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ポーターさん最強伝説  作者: 京 高
七章

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8 小部屋の扉の先にあるもの

「どうして三十階層(ここ)これ(・・)があるんだ……?」


 呆然と呟いたディーオの視線の先にあったもの、それは到達した迷宮内の各階層と入口を結ぶための『転移石』だった。


「そんな!だって十五階層の設置の時にトラブルが起きて、それ以来設置は見合わせたままになっているはずでしょう!?」


 ニアもまた、無反応なままのディーオに業を煮やして覗き込んだまでは良かったが、そこに設置されていた『転移石』を見て取り乱すようにして叫んでしまっていた。

 と、その声を聞いたことでディーオはようやく我に返ることができた。


「ニア、落ち着け。まだこれが本当に『転移石』なのかどうかは分からないぞ」

「偽物だというの?……これが?」

「それも含めてまだ分からない、ということだ。ただ、ここはもう深層の一歩手前だから、何があってもおかしくはない。最悪、迷宮の性質の悪い罠という可能性も考えられる」


 例えば、これを囮にして落とし穴などが仕掛けられているかもしれない。他にも入口ではなく深層の魔物の巣が行き先となっているとも考えられる。

 また、そんな手の込んだことをせずとも、形だけはそっくりだが『転移石』としての機能がないというだけで、ここに辿り着いた冒険者への嫌がらせとしては十二分の効果を持つだろう。


「ディーオ……。あなたよくそんな人の悪い考えが思い付くわね」


 しかし用心しようと挙げた例えに返されたのは、冷ややかな言葉と呆れかえったような視線だった。

 自分でもひねくれた考えだということは理解していたので反論することはなかったが、実際に直接指摘されて微妙に凹むディーオなのであった。


 ともかく、ニアも落ち着きを取り戻すことができたので調査を始めることにした。

 が、すぐに終わってしまった。

 それというのも先の小部屋よりも更に一回り小さく、一辺が三尺程度しかない立方体の空間であったためである。

 中央に置かれた『転移石』らしきものを除けば、数人が入れば一杯になってしまうだろう狭さだ。


「部屋の方に怪しい所はないようだな」


 見れば分かるという話ではあるが、確認の意味も込めてディーオはそう口にした。脳内に〈地図〉を展開しているのも同じようなものだ。『空間魔法』という別視点から安全を確認しているのである。


「ディーオの、というより『空間魔法』の見立てによると、偽物の線は薄いのよね?」

「一応、そういうことになっているな」


 そしてそこに表示されている限りにおいては、中央に座している『転移石』は本物であるとされていたのだった。


「それも『親』ではなく『子』の方だ。だからすぐにでも使えるということになる、はずだ」


 忘れられがちだが『転移石』には基点となる『親転移石』と、それとを繋ぐ複数の『子転移石』で構成されている。入口に作られているのが『親転移石』であり、各階層に設置されているのが『子転移石』という訳である。


 それともう一つ、一度でも『子』から『親』へと移動しなければ、逆の『親』から『子』への転移はできない仕様となっている。

 マウズの迷宮の場合、十四階層まで『子転移石』が設置されているが、迷宮初心者が入口の『親転移石』からいきなり十四階層まで移動するということはできないようになっているのだ。


 そしてこれは全くの余談となるのだが、実は入口から迷宮へと入ってすぐの一階層にも『子転移石』は設置されている。

 問題なく稼働するかを実験するために作られるだけで、実際に利用されることはほとんどない物だ。

 しかし、全く利用されないという訳ではない。冒険者の間では、この一階層の『転移石』を利用できるようにすることで、その先の階層の『転移石』も無事に利用できるようになる、という迷信じみたジンクスが広く信じられているのである。

 そのため迷宮に潜る者たちの大多数が、一度はこの一階層の『転移石』を利用しているのだった。


 また、貴族や有力者が来訪した時や迷宮都市の祭りの時なども、この一階層に据えられた『転移石』が活躍するまたとない機会となる。

 一瞬で異なる場所へと移動するという非日常の体験は子どもから大人まで大人気のアトラクションとなっているからだ。

 未だどこの迷宮都市においても成功した例のない『迷宮探索ツアー』であるが、その一端であれば一階層の『転移石』を用いることで実用化できているともいえる。

 逆に迷宮都市の運営者たちが『迷宮探索ツアー』の実現を諦めきれない原因とも言い換えることができるのかもしれないが。


「残る問題はどこに繋がっているのかということになるのね……」


 せめて人の手が入った痕跡でも残されていれば多少の信頼もできるのだが、それらしい箇所も見当たらない。

 誰かが極秘に作らせたという可能性も残っているのでそれも当然という感じではあるが、迷宮の物か人口の物かを見極めようとしている今にあっては迷惑極まりない話なのだった。

 元を辿れば『転移石』の原料となる『迷宮魔石』も――その名前の通り――迷宮で採れるものであるから、迷宮自身が『転移門』を作ることができても何ら不思議ではない。

 普段使用しているものと同じ形をしている程度では、人が作ったものだと断定する事はできないのだった。


「……考えてみても全く分からないな。なあ、ここは一旦置いておいて、反対側の扉の先も調べてみないか?」


 今の状態は答えの分からない難問を前に頭を抱えているに等しい状態だ。いや、答え合わせができないかもしれないことを考えると、より悪く答えを知ることなどできない状況だと言える。

 いっそ頭を切り替えて別の方面へと進んでみる方が有意義であるのかもしれない。


「……最終的には転移してみるかどうかということになるのだし、それも良いかもしれないわね」


 ニアも賛成したため、二人はくるりと踵を返して元の小部屋へと戻ると、正面にあるもう一つの扉へと接近して行った。


「こちらにだけ罠があるとは考え難いけど、それこそが迷宮の思惑かもしれないからな。今回も少し離れていてくれ」

「分かったわ。何かあったら露払いはお願いね、騎士(ナイト)様」

「……へいへい。精々頑張らせていただきますよ、お姫様(プリンセス)


 軽口を叩き合いながらもディーオは扉の前、ニアは反対側の壁際と所定の位置に着く二人。


「それじゃあ、やるぞ」


 掛け声と共に伸ばされた手は、今回もまた何の障害もなく扉へと触れられた。そしてドアノブが回され向こう側へと向けて開いていくのもまた同じだった。

 「まるで先ほどの再現だ」などと埒もないことを考えていたディーオだったが、その後の行動まで同じことになるとは思ってもいなかったことだろう。


「っ!?なんだこれは!?」


 もっとも、驚くことになった原因は全く異なるものではあったのだが。

 こちらの扉の先は『転移石』のあった小部屋よりは広い空間だった。ちょうど現在彼らがいる大広間や先の階層への階段がある部屋と同じくらいの広さである。

 そこに、数人分の死体があったのだ。


「え?これ何!?ゾンビ?アンデッド!?」


 そして後ろから覗き込んだニアが取り乱すところまで同じなのだから、二人揃って案外学習能力が低いのかもしれない。


「ああ、迷宮の中で人が死んでいるのを見たことがなかったのか」


 パニックになっているニアを見て困惑していたディーオだったが、しばらく前までは低階層を活動の中心にしていたことを思い出したことで、その行動に合点がいった。

 多くの冒険者が出入りしているだけあって、低階層情報はほとんど出尽くしている状態にある。また、生息している魔物も弱い場合が多い。

 そのため、低階層で命を落とす者は極めて少なくなっていたのである。そしてそれはニアが四人組と活動していた時も同じだった。


「つまり、あれはここで亡くなった人たちの成れの果てだということなの?」

「はっきりとここで死んだとは言い切れないけど、まあ、そういうことだ」


 一旦扉を閉じて、中の様子について説明する。

 死体を見ながら話をしたくなかったこともあるが、恐らく死んでから時間が経っていたため腐敗臭が漂い始めていたのである。

 一方で武具を身に着けていたままだという事から、その期間はそれほど長くないだろうと推測できたのだった。

 それというのも、魔物に敗れた、罠に掛かったなど理由は様々であるが、迷宮でその命を散らしてしまうと、しばらく経つと何故かその人の持ち物は全て消え去ってしまうからだ。


 迷宮により没収されたという説が有力なのだが、前の持ち主が特定できるような物が見つかったことはないため、迷宮内の宝箱の中身として再利用されているとする説にはほとんどの冒険者が懐疑的である。

 認めてしまうと間接的に誰かの持ち物を奪っているという事になり、以前の持ち主の関係者との間で所有権争いが起きてしまいかねないからだ。

 可能性としては十分に考えられるのに、『冒険者協会』も一向に検証に乗り出そうとしないのは、そうした理由があるからだとされている。


「見なかったことにする、という訳にはいかないのよね?」

「顔見知りの可能性もあるから無視はできない。それに明日は我が身ってこともあり得るから」


 そうなるつもりはさらさらないが、そうならないという保証はどこにもないのである。

 そうしたこともあって、冒険者であれば自身の出自等が分かるものを大抵一つは身に着けているものなのだ。また、迷宮内に限らず依頼先や移動中などで遺体を見つけると、できる限り身元が分かりそうなものを探すのである。


 冒険者の数や動向をできる限り把握しておきたいという事情もあってか『冒険者協会』としてもこうした行為について推奨していたりするのだが、その一方で死体漁りだと嫌われたり、謂れのない偏見を持たれたりすることもある。

 これには『冒険者協会』の力を削ごうとする各国や他の組合や組織の思惑も絡んでいるとされているため、改善の見通しはないのが現状なのであった。


「それじゃあ、俺はさっきの部屋で遺体の確認をしてくるが……、ニアはどうする?」

「う……、ど、どうしようかしら」

「まあ、見ていて気持ちのいいものではないし、無理する必要はないと思うぞ」


 冒険者への依頼の中には貴人や商人の護衛というものがある。この護衛をこなしている時に襲ってくるのは、なにも魔物だけとは限らない。盗賊や山賊といった人もまた敵となり得るのだ。

 また、そうした賊たちを討伐するような依頼も多くはないが存在していた。このため一部の冒険者たちの間では、人を殺せてこそ、そして人の死体を見慣れてこそ一人前だとする風潮があるのだった。


 しかし、ディーオに言わせると「そんなものは自分に酔っている連中の戯言に過ぎない」という事になる。


 確かに襲ってくるものは全て敵だと頭では理解していても、いざ相手を殺すとなると躊躇してしまうという事があるかもしれない。

 そこから発生する隙は自らを死に至らしめかねない危険なものだという事も理解している。

 だが、それが分かっているのであれば、そうならないように立ち回ることも決して不可能ではないはずだ。


 要は「殺さないことへの覚悟」を持っているかどうかなのだ。

 異世界から来た自分を殺すことでしか無力化できなかった経験から、ディーオはなおさら強くそう思うようになっていたのだった。


作品内における『殺人』や『殺すこと』に対する捉え方や表現方法は様々だと思います。

決して他の作品や作者様方を批判するものではないという事をここに追記させていただきます。

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