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ポーターさん最強伝説  作者: 京 高
八章

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1 町への帰還

 三十階層にあった謎の『転移石』を用いて移動してきたディーオたちを待っていたのは、見慣れた鎧姿の男だった。

 余談だがこの男、ディーオたちが八階層の事件の調査をしようと迷宮に入ろうとした際に「気を付けろよ」と声を掛けてきた見張りである。


「一応確認させて欲しいんだが、ここは迷宮の入り口脇にある見張りの詰所、だよな?」

「ああ。その奥の一室になる」


 それもそのはず、対応する『親転移石』が置かれていたのは、大暴動(スタンピート)などに備えて設けられていた見張りたちの詰所の中なのであった。


「なるほど。確かにここなら出入りする人間を簡単に制限できるし、迷宮の入口から十尺以内という条件も満たすことができているわね」

「はっはっは。やるな、二人とも。そこまで予想できていた奴は俺の知る限り一人もいなかったぜ」

「そうなのか?支部長ならこれくらい予想できたように思うんだが」

「それは言えてるな。だが、これに関してはあの人は元から知っている側だったからな」

「やれやれ……。三十階層到達者にしか話せない案件がまた一つ追加か」


 三十階層に『転移石』が置かれていたことの延長とも捉えられるが、それを『冒険者協会』やマウズの町の上層部が知っていたことは、また別の事案だとディーオは考えたのである。


これ(・・)を設置したのは人の側なのか?」


 そのため、この質問を行うのは彼の中では当然のこととして存在していた。


「悪いが、俺はそれを答えられる立場じゃないんでな」

「立場じゃない?」


 まるで噛み合っていないような回答にニアが眉を(ひそ)める。


「はっはっは。そんな怖い顔するもんじゃないぞ。せっかくの美人が台無しになる」


 男の言葉に彼女の顔つきは更に険しいものになっていく。

 ただし、その理由は男がはぐらかす気満々であったことに対してだということに本人以外は気が付いていなかった。


「ディーオ、行きましょう」

「そうだな」


 男の態度からこれ以上は有益な情報を仕入れることができないと見切りをつけたニアは、早々にこの場から立ち去ることを提案する。

 一方で、男の回答の意味を正確に理解していたことで同じ結論へと達していたため、ディーオは素直に応じることにしたのだった。


「はいよ、お疲れさん。……っと、悪い!大事なことを伝え忘れるところだった!」


 すっかり見送る体勢に入ったところで、その台詞通り重要な事柄を伝えていないことを思い出した男は、大慌てで二人を呼び止めた。


「すまんすまん。『転移石(こいつ)』を利用するための説明をし忘れていたぜ」

「ああ、そういうことか」


 その釈明に納得したところで、二人は男の言葉に耳を傾けることにする。


「と言っても難しい話じゃない。詰所に居る誰かに『冒険者カード』の到達階層を見せれば、この部屋に案内してもらえるようになっている。要するに、勝手に使うのは止めてくれということだ」


 ある意味でここは深層へと進んでいる者たちにとって生命線だ。使用するにあたって監視が付くのは当然のことだろう。

 そして冒険者カードが必要である以上『冒険者協会』、特にこのもう一つの『転移石』の事情を知っている者たちに知らされるということになる。


「後の細かい話は協会で聞いてくれ」

「分かった。それじゃあこれから度々世話になると思うからよろしく」

「よろしくお願いします」

「おう。ディーオはともかく、ニアの嬢ちゃんなら大歓迎だ」


 ニアとコンビを組んで以降、定番になりつつあるやり取りを交わして詰所の裏口から建物の外へと出る。

 すると普段彼らが使用しているのとは別の道から町へと帰ることができたのだった。


「詰所に物を運ぶための道か。あるのは知っていたが、まさかこんな使われ方をしているとはな……。道理で深層に向かう連中と顔を合わせたことがないはずだぜ」


 深層までとなると到達するまでの距離だけでも相当なものとなってしまうため、その分だけ時間が掛かるとされていた。

 日帰りが基本の低階層や、長くても数日の中階層とは異なり、深層の探索は最低でも半月、長ければ月を跨いでのものとなるというのが冒険者たちの通説だった。


「それだけの期間を迷宮内で過ごすのであれば、出発の時間なんて誤差にしかならない。だから深層挑む連中は、入口が混み合っていない時間を狙って迷宮に入っているものだとばかり思っていたんだ」

「なるほどね。確かに深層直前の階層に直通できる『転移石』があるなんて、普通は想像もできないわよね」


 冒険者協会へと向かう道すがらで、冒険者となってまだ日が浅いニアに解説を行うディーオの姿があった。

 ちなみに、内容が極秘事項に触れている点については一応理解しているらしく、ディーオの脳内では〈地図〉と〈警戒〉によって不審な動きをする人物がいないかが常に探られていた。


 そうした努力が功を奏したのか、不審人物と遭遇することもなければ発見することもなく目的地へと辿り着く。

 時刻はもうじき夕暮れへと差し掛かるという頃合いだ。仕事を終えるにはまだ少し早い時分であったためか、建物内部は閑散としていた。


 数名いる冒険者たちは迷宮探索を生業としているのではなく、町中の雑用や町の外の魔物討伐などの依頼を中心に行っている連中だろう。

 それというのも、早めに迷宮探索を切り上げてきた者であれば、想定外の成果を得たか被害を受けたかの二択となるからだ。

 そしてそうした輩の感情というのは周囲に伝播しやすい性質を持っている。前者であれば浮かれ、後者であれば沈んでいる。これが建物内全体に広がっているものなのだが、現在はそうした雰囲気はなく至って平常通りという空気が流れていたのだった。


 加えて彼らの面影に幼さが垣間見えたことも、そう判断した材料の一つとなっていた。実際まだ、成人したばかりなのかもしれない。

 このところ異常が相次いだことから、冒険者になりたての者たちの迷宮への出入りの制限が行われていたのだ。


 最低限の武具を身に着けていること、これが迷宮へと挑むための合格ラインだとされているのだが、それは表向きのことだ。

 実際は冒険者として生活していけるだけの稼ぎを得られているのか、またそれだけの経験を積んでいるのかといったことが問われているのである。

 ただ、この辺りの事情はマウズの協会職員にしか知らされていないことなので、ディーオたちが知るところではなかったのではあるが。


「あら、ディーオにニアちゃん。いらっしゃい」


 カウンター越しの受付嬢の第一声もいつも通りのものだ。この挨拶の仕方もどうかと思うが、馴染んでいる証拠だと考えれば悪くはない。

 一時は腫れ物に触るような扱いをされていただけに、ごく普通の対応にありがたみを感じるディーオなのであった。


「こんにちわ」


 迷宮という非日常から解放されたという実感を得られたためだろうか、ニアもニコリと笑顔で応じている。

 そんな彼女に釣られるように会釈をした後、ディーオは用件を話し始めた。


「新しい階層に到達したからカードに記載を頼みます。それと、ちょっと相談したいことがあるので、上の人で誰か手の空いている人がいるなら話を付けて欲しいんですが」


 相手は支部長になるのだろうと予想していたが、話しが大きくならないようわざと「誰か」と伝えた。


「カードへの迷宮到達階層の上書きと、相談ですね。少々お待ちください」


 さすが仕事となると切り替えが早い。この辺りはやはりプロである。容姿だけで選ばれていると思われがちな受付嬢だが、それは完全な偏見だと言わざるを得ない。

 そもそも冒険者という職業は実力主義である。そんな冒険者たちを取りまとめている『冒険者協会』に無能な者がいられるはずがない。

 ましては外部の人間と最初に接することになる受付嬢は組織の顔ともいえる重要なポストとなる。見目麗しいだけで務まるような簡単なものではないのだ。


「お待たせしました。奥の部屋へとお入りください」

「どうも」


 軽く頭を下げて礼を言いながら、支部長室ではないことに内心で首を傾げる。ニアもまた同じことを考えていたのか、視線が合うと不思議そうな表情を浮かべたのだった。

 だが、いつまでもこうしていたところで仕方がない。指示された部屋へと向かった。


「やあ、お帰り。無事なようで何よりだよ」


 が、部屋に入った彼らを迎えたのはいつもの顔であった。


「どうして支部長がここに?」

「どうしてって、ここでうちの職員たちと会議をしていたからだよ。つい先程までね」


 言われてみれば、受付嬢と話している最中にぞろぞろと奥から数名の職員が出てきていたような気もする。


「ともかく座って。連絡は受けているけれど、君たちの口から詳細を聞きたいからね」

「連絡?」

「うん?三十階層にある『転移石』で戻ってきたのだろう?見張り詰所からはそう連絡が入っていたけれど?」

「いつの間に……?」


 急いだ訳ではないが、迷宮を出てから寄り道もせずに二人は冒険者協会(こちら)へと真っ直ぐ向かっていた。

 しかしそれらしい人影を見た記憶は全くなかったのである。


「うちと詰所の間では常に鳩で連絡を取り合っているのだよ」

「ああ、そういうことですか」


 それならば気が付かなかったのも無理はないというものだ。示された内容に納得する二人だった。


 だが、その支部長の言葉自体、本来はおかしなものなのである。


 そもそも見張りの詰所はグレイ王国側が整備したものであり『冒険者協会』とは管轄が異なるのだ。見張りたちも正式には『グレイ王国軍特別迷宮監視部隊』という国直属の組織なのである。

 迷宮で活動している者たちのほとんどが冒険者であることを差し引いても、冒険者協会と緊密な連絡を取り合う間柄ではないはずなのだ。


 しかし、それもこれも「普通であれば」という枕詞が付いている場合の話である。

 なんと支部長は見張り部隊の創立時に、「迷宮に異変があった際に一番に害を被るのは冒険者だが、それに最も上手く対応できるのも冒険者だ」と口八丁に国の担当者を言い包めて、見張りと協会の間で情報をやり取りすることを認めさせてしまったのである。

 それだけでは終わらず、更に「同じ見張りをするにしても迷宮の知識があった方が良い」と元冒険者を次々と部隊にねじ込んでいった。

 そして現在、『グレイ王国軍特別迷宮監視部隊』は国ではなく、ほとんど支部長直属の組織となってしまっていたのだった。


「それで、三十階層まで進んだのだろう?どんな具合だったか教えてくれないかい。しばらく足を運んでいないから、どんな様子になっているのか知りたいのだよ」


 眠りにつく前に親にお伽噺をせがむ子どものような無邪気な笑みを浮かべて、支部長はその身を乗り出してきていた。

 こちらとしても報告しなくてはいけない事に尋ねたい事、そして処理を任せたい事と多岐に渡る。

 さて、何から口にするべきか。しばし悩んだ挙句、ディーオは比較的軽めのものから話し始めることにした。


「まず助言の礼を言っておきます。お陰で巨大スライムを楽に倒すことができました」

「え?」

「え?」


 だが、一つ目の話題からして噛み合うことはなかったのだった。


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