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6 燃やし尽くす

総合評価が300ポイントを超えました。

評価して頂きありがとうございます。

 この時ディーオがふと思い出していたのは、異世界の本に書かれていたものが燃えるための理屈だった。


「確か火種と燃やす物だけじゃなくて、空気も必要なんだよな」


 と呟きながら、〈圧縮〉した空気を松明に埋め込んでいったのだ。

 そして……。


 ボン!


 放り投げられた松明は赤々と燃え盛りながらスライムへとぶつかる……、直前で大爆発を起こしてしまった。

 更に結界間際に撒いた油や可燃性物質にまで着火してしまったからたまらない。魔法使い数人がかりで作り出す炎の壁並の火のカーテンができ上がってしまったのだった。


「うわ!?な、なんだ!?」

「ちょっと、何をしたのよ!?」


 想定外の事態にニアだけでなくディーオも慌てふためいており、とてもではないが説明などできる状態ではなかったのだが、要するに結界によってディーオの〈圧縮〉の魔法が吸収され、閉じ込められていた空気が一気に元の体積を取り戻した結果、松明を粉々に粉砕してしまったのである。

 しかも簡単に消されてはしまわないようにと、しっかりと油を吸収させていたために破片に火が付いたまま飛び散ってしまったのだった。


 肝心の巨大スライムもまた、燃やされ焙られて少なくない被害を受けていたことが救いだろうか。それどころか逃げることができないのか、その場で蠢くばかりであった。

 ディーオよりも先にニアがそのことに気が付いたのは、常に観察することが求められる研究者であった頃の経験からくるものなのかもしれない。


「ディーオ!炎は効いているわ!どんどん松明を投げて!」

「わ、分かった!」


 少し前ならば考えられないような立場の逆転が起こっていたが、今の二人にはそんなことを気にしている余裕はなかった。松明に火を付けてはスライムに向けて投げつけるという行為を繰り返していく。

 この時二人は結界から距離を保ったままでいたのだが、それが幸いすることになる。


 種明かしをしよう。実は結界を超えて奥の巨大スライムに一定回数以上攻撃を加えること、これこそが結界の解除条件だったのである。

 つまり不用意に剣や槍でザクザク突いていると、突然結界が消えて巨大スライムに襲われてしまうようになっていたのである。火の付いた松明を投げつけることも攻撃としてカウントされていた。

 そして、


「スライムが雪崩落ちてくる!?」

「まさか結界が消えたの!?」


 近づかれないことを目的としていた炎による防衛ラインは、一気に圧し掛かられることで鎮火されてしまったのだった。


「逃げられないまま焙られるよりも一時だけ焼かれることを選んだ!?まさかこのスライム知能があるって言うのか?」

「こんな所で障壁代わりにされているんだから、そのくらいの事はできてもおかしくはないわよ」

「言われてみれば確かに」


 と、自分たちの考えに納得していたのだが、この点はディーオたちの過大評価である。

 巨大スライムに気を取られていたために見えていなかったが、スライムの背後にはこの階層の壁が迫っていた。そのため逃げる事もできずに結界が消えたことで前方の燃え盛る炎の上へと、文字通り崩れ落ちていくことになったのだった。


「でも結界がなくなったということは、こちらの魔法も使えるようになったということよね!」


 あちらから攻撃をされる可能性が生まれることになったが、同時にそれはこちらの魔法攻撃も届くようになったということだ。

 特に火という弱点が判明してしまっている今、二人にとっては有利に働くことになった。


「其は地に堕ちた日の欠片……、焼き尽くせ〈フレアリングドロップ〉!」


 天井すれすれに生みだされたいくつもの炎の塊が次々と巨大スライムへと降り注ぐ。その度にジュワアアという蒸発音と悪臭を伴った煙が立ち上っていた。

 広域殲滅級の大魔法であり、ニアが使用できるものの中でも特に殺傷力が高いものである。ただ、本人としては迷宮という限られた空間の中なので、使用する機会はまずないだろうと考えていた魔法でもあった。


「こんな戦術魔法までも使えたのかよ。ニアを怒らせたら町が灰になるな」

「バカな冗談を言っている暇があるなら、あいつへの攻撃を続けて」


 大魔法を使った反動で疲労するニアが力なく伸ばした指の先には、随分と小さくはなっているがまだ十分に巨大と呼称できるだけの不定形物質が存在していた。

 並の軍隊ならば壊滅してしまう程の大打撃を受けてもなお、スライムは生き残っていたのである。


「了解。しかし、今さら松明くらいでどのくらい効き目があることやら……、と、待てよ」


 ようやくここで先程の松明爆発事件について思いを巡らせる余裕がでてきたのだった。


「ああ、そうか!スライムに当てることばかり考えていたけど、その前に結界に引っ掛かってしまったのか!」

「いきなり何の話?」

「さっきの松明だ。実はアレに空気の塊を〈圧縮〉して仕込んでいた。それが結界で無効化された結果、空気が元の大きさに戻って松明を破壊してしまったんだ」

「???」


 原因が解明されたことですっきりとした顔で語るディーオだったが、聞かされているニアには何のことだかさっぱり分からなかった。

 当然である。ディーオは『異界倉庫』経由で異世界の化学などの知識に触れているため、空気や燃焼の原理などを――曖昧であるにしても――理解していた。

 一方でニアは元研究者で、一般人とは比べ物にならないくらいの高度な知識を有してはいるが、それはあくまでもこの世界限定の話なのである。そもそも存在していないことを知る事などできはしないのだ。


 余談だが、天体の成り立ちなどが根本的に異なっているために、ディーオでも地動説は理解できていなかった。

 何しろこの世界では本当に天の側が動いているので。


「要するに今度は上手くいくかもしれないってことだ!」


 ディーオは再び〈圧縮〉空気入りの松明を作り出すと、スライムに向けて投げつけた。

 表面を焦がした後体内へと取り込まれた松明は、酸素供給が止まってしまったことですぐにその火を消してしまう。


「ここで圧縮を解除!」


 ボフン!


「うわ……。私の魔法よりもよっぽどえげつない攻撃じゃない……」


 体内での爆発という味わったことのない衝撃に悶えるスライム――こうした動きをすることが、スライム系の魔物にも痛覚があるとされる根拠となっている――を見てぶるりと体を震わせていた。

 しかしディーオは全く納得していなかった。

 それというのも彼が思い描いていたのは爆発ではなく、体内に取り込まれても消えることなく燃え盛る炎だったからだ。


「一度に解除したから結界にかき消された時と同じことが起きてしまったのか。そうなると少しずつ染み出したり、漏れだしたりするようにしなくちゃいけないってことか?」


 幸い松明はまだたくさん残っているし、空気を〈圧縮〉するくらいであれば魔力の負担はほとんどない。次々と設定を変えながらディーオは松明を投げつけていった。

 それは巨大スライムを倒すことから、周囲を取り囲まれた状態でも燃え続ける炎を生み出すことへと目的が変わった瞬間でもあった。


「やったわ!スライムに取り込まれたのではなく、ただ上に乗られていただけだったのね。だから撒いた油が吸収されずに残っていたのよ」


 そして四半刻程度が過ぎた頃には、圧し掛かられて消されてしまった防衛線を復活させることすらできるようになっていた。

 既に真上にスライムが来ていたことで、防衛線というよりは竈か焚火の炎のような状態になっていたが。

 ちなみにこれは〈裂空〉で引き裂いて作った道に〈圧縮〉した空気とニアの〈ファイアーボール〉を撃ち込むという、微妙に無駄な魔法の使い方をした結果でもあった。


 紆余曲折はあったが、放火開始から半刻ほどで巨大スライムは一片も残すことなく焼き払われてしまった。終わってみれば何とも一方的な蹂躙行為となってしまったのだった。

 戦いとしてみれば完全なワンサイドゲームだったが、ディーオたちにも全く不被害が出なかったという訳ではない。


 最も酷かったのがスライムを燃やす際に出ていた悪臭だ。まるで町中の水路の底に沈殿していたヘドロを引き上げてきたものを更に数十倍に濃縮したかのような、まさに鼻が曲がってしまいそうな代物だったのだ。

 戦い終わるまではなんとか気合で持たせた二人だったが、終わるや否やそれぞれ部屋の別の隅に走っていくと、胃の中が空っぽになるまで吐くことになってしまったのだった。


「……スライムは手頃な大きさまでが一番ね。今回のことでそれがよく分かったわ……」


 大規模な魔法を使ったことで魔力を消耗していたところに、追加で体力まで削られてしまったニアが真っ青な顔で呟いていた。


「周囲の探索と後片付けは俺がやっておくから、ニアは少し休んでいると良い」


 脳内展開した〈地図〉は元より、恐らくは次の三十一階層へと繋がっている階段があるだろう小部屋らしきものの入り口――こちらはごく一般的な大きさだ――は肉眼でも見て取れていた。

 しかし、先刻まで貼られていた結界のこともある。どこかに隠し通路があるかもしれない以上、周囲を見て回っておく必要があった。


 そしてスライムは倒したことで核を残して消えてしまっていたが、松明や防衛線の残骸は残されたままになっていたので、こちらも片付けをしなくてはいけない。

 放置しておいてもいずれ迷宮が処分してくれるだろうが、このところ続いている異常事態のことを考えると迷宮任せにすることに不安が残るからであった。


「〈裂空〉で適度な大きさに切り分けて、後は〈虚無〉へさようなら、と」


 このように大した手間ではない、ということもある。ニアに『空間魔法』のことを話しておいて良かったとつくづく思うディーオなのだった。

 階層中に充満していた嫌な臭いも残骸の処理が終わった頃にはすっかりと消え失せていた。


「考えてみれば迷宮内の換気機能も謎よね。階層が変われば匂いも何もかも消え失せてしまっているのだから」

「もう動いても平気なのか?」

「魔力はまだ回復しきっていないから戦いは無理だけど、歩き回るくらいなら問題ないわ」

「そうか。それじゃあ、スライムがいた奥のあの扉を調べてみるか」

「いいわよ」


 脳内の〈地図〉によればその先は小部屋となっており、魔物らしきものは存在していなかった。ただし扉が罠の起動装置となっていることもあるので、二人がかりで怪しい所がないかを確認していく。


「特に仕掛けは見つからないな」

「魔力も感じられないし、さっきの結界のように魔力をかき消すような機能も付いていなかったわ」


 罠はないと確信したところで、ディーオがドアノブを掴んで押し開けた。

 そこはまさしく小部屋であり、ディーオたちの正面の壁には更なる深層へと向かうための階段が口を開いていたのだった。


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