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ポーターさん最強伝説  作者: 京 高
七章

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4 三十階層で阻むもの

 結局、二十六階層からの四階層を踏破するのに、それまでと同じだけの二日を要してしまうこととなる。

 しかし、これでも尋常ではない速さであるのだが、例によって二人は全く気が付くことがなかったのだった。

 ただしこれは二人だけの責任とは言い難い。ディーオがこれらの階層に進む時はいつも支部長と同行していた。その際の進行速度が今回と同様の一日当たり二階層という超ハイペースだったのである。

 支部長という非常識な存在がいてこそ可能な進行速度だったのだが、比較対象がないディーオはすっかりそれが普通だと思い込んでしまっていたのだった。


 ちなみに、二十七階層まで進んだ三パーティー合同の一流冒険者たちですら二十六階層の攻略に三日を掛けている。

 彼らの場合は階層のほぼすべてを網羅して宝物を回収して回っていたので単純に比較はできないのだが、それでもディーオたちの進行速度がいかに早いのかを理解する一助にはなるだろう。

 更に余談だが、そのように階層内全てをマッピングする探索方法であったために想定以上の食糧や消耗品を使用することになってしまい、彼らは二十七階層の半ばで引き返す羽目になってしまったのであった。


「ようやく三十階層に降りてきた訳だが……」

「まさかすぐにこんなものがあるとは思わなかったわ……」


 二十九階層から続く階段を下りた先で、ディーオたちを待ち受けていたもの、それは巨大な扉だった。


「ええ、正直に言うと迷宮も大したことないなって思ってた。だけど訂正する。家よりも大きな扉に出くわすことになるとは思ってもみなかったわ!」

「そこは感心するところなのか?」


 ニアの言葉に突っ込みを入れながらも、ディーオは白旗を上げたくなる気分になってしまうのも当然だろうと思っていた。

 ニアは家と表現したが、実際のところ扉の最も高い部分は数階建ての建造物並みの高さにまで達していた。

 それ程の大きさの建物となると、未だ発展途上のマウズの町では中規模以上の数軒の宿屋か冒険者協会マウズ支部、もしくは先日二人が訪れた『商業組合』の建物くらいしか見ることができない。いずれにしても両手の指で十分に数えられるだけの数しかないのである。


 そしてその巨大な扉は、巨大な建造物が持つ特有の威圧感までも兼ね備えていた。

 こうして目の前に立っているだけでも二人には不可視の重圧感が感じられたのだった。


「いえ、待って。いくら何でも扉だけでこんな圧力を感じるなんて異常だわ!きっとこの先に何かがあるのよ」

「どちらかといえば、何かいる、だと思うぞ」


 迷宮によっては特定の階層に、さながら番人のような存在がいることがあるのだという。

 ラカルフ大陸内ではキヤトの迷宮がこれに当たり、十五階層と三十階層に存在することが確認されている。

 しかし、必ず常に存在しているということではないらしく、『大改修』の期間を始めとして遭遇しないことも多々あるという話だ。


 そのため『冒険者協会』では、一定期間内に十組以上の冒険者たちが目撃することで初めて番人だと認定するようにしていた。

 マウズの迷宮の場合、そもそも三十階層にまで到達できる冒険者の数が少ない事もあって、正式に番人だとは認められてはいないのであった。


 さて、その番人であるが、他の階層と同じように魔物である場合と、ゴーレムのような魔法による疑似生物――以降は魔法生物と称する――である場合に大別される。『冒険者協会』に保管されている資料によれば、若干魔法生物であることが多いとされているが、極端な差はない。


 もう一つ、それ以上に重要な共通項目がある。

 通常の魔物であっても魔法生物であっても、番人として待ち構えているものは、それまでの階層に生息していた魔物よりも一段上の強さを誇っているということである。

 直前の階層までに現れる魔物を楽々と討伐したそのままの勢いでもって意気揚々と番人に挑んだまでは良かったが、返り討ちにされ壊滅してしまったという冒険者パーティーの話は、それこそ腐る程あるのだ。


「危険があると分かっているのに、急いで開けようとする必要はないな。魔物もいないようだし、ここら辺で休憩することにしよう」

「そうね。ここなら安全そうだわ」


 と、もっともらしい言い訳ができたこともあって、巨大な扉をどうやって開けるかという難問についても一旦保留にした二人は、疲れを癒すために休息をとることにしたのだった。

 直接的な怪我というものこそほとんどなかったが、相次ぐ巨大な虫との戦いは、想像していた以上に心身へとダメージを与えていた。

 いつしか二人は仲良く寄り添い合って眠りについていたのだった。


 そういうことをしていれば当然こういうことになる訳で……。

 目が覚めた二人は互いの顔が間近にあったことに驚き、しばらくの間は口を開く事もできずに顔を赤くしていたのだった。


 そんな場違いな空気を醸し出すこともあったが、ディーオたちは着実に周囲を調べ上げていった。

 その結果、分かったことは、


「何もないな」


 ということだった。


「やっぱり先へと進むためにはあの扉をどうにかしないといけないみたいね」

「その先にいるだろう、魔物か何かの対処も考えておかないといけないな」

「いつもの『空間魔法』で何がいるのか分からないの?」

「それがどうやらあの扉が魔法を妨害するようになっているらしい。お陰で〈地図〉に投影できるのは階段周りのこの空間だけだし、〈警戒〉の方は反応すらしない有様だ」


 ここにきてとんでもない罠が登場してきたものである。


「魔法を妨害!?それじゃああの扉の奥では魔法が使えないということなの!?」

「確かなことは分からないが、そのつもりでいておいた方が無難だろうな。それにほら、支部長のあの助言はこのことを指していたのかもしれないぞ」

「真っ暗な闇に閉ざされているってこと?魔法が使えないから照明器具が必要になると?」

「あくまでも予想だがな」

「それじゃあ、頑丈なロープは?」

「至る所に落とし穴の罠が仕掛けられているから、互いの体に結んで命綱代わりにする、というのはどうだ」

「……前半の「罠が大量に仕掛けられた部屋」はあり得そうだけど、命綱替わりっていうのは違う気がするわ。私、ディーオが落ちたら支えられる自信がないわよ」

「奇遇だな。俺もいや何でもない!」


 突如ニアから放たれた殺気に、冗談では通じないことを感じ取ったディーオは慌てて軽口を取りやめたのだった。


「まあ、単にこの先の階層で飛び降りることができないくらいの大きな段差があるというだけの話かもしれない」

「ああ、異なる階層で使用するかもしれないのね」


 少し思考を巡らせてみれば分かりそうなことだが、ロープと照明器具を一組して捉えてしまっていたために、同一階層で使用するものだとばかりに思ってしまっていたのである。

 あの支部長からの助言であるから、二人がわざとそうした勘違いを起こすように仕向けていた可能性もある。だが、到達者が少ない階層の情報など通常は秘匿される類のものである。助言など本来は得ようと望んでも得られるものではないのだ。

 そのことはディーオもニアも理解しており、そのため腹立たしくは思いながらも、支部長に文句を言う事はできないと諦めてもいたのだった。


 ただし、これが明らかに他人を陥れようとするものであれば話は異なってくる。

 嘘の情報を意図的に広めたと『冒険者協会』に解釈されると、最悪の場合では冒険者としての資格を失うことすらある。

 そこまではいかずとも虚偽報告を行ったとして罰金などが科され、更には前科持ちであることが全支部へと通達されてしまう。


 冒険者というと無頼漢のように思われがちだが、実際には信用や信頼が大切な職業である。前科持ちであるというだけでその信用は容易くマイナス方向へと振り切ってしまうのだ。

 とある調査報告によると、前科持ちとなった冒険者の内、実に九割以上が一年以内に冒険者を廃業しているのだという。


 これほど『冒険者協会』が虚偽情報に対して苛烈な態度をとることには当然理由がある。

 この世界には、魔物という人や社会を簡単に叩き潰すことができる脅威が存在している。冒険者とは、そうした魔物たちと最も接する機会が多い立場にあるのだ。

 討伐や素材採取など、『冒険者協会』に持ち込まれる依頼の大半は魔物に関するものであることからも明らかだと言えよう。


 だからこそ例え権力者であっても、冒険者や彼らを束ね管理をしている『冒険者協会』の言葉に耳を傾けるのである。

 虚偽の報告を行うということは、自身の持つ冒険者としての責務を放棄するだけでなく、他の冒険者や『冒険者協会』の信頼を失墜させ、更には魔物による被害を助長することにすら繋がってしまうため、厳罰が課せられてしまうのだった。


「ところで一つ疑問に思った事があるのだけれど」

「なんだ?」

「……あの扉、どうやって開けるの?」

「…………」


 扉のこちら側には先に進むための階段はおろか、仕掛けやそれを作動させるためのスイッチの一つも存在していなかったため、すっかり扉の向こうへと意識が向いてしまっていたのだが、肝心のその扉を開ける方法も不明のままなのだった。


「力尽くで何とかできるとは到底思えないわよね……」


 再度言うが扉の大きさは数階建ての建造物ほどもある。

 重さは分からないが大きさ相応の厚みがあるとすれば、例え木製であってもかなりの大重量となってしまう。ディーオとニアの二人がかりで押したとしてもびくともしない公算が高い。

 かといって魔法で破壊しようにも、扉に備えられているらしい魔法を妨害する機能で無効化されてしまうだろう。

 強力無比で反則級の性能を持つ『空間魔法』だが、魔法という枠の中にあるということには違いがないのであった。


「近寄って行ったら開かないだろうか?」


 確か異世界には人の接近を感知して自動で開閉する仕組みを持った扉があると、どこかの世界の自分が書き記していた本があったはずだ。

 幼少の頃の記憶を掘り起こしながら巨大な扉へと足を進めて行く。


 傍に寄って見ることで初めて分かったのだが、扉には細やかな彫刻がびっしりと施されており、かつては鮮やかだったのだろうと思わせる色彩の名残が微かにこびりついていた。

 迷宮により作り出されたものだとして、一体どこから扉に彫刻を施すということや、その彫刻の技法などの情報を得ているのだろうか?

 深層へと進むごとに謎が解けるどころか、新たな謎や疑問が登場してきているように感じられる。


 そんなことをつらつらと考えていると、いつの間にかディーオは扉のすぐそばにまでやって来ていた。


「さすがにそんな都合の良い話はなかったみた――」


 ニアが言い終わるよりも先に、ゴゴゴゴと地響きを立てながら巨大な扉が動き始めた。


「……あったみたいだ」

「……そうね。だけど扉で通せんぼされている方がよっぽどマシだと思えるものが立ちはだかっているようだけど?」


 開かれた扉の先にあったのは広大な空間だった。

 が、今現在そこは一寸の隙間もなく大量の、もしくは超巨大なスライムによって埋め尽くされていた。


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