6 舞い戻る二人
新しい理論による『空間魔法』の実験は見事に失敗してしまったが、転んでもただでは起きないのがディーオという青年である。
いや、ここはどちらかと言えば生来の負けん気の強さというものが頭を持ち上げたという方が正解かもしれない。
要するに、ムキになってしまったのである。結局彼も、負けず嫌いについてはニアのことをどうこう言えるような立場ではなかったということだ。
深層に来てからの二人は、三十一階層に赴いては『変革型迷宮』に慣れると共にゴーレムの調査を続け、頃合いを見て三十階層へと戻り休息するという毎日だった。
そんな生活を過ごしながら、ディーオは『物質を元にした魔法の展開と固定』と『〈転移〉で『空間魔法』を移動させる』という二つの訓練を繰り返していたのだ。
もちろんニアにはバレないように就寝前にこっそりと、である。
素直に協力を求めなかったのは、『異界倉庫』について話していなかったからであるが、「冒険者としての先輩として、常に一歩先んじていたい」という想いもあった。まあ、この点については本人も明確には自覚をしていない部分ではあったのだが。
余談だが、〈裂空〉の改良も同時に行っていたため、こちらの訓練についてはニアに勘付かれることはなかったのだった。
このように日々の訓練によって、新しい魔法が使えるだけの下地は徐々に整いつつあった。
しかしながら、活用できるようになるのは今しばらく先の話になるはずであった。それというのもやはり魔力の消費量が大きく、こればかりはディーオも手を加えることができなかったからである。
ところが、これに関しては思わぬところから解決することになる。『異界倉庫』の隅に、いくつかの蓄魔石が転がるように放置されていたのだ。
しかもそれは異世界で産出された、とんでもなく膨大な容量を持つ物だったのだ。
ディーオたちの世界であれば最低でも国宝級という、迂闊に表に出したら戦争の引き金になってしまう程の代物であった。
勘の良い諸兄であればもうお分かりのことだろう。そう、ディーオはその蓄魔石をちゃっかりと拝借――本人曰く「借りただけ」らしい――していたのだ。
しかも、である。この時彼はもう一つ重大なことについて知ることになる。
それは、『異界倉庫』内の魔力濃度がとてつもなく高いということだ。どれくらい高いのかというと、彼が拝借した蓄魔石程度であれば、わずか一日で完全充填できてしまう程だった。
比較対象として例を挙げるならば、『空間魔法』の新理論を考え出した同一存在のいる世界で約一カ月、ディーオの世界でならば、どんなに早くとも五年以上の時が必要であった。
もしもディーオが野心家で名声欲に駆られていた存在であったならば、ラカルフ大陸だけでなくこの世界全てが彼の手によって支配されることになっていたかもしれない。
それほどまでに強大な力を手に入れてしまっていたのである。
だが、当の本人はそんな認識もなければ、そんなことをするつもりも全くなかった。
事ここに至っても彼の望みはただ一つ、「迷宮を最深奥まで踏破して、その力をもってして異世界の料理を食べまくる」ただこれに尽きる。
こうしてこの世界は生き物全てを根絶やしにするような戦火に苛まれることなく、また一歩、未来へと進んで行くことができたのだった。
また、この行動はディーオの世界へとやって来た男のような良からぬことを考える同一存在に、危険な蓄魔石が渡ることを防ぐことにもなった。
その結果、複数の世界が滅亡の危機から抜け出すことができていたのであるが、そんなことは知る由もないディーオなのであった。
少々話の筋が横道にそれてしまったので、この辺りで軌道修正をしておこう。
魔量消費に関しては解決策を得ることができた訳だが、それだけで新たな『空間魔法』が実用化できる程に単純なものではなかった。
先にも述べた通り、ディーオはようやく下地が整ってきた段階でしかなかったのである。それを曲がりなりにも完成形にまで引き上げたのは、ニアの使用した〈ウォーターブレード〉に触発された、負けず嫌いな性格であった。
加えて、〈裂空・割〉が不完全な形であったことも大いに関係していた。失敗こそしなかったが、急遽組み上げ直したためにディーオとしてはかなり不満な出来となっていた。その記憶を上書きするためにも、新しい魔法の実践投入を計ったのだ。
無謀な試みだと思われるかもしれないが、これは後々のことを考えると必要なことでもあった。
なぜなら、失敗した記憶、不満の残る記憶というものは長く残り続けてしまうからだ。そしてそれらは同様の記憶を量産しようとする傾向がある。つまり、更なる失敗の呼び水となってしまうのである。
この場合で言うと、新しい魔法や技能を実戦で試そうとした時、どんなに訓練や練習では上手くいっていたとしても必ず失敗するという事態を引き起こすのである。
それは戦場に置いて極めて大きな隙を作り出す危険を持つものであり、なおかつ著しく成長を阻害されるということでもある。
そうした心理状況を発生させないためにも、同じく新規投入する魔法によって不満な記憶を駆逐しようと目論んだのであった。
と、もっともらしく述べたが、この行動の原点はディーオの負けず嫌いの心に火が付いたことであることに変わりはなく、かなり無謀なことでもあったことに違いはない。
碌に完成形も見えていなかった新技術をいきなり投入するなど通常では考えられない、いや、やってはいけないことの部類の行為であった。
それこそ相手が未だ力押しの動きしかできないゴーレムたちだからこそ通用したともいえるのだ。
もっとも、今後の成長の可能性も考慮して確実に核となっている魔石を破壊しなくてはいけないという、特有の条件があったためにやむなく使用したという側面もある。
卵が先かそれとも鶏が先かという問いに似た部分も確かに存在していたのだった。
「こんな風に色々と事情が重なった訳で、それでも上手く倒すことができたのだから、それで良しとすればじゃないかと思う、ん、だが……」
正面に立つニアの頬がピクリと引きつるのが見える。その瞬間、言葉の選択を誤ってしまったことを悟ったディーオだったが、それは遅きに失していた。
決して大柄とは言えないはずの彼女がやけに大きく感じられる。まあその一因として、床に正座なる座り方をさせられていたこともあるのだろうが。
三十二階層へと続く階段を守るように陣取っていたゴーレムの一団を完膚なきまでに叩き潰した後、ディーオたちは急遽先に進む予定を変更して、三十階層へと戻ってきていた。
その際に二人の間に諍いが発生したため、三十階層への階段前にいたゴーレムたちは八つ当たり気味に壊滅させられることになったのだった。
予定通りであれば倒されることのなかったゴーレムたちを不幸だと思うか、それとも本分に従い侵入者と戦うことができて幸せだったとみるかは判断が分かれるところかもしれない。
ともあれ、三十階層へと戻って来たディーオはニアの気迫に打ち勝つことができず、こうして小部屋の片隅でセイザをさせられ、洗いざらい――ある程度はぼやかしたり誤魔化したりしていたが――事情を白状させられていたのであった。
「……上手く倒せた?そうね、結果だけを見ればそういうことになるのかもしれないわ。でも、それと同じくらい過程というものも大切なの。大体、これから先何度も戦わなくちゃいけないだろうゴーレムに切り札を使うなんて大失敗もいいところ。しかも相手は学習して強くなるかもしれないというおまけ付き。これを失策と言わずしてどういえばいいのかしらね?ああ、全て倒せたのだから問題ないだなんて意見は結構よ。実際今回はその通りだった訳だし。ただ、あなたは大事なことを失念してしまっている。分からない?〈地図〉や〈警戒〉でも見通せない場所が存在しているということよ。もしも迷宮によって作られた結界の先に潜んでいたゴーレムがいたとすれば?簡単に解析がされてしまうとは言わないけれど、背後に迷宮という常識外れな存在がある以上、対抗策を打ち出してこない保証はないわ」
矢継ぎ早に繰り出されるニアの指摘に、何度か反論を試みようとしたディーオだったが、その度に先回りされるように言葉で封じられてしまい、最終的には縮こまっているしかなかったのだった。
そんな様子の彼に、ニアはやはり問題の本質が分かっていないようだと頭を抱えたくなっていた。
そう、実は彼女が問題視していたのは、先ほど長々と語った台詞の中にはない点だった。
真に問題だと感じていたこと、それはディーオが『異界倉庫』から持ち出して来ていた、あの蓄魔石の数々なのである。
数年をかけてでも充填しきることのできない超巨大な容量を持つということだけでも反則気味なのに、それらはこの世界でもありきたりな蓄魔石とほとんど変わらない見た目だった。精々、一般品よりわずかに輝きが強いように感じられるくらいだろう。
この時点で、ニアはこれらの品は世界の均衡を崩す恐れのある危険な、あってはならない代物だと直感していた。
しかも、しかもである。ディーオであればそんな超巨大容量の蓄魔石であっても、たった一日で充填しきることができるというではないか!
一つ選択を間違えれば、冗談でも何でもなく国を挙げて捕獲され、飼い殺しにされてしまうかもしれない危機的な状況と背中合わせとなってしまっていたのである。
余談だが、ニアは『空間魔法』についてもそれなりに危険なものだという認識を持っていたのだが、現状では適性を含めてディーオしか扱えないということなどから、秘密にさえしておけば問題ないだろうと捉えていたのだった。
「……ということなのだけど、理解できたかしら?」
「それじゃあ、ゴーレムとのことについてのお小言は何だったんだ……」
「あれはあれでちゃんとしたお説教よ。言った通りの展開が発生することだってあり得るんだから、切り札の披露はするべきじゃなかったのよ」
それなら彼女の〈ウォーターブレード〉はどうなのだという反論を、ディーオはギリギリで飲み下すことに成功していた。言ったところでこう返されるのは目に見えているからだ。
すなわち、「これはこれ、あれはあれ」と。




