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ポーターさん最強伝説  作者: 京 高
十二章
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4 魔物女性たちの要求

「これは『変異種』化したためなのか、それとも我々の体に元々組み込まれていた能力なのか、その点についてははっきりしていない」


 そう前置きしてからラミアの女性が話し始めたことを要約すると以下のようになる。

 卵生である彼女たち三種族は、性交を行うことで体内に有精卵を作り出す事もできるのだが、いつしか体外に排卵したものに精子をかけるというやり方であっても有精卵とすることができるようになっていた。

 そのため彼女たちの集落では、当初は迷い込んで来た人間種やそれに近しい人型の魔物などを眠らせては複数の卵に精を与えるということを行っていたのだが、それでも噂話などから危険視されてしまうことには変わりはなかった。


 そんな状況を打破しようと、ある時精子以外の体液などでも受精ができないかと模索する者が現れた。そして試行錯誤の結果、血液を用いることで卵を有精卵へと変化させる方法を見つけ出したのである。

 しかも、この方法でならば男性のみならず女性であっても、果ては仲間から提供された血液であっても有精卵となったのである。


 ところが、ここに大きな落とし穴が隠されていた。

 数世代を経ると、生まれてくる子どもたちに不調が見られるようになったのである。その行為はいわゆる近親婚を繰り返すことと同様であったのだ。

 女性しかおらず他種族から精を受けることで種を保ってきたのだ。血が濃くなりすぎることで起きる弊害について知り得なかったのは仕方のない事態であっただろう。


 結局、従来通りの方法を取ることで種の延命には成功する。

 以降は血液を用いた生殖と他種族から精を頂いて行う生殖とを織り交ぜることで、他種族との軋轢が起こりにくい環境を作っていったのだった。


 そんな彼女たちの生活が激変する出来事が発生する。今から十数年前、マウズの迷宮に絡め取られてこの三十四階層へと閉じ込められてしまったのだ。

 この時、迷宮によって恣意的に集められたのか、それとも彼女たちの未来への渇望が招き寄せたのかは不明であるが、三種族の中でも同程度の知識や慣習を持つ『変異種』化した集団ばかりが同じ場所に集められたのは幸運以外の何者でもなかったであろう。

 同性のみばかりではあったが、互いの血液を用いた生殖によって、彼女たちは迷宮の中でそれぞれの種族の命を繋いでいくことができたのである。


「実際のところ天敵となるような存在もいないこの場所は、生きていくにはかなりの好環境だと思っています」

「食料を探しに別の階層にまで行かなくちゃいけないのは手間だけどね」


 彼女たちの言葉から、ディーオたちは迷宮に適応せざるを得なかったことと、そのための十数年という歳月の長さを感じさせられたのだった。

 同時に、やはり『越境者』でもあることをさらりと告げられて、二人は心の中で戦慄していた。軽く目を見合わせることで互いの意思の疎通を図る。

 そこには、絶対に彼女たちと敵対してはいけないと書かれていた。


「しかし、それも束の間の安らぎだった」

「え?」

「実はつい先日産まれた赤子に、かつての同胞と同じ不調の兆しが見られたのだ」

「そんなまさか!?だってまだ今の生活環境になってから二十年も経っていないのでしょう?あなたたちの寿命がどれくらいなのかは分からないけれど、完全な世代交代さえ起きていないのでしょう?」


 いわゆる近親相姦が繰り返された結果、血が濃くなり過ぎたために起きる症状と似通ったものではないかと当たりを付けていたニアは、新たに告げられた事実に驚きの声を上げていた。

 先ほどの話から察するに、目の前にいる彼女たちは迷宮へと呼び寄せられたいわば第一世代に当たると思われる。雰囲気から予想するに大人の枠に入ってはいるものの、まだまだ若手の部類と言えそうだ。つまり、不調が現れたのは二世代目ということになる。

 異なった場所で生活を営んでいた三つの種族の血が混じり、弊害が起きる程に濃くなってしまったなどあり得ない。


「うちの長老たちもあなたと同じ意見だったわ。「十を超える世代、いくつもの百を重ねる時の先に始めて現れるものだったはずじゃ!?」てね」


 恐らくは彼女たちの村の重鎮の真似なのだろう、突然しわがれた老婆のような声を発したハーピーの女性に、ディーオたちは思わず目を丸くしてしまった。

 本当にすぐ側に老婆がいるのではないかと思ったくらいだ。


「ほう。外の者たちにも通じるのだな」

「子どもたちを驚かせるだけの特技じゃなかったんですね」


 どうやら彼女は村の子どもたちへの悪戯のために声真似の特技を磨いていたらしい。閉鎖された環境にあるとはいえ、その無駄な才能の使い方に妙な徒労感を覚えるディーオとニアなのであった。


「話を戻すわよ。その……、不調に兆しが見えたのは三つの種族共になのかしら?」

「残念ながら、その通りだ」

「……血を用いるという術を見出したことや『変異種』化したことで、似た性質の存在になっていたのかしら」


 魔物の生態についてはまだまだ分からないことが多い、というより分かっていないことの方がほとんどである。ニアが立てた仮説が正しいかどうか、その真相は闇のなかと言っていい状態である。


「迷宮による影響かもしれないぞ。ほら、さっき言っていただろう。迷宮に連れて来られた時に色々な知識や力を植え付けられたってな。その時に三つの種族ではなく、姿形が異なるだけの同じ種族として統合されていたのかもしれない」


 迷宮についてもまた、分かっていないことの方が大半だ。ディーオが挙げたような機能を持っていたとしても何ら不思議ではないのだ。


「同じ種族か……。これほどまでに外見が違っているのにそんな馬鹿な話があるものか、と普通であれば言い返すところだろうが……。赤子たちに浮かび出てきた兆候を見ていると、戯れ言と斬って捨てることもできないか」


 新たな仮説に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるラミア女性。その真っ赤な瞳は、自分たちの運命を翻弄してきた迷宮への怒りが燃え上がっているように見えた。


「それで、どうして俺たちにその話をしたんだ?」


 このまま続けていれば、彼女たちの怒りの炎がこちらにまで飛び火してしまいそうだ。そう感じ取ったディーオは、話しの向きを変えようと仕向けるのだった。


「…………」


 その問い掛けに魔物女性たちは顔を見合わせた後、強い決意をもって再度こちらへと向き合った。


「単刀直入に言う。お前たちの血を分けて欲しい」

「村の子どもたちが生きていけるようにするためには、新しい血を入れるしかないのです」

「子どもたちを害することなく帰してくれたあなたたちなら信用できると思ったのよ。不躾なお願いだとは理解しているけれど、どうか聞き届けてもらいたいの」


 彼女たちの口ぶりから、深刻な現状をなんとか打破しようと藁にも縋る想いであることは容易に感じ取ることができた。そして同時に仲間たちと周囲を取り囲んでいる状況から、断った場合にどうするつもりなのかということもまた、容易に想像できたのであった。


「はあ……」

「ふう……」


 顔を見合わせてため息を吐く二人。お願いという形式を呈してはいても、実際のところそれは強要だ。昨日の子どもたちからは焦っている気配が全くなかったので、こんな切迫した裏事情があるとは思ってもみなかった。

 碌に情報を与えられていない者たちを長々と引き止めて警戒させてしまうよりは、さっさと送り返すことで友好的であることを強調したのだが、失敗だったかもしれない。『障壁』の結界で無邪気に遊び、嬉しそうにパンを食べていた子どもたちの姿に、知らぬ間に緊張感を奪い取られていたようだ。


 少なくとも前日の光景から、数を頼りにこちらの身柄を確保しようと動いてくることくらい予想していなければいけなかっただろう。

 そして当然、そうなってしまった場合の打開策の一つや二つくらいは用意して然るべきであった。二人のため息には、そうした自分たちへの自重の意味合いも多分に含まれていたのだった。


「答える前に聞いておきたいことがあるんだが」

「なんだ?」

「卵一つ当たりに必要な血の量はどれくらいだ?」


 ディーオの質問に今度は魔物女性たちが顔を見合わせた。


「答えられないのか?まさか知らないなんてことは言わないだろうな?」

「い、いや!そんなことはない!そんなことはないのだが……」


 と、言いよどんだことで、二人はおおよその答えを悟った。恐らく、卵一つを孵すために必要な血の量は相当多いのだろう。新たな命の(いしずえ)となる行為と考えれば、それもまた当然か。

 死ぬ程ではないにしても数日間は貧血でまともに動く事はできないくらいではなかろうか。

 だが、この階層が目的地で後は帰るだけならばともかく、迷宮最深部への到達が争われている今その数日間の停滞は痛い。いっそのこと致命的とすら言えるほどだ。はっきり言って受け入れられるものではない。


 加えて別の不安もある。種族が生き延びる機会を得たとなれば、果たして卵一つだけで魔物女性たちが解放してくれるだろうか。

 それだけではない。彼女たちの種族は三つだが、対してこちらは二人しかいない。最悪の場合、ディーオたちの取り合いになって挙句に種族間で溝ができて対立、滅ぼし合うということが起こらないとも限らないのだ。


「悪いが、今あんたたちに付いて行くことはできない」


 自身の身の安全が確保できない上に、魔物たちの不和の元になるようなことは避けたい。首を縦に振るという選択肢など、実は最初から存在してはいないのだった。

 ディーオの出した答えに、魔物女性たちの気配ががらりと変わる。友好的な自分たちと同位の者を扱うものから、狩りの獲物を見るような目つきへと変わっていったのである。


 一触即発といった空気の中で、ディーオがニヤリと笑う。


「そちらに従う事はできないが、別のやり方でなら協力できるかもしれないぜ」


 彼がそう言い放ったのは、ニアが「ああ、また良からぬことを思い付いたのか」と嘆息するのと同時のことだった。


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