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ポーターさん最強伝説  作者: 京 高
七章

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2 迷宮と魔物の関係

「前置きはこのくらいにして、報告を聞こうか。出現した『越境者』を討伐したという事だけど、どうやって『越境者』だと見分けたのかな?」


 姿勢を正した支部長に十六階層での経緯を説明する二人。


「……なるほど。十六階層にハイドマンティスか。それは『越境者』だと分かるはずだ」


 証拠として差し出されたハイドマンティスの鎌の一つをしげしげと眺めた後、支部長は背もたれに体を預けて目を閉じた。

 その表情の多くは討伐されたことへの安堵感で占められていたのだが、ほんの少しだけ落胆の色が滲んでもいた。


「ディーオ、正直に答えて欲しい。もしもこいつを十七階層で見かけたとして『越境者』だと判断できたかい?」

「無理ですね。支部長は?」


 実は『越境者』だと判明する基準は、階層間の移動を行った瞬間を見た場合と、本来生息しているはずのない階層に存在していた場合の二種類しか存在していない。

 そのため、例えば十七階層のホワイトビーが『越境者』となって十六階層や十八階層に紛れ込んでいても見分けがつかないのである。

 もちろん『空間魔法』の〈警戒〉を用いれば通常の個体とは違っていると分かるが、目視だけで判断することなど到底できはしない。


「そんな芸当ができるのであれば、今頃魔物識別の第一人者として名前が知れ渡っているさ」


 支部長でも無理であるらしい。そして現役特級冒険者でもある彼は、何でもできるという訳ではないが、大抵のことは(こな)すことが可能だ。つまり余程特別な才能を持っていなければ一目で見分けることなどできはしないという事だった。

 『越境者』は特殊個体化している途上とも捉えられている。そのため見分けることができるのであれば優先的に倒すことも可能となり将来的な危険を減らすこともつながると考えたのだが、そう上手くはいかなかないものである。


 そして『越境者』は本来移動することができないという迷宮の理を無視している、いわば反逆者に当たるためか早々出現することはないとされている。そのため、多くの冒険者にとっては「ないよりはマシ」程度のものに過ぎない。

 ただ、通常のものよりも段違いに強くなっていることが多いため、多くの冒険者を管理する支部長たち『冒険者協会』の立場からすれば、簡単に見分ける方法が欲しいと思ってしまうのは無理のない事なのであった。


「ともかく持ち帰ってくれたハイドマンティスの体は、『越境者』や『特殊個体』の研究に回してみることにするよ。素材買い取りという形にはなるけれど、色を付けるようにしておくから全て協会に売って欲しい」

「それくらいの協力はしますよ。有益な情報が多ければそれだけ生き残ることができることになりますから」


 ディーオの返答に支部長は神妙に頷いていた。

 彼もまた若い頃には、確度の低い情報や偽の情報を掴まされて命を危険に晒したことがあったのかもしれない。


「話は変わるが、二人は今回の『越境者』出現は何が原因だと考えるかね?」

「ありきたりなところで言えば、迷宮の異常という事になりますか……」


 ディーオが自身の考えというよりは、最も多いだろう一般回答的な答えを口にする。

 こちらの足を引っ張りたい、支部長が発表した『迷宮踏破計画』の邪魔をしたい連中なら、間違いなくこの点を強調してくるはずだ。

 そして「そんな危険な迷宮は彼らの手に余る」とでも難癖を付けて、甘い汁を吸えるように自分たちで実効支配をするつもりでいるのだろう。

 どうして自分たちなら上手く管理ができると思えるのか謎だが、欲に駆られた者というのは得てして自らに都合の良い事しか見たり聞いたりできないという異常体質となってしまうものなのである。

 そうした事態になるのを防ぐための何らかの代案が欲しい、というのが支部長の質問の本当の狙いといえた。


「……訪れる冒険者が減少したから、とは考えられないかしら」

「どういうことだい?」


 ニアの意見に興味をひかれたのか支部長が身を乗り出す。


「まだ仮説にも満たない予想の段階ですけど、『大改修』によって十七階層に向かう冒険者が激減したことによって、魔物同士の争いが活発化したとすればどうでしょうか」

「迷宮にとって私たち冒険者は、侵入者であると同時に内部に巣くう魔物を間引いてくれる存在だという訳か……、」

「そういう風に捉えることもできなくはないかと。それにハイドマンティスは元々ホワイトビーなど他の魔物も襲っていたんですよね?それは『越境者』になり易い性質だと考えられます」


 これまで、迷宮にとって魔物とは補充の効く戦力であるという認識しかされてこなかった。

 同時に、迷宮内の魔物は完全に迷宮の制御下にあると考えられてきた。二十階層のエルダートレントなどは、あくまでも例外的な存在扱いだったのである。

 しかしニアの予想はこれまでの常識を打ち破るようなものであり、その通りであるとするならば、魔物とは時に迷宮にとっても邪魔者、厄介者となることがある存在だということになる。


「ひょっとすると大暴動(スタンピート)も、増殖した魔物を持て余した迷宮が外部へと放り出しているっていうのが真実で、そこに隠された意図なんてないのかもしれない」


 ディーオの呟きに支部長が首肯する。

 これまでスタンピートには迷宮の意思が介在していると考えられてきた。最も有力視されてきたのは、その支配地域を広げるためだとする説だが、他にも育てた魔物の強さを計測しているという説や、魔物をけしかけて楽しんでいるという説まで様々な仮説があったのだった。


「まあ、議論と真相の解明はやりたい者に任せておくとしてだ。迷宮と魔物は絶対的な主従関係にある訳ではない、というのは頭に留めておく必要がありそうだね……」


 完全に制御されているのであれば、その理から外れることはない。だが、そうではないとすると、これまでの通説とは違った行動をする魔物も現れかねない。

 例えば、全ての魔物がバイコーンやトライコーンのように一時的に階層を超えた先にまで追いかけてくるかもしれないのである。

 そうなるとこれまでの階段にまで辿り着ければ安全という常識は一切通用しなくなってしまう。


「これは、迷宮の異常であってくれた方がよほどマシだな」


 少なくともマウズの迷宮という一つの場所にだけその対処を行えば良いのだから。


「とりあえずどこまで公表するかはこちらで考えることにするよ。付き合ってもらって悪かったね」

「あの、支部長、このことは――」

「ああ。君たちの名前を出すことはしないから安心してくれていいよ」


 支部長の回答にホッと息を吐くニア。その「目立ちたくない!」というあからさまな態度に支部長は苦笑いを浮かべながら、胸の内で疑問に感じていた。


 その立場上、マウズの冒険者協会で冒険者登録を行った者の情報――必須なのは過去の賞罰だけで、その他は任意で記入する――は全て彼の元に届けられている。その際にニアが元研究者であった事も記されていた。

 また、冒険者とはいつ命を落としてもおかしくない危険な職業だ。そのため名を遺すことを第一に考える者も多い。

 仮説や成果を発表してなんぼ、名を売ってなんぼの稼業に付いているくせに、その真逆の行動を取ったことに違和感を覚えたのである。


 もちろん全ての冒険者が名声を求めている訳でもなければ、全ての研究者が有名になることを望んでいる訳ではないことは理解している。

 名が売れることで有象無象が集まってくることを嫌がる者、黙々と自身の研究を続けていくことこそが生き甲斐である者など様々だ。


 ニアにもそうした点があったというだけの話なのかもしれない。

 が、四人組と一緒に派手派手しく戦闘訓練を行っていたことや、頼まれもしないのに自主的に八階層事件の真相を探ろうとしたこと等、周囲の目などまるで気にしていないような態度だったことが頭をよぎってしまうのだった。


「……支部長?」

「うん?ああ、すまない。少し考え事をしてしまっていたよ」


 ディーオが呼びかけたことで我に返る支部長。

 思いがけず思考の深みにはまってしまっていたようだ。

 人前で考え込んでしまうという、随分と長い期間縁のなかった失敗をしてしまったことに苦いものがこみあげてくる。

 少なくともマウズ支部の長となった約十年間はなかった失態だ。


 この二人、特にディーオに対しての警戒心が薄れてしまっているようだ。

 アイテムボックス以外にも何やら秘密を持っている少年に、自身が思っている以上に入れ込んでしまっていた。

 いくら将来性のある有望な若手の代表格だとしても、少々行き過ぎているきらいがあるのではないかと心の中で自らを戒めておく。


 何百年と経験を積んでこようが、他人と適切な距離を保ち続けるのは難しい。

 いまさらながらにそんなことを考えてしまうのだった。


「ところで、君たちはこれからどうするつもりかな?」

「迷宮の深層を目指しますよ。支部長が呼び寄せた連中も本格的に動き出す頃合いでしょうから、今のうちに少しでも先に進んでおくつもりです」

「そうか。そうなると三十階層到達ももうじきかな?」

「ええ。三十階層に何があるのかしっかりと見てきますよ」


 支部長の挑発的な言葉に、不敵に微笑んで返すディーオ。

 三十階層には到達した者だけが知り得る何かがある、ということを知らないニアだけが話について行けずにキョトンとしていた。


 その後は迷宮に持ち込んでおくと便利な品や保存食の調理方法といった雑談をしてから、ディーオたちは支部長室から退出したのだった。

 そして協会の買取カウンターでハイドマンティスを始めとした魔物の素材――大半が倒した時のままなので、遺骸という方が正確かもしれない――を卸してから、買い出しへと向かうことにした。


「頑丈なロープに照明器具か……。どう思う?」


 市場へと続く道を進みながら、ぴったりと隣を歩いているニアに尋ねてみる。

 ちなみにこの二つは支部長から特に持っておいた方がいいと勧められた品である。


「ロープの方はともかく、照明器具は基礎魔法で代用できるはずよ」

「そうだよな。……だけどあの支部長があえて言ったということがどうにも引っかかる」

「何か別の用途があるというの?」

「可能性としてはあり得ると思う。例えば……、燃料の油が必要な場所があるとか」


 照明器具の燃料となる油は専用の品である。灯した火が長持ちするようにといくつもの油を混ぜ合わせた特殊なもので、簡単に真似できるものではない。

 一応、動物や魔物の脂肪などを使う事もできなくはないが、大量の(すす)や煙が発生したり、酷い匂いだったりと迷宮探索どころではなくなってしまう場合も多い。

 当然使用後の手入れにも手間がかかってしまうため、油の現地調達は最後の手段だとされている程だ。


「油かあ……。多めに買い込んでおきましょう」

「それが無難だな」


 ディーオの〈収納〉によって異空間に放り込んでおきさえすれば邪魔になることもない。

 せっかく受けたアドバイスなのだからと、二人は支部長との会話に登場した品々を次々に買い漁っていくのだった。


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