7 酒場での騒動
ディーオがニアからの説教を受けてより二日後、二人の姿はマウズの町中にあった。三十一階層とゴーレムたちの特殊性を支部長に報告するためである。
即日に帰還しなかったのは、違和感のない程度まで滞在日数を稼ぐ必要があったためだ。というのは名目で、ディーオが持つ蓄魔石がどれほどの力を秘めているのかを検証するため、翌日は再び三十一階層へと赴いていた。
そう、何とあれだけの説教に関わらず、彼はいまいち自身の持つそれの危険性を理解していなかったのだ。
「それなら、実際に見せてあげるのが一番手っ取り早い方法かもね」
ディーオ曰く、そう口にした時のニアの笑顔は、恐怖で底冷えしそうになる程の美しさだったらしい。
後にその事を聞かされた四人組は、前後関係を誤魔化されていたこともあって「え?今のこれ、微妙に惚気られている?」と思ったそうである。
幸か不幸か、その日の三十一階層は普段通りであり、従来通りの四種のゴーレムだけしか現れることがなかった。更にそれらも特におかしな行動をすることはなく、戦術も戦略もない力押しの戦いを挑んでくる連中ばかりだった。
「あはははははは!!さあ、燃え尽きなさい!」
魔力切れを気にする必要がなかったためか、それとも単調な動きばかりのゴーレムたちに余計な気を回す必要がないと感じたのか、高笑いを伴った悪役張りの台詞を叫びながら、ニアはそれらを殲滅していった。そのはっちゃけぶりと言えば、それなりにこの世界の常識を意図的に無視しているディーオですら思いっきり引く程のものだった。
「明日は町に帰ろう。そして彼女のストレス発散に付き合おう」
と堅く決意したのだとか。
蓄魔石の危険性について理解させるという目的は達したものの、同時に別の危険性についても強く刻み込んでしまったニアなのであった。
そんな一日を追加し、その次の日には町へと帰還してきた二人だが、それでも深層への往復に掛かるだろうとされている期間とほぼ同じだった。
そのためか、二人の今回の挑戦は大失敗に終わったらしいという噂が、いつの間にかマウズの町に流れていくことになるのだった。
「それで兄貴、本当のところはどうなんだ?」
のんびりと休暇を過ごしていたディーオとニアの元に、四人組が揃って詰め寄ってきたのはマウズの町に戻ってきてから数日後、ちょうど噂が蔓延した頃のことだった。
「お前たち……。そういう秘密を聞き出そうとするなら、もっと場所というものを考えろよ」
込み上げてくる頭痛に耐えるように軽く額を押さえながらディーオは呻いた。
それというのも彼らがいるのは毎度おなじみ『モグラの稼ぎ亭』であり、しかも日が落ちてすぐの晩飯時ともあって、周囲には数多くの冒険者たちが無関心な振りをしながらも耳をそばだてていたからだ。
ちなみに、ジルもエプロンドレスを着けて店内を忙しそうに動き回っていたが、しっかりと聞き耳だけは立てていた。周囲の者たちがどう思っていたとしても、彼女にとってウェイトレスは仮の姿なのである。
「どうするの?」
「どうしたものかな……」
延々と三十一階層でゴーレムたちを相手にしていたため、目に見えて分かり易い成果である武具等の装備品やアイテム類などといったものは一切持ち帰ることができていない。
そういう意味では噂通り大失敗だったともいえる。だからこそ二人は噂に対して異を唱えることはせずに、様子見を続けていたのである。
もちろんただそれだけではなく、噂の発生元が他にも隠れた意図を持っているのではないか、と疑っていたという部分もあった。
しかし一方で、新しい魔法や技を投入して実戦で使えるものへと昇華させるという内面的な成長があった。また、ゴーレムの生態についての考察を行ったり、新種のゴーレムを持ち帰ったり――十数個の部品に裁断されたものではあったが――と今後の探索に置いて重要になるかもしれない発見をいくつもしていた。
そうした点から言えば、今回のディーオたちの挑戦は大成功に近いものだったと言えるかもしれないのだ。
「あー……、いくつか気になることを見つけたが、それだけだったかな」
「後は連携の取り方とか、私たち自身の動きに関することとかかな」
「深層のことはやたらと話してはいけないことになっているから、このくらいで勘弁してくれ」
結局、それらしいことを言って誤魔化すことになるのだった。嘘は吐いていないので、後は受け手がそれぞれどう解釈するかに任せることになる。
そのため、ディーオたちのことを良く知っている者や好意的に見ている者などは、「言えないような何かがあった」と捉えることになった。後に、この何かが別方向に暴走して、二人を大いに困惑させることになるのだが、それはまた別の話である。
さて、反対に好意的ではない者や疑いの目でいた者たちはというと、
「そうやって適当なことを言っているだけなんだろう」
一人が吐き捨てるように言った言葉に「そうだ、そうだ!」と周囲の者たちが騒ぎ立て始める。
「まあ、そう思われても仕方がないな」
槍玉にあげられても、ディーオとニアは涼しい顔のままだった。実際、本当のことが含まれているとしても、とてつもなくぼやかして答えている訳で、まさしく適当な回答であったと言える。
ある意味図星を突かれた格好だが、彼ら自身がそうなるように仕向けていたので、狼狽することもなければ激昂することもなかったのだった。
大半はそうした飄々とした態度に毒気を抜かれてしまったのだが、残念ながら今回の面子の中には血の気が多い者が混じっていた。
「手前……、なめてんのか?」
定番な台詞を口走りながら、最初に文句を言ってきた男が睨みつけてきたのだ。赤い顔をしているのはおちょくられていると感じて怒ったためなのか、それとも酒が入っているが故のことであろうか。
「いや、全くもって本心なんだが」
「私たち自身、胡散臭いもの言いだと感じているものね……」
二人からすると、もはや苦笑するより他ないという状態だった。
だが男からすれば、そうした態度もまた癪に障るものであったようだ。
「ふざけんじゃねえぞ!」
いきり立って手元のテーブルをドン!と叩く。その瞬間、カウンターの奥にいたマスターの眉がピクリと動いたことに気が付いたのは、ディーオを始めとした数名の常連だけだった。
「お、おい。気持ちは分かるが、そんなにいきり立つなよ」
男の側にもそうした常連の冒険者がいたのか、慌てて落ち着くように言い聞かせている。最初に煽ったことへの責任を問われて、とばっちりを受けては敵わないと考えたのかもしれない。
「うるせえ!ここまで虚仮にされて黙っていられるか!」
その場にいた誰もが「別に虚仮にはしていないだろう」と思ったのが、指摘する者はいなかった。
既に男は完全に赤ら顔となっており、一目見ただけでも酒に酔っていることが分かったからである。言うだけ無駄だと分かり切ったことをする者は誰もいないのだ。
ちなみに、男の元に運ばれていたのはエールの入った小さめの杯が一つきりで、しかもその中身もまだ半分くらいが残されたままとなっていたのだった。
「相手が酔っ払ってはいるけど、ここまでストレートに絡まれるのも久しぶりだな」
喧嘩を売られているはずのディーオは至って冷静、というよりどこか感慨深げな表情となっていた。
アイテムボックス持ちである――と思わせている――ことを含めて、ディーオはマウズの町の有名人の中でも上位に入っている。護衛対象の商隊の荷物を全て〈収納〉で仕舞いこんでやって来たことからしても、さもありなんという話だ。
その後もポーターという職に反して怒涛の勢いで迷宮を踏破していったり、市場に欠かせない食料調達係となったりと話題に事欠かない存在であった。
余談だが、新しい料理の考案者であることは、本人が一切料理をしない、できないために一部の人間にしか知られていない。
それ以上にマウズの武具職人の顔役であるドノワ親方に色々と変わった物を作ってもらっていたことについては、本当にごく少数の者しか知らないことである。
そして作ってもらったものの、その大半は用途不明のため異空間の肥やしとなってしまっているのだった。
閑話休題。
そうした経緯から、ディーオは絡まれたり喧嘩を売られたりということがそれなりに多かった。一時などは町中や迷宮内を問わずに闇討ち紛いの襲撃を受けそうになったことすらある。
まあ、どちらの場所でも〈警戒〉で居場所は掴めていたため、〈跳躍〉で攪乱して自滅するように仕向けたのだが。
後から思い返すと、成人後間もない年若い見た目というのもそれに拍車をかけていたのか、同年代のブリックスと組んでいた時が最もそうした騒動が多かった時期であるような気がしていた。
そうした状況に歯止めがかかったのは数か月前のことだった。四人組をコテンパンにぶちのめしたあの一件は、彼の力量を冒険者たちに知らしめる結果ともなったのだ。
更に決闘前のやり取りで「怒らせると危険なやつ」という印象を職員含めてその場にいた者たち全員に刻み込んだのである。
支部長が本格的に親しくし始めたこともこれに拍車をかけた。つまりマウズの冒険者界隈においてディーオは、支部長ですら一目置く存在だと認知されたのだ。
どこの世界でもそうだが、権力者や力持つ者の覚えが良い人物に対して、進んで手を出そうとする者はほとんどいない。ましてや彼はそうした特別扱いをされているという自覚がない状態で、それを笠に着て無茶なことをしたり、言ったりするようなことはなかった。
それならば変に手を出して立場を理解させない方が、お互いににとって安全だということになったのである。
「おい、懐かしんでいるところ悪いが、マスターの機嫌がまずくなってるぞ」
すぐ側の席で成り行きを見ていた常連からの耳打ちを受けて、ディーオの顔が途端に青くなった。
それというのも『モグラの稼ぎ亭』で騒ぎを起こした者には、罰としてこの店への出入り禁止に加えて、酒類の提供が一切禁止されるからだ。これはマウズ全域に及び、この決定に反して酒類の販売を行うのは違法な連中のみだとすら言われている。
実はここのマスターは、マウズの市場を取り仕切っている者たちの内の一人なのだ。新興の町であるマウズに多種多様な酒類があるのは、彼が冒険者であった頃の伝手を使って集めているからに他ならないのであった。
「最も厳しい永久出入り禁止を喰らったやつは、早々にマウズから姿を消したそうだ……」
「いくら稼げても、一番の使用先がダメになったら意味がないからなあ」
店内のあちこちで恐怖に彩られた会話が繰り広げられていた。四人組やニアにジルなどのマウズに来てから日が浅い者たちは、その様子について行けずにキョトンとしている。
そして当事者であり最も状況を理解していないであろう男は、そんな店内の様子に苛立ち、それを発散させるために手前に置かれたテーブルをゴンゴンと叩き続けていた。
「やべえ!マスターは店の備品を壊されるのを何より嫌うんだ!このままじゃあ俺たち全員、数日間の出入り禁止を言い渡されちまうぞ!?」
客である冒険者たちからすれば八つ当たりだが、マスターからすれば知っていて止めなかった、未必の故意ということになる。
これは絡まれた側のディーオにも言えることで、いや、絡まれているからこそ他の者たちよりも重い沙汰が下されることになるだろう。
そんな未来を回避するため、彼は慌てて行動を開始するのだった。




