5 更に新技投入
槍の技能を上げること、短槍をもっと上手く扱えるようになることは、前々からのディーオの課題ではあった。
しかし、なかなかそれを実行に移さなかったのは、『空間魔法』があったからだろう。
その意識を変えるきっかけとなったのは、『新緑の風』に同行した時のことだった。地力を高めることの重要性を痛感したのである。
その後、様々な冒険者と組んだりして迷宮探索の能力を鍛えると同時に、短槍で出現する魔物を倒すことによってその技量を少しずつ上昇させていった。
そして極めつけとなったのが、八階層での事件と同一存在との戦いだった。
臨時ながらニアとコンビを組んだことで、前衛の役割をこなさなくてはならなくなったこと、異世界よりやって来た同一存在には、切り札だった『空間魔法』が使えなかったこと。こうした出来事から『空間魔法』に頼らない戦闘能力の強化だった。
そして正式にニアとコンビを組み、破竹の勢いで三十階層まで踏破する中で、多くの種類の魔物との命のやり取りを行う中で短槍の技量も勢いよく伸びていた。
だがそれを加味しても、彼の力量ではたった一振りでゴーレムの岩石のような腕や足を切り飛ばすことなどできるはずがなかったのだ。
これが英雄譚などで登場する伝説級の武器などであれば、ニアもまた納得できたかもしれない。
しかし、ディーオが使用していたのはマウズの町の鍛冶師であるドノワが鍛えた物だった。
もちろん、マウズの町の武具職人たちの顔役になるほどの腕前を持つ彼が、ディーオの要望に沿って作り上げた一点物であり、品質的には通常の店売りで手に入る物の中では最上級の一級品である。持ち主の能力や技量を余すことなく発揮できる良品といえるだろう。
反対に言えば、持ち主の力以上に強力になることはないので、やはりニアの疑念を払拭できる要素とはなり得なかったという訳である。
「刃の部分から魔力を感じる?」
それを感じ取れたのは彼女が元研究者であったからであろう。未知なることに自然と興味を駆られ、観察していたが故のことだ。
本人が言っていたように、負けず嫌いだという性格も大いに関係しているのだろうが。
「これは……、『空間魔法』の魔力波形かしら?」
一般的には知られていないが、魔力は魔法として使用された時には特徴が発生する。個別の魔法でもそうだが、それ以上に分かり易いのがそれぞれの属性としての特徴だ。
ニアが所属していた研究所では『波形』として捉えていたようだが、他に『魔力紋』や『魔法陣』、『魔唱』などそれぞれの組織によって様々な捉え方がされている。
ちなみに、これこそディーオが出会った当初のニアを、危険視して遠ざけようとしていた要因である。『空間魔法』だと特定はされなくても、既存の魔法とは違うことに勘付かれてしまうことを恐れたのだ。
「……刃に魔法を付与している?いえ、各属性系の魔法とは違って、『空間魔法』による攻撃は無属性に近いものがあるはず。そんな特性を付与したところで結果はほとんど変わらないはずだわ」
魔法の付与とは武具や道具に魔法効果を込めることだ。
例えば、燃え盛る炎に覆われた武器や、風刃による追撃が発生する武器などは見た目が派手なこともあって、人気のある魔法付与である。
岩石を纏わせて防御力を高めた鎧や、マントや外套に水や火の魔法付与によって暑さや寒さを和らげるといった使い方も可能だ。
道具に使用される場合で一番多いのは、やはり松明やランタンといった照明器具の代わりということになるだろう。
光の魔法が付与された道具類は町中に野外、迷宮内と様々な場所で活用されている。
一方で、魔法の付与はその魔法の持つ属性の効果を付け加えるという側面が強い。
そのため、魔力をただ純粋な力に変えただけの『無属性魔法』では必然的に効果が薄くなるのである。そしてニアの呟きにあった通り、『空間魔法』での攻撃は無属性に近い性質を持っていた。
「付与ではない、だけど魔力波形は相変わらず感じることができる……。まさか!?常時展開しているというの!?」
ニアが辿り着いた答え、それは常人では考え付かない、考え付いたとしても実現不可能だとされていることだった。
すなわち、魔法の永続使用である。この場合の永続というのは恒久的なという意味ではなく、不断のものということだ。が、それでも常に魔法を使い続けているということになるので、膨大な量の魔力が必要となることには変わりがない。
「確かに彼の魔力量は私のような専属の魔法使いに匹敵するものではあったけれど、それでもこれだけの長時間魔力切れを起こさずに使い続けていられるなんて考えられないことだわ……。これがもしも他の魔法にも応用可能だとすれば、とんでもないことになるはず……」
頭をよぎった恐ろしい未来予想図に、ぶるりと体を震わせるニア。
絶対に解明して場合によっては『空間魔法』と同じく秘密にさせなくてはいけない、と心に強く誓うのだった。
ニアが呆れながらも驚嘆する一方で、ディーオは着々とゴーレムたちを攻撃不能に、そして行動不能に追い込んでいた。
彼が用いていたのは、〈裂空〉や〈障壁〉の基礎となる『空間に隙間を作る』という魔法だ。
正確にはもっと複雑ではあるのだが、これを飛ばして遠距離にまで攻撃範囲を伸ばしたもののが〈裂空〉であり、これを広く展開したものが〈障壁〉ということになる。
ディーオはこれを短槍の穂に沿うようにして展開し固定することで、通常では持ちえない攻撃力を手にすることができていたのだった。
しかし、これだけであればニアが予想した通り膨大な魔量が必要となっていて、あっという間に魔力切れを引き起こしていたことだろう。
それを回避することができたのは、ひとえにディーオの持つ固有能力、『異界倉庫』の賜物だった。
話は数日前へと遡る。三十階層までを踏破して発見した『転移石』を用いてマウズの町へと帰還した翌日のことだ。
この日は深層攻略を始めるための準備と休息に当てられており、ディーオとニアの二人にしては珍しく別行動をとっていた。
『モグラの稼ぎ亭』でウェイトレスを務めているジル――すっかりこちらが本業になってしまった感があるが、本人曰く臨時のバイトであるらしい――に会いに出かけたニアを見送った後、ディーオは用をこなすために一人宿の部屋へと戻っていた。
余談だが、一人出かける彼女は心残りがあるように何度も彼の方を振り返っており、それを目撃した者たちを大いに脱力させることになったという。
さて、ニアの一緒に行かないかという誘いを断ってでも、ディーオがしなければいけなかったこととは何だったのだろうか?
それは、『異界倉庫』の確認であった。
既に『空間魔法』については彼女に告白していたディーオだったが、この固有能力については未だ秘密にしたままだったのである。
『異界倉庫』には異世界の自分たちが、他の世界の自分たちに向けて役に立つだろうと思われる物――現物以外では知識を記したものも多い――を入れてくれている場合が多いのだが、なかには容量に制限のないアイテムボックスであるかのように、何でもかんでも放り込んでくる人物もいたりしていた。
未だ他の世界の自分に利になるような理論もものも開発することができていないディーオは、せめて倉庫が使いやすくなるように定期的に片付けをしていた。
と、これは半分建前であり、残り半分の本音は「何か面白い物が発見できるのではないか」という宝探しの気分であった。
この日もまた、翌日からの深層探索に役立つような物や理論がないか、乱雑に放り込まれた用途不明品たちを分別していた。
「なんだこれ?」
それを見つけたのは、粗方の整理と分類が終わり、細々とした小物類の確認をしていた時のことだった。
「レポート?……いや、その素案みたいなものか。それとも実験の際にメモ代わりに書かれたか?」
この世界の商人たちが見たら、大枚をはたいてでも手に入れたいと叫びそうな上質の紙に、それは殴り書きのように記されていた。
「発動させた『空間魔法』を、別の『空間魔法』で移動させたらどうなるか?……また妙なことを思い付いた人がいるな」
異世界の技術や知識を得る機会に恵まれたためか、同一存在たちは変わり者であることが多かった。
しかし、かくいうディーオ自身も異世界の料理を食してみたいという理由で迷宮を踏破しようとしているのだから、全くもって他人のことはどうこう言えた筋合いではないのだが。
「どちらかと言うと、この『器物に沿って魔法を展開させる』っていう技術の方が俺にも使い道がありそうだ」
特定間の瞬間的な移動を可能にする、いわば普遍的な『転移石』の開発の初期段階としての考察されたものであり、門となる装置の表面に〈転移〉の魔法を展開と固定をするというものだった。
「その復路づくりのために〈転移〉の魔法を〈転移〉で移動させようって訳か……。なんだか言っているだけで混乱してきたな……」
まるで横着しているようにしか思えない考え方だが、その人物のメモによるとその展開の仕方が最も誤差なく両方向からの行き来が可能になるのだそうだ。
「だけど、恒常的に使用できるようにするとなるとどれだけ魔力があっても足りなくなるんじゃないか?」
最終的な完成形としては、複数の蓄魔石を順繰りに用いることで安定した魔力の提供ができるようにしたいと書かれていた。
「蓄魔石の魔力吸収能力なんて微々たるもののはず……。ああ!ここよりもずっと魔力が濃い世界なのか!」
ディーオたちの世界でも蓄魔石は魔力を蓄える性質を持っているが、一方で使用された魔力が回復力していく速度は人と比べてかなりゆっくりだ。
そのためか蓄魔石に魔力を込めることができる人材は貴重で有用とされており、どこの国でも引く手あまた、どころか取り合いにすらなっている程である。
表沙汰にはなっていないがラカルフ大陸でもこの百年くらいの間に、それら人材が元で国家間が緊張状態になった事例の数は両手の指では足りないくらいとなっていた。閑話休題。
「それにしても『物質を元にした魔法の展開と固定』に、『〈転移〉で『空間魔法』を移動させる』か……。試してみる価値はあるかもしれないな」
が、いくら同一存在によって生み出された理論だとしても、ディーオにそれを扱えるだけの技量と知識が備わっているということではない。
その後帰ってきたニアに、魔力切れによる疲労でぶっ倒れているところを発見されることになるのだった。




