5 未熟者
「依頼は果たした。今度はそちらが約束を果たす番だな」
「あー、その件なんだが……」
先手を切って切り出すと、思った通り代表の男は渋るような声を上げた。
「どうした?支部長から話は聞いているのだろう。食料は有限だし、できることなら調子の良い今の内にさっさと出発してしまいたいんだがな」
構わず続けて言うと、今度は男を始め一団の者たちの目がギラリと怪しい光を帯びたことが感じ取れた。
「かかった」
それとほぼ同時に、隣に立つニアからギリギリ聞こえるかどうかという声量の呟きが届く。腹話術のようにほとんど口を動かさずに発せられたため、対面していた男ですらそのことを見抜けてはいなかった。
当然、更に距離が離れた場所にいた仲間たちでは気が付く事もできなかっただろう。唯一支部長だけは勘付いているかもしれないが、中立の立場を貫くつもりのようなので問題はない。
しかし、一体全体どうしてニアはそんな技術を持っていたのか。謎である。彼女曰く「研究者たる者が会得しておくべき七つの技術の一つ」ということらしい。
ちなみに、残り六つの技術については研究者像が崩壊していきそうなので、ディーオは尋ねることをしていない。
「これだけ大量の物資を運んできてくれたんだ、無理をしたのではないかね」
「うん?まあ、多少はな」
男の問い掛けに含みを持たせて答える。正確に言えば、無理をしたのは突然の支部長の指示によって大量の品物を町の人々に怪しまれないようにかき集めることになった者たちなのだが、そこまで懇切丁寧に教えてやる必要はないので黙っておくことにする。
何より、そのことを指示した張本人がここにいる訳で、伝えておくべきだと判断したならば彼から話すだろうと考えていた。
それはともかく、どうやら男たちは依頼品を運んできた影響で、ディーオたちが必要とする物を持ち込めていないと思ったようだ。
まあ、そう考えるように誘導した部分もあるのだが、これほど上手くこちらの思惑通り引っ掛かってくれるとは予想外だった。
「この人たちって、別の迷宮でも他のパーティーとグループを組んで、力押しで踏破していたのかも……」
再びニアからの呟きが聞こえてくる。確かに、一団の様子から深く考えるのは得意ではないような印象は受けていたので、その予想は当たっていると言えそうだ。
ただ、だからといってこの連中が無能だと考えるのは大きな間違いである。他のパーティーとグループを組むというのは数の面では有利になるが、逆に戦闘時の連携が取り難くなるといった不利な面も存在するからだ。
現に今、三十階層にまで到達しているということは、そうしたマイナスを補って余りあるだけの能力を持っているということの証明に他ならない。
甘く見ていてはあっという間に足元を掬われかねない。ディーオは気を引き締めながら、掛けられるであろう言葉を待った。
「良ければ――」
「それなら俺たちがポーターとして雇ってやるよ。そっちの女も魔法が使えるようだし、少しくらいは戦力になるだろう」
代表の男の言葉を押しのけて、一人の冒険者がそう口にした。ニタニタと嫌らしい笑みを浮かべたその顔は、明らかに二人を見下したものだった。
「おい、お前!何を言っているんだ!」
慌てて代表の男が食ってかかるが、その人物は気にした様子もない。それどころか、
「うるせえな。俺に指図するんじゃねえよ。大体お前だって似たようなことは考えていたんだろうが」
と言い返す始末だ。しかも「うぐっ!?」と声を詰まらせたことでその意見を肯定してしまっていた。
そして一団はというと、代表の仲間であろう疲れた仕草をしている者たちと、それ以外の口さがない男と同意見なのだろう、これまた嫌らしい笑みを浮かべた連中の二通りに分かれていた。
それらの様子を伺っていると見せかけながら、彼らの背後に佇む支部長へと視線を向けると、呆れた顔で小さく肩を竦めているのが見えた。
どうやら交渉には出るだろうと考えてはいても、遠慮の欠片もない上から目線の物言いをするとは予想していなかったものであるらしい。
「だそうだけれど、ディーオ、どうするの?」
言葉だけならディーオに選択を委ねたかのように聞こえるが、その実その声音や発せられる雰囲気全てが拒否することを明確に訴えていた。
そんなニアの意見を無視して、是と答えられるだけの勇気をディーオは持ち合わせてはいなかった。もっとも、元よりそんな答えを出すつもりなどなかったのだが。
「あんたたちの言い分は良く分かった。……が、断らせてもらう」
「はあ?断るだと!?どういうつもりだ!」
その回答が気に入らなかったのか、横槍を入れてきた男が叫び始めた。
その姿を見ながら、なぜそれほど自分たちの要求が通ると信じられるのか、ディーオたちは不思議に思っていた。
「ポーター風情がふざけた態度をとるんじゃねえ!」
そんな二人の姿に腹を立てたらしく、更に男は怒鳴り散らしていく。
「どうせここまでだって誰か腕の立つ奴らにでも連れて来てもらったんだろうが!役立たずのポーターならポーターらしく俺たちの言うことに従っていればいいんだよ!」
叫ぶうちに自分の言葉に酔ってきたのか、男の顔が愉悦に染まっていく。だが、希少な大容量のアイテムボックス――正確には『空間魔法』なのだが――を持ちながら、その命を奪われることなく、加えて三十一階層まで到達しているということについては全く思いも至っていなかった時点で、その考えは大きな誤りなのであるが。
更に男のパーティーメンバーだけでなく、他の一団の連中も止める気配がないことから、本心としては同じ考えなのだと見て取れたのだった。
「支部長の呼びかけに応えて集まってきた人たちだから、どんなに優秀な人たちなのかと思っていたけれど、案外大したことないのね」
ニアの言葉に一団の者たちが固まる。辛辣な台詞であったが、ディーオもおおむね同意見だった。
そして、さしもの支部長もこれには苦笑いを浮かべていた。まあ、わざわざ横紙破り的な行為を行ってまで物資の補給をしてやった連中が、自分の顔を潰すような発言や態度を取ったのだから、その程度で押さえているだけでも寛大な対応と言えるだろう。
「呼びかけに応えたといえば聞こえはいいが、要は目の前の迷宮を放り出してやって来たってことだからな。一流には届かなかった連中なんだろうさ」
よくよく考えてみれば、余程支部長に恩があるということならばまだしも、最前線で迷宮の踏破を進めていた者たちが、それを放棄してまで集まってくるとは考え辛い。
冒険者本人たちもそう考えるだろうし、何よりそれぞれの迷宮の管轄である冒険者協会の各支部が、そうした人材を離すことはないはずだ。
つまり、集まってきたのは二流以下や、良くても一流半の実力しか持っていない連中だと考えられるのだった。
そしてディーオたちもまた、たった二人で三十一階層までやって来たことで、一流半程度の実力ならば十分に兼ね備えていた。その証拠として、一団の者たちを前にしても気圧されるようなことがなく、身勝手な要求を受け入れずにいられたのである。
「俺たちに喧嘩を売ろうってのか……。上等だ、買ってやろうじゃねえかよ」
割って入ってきた男とそのパーティーメンバーが憤る横で、当初一団の代表として話しかけてきた男とその仲間たちなどは自らの力量が分かっているのか、そしてそれを見抜かれたことに驚いているのか、黙ったままであった。
そこまで客観的に自分たちのことが見られるのであれば、同行者の手綱くらいちゃんと握っておいて欲しいものだと、ディーオとニアはこっそりと胸の内でため息を吐く。
一方、そうしている間にも件の男たちはどんどんとヒートアップしていた。
「実力の違いってやつを体に覚え込ませてやろうじゃねえか」
「そうだな。身の程ってものを思い知らせてやろうぜ」
自分たちが三流悪役のような台詞を口走っていることにすら気が付いていない有様である。まるで道化だと思いながら、その一貫して変わらないこちらを見下した態度にいい加減腹も立ってきていた。
あちらがその気であるのなら実力行使に出るのも手だろう。
「双方とも、そこまでだ」
半ば本気でどうやって男たちを叩きのめそうかと考え始めたところに、涼やかな声が通り抜けて行く。
出所へと視線を向けると、傍観に徹していたはずの支部長がいつの間にかすぐ近くにまで近付いて来ていた。
「ディーオ、気が付いていた?」
「いや。まったく……」
一切を知覚させることなく接近するという人間離れした技を体感させられて、二人は戦慄を覚えていた。
深層まで到達したことや新しい『空間魔法』の使い方を模索して会得したこと等の経験から自身のレベルアップの手ごたえを感じていたのだが、この化物の前ではその程度の上達などないに等しいものだったと痛感させられていた。
冒険者最高峰の頂は遠い。
一方、一団の連中も代表とその仲間たち、騒ぎ立てていた男たちを問わずに、全員が支部長の力量を目にして押し黙っていた。その辺りは腐っても高等級冒険者というべきか、自分たちよりも遥かに強い存在の見極めはできるようだ。
「ディーオもニア君も、あの交渉の仕方では及第点をあげる事はできないね」
そんな硬直した世界でただ一人、自在に動き回ることのできるその男は静かに批評――というよりはダメ出しか――を始めた。
「終始強気でいたのは恐らく切り札や奥の手があったからだろう。そうした自信の根拠となるものを持つことは決して悪いことじゃないけれど、同時に、それを使ってしまった後の事も考えておかないといけない」
「切り札を使った後……?」
「そうだ。得てしてこういうものは情報が不確定で、隠されていてこそ最も効果を発揮するものだ。それはそうだ、バレてしまっては対策を練られてしまうんだからね。つまりだ、切り札を切るということは、確実に相手の息を止めることが求められる。更に言えば、目撃者全ての口を封じなくてはいけなくなるんだ。さて、先程までの君たちにそこまでの覚悟はあったのかな?」
支部長の問い掛けに、ゆるゆると首を横に振る二人。
同時に、自分たちがいかに浅慮だったのかを思い知らされていた。特にディーオの『空間魔法』は半ば伝説化している程のものだ。存在に気が付かれるだけで大変な騒動が巻き起こってしまう可能性は十分にあるのだ。
そうならないためには「目撃者は全て消す」という支部長の指摘通りのことを行わなくてはいけなくなる。
いくら気に食わないといっても相手も冒険者、そうたやすく倒されてはくれないだろう。文字通り命が掛かるのであれば尚更だ。
そうしたリスクを即座に思い浮かべることができなかった辺り、自分はまだまだ未熟者だと痛感してしまったのだった。




