は大体わかっている。
みんな現代の知識で無双したいだけなんだ。『未来』というタグがどこにも見当たらない時点で十分にお察しである。
「ご理解いただけましたか? 現在、みなさまが希望する転生先と当方がご用意できるリソースには大変な齟齬が生じております」
「え! 転生って、死んだらすぐに行われるんじゃないのか?」
意外な事実に思わず声が上ずった。
やばいな。気をつけていても相手の話術に翻弄されつつある……。
「基本的に転生はご本人様の出願書類を受理した時点で当方がうけたまわっております」
「でも、みんな死んだらいきなり神様か女神様が出てきて、強引に生まれ変わらせてくれてるよな。あれって本当は違うのか?」
テンプレ導入を真に受けていた自分が恥ずかしい。
こちらの動揺を見透かしてか、天使が声を小さくしてささやくように語りかけてくる。
「実は転生の直前で厳重な記憶操作を行っております。本当はみなさん、大変な順番待ちの末に晴れて転生者としての新たな人生を始められているのですよ」
うっそだろ……。
待ち時間なしのつもりが、実際は炎天下で何時間も待機列を作る必要があったのかよ。
楽じゃねえな、死後転生も。
「そ・こ・で。わたくしどもが今回、特別にご用意させていただきましたのが、こちらの転生先優先選択システム、『ズバピタ! 転生くん』なのです」
なんだその冗談みたいな商品名は……。
天使がチラシを裏返し、派手なキャッチコピーに彩られた広告欄をここぞとばかりに開帳する。
「こちらはわたくしども『転生支援協同センター』が最新鋭の重粒子コンピューターを駆使して、最も当選確率の高いジャンルをユーザーのみなさまにご提案させていただくシステムとなっております。そして、転生確率は脅威の九九・八%! ぜひ、お客様にもこの『ズバピタ! 転生くん』によって、ストレスのない状態で新たな人生の門出を飾っていただきたいというのが我が社のモットーです」
さて、どこから突っ込んでいけばいいのやら……。
ここまでくると、さすがのおれでも一気に熱が冷めてくる。
頭の中では、どうすれば穏便にお断りできるかを色々と考えていた。
「えっと……。でも、これって一回、契約したら途中で止めることは可能なんですか?」
とりあえず探りを入れてみる。
この手の定番は数年間の継続契約でユーザーを囲ってしまうやり方だ。
「——げ、原則としてユーザーの皆様には当該期間中、モニター会員として当社が指定する場所での待機を了解していただいております……。これは、本商品のシステムがみなさまの希望する転生クラスタを最新データとして活用する必要性からご協力をお願いしておりまして……」
ほらやっぱりだ。
なんだかんだと理由をつけて契約者を束縛する。
しかも聞き捨てならない一言がさらりと混ぜてあったぞ。
「あの、指定場所での待機って、どういう意味ですか? もしかして、転生できるまでどこかに拘束されるわけじゃ……」
言いかけたおれの声をさえぎるように、天使が巻き付けた腕にさらなる力を込めた。
身につけた白い衣装越しでもハッキリとわかる心地よい弾力。
正常な判断力がまたたく間に失われていく。
「お客様。ご心配なさらずとも、現地ではわたくしどもコンパニオンが二四時間体制での応対をお約束させていただきます……。みなさまからも非常に優れたシステムだと大変、ご好評いただいております。もちろん、担当者はお客様自身のご指名で可能です」
「二四時間……。いつでもですか?」
つばを飲み込む音がいつもより大きく感じられた。
無論、錯覚である。それでも逸る心とたぎる血潮が抑えられない。
「そ、相談はなんでもいいんですか?」
露骨に要求するには羞恥心が邪魔をして、さりげに聞き出すには語彙が不足していた。
「わたくしどもで対応可能な要件でございましたら、いつでもどこでも何度でも」
微笑む顔は無垢なる聖女のようにあどけなく、密着した体勢から漂う色香は娼婦のように芳しい。
「さあ、よろしければ、こちらの転生希望者エントリーシートへご記入ください……」
頃合いを見定めた天使がそっと契約書類を差し出してきた。
書いちゃう? 書いちゃうのか、おれ?
「にじゅうよじかん、いつでもどこでもなんどでも……」
うわ言のように繰り返すおれは無意識に握らされた羽ペンで自分の名前、『鳴尾来杜』と記入しそうになる。
だが、そこで不意に気がついた。
なんでもとは言ってない! 対応可能であればと答えただけだ!
騙したな! また、僕を騙したな! これだから三次元に存在する女は信用ならないんだ!
危ない、危ない……。
あとちょっとで一四〇連を使ってようやく手に入れたSSRのピックアップヒロインを裏切ってしまうところだった。
ここは冷静にやんわりと断りを伝えなければならない。心変わりがバレないようにさり気なくだ。
「あのですね……。もし、転生を希望せずにこのまま昇天を選んだとしたら一体、どうなるんでしょうか?」
馬鹿だろ、おれ。
二の足を踏んでいるのがバレバレの質問を受けて、天使がそっと腕を離した。
やおら難しい表情を作り、今度はこちら向かって正対する。
真正面から放たれるまなざしは背教者をあぶり出す中世の異端審問官のようであった。
好きな人には、これはこれでたまらない。
「えーとですね。天界の掟に従えば、死後の魂は『穢れの天秤』によって行き先が決定します。わかりやすく言えば、犯した罪が多いほど魂はどす黒く淀んでいて、夏のどぶ川のような異臭を放っています。あと性犯罪に手を染めた方は審査無用で地獄行きが決定します」
性に厳しすぎないか、神様?
まあよかろう。幸か不幸かおれは生まれて死ぬまで十数年、ついぞ異性との間に正しい交際も不純なまぐわいも経験する機会がないまま、天界の門をくぐった。
ある意味、ピュアな魂を保った状態でここにやってきているのだ。
恐れるものは何もない。
「よろしければ一度、お客様の魂を診断をさせていただけませんでしょうか? この検魂水晶で魂の穢れは一発鑑定可能です」
サッと取り出したメガネのような鑑定器を顔にかける天使。
一層、クールな立ち姿に思わず見とれる。
やべえ、美女にも美少女にもなれるとかレベルたけえな。
「なるほど……。よくわかりました」
レンズ状の水晶がはめられた黒いフレームを片手ではずす。
動作に合わせて艷やかな髪が宙に舞う。
見惚れてしまいそうな美しさにおもわず放心していると天使は一度、閉ざしたまぶたを静かに開き、おれに向かって開口一番こう言った。
「笛、盗もうとしましたね……」
な、な、ななななな、何を言うだ、この女!
幼き日の青春の過ちを無造作にえぐり出す悪魔の所業。
いつの間にか膝が震えていた。
「い、いいいいい、一体、なんの証拠があって……。ぬ、濡れ衣だ! そもそも未遂の行為は特別な罪状でなければ刑事罰に問えない! じょ、常識だよ!」
早鐘のように鼓動を打つ心臓を片手で抑えながら懸命に抗弁を試みる。
自白に等しいおれの言い訳を天使が醒めた目つきで聞いていた。
違う、おれはあの時、何もしていない。廊下から近づいてくる足音に気がついて、慌てて逃げ出したのだ。つまりは無罪。
「ええ。そんなに驚かれなくても大丈夫ですよ。何より、あの時点でリコーダーのヘッドはあなたの後ろの席の塚田さんが先に交換済みです、残念でした」
いや、塚田さんて女の子だぞ……。
ん、まあいいか。とおに過ぎたことだ。
「ならば、おれの魂には一片の穢れもないことが証明されたんだな。ああ、よかった……」
「——見ましたよね、着替え」
安堵したのもつかの間。
再度、封印したはずの古き罪状を美しき天使が暴き出す。
「あ、あれは、偶然居合わせた実験棟の二階から、開いていた準備室の窓が見えただけだ! その中で女子が着替えをしていたことすら知らなかった。故意じゃない、偶然だ!」
そうだ、あんなものはよくあるラッキースケベのひとつだろ。
青春の甘酸っぱい思い出だ。
「はあ、そうですか……。つまりは知った上で事前の工作を施せば、明らかな罪であるとお認めになるのですね?」
相手の声には一切の容赦がない。まさしく断罪の天使。
鋭利な輝きを宿す瞳がおれの心に隠された忌まわしき少年の日の過ちをいま白日の下にさらけ出す。
「夏の午後、わざとらしく部屋のカーテンを引いて、照明を落とした暗がりの中。となりの家の女子大生のお姉さんの生着替えを脳裏に焼き付けようとしていたのは罪ですか? あるいは変態ゆえの病魔による発作ですか?」
いやあああああああああああっ!
許してえええええええええっ! もう、許してええええええええっ!
「――するから……」
とっくの昔におれは泣き出していた。
涙と鼻水で顔をグシャグシャにして、それでも許しを乞うように情けない声を絞り出す。
「え? どうかいたしましたか、お客様?」
こちらの意思を無視するかのように天使はあらたまって様子をうかがう。
「お、お願いです。転生を希望しますから、もう勘弁してください……」
膝を崩し、両手で頭を抱えながら必死になって懇願した。
これ以上、辱めを受けるくらいであれば、潔く転生者になってしまったほうが遥かにマシである。
もういい、もういいんだ。
虚しい記憶や悲しい思い出しか残っていない前世などすべて投げ打ち、あらたなる生に未来を託す。
みんなそうやって転生しているじゃないか。
これは贖罪ではない。明日への雄飛なのである。
自らに言い聞かせ、おれは示された箇所にあっさりと署名をした。
「――はい。では、確かに転生希望エントリーシートをうけたまわりました。これから転生までの間、どうかよろしくお願いいたします。ナルオライトさま」
天使様はふたたび慈悲深いやさしさで、おれのような卑怯で愚劣な存在にも明るい笑顔を振り向けてくれた。
差し出された片方の手にすがる思いで両手を繋ぐ。
もう大丈夫だ。このお方の言うとおりにしていれば、自分はきっと幸せな転生を迎えることが出来るだろう。
うなだれている惨めなおれの背中に天使様がそっと手を置く。
ただそれだけで欲望に穢れた魂がキレイに浄化されていくような気がした。
まぶしさに釣られて顔を上げる。
広がる視界に空から一筋の光明が差し込んできた。
おれたちはキラキラとした輝きに包まれ、天使の体が光の中をゆっくりと浮かび始める。
彼女は繋いだ手をしっかりと握りしめ、こちらに向かって微笑んだ。
続けておれの体も天へと昇っていく。
「天使様、あなたのお名前をわたしにお教えください!」
感極まって相手の真名をたずねる。
おれはきっと、この少女を女神と崇めて新たなる人生を全うしていくだろう。
それがどこの異世界でも構わない。自分には女神様のご加護が備わっているのだから。
「あ。わたしですか? 転生サポートアドバイザーの『サクラサクヤ』と申します。自己紹介が遅れて申し訳ございません。これから行くサポートセンターではお気軽にサクヤとお呼びください」
は? 女神じゃないのか?
いや、それ以前に天使ですらない……。
「えっと。きみ、もともとは……」
「実はわたしも転生者なんですよ。この衣装はまあ、社長の趣味ですね」
社長ってなんだよ?
っていうか、この光ってどこに向かってるんだ。
「ちょうどいいところに回収用トレーラーが来てくれました。このトラクタービームに引かれていけば、自動でセンターまで連れて行ってもらえます。ライトさん。転生までの間、どうぞよろしくお願いします」
サクヤがまぶしいくらいの笑顔で挨拶をした。
おれはと言えば、釣り上げられた魚のような気分で空を漂っている。
かくしておれの転生物語が始まった。正しく言えば転生までの長い長い物語だ。
了