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2 情報のすり合わせ

「あの……、照明器具の話は三十階層にいたスライムを倒すためではなかったんですか?」

「いやいやいや、全然違う。あれはただ用意する備品に手を抜かず、しっかりと準備をしろと伝えたかっただけだよ」


 ニアが尋ねると、支部長は慌てて首を横に振った。

 聞けば先日、魔法で明かりをつけるから必要ないと照明器具を持たずに迷宮へと入ったパーティーがあったそうなのだが、ものの見事に道に迷った上に魔力が尽きてしまい、真っ暗闇の中を彷徨わなくてはならなくなったのだそうだ。


「基本を(おろそ)かにしていては痛い目を見る。二人なら大丈夫だとは思ったが、一応老婆心から忠告させてもらったんだ」

「ということは、スライムは関係ない?」

「全くないね。むしろ照明器具を使ってどうやってあの巨大スライムを倒したのかを教えてもらいたいくらいだよ」


 想定外の返答に二人は顔を見合わせる。そしてどこまで話すべきかとわずかに逡巡した後、結局は隠し立てするようなこともないだろうと、巨大スライム討伐に関しては全てを話すことにしたのだった。


「魔法だけじゃなく大量の松明を作ってそれを投げつけた上に、魔物の死骸を並べて燃やした炎の防柵を作ったと……。大容量のアイテムボックスを持っていることが前提のとんでもない作戦だね。いや、これを作戦と呼んでいいのか、それすらも迷ってしまいそうだ……」


 散々な言われようだが、本人たちも無茶な方法であったことは自覚していたので、言い返すことはしなかった。


「私の助言と巨大スライム退治がどう繋がるのかは分かった。これからはおかしな含みを持たせないように注意することにするよ」


 立場上、彼の言葉は時に本人の想像とは異なった捉えられ方をしてしまう。そのことが実感できたことは支部長にとって有益なことであった。

 優秀な先達としか見ていないディーオたちですらこうだったのだ。現役特級冒険者という彼の持つ肩書を英雄視しているような者たちであれば、もっと極端な勘違いをしたかもしれない。


 そして三人そろって居住まいを正す。妙な方向に転がってしまったが、巨大スライムの件は他の話題を始めるための枕にしか過ぎないからだ。

 つまりここからが本番なのだ。とはいえ、何から話していくべきなのか。どれも展開次第では他の話題を放置してしまいかねない程の衝撃と重要性を持っている。


「それじゃあ、私の気になっている事から進めさせてください」

「ニア?」


 悩むディーオに隣から助け舟が出された。


「先に聞いておかないと機会をなくしそうだから。それに私が思っている通りなら、これが一番差しさわりのないもののはずだから」


 表情からその言葉にかなりの自信があることが覗えた。どうせ最終的には全てを場に出さなくてはいけないのだ。それならば彼女に任せるのも一つの手であろう。そう結論付けたディーオは、ニアに続きを促したのだった。


「単刀直入に聞きます。三十階層にあったあの特殊な結界について、どれだけ研究が進んでいるのですか?」

「確認だが、君の言う特殊な結界というのは、他者の魔法を魔力に還元して自身の機構の維持に使用している、あれのことだね?」

「その通りです」

「ニア君が元々研究者であったという話は聞いているから、こちらも結論から先に告げるとしようか。あの手の結界自体は他の迷宮でも発見されていて、ほぼ研究し尽くされているという状態だ。そして現状では迷宮の中という特殊な環境でのみ使用が可能なものだとされているよ」

「やっぱり」


 支部長の回答はニアが予想と同じだった。迷宮内部では初めて見た結界の効果と有用性に我を忘れてしまったが、冷静に考えれば不可思議な点がいくつも思い浮かんできたのである。全く誰の話題にも上がっていなかったということがまずおかしい。


 結界の効果を理解した瞬間にニアが叫んだように、これは画期的――過ぎる――な技術なのだ。

 延々と魔法を使い続けることができる魔法使いを生み出すことすらも夢ではないだろう。

 いくら箝口令を敷き情報を規制しようとしたとしても、完全に遮断することなどできはしない。人の口に戸は建てられないとは良くいったものである。

 特にマウズという成長著しい場所であればなおさらだろう。発展中で活気があるということは、即ち人の出入りが激しいということに他ならないからだ。


「裏を返せば、利用価値がないものだから話題に上るようなことはない、ということですよね」


 例えどんなに有用であることが分かっていたとしても、その恩恵に与れないのであればないことと変わりがない。

 三十階層の結界はそうした類のものであった。


「正解。たまに初見の者が驚いて話をすることがあっても、我々協会や国が動くことはないから、すぐに下火になって消えていってしまう。まあ、大半は今の君たちのように報告に来ては事情を知ることになるから、ほとんど酒の肴にも登場することがないのさ」


 余談だが、どうして迷宮内でしか使用できないのかというと、結界を維持するために多くの魔力が必要だということが判明したからである。

 無尽蔵に近い魔力を持つと考えられている迷宮であれば困難でも何でもないのだが、それを人が行おうとすれば数十人単位の魔法使いが必要となるのだった。要するに、完全に収支が合わないのだ。


 それでも戦争などの一部特殊な状況下であれば運用できるのではないかと考えた者もいるのだが、結界を再現するための道具や材料が多岐にわたり、中には入手が極めて困難なものも含まれていた。

 しかも描く魔方陣の規模も巨大で敵側にあっさりバレてしまう。

 こうしてこちらの案もお蔵入りとなってしまったのだった。


「そうだったんですね。教えてくれてありがとうございます」

「大したことじゃないよ。他にこの件で聞きたいことはないかな?」

「いえ。ありません」


 それでも継続して研究を続けている変わり者はいるかもしれない。その中には新しい発見もあるのかもしれないが、それは今の彼らには関係のないことだ。

 先々でそうした者たちと交わる機会がないとは言い切れないが、それを論じていては身動きが取れなくなってしまう。

 頭の片隅に情報としておいておけば十分だろう。


「それじゃあ次の話に移ろうか。……ディーオが聞きたいのは、三十階層にあった『子転移石』と見張り詰所内の『親転移石』についてだろう?」

「それもあります」

「それ()?」

「もう一つ、俺の手には余ることがあるんです。ああ、そっちは後で。多分、場所を変えなくちゃいけないと思いますから」


 ディーオの言葉に支部長は面倒事の予感を嗅ぎつけていた。人間なら数世代、百年を超えて磨き上げられてきた勘である。間違うことなどあり得ない。

 思わず「そちらの件は誰かを身代わりに差し出すべきか?」などと不穏なことを考えてしまっていた。


「と、ともかく、先に『転移石』のことを終わらせようか。……しかし、話せないこともあるのだよな。ここは君たちが聞きたいことに答えるという形にさせてもらおうか。言えないことについては素直に話せないと答えさせてもらう」


 どういった点が機密に関わるのかがバレてしまう、尋ね方次第では機密の内容を推測することができるため、本来であればこのような問答の仕方は下策といえる。

 支部長としては八階層の事件を解決した功労にこうした形で報おうとしていたのだった。


「うーん……。誰が設置したのか、どうして秘密にしていたのか、そして三十階層以外にもつながっているのか。とりあえず聞いておきたいのはこの三点です」

「妥当なところだね。君たちの立場なら、私でもその三つは最低限知りたいと思うだろう」


 支部長の台詞は、遠回しながらも答える意思があると明確に告げるものだった。

 回りくどく感じてしまうが、そういう手順を踏まなくてはいけない事柄なのだとディーオたちは納得することにした。


「まず、誰がということだけど、『親転移石』の方は私たちが作ったものだ。だが、実験の段階で原因不明の動作不良を起こしたため、あの部屋に放置されていたんだよ」 

「原因不明の動作不良?」


 支部長の言葉に眉をひそめて顔を見合わせる二人。

 それはそうだろう、つい先ほど利用したばかりの装置に欠陥があるかもしれないのだから。


「ああ、今の状態で稼働し始めてからはすこぶる安定しているという話だから、安心してくれていいよ」


 そんな彼らの様子を見て、支部長が人の悪い笑みを浮かべて続ける。


「支部長、今のやり方はさすがにどうかと思うんだが?」


 苛立ちを隠すことなくディーオが抗議する。


「いや、すまない。だがこれから深層に挑もうというのに、楽ができると浮かれる者たちが多かったものでね。気を引き締めさせるために脅しをかけることにしているんだ。君たちには無用のお節介だったようだが」


 分かっているのならするな、と叫びたくなったが、悪びれた様子も見られないため、言うだけ無駄になりそうだ。

 通過儀礼の一種だと諦めて受け入れるのが一番なのかもしれない。


「その動作不良を起こした理由は分かったんですか?」


 一足先に飲み下したニアがその後の状況について尋ねる、既に安定しているということだが、不具合の原因も知っておきたいということなのだろう。


「それが依然として不明のままさ。弱ったことにね。ちなみに現在迷宮の入り口で使用されているものは、あれの代わりとして全く同じやり方で作られたものだ。そして二人も知っての通り、そちらは何不自由なく稼働している」

「……危険ではないんですか?」

「危険があるのかすら分からない、と言うのが正解かな。そもそも三十階層の『子転移石』の方は私たちではなく迷宮が設置したものだ」


 それを発見したのが当時最初に三十階層へと到達した『白き灼炎』の面々だった。


「しかし、だからと言って使用を禁止する訳にはいかない。現状十五階層以降への『子転移石』設置の目途は立っていないままだからね」


 毎回十五階層から三十階層を自力で越えなければならないとなると、その労力は計り知れないものとなってしまう。


「私もできることなら二度と二十六階層から二十九階層には行きたくはないです……」


 グリトニーコックローチを始めとした巨大な虫たちを生理的に受け付けなかったこともあり、ニアにとってあの階層は鬼門と呼ぶべきものとなってしまっていた。


「ああ、それは私も同感だね……」


 軽くて頑丈な甲殻や、しなやかで弾力のある触覚など、虫系の魔物素材には他には見られない優れた性質を持つものが多いのだが、いかんせん嫌悪感の方が先に来る者が多いために毛嫌いされる傾向にある。

 当然需要が少なければ買い取りの金額も低くなってしまう。

 低階層のものならまだしも、中階層の終盤に出没するあの巨大な虫たちは敬遠されているのであった。


「それにしても、どうして迷宮は三十階層に『転移石』を作ったんだろうか?」

「さて、どうしてなんだろうね。誰かは深層に入る人間を選別するためだとか言っていたけれど、本当かどうかは怪しいところさ。『ダンジョンマスター』か迷宮の核なら答えを知っているのだろうが、そのためには迷宮の最奥にまで辿り着かなくちゃいけない」


 どちらに問うにしても、楽な道のりでないことは確かである。


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