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4 告白

 ディーオとニアがコンビを組んでから十日程が過ぎていたが、この間二人は碌に迷宮に潜ることができないままだった。

 それというのも、未だにどこまで自分の手の内をお互いに晒してしまって良いものなのか、計りかねていたからである。

 意外に思われるかもしれないが、ディーオだけでなくニアの方にも切り札や奥の手的な秘密を抱えているのである。


 これはある程度の力量を持つ冒険者であれば当然の事でもあり、『新緑の風』の五人のような長期間パーティーを組んでいて気心の知れているメンバー同士であっても、それぞれの手札を全て熟知しているという事はない。

 余談だが、四人組の場合はまだそこまでの技量に達していないので、お互いの性能をよく理解し合っている状態である。


 加えて、ディーオは先日体験した未知の感情にも苛まれ続けていた。

 情緒不安定とまではいかないのだが、集中力を欠いていると実感することは頻繁にあった。そのため、大した探索もできずに切り上げることが続いていたのだ。

 とはいえ、これは本人がそう思い込んでいる事であって、傍からは明らかに挙動不審になっていると思われることが散見されていたのだった。


 しかしながら、二人がお互いを避け合っていたかと言えば、事実はまるで正反対だった。

 先にも述べたように碌な探索はできていなくても迷宮への挑戦は毎日のように続けていたのである。

 当然その行き返りはマウズの町中を通ることになるし、市場や冒険者協会には倒した魔物素材を卸しに顔を出していた。

 常に二人揃って。


「うーん、初々しいはずなのに、どうしてだか爛れた関係のように見えてしまうわ」


 とはある女性冒険者の談である。

 ニアがディーオの片腕を占拠しているという点こそ同じだったのだが、その様子は大幅に異なっていた。

 以前のニアは置いて行かれることを拒む態度であり、縋り付くという言葉が最もしっくりくる状態だった。対して今は、自身の魅力をアピールするかのように自身の持つ女の武器を使用していた。

 簡潔に言うと、わざと胸を押し当ててみたり、彼の手を自身の足の上に誘導したりしていたのだ。


 その艶めかしい上に生々しい態度に、


「こりゃあ、若い連中には目の毒だな」

「だけど、酔った状態でやってくる人たちの中にはもっと過激なことをしている人もいますから、彼らにだけ注意するというのは難しいですよ?」

「いっそのこと本格的に風紀改善に乗り出すべきなのか?」


 などと冒険者協会の職員たちの間で相談が行われていたくらいである。

 はっきり言って公共の場でするにはいささか限度を超えかけている行動である。酒の勢いもあるとはいえ、それを上回る公序良俗に反するようなことをやる愚か者と、果たしてどちらがより悪質なのだろうか、と副支部長は現実逃避気味に考えていた。

 そんな彼の頭部、(かつら)の下では着々と不毛地帯が広がっていたのだった。


 一方ディーオの方はというと、こちらも以前とは態度が異なっていた。

 コンビ結成前であれば、ニアの過剰なスキンシップに対して間違いなく注意をして窘めていたはずである。だが、今の彼は時々体を強張らせることはあっても彼女を止めたり咎めたりすることはなかった。

 それどころか時にはニアの頭を撫でたりしている始末だ。


「なんだか、思っていたのとは違う方向に進んでいるわよね……」

「共依存って言うのかしら?お互いがお互いに圧し掛かっているみたい」


 コンビを組んで以降、二人の冒険者としては絶不調な状況に、破滅の兆候を感じ取る者も少なくはなかったという。


「の、のしかかる、だと……!?」

「はあ……。そうやってエロ方面にしか考えが回らないから、あんたはもてないのよ」

「げふっ!」


 中には余計な茶々を入れては、撃沈していった者もいたのだとか。

 このように彼らの先行きが不安視されたり、とばっちり――まあ、半分以上は自滅のようなものだが――を受ける者が発生したりと、微妙な騒動が巻き起こされていた冒険者協会の建物内に対し、マウズの町中は至って平穏なものだった。


 それというのも、不調とはいいながらも市場にとっては有用なバドーフ等の低階層に住み着く魔物であれば、二人とも問題なく狩ることができていたからである。


「こんにちは。お肉獲ってきました」

「おお。ニアちゃんとディーオか。いつも助かるよ。ついでに解体も手伝っていかないかね?」

「その分上乗せしてくれるならやるよ」

「いや、ディーオ。普通の冒険者ならそこまでやってから持ってくるものなんだぞ。そりゃあ、手間賃くらいは上乗せしてやるけど」


 むしろ毎日のようにそれらを持ち込んでくれるので、市場の取引相手からは感謝されていたくらいだった。

 それと、積極的に二人をくっ付けようとしていたかどうかも関係しているのだろう。

 要するに女性冒険者たちや協会の女性職員たちを始めとしたあの場にいた多くの者たちは、煽った手前、豹変した彼らの態度や行動に責任を感じてしまっていたのである。

 噂程度でしかそのことを知らない町の人々は、精々が二人の仲が進展したのだろう、くらいにしか考えていなかったのだった。

 積極的過ぎるニアのスキンシップも遠目からではよく分からなかったことも、平穏が続く要因だった。


 そんなどこか歪な充実感のある生活だったが、いつまでもそこで立ち止まっている訳にはいかない。

 ディーオには迷宮を踏破するための夢、迷宮の力を使って異世界の料理を作り出すという目的があるのだから。


 ある日の夜、ニアを自室へと呼び出した。

 隣室からやって来たニアは浮ついた雰囲気だったが、ディーオが真面目な顔をしているのを見た瞬間、真剣なものへと意識を切り替えていた。

 冒険者としての経験が見事に生かされていると言えよう。


「突然呼び出して悪かったな」


 小さなテーブルを挟んで向かい合う形で置かれた椅子に座るように勧めながら、ディーオはさっそく口を開いた。

 一応、これらは食卓用にと買った物であったが『モグラの稼ぎ亭』を始めとして外で食事を済ませることが多かったため、もっぱら装備の手入れや道具の確認などの際に、それらを広げることにしか使用されていなかったりする。


「組んでいる相手からのものだもの。問題ないわ。……そういうことでいいんでしょう?」

「ああ。コンビとしての俺たち二人の今後に関わることだ」


 迷宮での油断、迷いは死に直結する。そのことは二人とも嫌という程思い知らされている。

 だからこそ今の二人の間に、甘い空気など少しも存在してはいなかった。


「話というのは他でもない、これのことだ」


 言いながらディーオは普段腰に括りつけてある革製の袋をテーブルの上に置く。


「これって、あなたのアイテムボックスよね?」

「違う。これは丈夫なことだけがウリ(・・・・・・・・・・)ただの袋(・・・・)だ」

「はい……?どういうこと?」

「俺は倒した魔物の素材やアイテムを、アイテムボックスに収納していた訳じゃない。俺の能力、『空間魔法』で異空間へと送っていたんだ」


 数日間悩んだ結果、ディーオはニアに自身の持つ能力の内、『空間魔法』のことを打ち明けることにしたのであった。


「ちょ、ちょっと待って!『空間魔法』なんてお伽噺か伝説にしか出てこない類のものよ!?そんなものを使えるっていうの!?」


 一方、突然の秘密の告白を受けてニアは戸惑っていた。

 ディーオの真面目な顔を見た時から重要な話であろうことは想像していたが、事はそれを遥かに上回っていたため、準備していたはずの覚悟がまるで役に立たなかったのであった。


「急に言われても理解も納得もできないだろうから証拠を見せる。いくぞ、〈跳躍〉」


 呟いた瞬間、ニアの目の前にいたはずのディーオの姿が掻き消える。


「え?うそ!?どこに行ったの!?」


 ガタン。

 慌てて立ち上がったことで、座っていた椅子が弾かれて後方へと倒れる。

 殺風景な部屋にその音だけがやけに大きく響き渡っていた。


「こっちだ」


 そして当のディーオは、部屋の片隅で静かにたたずんでいたのだった。

 距離にしておよそ三尺くらいであろうか。一拍で動くには無理のある場所だった。

 まあ、達人級の身体捌きを会得した高等級冒険者が、これまた高度な身体能力上昇系の魔法によって強化されたならば、必ずしも不可能な動きではない。

 が、ディーオはまだそこまでの高みには至っていないし、何よりニアには身体強化系の魔法を使用した痕跡を発見することはできなかった。

 別段、彼女の感知能力が低下した訳ではない。その証拠に、ディーオの姿が消えた瞬間、それまで感じた事のない魔力の動きを感じ取っていたのだから。


 余談だが、アイテムボックスを始めとした魔道具やマジックアイテムを使用する際にも魔力の動きが発生する。

 それは通常の魔法を使用する時に比べると、弱いものだが確かにある。

 ディーオは十年を超える『空間魔法』の訓練によって、〈収納〉程度であれば魔道具並みの少ない魔力で使用することができるようになっていたのである。

 同時に、ニアはこれまでアイテムボックスを直に見たことがなかったため、ディーオのそれが『空間魔法』によるものだとは分からなかったのだった。


 目の前で起きた事への拒絶反応のごとく体から力が抜けていく。


「お、おい!大丈夫か!?」


 ふらりと崩れるようにして床へとへたり込んだニアの元に、慌ててディーオが駆け寄って行く。


「ほ、本当に『空間魔法』なの……?」


 腰が抜けてしまっているのか、縋り付くようにして抱き着きながらうわ言のように呟いている。

 彼女が元研究者であることを過大評価してしまっていた。ディーオは内心で舌打ちをしていた。

 魔法に関する豊富な知識と持ち前の好奇心によって、伝承に謳われるだけのものであっても臆することはないだろうと安易に考えてしまっていたのだった。

 しかし実際にはその逆で、知識があるからこそ『空間魔法』に対して畏怖を抱いてしまったようなのだった。


「悪い。少し焦り過ぎた」


 落ち着いて考えてみればもっと上手いやり方がいくらでもあったはずだ。

 どうやら自覚していた以上に、ここ数日間の不調がプレッシャーとなってしまっていたらしい。


「気にしないで。簡単に話せるような内容じゃないことはよく分かっているから。それよりもあなたが使える『空間魔法』のことをもっと教えて」


 落ち込むディーオを励ますように、ニアは優しく続きを促してきた。

 落ち着いて余裕が出てきた部分もあるのだろうが、それ以上に彼女の気遣いが嬉しかった。


「ああ。……だけど、それは椅子に座ってからにしないか?」

「そ、そうね。こんな格好のまま話せるようなことじゃないわよね……」


 床に腰を着けたまま抱きしめ合うようなお互いの状態を再確認してしまった二人は、顔を真っ赤にして椅子へと座り直したのだった。


(『空間魔法』が使えることの)告白、でした。

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