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6 『迷宮踏破計画』

 ダンジョンマスター誕生の噂は、冒険者やマウズの町に住む者たちにとっては体のいい酒の肴として、またはちょっとした会話のきっかけ程度の話題でしかなかった。

 だが、それでは終わらない者たちも存在していた。『冒険者協会』の関係者である。

 中でもマウズ支部は噂の渦中の真っ只中にあるためか、別の支部を通しての問い合わせが連日ひっきりなしに続いている程だった。


 この背後には、現役特級冒険者でありエルダートレントとの取り引きをまとめたマウズの支部長を潰そうという思惑や、迷宮都市であるマウズの支部長という座に目が眩んだ者の暴走、更にはグレイ王国との対立を煽ることで両者の間に溝を作ろうとする他国の狙いなど、様々な欲が入り混じっていたのだった。


 そしてグレイ王国側からも肝入りだったはずの一等級冒険者パーティー『白き灼炎』への問い合わせが行われ始めたことによって、マウズ支部はある行動に出ることにした。


 『迷宮踏破計画』。


 元々マウズの迷宮は若く、最深部も発見されている他の迷宮に比べて浅いのではないかと言われ続けてきた。そのため、総力を結集して迷宮を踏破してしまってはどうかという案は以前から存在していた。

 しかしながら、失敗した際のリスクが大きく、また本来ならば先導し後援する立場であるグレイ王国が財政難であることから延期され続けてきたのである。


 今回の場合、グレイ王国を始めとした国や『冒険者協会』本部、そして別支部の思惑を排除するため、規模は小さくなるもののマウズ支部単体での計画としていた。

 普通であればこのような無茶が通るはずはないのだが、そこは生きる理不尽、無茶の体現たる現役特級冒険者という肩書を持つ支部長である。

 いつの間にか無理を通して道理を引っ込ませていたのだった。


 もっとも、彼一人だけで全てを上手く進められた訳ではない。特に金銭的な面はディーオも関与したエルダートレントとの取り引きが大きく貢献していた。

 元々、エルダートレントの枝の販売によって得られる金額は、一つの支部の維持管理に当てるには過剰すぎる程だった。


 これまでであれば税や上納金としてグレイ王国に搾り取られるか、それとも冒険者協会内の派閥争いに使われるかといったそれらの金を、支部長は迷宮の挙動が不安定だからともっともらしい理由をつけては確保していたのである。

 実際それらの一部は前回の八階層事件で怪我をした冒険者への見舞金などとしても使用されていたのだが、今回の『迷宮踏破計画』を開始するにあたり、関係各所各位への根回しと有力冒険者たちをかき集めるために、蓄えられていたそれらの金を放出しきる勢いで用いられたのだった。


 魔境と隣接しているという、辺境の小国であるグレイ王国にいてすらも聞こえてきていた名立たる冒険者たちの集結にマウズの町は大いに沸いた。

 連日のお祭り騒ぎによって、危うくバドーフなどの魔物の肉が品切れを起こしかけた程である。

 稼ぎ時と見た数名の冒険者たちによって大量に卸された結果事なきを得たが、その後、甘味類が軒並み値上がりしてしまったことには対処することができなかった。


 現状、未だに迷宮の『大改修』が続いているために迷路状になっている低階層よりも、中階層にある大部屋型の階層の方が急な迷宮の変化が発生したとしても対処しやすくはある。

 しかし生息している魔物には変化がないため、それを倒せるだけの力量は求められることになる。

 十四階層まで『転移石』が設置されたとはいえ、中階層の魔物は気楽に狩ることができる程弱くはなかったのだった。


「という訳で何とかならんものか?」


 そう言ってテーブル越しに座るディーオたちにずいっと顔を近づけてきたのは、市場の顔役の一人だった。思わずのけぞって椅子の背もたれに体を押し付けるようになる二人。

 ニアが『空間魔法』を利用した行動にも慣れてきたこともあって、そろそろ本格的に『迷宮踏破計画』に参加しようかと町で準備を整えていたところ、いきなり声を掛けられて連れ込まれた先にいたのが彼だった。


 ちなみにここはマウズの『商業組合』の建物内にある一室で、何度が足を運んだことがあったため、驚きはしたものの二人はさしたる抵抗をすることなく連行されたのであった。


「いや、何の説明もなく何とかならんかと言われても困るんだが……」

「だから甘味だよ、甘味!ディーオと嬢ちゃんの二人ならささっと行ってどさっと取ってこられるだろう!?」


 バンバンと勢いよく叩くものだから、テーブルの上に置かれていたカップからお茶がこぼれてしまっている。

 確か『商業組合』で出されている来客用の茶は結構美味いものだったはずだ。ふと思い出した事実に何となく寂しくなるディーオだった。


 さて男性の要望通り、できるかどうかと問われれば、答えはできなくはないという事になる。

 『転移石』の設置が完了している十四階層まで一気に飛べば、そこからホワイトビーが生息する十六階層まではディーオであれば数刻あれば到着できる。

 十五階層は迷路状なので出入りしている冒険者の数が少ない事を考えると〈跳躍〉を用いればもっと時間を短縮できるかもしれない。

 強いて言えば十四階層に出現するバイコーンが厄介だが、こちらは大部屋型の階層であり、逆に多くの冒険者が入り浸っていると聞いている。相対的に危険は小さくなっていると考えられた。


「だけど、シュガーラディッシュが定期的に狩られてくるようになって、甘味の提供は少し過剰気味になっているんじゃなかったかしら?」


 エルダートレントとの取り引きもあって、これに関しては八階層の事件が起きても、迷宮の『大改修』が始まっても続けられていた。

 冒険者協会マウズ支部の面子がかかっていたのだから当然のことだろう。


 そして、いくら連日のお祭り騒ぎで大量に消費されたとはいっても、使い果たしてしまうようなことにはならないはずだったのだ。

 現に、市場では甘味を用いた菓子類の値段が軒並み上がってはいたが、人々の財布に大打撃を与える程ではなかった。


 ところが、だ。

 目の前に座る男性の様子はどうだ。身を乗り出して口の端から泡を飛ばす勢いで要求してくるその姿に、余裕は欠片も見当たらなかった。

 いや、それどころかとんでもなく切羽詰まっているようにも見受けられる。


「親父さん、市場の皆には良くしてもらっているから、できることがあるなら手伝うことは吝かじゃない。だから、隠し事はなしにしてくれないか?」

「迷宮に入るってことは命を掛けることよ。信用がなくちゃ、とてもじゃないけどやってられないわ」

「……そうだな。碌に説明もしないで無茶な要求をされたら、怪しく思っちまうよな。すまんな、二人とも。ちょっと先走り過ぎたようだ」


 話していることで気持ちが落ち着いてきたのか、男性は素直に頭を下げた。

 そして改めて事情の説明を始めたのだった。

 その話によると、


「王都を拠点にしている複数の大商会から連名で大量の甘味の注文が入った、ねえ……」


 魔境に隣接している貧しい小国とはいっても国は国である。

 グレイ王国の首都である王都ともなると、それなりに栄えているし、王家や国の御用達となっている商人たちは、十分に他国の豪商と渡り合えるだけの力を持っていた。

 当然マウズの町にもそれら大商会の支店があり、マウズの経済の少なくない部分を握っている。


「どうも国外の相手との大きな取り引きらしくてな。もしも依頼が達成できないのであればこの町にある支店の規模を縮小することになるそうだ」


 男性は困り果てた顔で肩を落としていた。食料を始め、迷宮で採れるものであれば何とかなる。

 だが、中にはどうしても迷宮では確保できない物も存在していた。


 例えば塩。

 人が生きていく上で不可欠なそれは町の外から運ばれて来ているのが現状である。

 そしてその輸送の大半を行っているのが、今回大量の甘味を注文してきた大商会であり、支店の規模を縮小するというのはそのまま塩の扱いを縮小するという事なのだった。


「大商会としての矜持も何もない露骨な脅しだな」

「だけど、相手の弱みを的確に突く見事な作戦ではあるわ」

「全くもって嬢ちゃんの言う通りだ。それくらいできなきゃ、国を跨いでの大きな商いなんてできやしないってことなんだろうな」


 気に入らないとしても、そのやり口の有用性に一定の理解を示す三人だった。


「それはそれとして、あちらの狙いはやっぱり『迷宮踏破計画』に横槍を入れることになるのか?」

「タイミング的にそうとしか考えられないわね。今回の計画ってマウズ支部、というか支部長の独断によるものなんでしょう?迷宮の権益に食い込もうとしていたグレイ王国やその権力の元にいる連中にとっては、絶対に邪魔したいはずよ」


 注文自体はマウズの市場宛だが、その素材を確保してくるのはもちろん冒険者である。

 つまり、急な依頼によって冒険者たちが深部に進むことを阻止しようという訳だ。

 しかもその人質として、当の冒険者を含むマウズの町にいる人々全員を取ろうとしているのである。


「この件、支部長からは何と言ってきているんだ?」

「いざとなれば自分が動くから落ち着いていてくれ、だとさ」


 確かに彼であれば、一日もあればホワイトビーを乱獲して、大量のシルバーハニーを入手してくることができるだろう。

 問題点を上げるとするならば、狩り過ぎて全滅状態になる可能性があることだろうか。


「ニア、親父さんの依頼は俺たちで受けておいた方がいいと思うんだが……」

「奇遇ね。私もそう思っていたところだわ……」


 迷宮の力によって完全な絶滅ということはあり得ないが、それでも一時的には激減してしまうこともある。

 特に今は『大改修』の最中であり、魔物を補充する力が弱まっているかもしれない。

 再度の横槍があるかもしれないことを考えると、狩り過ぎにも注意が必要なように感じられたのだった。


 幸いと言っては何だが、ニアはまだ十二階層の『転移石』にまでしか到達していない。

 本格的な中階層への進出も兼ねた実戦経験を積む相手としては、十六階層でのホワイトビー討伐は手頃だといえるだろう。


「二人とも、よろしく頼む」


 こうして二人は、支部長が進める『迷宮踏破計画』への本格参戦の第一弾として、大量のシルバーハニー収穫を行うことになったのだった。


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