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ポーターさん最強伝説  作者: 京 高
十章

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3 輸送依頼遂行中

 ディーオとニア、そして別行動で支部長が三十階層へと転移したのは五日後のことだった。いかに支部長の息が掛かっていたとはいえ、二十人近い三パーティー分の食糧をこっそりと集めるのは相当の手間が必要となっていたのである。


「よお、ディーオにニアちゃんじゃないか。話は聞いているぜ」


 三十階層へと直通の『親転移石』が隠された一室には、見張りの男が一人いるだけだった。そんな男からの気安い挨拶にディーオは軽く頭を下げることで応える。

 ここしばらく金策のために毎日のように迷宮へと出入りしていたため、二人はほとんどの見張りたちと顔馴染みになっていたのだ。


 こうした関係を築くことができたのは、情報を集めようと二人が見張りたちに積極的に挨拶をしたり話しかけたりしていたからである。しかし同時に、大量の魔物肉を市場に卸してマウズの台所事情改善に一役買っていたことも影響していた。

 要するに、見張りたちもまたディーオたちが狩ってきた肉を口にしていたのだ。


「話を聞いているということは、支部長さんはもう?」

「ああ。少し前に三十階層に向かって行った」


 ニアの問いにもすんなりと答えてくれており、上々な信頼具合と言えそうだ。

 そして支部長は今頃、ディーオが出した条件を三十階層で待機していた冒険者たちに説明し、了承を取り付けているのだろうと推測された。


「だが、まさかあの人がこんな手に出てくるとはなあ……」


 こんな手、というのはアイテムボックス持ちであるとされているディーオに、食料や物資を運ばせるという作戦のことだろう。

 支部長が発案したこの作戦は、見張りの彼からしても突飛で異常なものに感じられるものだったようだ。


 迷宮とは一種の極限状況の場である。そうした極限状況下で生き残るためには各個人の力量もさることながら、同じ状況下に置かれている者をどれだけ信用することができるかが重要になってくる。迷宮探索の基本単位がパーティーとなっているのは、何も慣例だからというだけではないのである。


 対して、依頼者とその受諾者という関係においてそこまで強固な信用を持ち、更にはそれを維持することができるだろうか?

 答えは是であると同時に否でもある。つまりはケースバイケース、それぞれの事例ごとに異なってくる。

 しかしながら否である可能性がある以上、積極的に登用する事はできないと判断されることが多数派を占めるのである。

 迷宮の中で必要な物資が届かないとなれば命の危険に直結するのだから当然の帰結と言える。


「支部長は本気であの連中に迷宮を踏破させるつもりなのかもしれないぞ」

「まあ、そうなのかもな」

「なんだ?意外と余裕そうじゃないか?」


 確かにディーオとニアは二人という極小人数で三十階層にまで到達している。だが、現在三十階層にいる連中もまた、マウズへとやって来てから数か月という短期間でそこまで至った猛者たちなのである。

 そうした点から、見張りの彼は個人の力量としてはほぼ互角なのではないかと予想していた。なれば当然、人数が多いあちらの方が有利になるはずだと思っていたのだ。


 この考えはある点において間違いであり、ある点においては正解であるといえる。それというのも迷宮内の大半が狭い空間で成り立っているため、一度に戦える人数に限りがあるからだ。

 しかしながら、前線に立つ人間を入れ替えることで、疲労や怪我を軽くする事はできることもまた事実なのである。

 よって現状としてはディーオたちの方が一方的に不利だとまでは言えないのだった。


 加えて、彼らには三十一階層へと何度も挑戦しては生還してきたという経験を有している。一階層分ではあるが、深層ともなるとそんなわずかな差が決定的となることも十分に考えられるのだ。


「まあ、ただでは起き上がらないということさ」


 ニヤリと笑っては含みのある台詞を言うに留めたが、それが意味するのはもちろん支部長に出した交換条件のことである。


「はあ……。言っておくがあの支部長の要求に物を言える冒険者なんてお前たちくらいなものだぞ」

「そうなんですか?こちらの意見や要望とか、きちんと聞いてくれる人ですよ」

「いやまあ、それは俺も良く知っているんだがな」


 突然ひょっこり現れては迷宮に異常が起きてはいないか、または見張りをしている際に気になることはなかったか等々の聞き取りを冒険者協会マウズ支部の支部長就任時から行っていた。

 そのためか部下である協会職員たちよりも、迷宮入り口で見張りをしている者たちの方が彼と直接言葉を交わした回数が多いという状況となっていたのである。


 ちなみに、勤務態度が悪かった者には減給や降格などの罰が与えられてきたため、見張りたちの中では「支部長の抜き打ち監査」として恐れられていたのだった。


 更に余談だが、支部長のこの行動は、迷宮の異変や迷宮内で発生した冒険者間の問題を一早く察知するためであるとともに、グレイ王国を始めとするちょっかいを出そうと虎視眈々と狙っている組織に対して圧力をかけるためでもある。

 以前にも述べたが、見張りの中には様々な組織からの間者も紛れ込んでいた。実際には全く預かり知らなかったりするのだが、現役特級冒険者の彼が足を運ぶことで、そうした者たちの多くが自分たちの企みが露見してしまっていると錯覚してしまうのだった。


「俺が言いたいのはそういうことじゃなくてだな……。特級なんていう冒険者の頂にいる相手に意見するってことが尋常じゃないというか、恐れ多いと思ってしまうって話だ」


 『特級』という地位は名誉職的な意味合いが強いため、現役の冒険者に与えられることは通常ではあり得ないとさえ言われていた。

 そんな常識を覆してしまった支部長は、冒険者たちにとって憧れでもあり畏敬の対象でもあったのである。また、そうした感情を抱くのは冒険者だけに止まらず、見張りの彼のように冒険者上がりの人々もまた同様なのであった。


「恐れ多いって……。いくら何でも大袈裟じゃないか?いくらあの人が人間種の数倍を生きてきた長寿でそれに応じた知識と経験を持っているにしても、間違えることなく正しい道ばかりを選べるなんてことはないはずだ」

「私もディーオと同意見ですね。尊敬するのは問題ないですけど、絶対視するのは危険だと思います」


 盲信は容易く依存となり、自ら思考する力を放棄することにも繋がりかねない。


「俺だって、そこまで傾倒するつもりはねえよ。だが、たまにのめり込んじまっているような輩もいるからな。用心しておくことだな」


 この部屋の『転移石』で移動した先にいる冒険者たちは皆、支部長が大陸各地から呼び寄せた者たちとなる。中には彼に対して信頼や敬愛を超えた信仰のような感情を持っている者がいたとしてもなんら不思議ではない。

 普段の差しで話し合っている時はもとより、第三者の視線がある際の口調であっても、不敬だという印象を持たれてしまうかもしれない。


「ああ、うん。言動には十分気を配るようにする」


 既に交換条件を出すという大それたことをしているため今更という感は否めないが、それでも気を付けるに越したことはないはずだ。

 男の忠告にディーオたちは素直に頭を下げたのだった。


 そして二人は三十階層へと移動したのだが、到着した途端、強烈な敵意を浴びせられるという洗礼を受けていた。しかも『子転移石』が置かれていた部屋には誰もいなかったにもかかわらず、である。

 小部屋を出た先にいる集団の中には、気配の察知に長けた者がいるようだ。どうやら単に物量でごり押しすることで深層まで辿り着いたという訳ではないらしい。


「生命線ともいえる食べ物とかを持って来たというのに、歓迎されてはいないようね」

「別に仲良しこよしをしに来た訳じゃないんだ。放置しておけばいいさ」


 しかし、こうした展開になるかもしれないと予測していたためか、二人には衝撃を受けた様子はない。


「こうしていても仕方がない。さっさと荷物を渡して三十一階層の護衛をしてもらおう」

「そうね。面倒なあの階層を消耗なくクリアできるのだから、この好機を利用しない手はないわよね」


 冒険者協会で情報を仕入れてきたとはいえ、その先はディーオたちにとっては未知の階層となる。可能な限り万全な状態で突入したいと考えるのは当然のことだろう。


 小部屋から外へと繋がる唯一の扉をノックというよりは殴りつけるような勢いでガンガンと叩く。


「マウズの冒険者協会支部長からの依頼を受けて物資を運んできた者だ」

「……。……入ってくれ」


 扉越しのくぐもった声に従って小部屋から出ることを選択するが、返答があるまでに微妙な間が合ったことで二人の警戒の度合いは上がっていた。

 最悪、扉を開けた瞬間に問答無用で攻撃されるかもしれないと覚悟を決めていたのである。


 だが、幸いなことにそうした事態が起こることもなく、ディーオとニアは無事に次の部屋へと入ることができていた。

 先の部屋にいたのは二十名程の男女だった。しれっと支部長が混じっていたりしたのだが、そのことについてはあえて気にしないでおく。


 年の頃は最も若い者でもディーオたちよりも数歳年上の二十代中頃であろうと思われた。反対に最年長とおぼしき者たちも三十代終盤くらいにしか見えない。まさに体力気力共に脂ののった年代の者たちばかりであるように見受けられたのだった。

 もっとも、冒険者の中には支部長のようにエルフやドワーフと言った長命種の血を引いた者がいたり、これまた支部長のように年齢不肖な風貌の者もいたりするので、外見だけで全てを判断できたりはしないのであるが。


「よく来てくれた」


 そう言いながら近づいてきたのは比較的年嵩の人物だった。恐らくはこの集団の統率者か、それに近い位置にいる者だろう。

 だが言葉とは裏腹に、やはり歓迎されているとは言い難い雰囲気であった。


 そう感じた理由は何か?


 こっそり周囲を伺っていたディーオは、有ることに気が付いて少々懐かしい気持ちになっていた。


 こちらへと向けられた視線の全てに、(あなど)りや(あざけ)りといった感情が込められていたからである。

 ポーターという職に就いている彼は、そうした視線に晒されることが一昔前までは頻繁にあったのだった。


 ディーオもニアも連中に比べれば若く、更に言えば強者の貫禄などとは程遠い華奢な体格をしている。支部長がどの程度までこちらのことを説明していたのかは不明だが、少なくとも自分たちと同じだけの力量を持っているとは思ってもみないという表情であったのだ。

 つい先程、敵意をぶつけられたにも関わらず何ともないように振る舞っているのは、ただのやせ我慢だとでも思っているようだった。


 だが、別にこの連中と長期間一緒にいるつもりなどない二人は、油断してくれているならば別にそれでも構わないと考えていた。

 下手にライバル意識でも持たれてしまうと、競争するように迷宮を進んで行かなくてはいけなくなるからだ。ただでさえ危険な迷宮の深層なのだ。探索に集中していなければ、簡単に命を捨てることになってしまう。

 そうした事態に陥らないためにも油断させたままでいようと企むディーオたちなのであった。


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