表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/149

3 ダメなものはダメ

ブックマークが100(減っていなければ……)になっていました。

登録して下さった方、ありがとうございます。

 それからは数日間迷宮に入り、町に戻って来て二日ほど過ごすというサイクルで徐々に迷宮の奥へと進んで行った。一度で深層にまで行かなかったのは、二人揃って迷宮内で長期間過ごすことに慣れていなかったからである。

 十階層までの低階層が活動の中心であったニアは言わずもがなだが、実はディーオも『空間魔法』が使えるために移動時間が大幅に短縮できるため、日帰りで迷宮に入ることが多かったのである。

 数日を掛けて迷宮を探索するなど、シュガーラディッシュ採取のために『新緑の風』と同行して以来となっていた。

 そして一月程を掛けて、ようやく二人は二十六階層へと到達したのだった。


 この頃になると、迷宮の『大改修』による変化は減少し始めており、多くの冒険者が迷宮へと足を運ぶようになっていた。

 前回の『大改修』に比べると短い期間ではあったが、そもそも発生する周期などの規則性を発見することはできていないため、特に誰も気にすることはなかったのだった。


「そういえば聞いた?支部長が呼び寄せた冒険者の内、トップはもう二十七階層まで進んだみたいよ」


 のんびりと階段脇で休憩をとっていると、ニアが今回迷宮に潜る前に町で耳にした噂話を口にした。


「さすがに早いな。まあ、名の知れたパーティーでしかもあの支部長の知り合いならそのくらいできても不思議ではないか」


 支部長の招聘に応じたパーティーは誰もが一流の冒険者たちだった。中でも今の会話に登場したパーティーは、他国にある迷宮の最深部へと挑戦しているような連中だ。

 彼らは慣れていない上に『大改修』中であったマウズの迷宮を、なんとわずか数日で『転移石』が設置されている十四階層まで攻略していたのである。


 実力的には十分にそれより先にも進めるだけのものを持っていた彼らだが、マウズ迷宮の様子や傾向――一口に迷宮と言ってもそれぞれに特徴というものが存在している――を探るために、深入りするのを避けていたのだった。

 そして、そうした地道な調査が一定値に達したのと『大改修』の収束が重なったことで、彼らは一気に迷宮の奥へと進むことができていた、という訳なのであった。


 また、そうした連中に続くように中堅どころの冒険者たちも快進撃を開始していた。

 突然の一流冒険者たちの移動に利を嗅ぎつけてやって来ていた者たちや、元々マウズの町を拠点にしていてマウズの迷宮に明るい者たちがそれに当たる。

 その勢いはすさまじく、取引相手として多額の富をもたらしていたエルダートレントたちとの間に余計な軋轢が発生しないようにと、支部長が慌てて職員や冒険者たちを二十階層へと派遣したくらいである。


 余談だが、派遣されたのは支部長が呼び寄せた一流冒険者の内、迷宮探索の経験が少ない者たちだった。

 しかし、そこはやはり一流と呼ばれるだけの者たちである。それまで積み重ねてきた膨大な経験等を元に、二十階層までの行き来であればなんなくこなすことができるようになったのだった。


 また、彼らに逆らうということは、その後ろにいる支部長に逆らうことと同義でもある。現役特級冒険者などという化物に好んで喧嘩を売るような命知らずはまずいない。

 結果的に二十階層は迷宮内でも屈指の平和地帯となっていくのであった。


「これは少し予定を変更した方がいいかもしれないな」


 他の冒険者の動向を聞いてディーオは眉をしかめた。

 彼の単独到達階層は二十五階層だ。それより先、今いる二十六階層より先は迷宮内で偶々(たまたま)遭遇した支部長と一緒に何度か足を延ばしたことがあるだけとなる。

 加えて支部長の助言の件もあり、ある程度は時間をかけてじっくりと進むべきだと考えていたのだった。


「ここから先はしばらく同じような形の階層が続くのよね?」

「ああ。少なくとも二十九階層までは同じだ」


 ぐるりと周囲を見回す二人。その視線の先にあったのは、通り抜けることができない密度で生い茂る草や木々、そして蔦だった。

 人呼んで『樹海迷路』。

 壁や天井の役割を果たしている木や草は切り払うことも焼き尽くす事もできないのだが、木々やその葉の隙間から先を見る事は可能となっている。他にも声や音が届けば、香りや匂いも漂ってくるという一風変わった迷路状の階層である。

 そしてこの特徴がディーオの頭を悩ませることになっていた。


「〈地図〉と〈警戒〉の併用でそれなりに用心することはできるが、どこから覗かれているのかが分からないのは痛いな……」


 これまでのように、気楽に『空間魔法』を用いることができなくなってしまう。

 出現する魔物の凶悪さも増している中で、戦力が低下してしまうことになるのである。


「私が聞いた噂だと、二十六階層以降に到達しているのは合同で行動している三つのパーティーだけらしいわ。つまり例のトップグループね。噂話の通りだとすれば三組とも今日は町に戻っているままのはずよ」


 二十五階層を除いた、二十一階層から続く迷路型の階層で想定以上の消耗を強いられたため、予定していた三十階層へと至ることなく引き返してきたらしい。

 その反省を生かして、現在町で準備を整え直しているところなのだとか。三パーティーもの大所帯であるなら、準備にもそれなりの時間が必要となる。

 ニアがその噂を聞いたのが二日前のことだから、それなりに鮮度の良い情報であったならばまだ町にいる可能性は高いといえた。


 逆に言えば、二人はたった二日で十四階層から二十五階層を通り抜けたということであり、これは本来ではあり得ない異常な早さである。

 が、ディーオはもちろん彼と『空間魔法』に毒されつつあったニアもまたそのことに気が付くことはなかったのだった。


「そいつらの姿を直接見ていればもう少し安心できたんだけどな……」


 所詮(しょせん)、噂は噂だ。丸飲みにしては痛い目に合うこともある。

 一流冒険者たちですら複数のパーティーで組んでいるような場所にたった二人で挑んでいるのだ。目撃されるだけでおかしな疑いを掛けられるかもしれない。

 そうでなくとも確実に勧誘はされることだろう。『空間魔法』という秘密を抱えている身としては、好ましい状況とは言い難い。


「どうするの?」

「ニアには悪いが先を急ごうと思う。幸いと言っては何だが二十九階層までは生息している魔物の一部が少し違うくらいで大きな変化はないからな」


 単独ではなくとも数回は足を踏み入れているため、罠などの傾向も理解していれば、出現する魔物についての知識もある。

 じっくりと攻略を進める予定だったのはまだ見ぬ三十階層以降へ向かう時のために経験を積み、地力を上げておくつもりだったからに過ぎない。


「私なら問題ないわ。むしろここには長くいたくない!」


 一方、ニアが悲鳴じみた返答をしたことにも理由がある。

 樹海だけあってか生息している魔物のほとんどが虫型なのである。しかもイモムシにムカデ、果てはゴキブリと多くの人が生理的嫌悪感を持ちやすい種ばかりときては、いくら覚悟を決めて迷宮へやって来ているとしても弱音や泣き言の一つも言いたくなってくるというものだ。


「そ、そうか……。だけど三十階層から先にも虫型の魔物が出てくるだろうから、慣れろとまでは言わないが、せめて平常心で動けるくらいにはなっておいてくれ」

「が、頑張るわ」


 微妙に青い顔をしながらも迷宮探索を止めると言い出さなかったのは、持ち前の好奇心の高さゆえのことだったのかもしれない。


 こうして二人はディーオの『空間魔法』を駆使して二十九階層まで駆け抜けることにしたのだが、そこは判明している中では最深部一歩手前の階層である。

 これまでのようにそう易々とは進むことができなかった。


 やはり何と言っても魔物が強い。

 例えば悪食嫌虫グリトニーコックローチは素早い動きに加えて、金属すらも噛み砕く頑丈な顎を合わせ持っている。そしてその名が示す通りの旺盛な食欲を満たすために、周囲に存在するものには何でも襲いかかるという超攻撃的な性格をしている。

 獲物に向けて一直線という分かり易い行動パターンなのだが、高速で這い回るために遠距離での攻撃を当て辛く、接近戦でも下手に口元を攻撃してしまうと武器を破壊される危険がある。

 同様に鎧や盾などの防具すらも効果を持ちえず、小手ごと腕をかじり取られたなどと言う逸話は枚挙に(いとま)がない。


 他にも欠色弾皮虫トランスパレンキャタピラーは動きが鈍い反面、その弱点を補うように普段は強力な保護色で周囲と一体化している。またその表皮は弾力性に富み、どのような種類の武器であっても生半可な攻撃は通用しない。

 千本足虫(サウザントピード)も攻撃が効かないという点では同じだが、こちらは堅牢な甲殻でその身を守っている。


 対する二人の戦闘での基本的な形はというと、ディーオが囮と壁役となりニアが遠距離から魔法で狙い撃つというものと、反対にニアが魔法で牽制してできた隙をディーオが短槍で仕留めるという二つであった。

 他人の目のない場所では時に横着して〈裂空〉の一撃で終わらせることもあるものの、二つの内のどちらかを軸としてそれぞれが行動を組み合わせるということが多かった。


「ニア!もっと良く狙え!」

「分かってる!分かってるんだけど!って!?いやー!火達磨になっても巨大ゴキブリが近寄ってくるー!?」

「これは俺も想定外だった!?」


 今回の場合、出現する魔物はどれも武器での攻撃に対して強い傾向があった。

 そのため魔法で攻めることが比較的有効であったのだが、見た目の問題からニアの戦力が激減していたこともあって、倒しきるまでにそれまでの階層での戦いの倍近い時間を費やすことになってしまっていたのである。


 ディーオの魔力を温存するために『空間魔法』による攻撃は最後の手段としていたことも、一回の戦闘の長期化に拍車をかけてしまっていた。

 〈地図〉と〈警戒〉を常時展開していることや、万が一の事態に備えての選択だったのだが、浪費してしまった労力と時間を考えると失策だったことは明白だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ