6 ゴーレムキングダム
三十一階層はマウズの迷宮に置いて深層と呼称される一帯の始まりの階層である。『変革型階層』という新しい形式の階層構造を持ち、それゆえ探索の難易度は一気に跳ね上がっている。
しかし、実は探索が難しくなった原因はこれだけではない。出現する魔物も大いに関係していたのである。
未だ到達者が少なく、更には三十階層の『転移石』など秘密にしなければならないことが多いために町では大っぴらには口にされることがないのだが、三十一階層には一種類の魔物しか出現しないことが判明している。
その魔物こそ、魔法生物のゴーレムである。
だがここで一つ注意するべき事がある。一口にゴーレムと言ってもその大きさや形は様々であり、その強さはかなり異なっているという点だ。
例えば、先だってディーオたちが倒した『兵士型』は最も多く発見され、そして撃破されている形態のものだが、およそ二尺足らずという人間の成人男性並みの大きさである。
また、一対の腕に二本の足とその形も人間種に酷似しており、頭の天辺から足の先まで全身鎧を着込んだ衛兵のような外見をしている。
実際のところは似通って見えるだけで、本物の人間とは異なり鎧自体が外皮のようなものなので外す事はできなくなければ、その中身に目や耳に口といった器官も存在しないのだが。
肝心の中身の材質はゴーレム全体の共通として土や石材であることが多く、迷宮が拡大する際に取り込まれた周囲の土を利用しているのではないかと言われている。
他にも、同じく人間種に似た形ながら兵士型よりも一回り小さく動きの素早い『偵察型』や、馬の首から先に当たる部分が人間の上半身という大型で異形の『騎士型』、一見すると大型の破城用弩弓が自走しているようにしか見えない『石弓型』などが遭遇、討伐されている。
更に、目撃事例だけとなるが『魔法使い型』も存在すると言われている。そして極めつけがそれら他のゴーレムたちを指揮する個体の噂である。
ゴーレムばかりが存在し支配しているという事実に、それらの噂が重なり合って、いつしか三十一階層はこう呼ばれるようになった。
数多のゴーレムが闊歩する地、『ゴーレムキングダム』と。
「最初に資料を読んだ時には、何を大袈裟なことを書いているのかと思っていたけれど、こうして何度も繰り返しゴーレムばかりと戦っていると、理解できるような気になってくるものね」
「できることなら、理解したくはなかったんだがなあ……」
ディーオたちが初めて三十一階層へとやって来てから十日余りが経っていた。
この間、先日話し合った通り深層の『変革型階層』に慣れるためと、結界によって罠や魔物が隠されていないかの調査のために三十一階層に出入りすることを繰り返していたのだった。
もっとも、途中からはゴーレムたちの性能や機能の検証に労力の大半が割かれていたのだが。
そして今日も今日とて、三十一階層の探索を終えた二人は三十階層にある小部屋で体を休めていた。
「魔法に対する個体差はなかったけれど、型ごとに弱点となる属性が違っていたのが分かったのは収穫ね」
正確には極わずかな個体差はあったのだが、誤差の範囲内として十分に収められる程度のものでしかなかった。
これは魔法を使う側にも関係している。常に威力や精度が全く等しい魔法を使用し続けることなど不可能なので、多少の違いは誤差とするしかないのだ。
加えて観測や計測それ自体が魔法を使用した側の感覚に一任されているという点も挙げられる。
要するに、統一的な基準となるものが存在していないために、計測結果も大まかなものとなるより他ないのだった。
「弱点もだが高耐性の属性があったことも重要だぞ。とりあえず魔法をぶつけておけば良いっていう考え方ではダメだと分かったんだからな」
その元となっている材質に加え、生き物が持つ内外の器官という弱点がほとんど存在しないため、ゴーレムに対しては魔法による遠距離からの攻撃が推奨されているためである。
なお、ほとんどと述べたのはゴーレムにも一点だけ魔石という急所が体内に存在しているからだ。これを破壊したり取り出したりすることで活動を停止させることができるのである。
ただし、大半の生物の内臓器官のように特定の場所にある訳ではない。分かりやすい例を挙げるならばスライムの核と同じように体内であればどこにでも存在し得るのだ。
もっとも、こちらはあちらのように動き回ったりはしないとされている。が、一方で大半のスライムは半透明で核の位置が透けて見えている。
そのため、どちらが御しやすいかは相対する者がどの程度の力量を持っているかによることになるだろう。
「確か……、兵士型は『火属性魔法』に弱く『風属性魔法』に耐性があったんだよな?」
「そうよ。それで偵察型が水に弱く火に強い、騎士型が土弱点の水耐性、石弓型がそれぞれ風と土という関係だったわ」
「この違いは一体何が影響しているのだろう?」
「一番に考えられるのは使用されている魔石の違いだけど、取り出せた魔石はどれもボロボロだったからよく分からなかったのよね……」
魔石が存在しているという事実からゴーレムのような魔法生物も魔物に分類されている。
しかし一般の魔物であれば高額の収入源となるはずの魔石が、魔法生物に関しては外見も悪く内包されている魔力も微々たるもののため、二束三文でしか取引されることはないという欠点がある。
他の魔物のように体外からエネルギーを得ることができず、魔力を動力源としているからではないかと推測されているのだが、真実のほどはいまだに明らかになってはいない。
これらのことから、労力の割に役に立たないものに対して「ゴーレムの魔石」などと揶揄されることがあるのだが、例え冒険者であってもゴーレムと遭遇する機会自体が少ないので、ゴーストの慣用句ほどは用いられていないというのが現状である。
ちなみに、魔法生物ではなくゴーレムと言われているのは、単に語感が良いからだろう。
「解明できてもいないのに、新しい謎が次々に出てくるな」
「まあ、研究なんて大抵がそういうものよ」
まさにお手上げという体で緩慢に両手を上げるディーオに、苦笑しながらニアが告げる。
口調こそ軽いものだったが、そこには研究に従事していた者特有の諦観にも似た感情が込められていたのだった。
「ところでディーオ、持ち込んだ食料や水はまだ平気なの?」
「まだ半分以上は残っているぞ」
異空間へと〈収納〉された食品などが傷むことはないのをいいことに、なんと彼は一カ月分以上もの食べ物――当然、調理済み――を買い込んでいたのだ。
加えて、これまでコツコツと買い占めていた料理などもある。その気になれば年単位で迷宮に居座る事もできるだけの食べ物を保管していたのであった。
「ああ、そうなんだ……」
食べる物がないというのは危機的な状況であり、それを回避できているということは喜ばしい事である。
にもかかわらず、ニアの返答は重苦しいものだった。
ディーオとしてもその反応は十分すぎる程理解ができるので何も言わない。
どうしたところで最低でも数日間は十四階層からこの三十一階層までの往復にかかる時間分として、このまま迷宮内に逗留しなければいけないことに変わりはないからだ。
更にゴーレムについて調査したことを報告するのであれば、その倍以上の十日前後は必要となる。
「まあ、休暇とでも思ってのんびり――」
「できる訳ないでしょ!こんな何もない上に陰気な場所で!」
迷宮の機能によって行動するのに支障がない程度の明るさは保たれているが、逆を言えば最低限の明るさしかなく太陽の下とは比較にならない暗さである。
そんな場所で数日間暮らせと言われれば、嫌がらせか何かの罰だと思う人が大半だろう。
「だよなあ……」
さすがに無理のある考え方だったかと、ディーオは頭を掻きながらあらぬ方へと顔を向けていたのだった。
「うう……。町に戻ってお店を冷やかして回りたい」
そしてここで「買い物をしたい」ではないのが、ニアらしいと言うべきか。結局、町の喧騒が恋しいという一種のホームシックが発症していたのである。
実のところ、彼女ほどではないにしてもディーオもまた同じ感情が胸の内でくすぶっていることを自覚していた。
どうしてこのような事態になってしまっているのかというと、まず、本来の目的が順調に推移したためである。
以前の階層踏破の際の調査が無に帰す『変革型階層』は確かに脅威だ。戻る時にも同じく探索をしなくてはいけないという苦労は心身共に負担が掛かる。
だが、そこで経験したこと全てが無駄となる訳ではない。出現する魔物や罠への対処法など、蓄積させることで精度が増すものもあるのだ。
更に『大改修』とは違って探索中の階層内に変化が起こるということはない。
そのことに気が付いた時点で、二人にとってこの場所は多少踏破の面倒な階層へと成り下がったのだった。
そしてホームシック発祥の要因の二つ目だが、三十一階層が稀に見る旨味のない階層であったためである。
ゴーレムの魔石が儲けにならないことは先にも記した通りであるが、その他の部分も極めて価値がないのである。その材質がごく一般的な土や岩石なのだから当然の話だ。
たまに物好きな好事家や研究者がゴーレムの買取りを依頼してくることがあるが、この場合には条件として「状態が良い物」という但し書きが付くのがお決まりであった。
つまりそれだけ倒すのが難しくなってしまうのだ。
それだけではない。なんとこの階層、迷宮の目玉ともいえる宝箱が存在しないのだ。
より正確に言うならば、宝箱が発生してもゴーレムたちに持ち出され、取り込まれてしまうのである。魔法生物であるせいか、ゴーレムが取り込んだ武具やアイテムはゴーレムと一体化してしまう。
その際に材質も変化してしまうらしく、倒したところで元あった物を得る事はできないようになっていた。
つまり、三十一階層を探索する意味も利点もなくしてしまっていたために、ディーオたちの胸には郷愁の念が飛来していたのだった。




