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ポーターさん最強伝説  作者: 京 高
十二章
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1 待ち構える未来

「美味しいもの、食べたいよな?」

「食べたい!」


 ディーオの問い掛けに大きな声で答える子どもたち。すっかり意気投合しているその様子に、ニアはやれやれと溜息をついていた。

 彼女とすれば、どちらかと言えば彼が語った建前の方が気になっていたからだ。


 冒険者としての生活にもすっかり馴染んでしまったとはいえ、研究者であった頃の思考等は完全になくなってしまってはいない。

 不思議なもの、分からないことを解き明かしたいという欲求は常に彼女の内にあり、今もその身を焦がし続けていたのだった。


 それにしても今のディーオはどこからどう見ても扇動者である。口八丁で(たぶら)かそうとしている訳ではないことが救いだろうか。

 彼の願望については以前から聞かされていたため、本心から言っているということは理解している。

 が、探索者の大半が迷宮に蓄えられているという富や踏破したことへの名誉とそれに付随する地位を求めている。ニアのような知的欲求を満たそうという者ですらごく少数なのである。

 迷宮の権能を用いることで美味い物をたらふく食いたいなどと企んでいるのは、世界広しと言えどもディーオくらいなものだろう。


 つまり、戯れ言で煙に撒こうとしていると思われたり、虚言を吐いて騙そうとしていると捉えられたりするかもしれないのだ。

 特に子どもたちしかいないことから鑑みるに、彼女たちは無断でこちらに接触してきた可能性が高い。となれば大人たちは気が動転しているどころではないと考えられる。

 そんな状態で、果たしていっそ荒唐無稽とすら言ってもいいディーオの推測を聞いてもらえるのだろうか?


 ニアの予想は正しく、現在魔物の村ではすぐにでも子どもたちを探しに行くべきだと主張する一派と、子どもたちのことは諦めて村の守りを固めるべきだと述べる一派によって激しい議論が行われている真っ最中だった。

 もしも迂闊に子どもたちと一緒に村へと向かう選択をしていたならば、殺気立った村の者たちと激しい戦いを繰り広げなくてはならない羽目に陥っていたことだろう。


 まあ、結果から言えばそうはならなかったのだが。

 先にも述べた通り、子どもたちに土産代わりの料理を渡して、まずは大人たちと間接的に繋ぎを作ろうとしたのだ。


「ニア、三十二階層で拾ったアイテムボックスだけど使うか?」

「破損する心配をしなくていいから、薬品類を入れるのに丁度良いかと思っていたのだけれど。それがどうかしたの?」

「この子たちにお土産を持たそうと思ったんだが、集落の人数がそれなりの数になるみたいなんだ。それならスープとかシチューのような汁物を、鍋ごとアイテムボックスに入れて持たせた方が大勢に行き渡りそうだろう」


 ここで少し解説を加えておく。アイテムボックスはその利便性の高さから人気が高く、少ない容量のものであっても高値で取引されるのが常である。

 迷宮で発見される品物の中でもトップクラスの人気を誇るのがアイテムボックスという物なのだ。

 決して、子どものお使いの入れ物にするようなものでもなければ、それをそのまま譲り渡すような代物でもない。


 もしも他の冒険者たちがいたら、総出で突っ込みを入れられたことだろう。


「アイテムボックスに入れておけば零れる心配もしなくていいし、何より運ぶのが楽になるわね。良いんじゃないかしら」


 しかし大変遺憾なことながら、この場にいたのはディーオの『空間魔法』の便利さにすっかり毒されてしまっていたニアただ一人。

 ちびっ子たちの負担が減るならば、といとも容易く許可を出してしまったのであった。


「ほら。なくさないように気を付けて行けよ」

「分かってる!」


 ディーオから汁物料理を鍋ごといくつも放り込んだアイテムボックスを渡されたラミーが元気に答える。


「それと料理はかなり熱くなっているから、取り出す時には気を付けてね」

「はい」

「気を付けるね」


 こちらではアーラとハーが、ニアから注意を受けてしっかり頷いていた。

 ディーオの〈収納〉とは違って、このアイテムボックスは中に入れていても時間が経過していくので、彼女たちが集落へと辿り着くころには出来立てほどの熱さではなくなっているかもしれない。

 しかし、夜が明けきらない短い時間でやって来たことを考えると、帰り道にそれ程手間取るとは思えなかった。

 余計な怪我をしてしまわないように注意することは決して無駄にはならないだろう。


「俺たちは明後日の朝まではこの近くで過ごしているから、大人たちにはくれぐれもよろしく言っておいてくれ」

「ばいばーい!」

「さよーならー!」


 別れの言葉を口にするちびっ子たち全員が帰っていくのを、笑って見送る二人だった。


「……うーむ。まさか一人の見張りも残さずに帰って行ってしまうとは思わなかった」

「あの子たち、好奇心を刺激されて我慢ができずにやって来てしまったみたいね」

「大人たちから何か指示されていた風もなかったからな」

「そうなると……」

「ああ。間違いない」


 言葉を区切ると、二人は顔を見合わせて深く頷く。

 そして、


「絶対にお仕置きを受けることになる!」


 声を合わせてそう言ったのだった。

 そこには経験に裏打ちされた確かな自信があった。


 マウズの町は迷宮の発見によって造られた新興の都市であり、現在もなお急速に成長している途上にある。そこには、一獲千金を夢見る冒険者たちだけでなく、商売の匂いを嗅ぎつけた商人たちや、仕事や職を求める一般人たちなどもいた。

 彼らの中には家族連れであることも多く、実はマウズの町はグレイ王国内でも屈指の子どもが多い町でもあった。


 そんなマウズに住む子どもたちの憧れの的になっているのが冒険者たちである。

 一般的には力自慢の荒くれ者が多い冒険者は、必要だとは思われていても半社会不適格な粗暴者という扱いをされていた。だが、マウズのような迷宮都市では事情が異なる。

 毎日のように危険な迷宮から貴重な素材や材料を持ち出し、町の根本を支えているのだからそれも当然だろう。


 ちなみに、『冒険者協会』によると、迷宮都市では問題行動を起こす者が少ないという統計結果があり、力を振るう場所と機会がすぐ近くにあるためではないかと考えられていたりする。


 さて、子どもというのは憧れの存在の真似をしたくなるものである。しかしながら、時に度を越してとんでもない真似をしでかしてしまう子どももいる。

 例えば「冒険者になりたい」と言って協会へとやって来るのはまだ可愛い方で、やんちゃな子どもたちだと入口の監視の目を盗んで迷宮に入り込んでしまうのだ。


 大抵の場合は、すぐに冒険者に発見されて迷宮から追い出されるか、始めて見た魔物の姿に驚いて逃げ出してしまうかのどちらかである。

 だが、極たまに迷子になってしまい、出られなくなってしまうという事件が起きてしまう。

 こうした時には緊急の依頼として、その時町にいる冒険者の大半が駆り出されることになる。ディーオやニアもそうした緊急依頼を受けて何度か浅層を走り回った経験があった。

 幸いなことにその時彼らが捜していた子どもは無事に発見、保護されたのであるが、その時の経験から魔物のちびっ子たちがこの後辿るであろう展開が予見できたという訳である。


 ……ちなみに、緊急依頼が出された時点で原因となった子どもたちには、暗鬱とした未来しか待ち構えていないこととなる。


 一つは言わずと知れた迷宮内で命を落としてしまう未来だ。

 迷宮の中は魔物だけでなく罠な迷路のような構造など危険に満ち満ちている。しっかりと準備を整えた大人たちですら死と隣り合わせの空間なのだ。

 碌な装備もなければ道具も持たずに、興味本位で入り込んでしまった子どもたちが生き残ることができる道理など一つもないのである。


 もう一方、緊急依頼を受けた冒険者たちによって助け出されたとしても、その子どもたちは自らの幸運をそこで使い切ってしまったことを目の当たりにすることになる。

 まず、救出に来た冒険者たちに手酷く怒られる。この緊急依頼は『冒険者協会』による「同じ町の住人を我々は見捨てない」というパフォーマンスである側面が強い。

 そのため依頼料は雀の涙ほどで、参加した人数が多ければ、コップ一杯の酒代にすらならないということもざらだった。


 要するに、タダ働きかそれ以下となるため、ほとんどの冒険者はとてつもなく機嫌が悪いのである。そんな状態で原因である子どもたちを発見して、ただで済むわけがない。

 事実、「二度と馬鹿なことを繰り返させないため」という名目のもと、子ども一人ずつに拳骨を一発落とすのは暗黙の了解となっている程だ。

 

 そうして痛い痛い思いをしてようやく町に帰り着いたとしても、今度は保護者からの厳しいお叱りが待ち受けているのだ。

 それは時に百戦錬磨の熟練冒険者ですらすくみ上らせるまでの恐ろしさであるという。


 ある日の記憶が鮮明に蘇ってきてしまい、ニアはぶるりと大きく体を震わせた。


「もしも……、あの子たちの集落の大人たちが人間種と同等の知能であるとすれば……」

「おい、止めろ。下手なことを口に出すんじゃない。あの子たちを害することなく無事に帰したんだ。十分に責任を果たしている。これ以上は俺たちの出る幕じゃない」

「だけど……」

「後はあの子たち次第だ。渡した土産を上手く使って切り抜けることを祈ろう……」

「そう、ね……。それしかないわよね」


 まるで寸劇のようなやり取りだが、本人たちは至って大真面目だったりする。

 子どもたちを思うがゆえのことだったのだろうが、親たちの剣幕は傍から見ていただけの彼らにすら消えることのないトラウマとして刻まれてしまっていたのだった。


「それで、待っている間はどうするの?」

「あの子たちにはこの近辺に居ると言ってしまったからな。……とりあえず金目になりそうなものがないか探してみるか」


 三つもの種族が『変異種化』していると思われる場所だ。

 貴重な素材や材料の一つや二つや三つや四つくらいあってもおかしくもなんともない、はずである。


 そうして周囲の探索に励むことしばらく、不意に子どもの悲鳴らしきものが遠くの森から響いてきたのだが……。二人はそれに気が付かない振りをしながら一心不乱に周辺の調査を続けたのだった。


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