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ポーターさん最強伝説  作者: 京 高
九章

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2 解体調査

 倒したゴーレム――といってもディーオの『空間魔法』によって分断されて、いくつもの部品に分かれていたのだが――を〈収納〉するついでに見分を行ってみると、二人が想像もしていなかった事実が明らかになってきた。


「これは……ナイフ?」

「随分と小さいな。投擲専用なのかもしれない」


 最初にニアが見つけたのは申し訳程度の柄が付いた刃渡り十寸程の刃物だった。


「魔物を相手にするには力不足になりそうね」

「攻撃力は二の次で牽制をしたり注意を引いたりするには使えるかもしれないぞ。ああ、罠が仕掛けられているところに投げつけて、わざと作動させることも可能か」


 と、使用方法について考察を行うディーオたち。

 ゴーレムたちが三十一階層に発生する宝箱の中身を回収し、その身と一体化させることがあるのは既に述べた通りである。

 そして、迷宮に発生する宝箱には実に様々な武具やアイテムが収められている。そのため、多少珍しいものを持っていたとしても疑問には思わなかったのだった。……この時までは。


「これ、よく見たら刃のところがボロボロになっているわ」

「え?」

「ほら。微かにギザギザになっているでしょ」


 良く見えるようにと、拾い上げたナイフの刃の後方に左手の掌を添えた。


「止めろ!」

「きゃっ!?」


 その瞬間、ディーオがその手を叩いた。驚くニアの短い悲鳴と、ナイフが床に転がる甲高い音だけがその場に響いた。


「いきなり叩いて悪かった。怪我はないか?」

「ないわ。だけど……」

「ああ。ちゃんと説明するよ」


 そう言うとディーオは転がっていたナイフを拾い上げた。

 そして、じっくりとその刃先を確認する。


「確かに刻み目がある……。ニア、これは別に劣化した訳じゃない。わざとそうしているんだ」

「え?」

「これは俺も聞いたことがあるだけだから正確なところは分からないんだが、こうすることで対象に小さくとも高確率で傷をつけることができるようになるらしい」


 ブリックスが知ったかぶりを発揮したのか、それとも生まれ育った村から旅立った際に護衛を務めていた冒険者たちから聞いたものだったのか。

 いつ、誰から聞いたのかも思い出せない程の曖昧な記憶だった。


「でも、そんな小さな傷をつけてどうするの?」


 強大な相手の体力を徐々に削っていくという戦法はそれなりに有効であり、またそういう戦法しか取れない場合があるということはニアも理解している。だが、戦闘経験の絶対数が少ないため、そこで思考が止まってしまうのだった。


「痛みというものはなかなかに厄介なものなんだ。放置しておくとふとした拍子に蘇ってきて集中力を乱すことになる」

「魔法の発動の妨げになるのね」

「それだけじゃない。弓矢の狙いにも影響が出るだろうし、前線で武器を叩きつけ合っている者同士であれば、一拍に満たない意識の空白であっても致命傷に繋がる。特にこういう刻み目のあるもので付けられた傷は、切れ味鋭い武器の傷に比べて痛みを感じやすいそうだ」


 ただ切るだけではなく同時に引っかいたり抉ったりするため、複雑な傷となってしまうためだ。

 当然跡が残り易く、こうした形状の武器が女性冒険者たちからは嫌われている主な要因となっている。


「それだけじゃないわよね?さっきのディーオは……、そう!慌てている感じがしたわ」


 ニアの言う通り、彼が彼女の手からこの小型のナイフを叩き落とすという行動に出たのは、間違いなく焦っていたからである。


「小さくても傷さえつけられれば良いということもあるんだ。例えば……、毒を使う場合とか、な」

「ひっ!」


 ディーオの台詞にニアが小さな悲鳴を上げて後退る。


「怪我していないのなら平気だ。と言っても不安だろうから、これでも飲んどけ」


 ポイっと放り投げられたものを掴むと、陶器の小さな瓶だった。

 コルクの栓を外して匂いを嗅いでみると、強烈とまではいかないがそれなりに青臭い。何かの植物を潰した汁を加工した物――匂いからしてそれほど手順の多い仕事ではなさそうだったが――らしい。


「なにこれ?」


 その匂いに思わず顔をしかめながら尋ねると、ディーオは悪戯を成功させた子どものような良い笑顔になっていた。


「薬さ。約束があるから詳しい採取地や効果は言えないけどな」


 浮かべられた笑顔と合わせて、胡散臭さ倍増の台詞である。

 しかも、わざとそう思わせるようにしてからかっているのだから、ニアが不機嫌な顔になるのも致し方ないというものだろう。

 まあ、こうやってじゃれ合うことができるのも、彼女の体に毒が入り込んではいないと確信できているからだ。


 ちなみに、ディーオが渡したのはエルダートレントから教わったコナルア草を用いた劣化万能薬であるので、本当に毒に侵されてしまっていたとしても治療が可能だったはずだ。

 精神的な安定を得る為だけに使うには、もったいなさ過ぎる代物である。


 コナルア草は三十階層までを踏破した際に二十階層に立ち寄った時にこっそり採取しておいたものだ。秘密にして決して出回すようなことはしないと支部長と約束したが、迷宮内で自分たちが使用する分には問題ないだろうと考えていたのだった。


 さて、なぜディーオが支部長との約束の隙を突くような形になることを承知の上で、劣化万能薬を所持していたのかというと、この世界、特に冒険者界隈では毒の使用が頻繁にあるからだ。

 『毒』というとその言葉尻から悪い感情を持たれやすいのだが、力の弱い者がより強い相手を倒すための正当な技術でもある。

 そして魔物という絶対的な強者を相手取る冒険者たちの中にその技術を磨くものがいても何ら不思議ではないのだ。

 また、毛皮や外骨格などに価値がある魔物の場合、できるだけ傷を付けずに倒すことを求められる。そうした要求に応える上でも、毒は使い勝手の良い手段であった。


「幸いにも今回は毒が塗られていなかった可能性が高いが、次からは刃先などには極力触らないように用心しろよ」


 自分でも迂闊だったという思いがあったのだろう。

 ディーオの苦言にニアは素直に頷いていたのだった。


 余談だが、劣化万能薬の味は相当酷いものだったようで、口にした瞬間からニアは吐き出さないようにすることに全神経を集中しなくてはならなかった。

 そのせいか他のことには一切気を回す余裕がなく……。

 乙女的には許し難い状況となってしまったようで、後からこの件についてディーオに記憶の全てを忘却するように迫ったのだとか。


 その後も〈警戒〉によって脳内の〈地図〉上に示されたゴーレムたちの動きに変化がないのをいいことに、ディーオたちはその場で倒したゴーレムの見分を続けていた。

 三十階層に戻ることも一つの手ではあるのだが、逆にそちらは他の冒険者の目に留まるかもしれない危険性があったからだ。


「新型の存在を知った上で秘密にしている、という奴らがいないとも限らないからな」

「ゴーレムの新型ともなると、新種の魔物を発見したのと同じくらいに価値があることよ。公表した方が成果として誇ることができると思うのだけど?」


 元研究者であるニアからすれば、自らの発見や成果を隠すなど意味のない行為にしか思えなかったようである。


「その気持ちは良く分かるけどな」


 苦笑するディーオ。その言葉通り彼自身もまた、これまでは自分たちの成果を奪おうとする者がいないかという点を重点的に警戒してきた。

 しかし、新型ゴーレムを発見したことでその考えは変化することになる。


「迷宮踏破を成してしまいそうな相手を潰すことが目的なのだとすれば?」

「まさか!?……だけど、それならば確かに新型の存在を隠す理由にはなるわね……」


 直接手を下すのは下策といえる。失敗した時のことを考えれば、自分たちの罪が露見してしまう可能性があるためだ。

 迷宮の門前町である都市は、いくら栄えているとはいっても大都市とまではいかないのが常だ。

 当然顔見知りは増えることになり、襲った相手がそういう顔見知りである可能性は高いのである。もっとも、中には一人の顔見知りもいないような、非正規のルートで迷宮に入り込んだ者たちもいるのであろうが。


「つまりそうした連中が考えるのは必然的に、迷宮内で魔物に敗北するように仕向けるということだ」


 消極的な策ではあるが、後腐れもなければ良心の呵責に耐える必要もない。

 迷宮に挑む者として、魔物に敗北してしまう程度の力量しか持っていなかったのが悪いのだから。


「同業者ですら信用できないなんて因果なことね」

「それは冒険者に限った話でもないだろう」


 同業者同士が互いに利害関係にあるというのは、商人に然り、職人に然りだ。貴族などその最たる存在といえるかもしれない。


「それもそうか。人間って本当に因果な生き物ね」


 話しの向きが壮大なものになって行ったが、やっているのはいくつにも分割して倒したゴーレムの更なる分解である。


「あ、ディーオ見て、これ。左腕の中にさっきのナイフと同じ型の物がいくつも内蔵されてる」

「……最悪、魔力を使ってナイフを連射されていたかもしれない。これは他のところも細かく調べてみないといけないな」


 そして分かったことはといえば、各所に武器が仕込まれていたこと、そしてそれのほとんどが毒を併用することが可能であることだった。


「針に吹矢、腕の先には爪、足の爪先にもナイフのような刃物……。よくもまあ、ここまで武装したものね」

「…………」

「どうしたの?」

「まるで暗殺者だと思ってな」


 小柄な体格に壁や床にとけ込みそうな体色、そして奇襲や不意打ちに特化した武装と、考えれば考えるほどその印象は強くなっていった。


「その割に、接近の仕方はお粗末じゃなかったかしら?」


 ニアの言う通り、ディーオの『空間魔法』であらかじめ接近を察知されていたとはいえ、通路の真ん中を堂々と歩いてしまっていたため、簡単に目視で発見することができていたのだった。


「それに、結局どれにも毒が塗られているような形跡はなかったのよね?」


 そう、毒を塗布することで大幅に殺傷力を上昇させることができるはずなのに、それが使用された後はただの一つにも見られなかったのだ。


「……どうにもちぐはぐだな。まるで形から入ってみたものの、中身がさっぱり伴っていない感じだ」


 その得体の知れなさに、何とも言えない不気味さを感じる二人なのだった。


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