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1 八階層事件の終結宣言

 異世界の自分との戦いから数日が経過していた。

 当初支部長に報告して良いものなのか悩んだのだが、男は八階層にゴーストを呼び出した張本人でもある。

 逆に報告しない訳にはいかないだろうという結論に達したのだった。


 自らの持つ異能、『空間魔法』や『異界倉庫』といった秘密にもかかわってくるので、さすがに異世界の自分であることを伝えることこそしなかったが、その他の男が事件の首謀者であったことや迷宮に飲み込まれるように消えて行ったことなどは詳細に説明を行った。


 ゴーストを呼び出したことに関しても、『空間魔法』以外にも召喚術や魔物を器物に封印して持ち運ぶといった方法があるため素直に話すことにした。

 長い年月をかけて培われてきた知識や経験を持つ支部長ならば、そうした術に気が付くはずだと予想したのである。

 半ば伝説と化している『空間魔法』に比べて、それらの(すべ)の方が現実的で、かつ実現可能であったことも起因しているのだろう、ディーオの予想は見事に的中することになった。

 支部長は男がそうした召喚術や封印術を用いて今回の騒ぎを引き起こしたと考え、単独犯行と組織だった犯行の両面から事件に至った経緯などの調査を始めたのだった。


 そう、ディーオは男の犯行動機については(つまび)らかにはしなかったのである。

 男が世界を超えて来たらしいこと、何よりもニアと浅からぬ因縁がありそうだったことから口をつぐんだのだ。当然、ニアと男が互いに面識があったらしいことも秘密にしている。

 加えて、聞きだした内容からほとんど衝動的な行動だったようなので、言ったところで信じてはもらえないだろうと判断し、報告は保留としたのだった。


 そして、そのニアなのだが……、


「……なあ、そろそろ離れても大丈夫だろう」

「やだ」


 ディーオのすぐ後ろをついて回り、離れることがないという状態が続いていた。何と寝泊まりしている場所すらも、彼の部屋の隣室に越してくるという徹底ぶりである。

 その姿はまるで親鳥の後を追いかける雛鳥か、母親に抱き着いたまま四六時中を過ごす子猿のようだと、少々極端ではあるが、冒険者協会の職員を中心とした町の女性陣からは好意的に見られていた。

 反対に男性陣、特に若い独身冒険者たちからは怨嵯のこもった視線がディーオに向けてのみ送られることになっていたのだが。


 それでも、町に戻ってきた直後に比べればまだマシになったものだ。

 あの時は迷宮の入り口から出た途端、無事に迷宮を脱出していた彼女が抱き着いてきたかと思うとそのまま泣き出してしまい、ついには泣き疲れて眠ってしまうまで一切離れることはなかったのである。

 いや、ボロボロになっていた服を握り締めたまま放すことはなかったことから、眠った後も引っ付いたままだった。


 お陰でディーオはその日、碌に怪我の手当てをすることもできないまま、領兵たちが迷宮を監視するために建てられた詰所の一室で夜を明かすことになったのだった。

 その際に女性兵の一人から「迷宮から帰ってきた後も真っ青な顔のまま出口付近で待ち続けていた」と聞かされては、無理矢理引きはがすという事もできずに、されるがままになってしまったのだった。


 そんな普段とは異なる行動を取ってしまったものだから、「二人の関係が変わってしまうような出来事が迷宮内であった!?」という曖昧で、だからこそ真実を含む噂は、瞬く間にマウズの町中に広がることとなってしまった。

 女性陣からは温かくもどこか面白がるような、男性陣からは怨み辛み妬み嫉み僻み(負の感情)が入り混じり濃縮させたような視線を浴び続けることになった主な原因がこれだった。


 ちなみに、この件に関してディーオもニアも一切の釈明をしなかったのだが、これはどう説明すれば良いものか分からずに困惑している間にその機会を失ってしまった、というのが真相である。


 そして本日、領主と支部長の連名によって終結宣言が出されたことにより、八階層の事件は終わりを迎えることになる。

 ディーオとニアが行ったものを含む調査のほとんどは公開されたが、首謀者の遺体が消えた件については、迷宮の関与が疑われるため非公開となり、一部の者のみが知る隠された真実となってしまった。


 しかしこれは、低階層でのモンスターハウスの罠発見から続く、マウズの迷宮は特異性や異質性を持っているのではないかという風評を防ぎ、ようやく軌道に乗り始めたエルダートレントとの取り引きに水を差されないようにするためでもあった。


 余談だが、低階層でモンスターハウスの罠が起動したことを報告し、二十階層でエルダートレントとの交渉に渡りをつけ、更に今回の八階層の事件の終結に寄与したとして、ディーオは一部の者たちに目つけられる存在となってしまっていたのだった。


「しばらくは単独行動を控えた方がいいだろうね」


 という支部長の言葉を受けたニアがそれまで以上にべったりとなってしまい、ディーオが恨みがましい目つきで睨むという一幕も発生していた。

 もちろん年季の違いもあってか、支部長は全くと言っていい程気にしてはいなかったようだが。


「おお!やるわね!」

「はあ……。若いっていいわよねえ」

「ぐぎぎぎぎ……!おのれ、見せつけやがって……!」

「月がない夜、それが決行日だ」

「闇よりもなお暗い我らが想念を存分に味わせてやる」


 支部長室から出てきたディーオを待っていたのは、やけに楽しそうな女性陣の歓声と、地獄の底から響いてくるような男性陣の呪怨の声だった。

 その左腕はしっかりとニアによって抱え込まれていたのである。その体勢上、見た目以上に大きく見た目では分からない柔らかなものが押し付けられていたため、下手に動かすことができなくなっていたのであった。


「どうしてこんなことに……」


 思わず漏れた呟きだが、それは心の底から思っていたものでもあった。

 とりあえず周囲の声は気にしたところでどうしようもないので無視することに。

 一応、怪しげな計画らしきものを立てている連中だけは顔を覚えておくようにしたが。


「あはははは……。兄貴、お疲れ様」


 そんな中、苦笑しながら二人を迎えたのは四人組の一人、ワンダだった。

 既に最低限の治療が終わった彼らは救護所から出て、というかディーオとニアの見舞いという名の嫌がらせのとばっちりを受けた同室の患者たちからの涙ながらの訴えを受けて、救護所を追い出されていたのである。

 今は冒険者に復帰できるように町中での簡単な依頼をこなして体を慣らしている真っ最中であり、ここに居ないワンダ以外の三人も元気に町中を走り回っているのだとか。


 同時に、救護所から紹介された医者の元へと定期的に通い、精神的な後遺症が発症しないように治療と訓練を受け続けているのだそうだ。

 追い出してしまった負い目があるためか、この費用の大半は救護所が出してくれているという。


 反対にその原因となったディーオとニアには救護所職員からの厳しい目が向けられているのかと言えば、実はそうでもなかった。

 それというのも、最近こそは傷を負う頻度が少なくなっていたが、マウズに来て当初の迷宮探索に不慣れだった頃のディーオは救護所の常連だったのである。

 数日に一度は魔物の攻撃を捌ききれずに怪我をして、救護所のお世話になっていたのだ。その礼も兼ねて、時折差し入れを持っていったりしていたので、救護所の者たちからは好印象を持たれていたのだった。


 余談だが、差し入れで最も喜ばれていたのはディーオがブリックスに作らせていた異世界の料理もどきであったという。


「よう。調子の方はどうだ?」

「町中で動き回る分には問題ないかな」

「そうか。だけど魔物と戦うのはもう少し我慢しておけよ。今焦ったら全部が台無しになる」

「分かってる。まあ、町中の依頼だけでも四人で手分けすれば何とか生活していけるだけの金にはなっているからさ。まさかこんなに多く依頼が出ているとは驚きだったぜ」


 魔物を倒す、貴人の護衛をする、そして迷宮に潜るといった華やかな活躍がクローズアップされがちな冒険者稼業だが、実は『冒険者協会』への依頼の中で一番多いのが、町中の何でも屋的な依頼なのである。

 冒険者の大半はこうした依頼を通して依頼主への対応の仕方や、交渉のやり方など先々に必要な技術を身に着けていくことになる。


「マウズのような迷宮のある町は冒険者のほとんどがそちらに流れていってしまうからな。町中の依頼を受ける人間が少ないというのもあるんだ」


 迷宮の中で行う依頼というものは少ないので、必然的に迷宮都市では所属している冒険者の数の割には、依頼の達成数が少なくなる傾向にあったりもする。

 そのため、このまま四人組が町中の依頼専属になってくれないかと密かに願っている職員もいたりしたのだった。


「そうだったのか。……はあ、もっとちゃんと冒険者の勉強をしておくんだったなあ」

「そう落ち込むなよ。今からでも学べばいいだけのことだ」


 ワンダたち四人は期待の大型新人だと持ち上げられていたため、そうした冒険者の一般常識に疎くなっていたのだ。

 ただこれは彼らを天狗にさせてしまった『冒険者協会』の側にも責があることなので、ディーオにはこれ以上彼らを責め立てるつもりはなかった。

 時折常識外れなことをやらかしてきたので、巡り巡って自分にまで火の粉が飛んできそうだから、という部分もあったりする。


「つまり、今のところ差し迫って困っていることはない、という事だな?」

「うーん……。困るっていう程ではないけど、実戦から離れて体が少し鈍っている気はするかな」


 現在ワンダたちがこなしている依頼は、荷運びや倉庫整理といった体力は使うものの単調な作業のものが多い。そのため戦いで使用する部分とは異なっているのである。

 加えて、戦いでの、特に命の罹った実戦における勘というものは、戦いの中でしか磨く事はできない特殊なものだ。

 一度そこから離れてしまうと例えどんなに優れた冒険者であっても、第一線への復帰は難しいと言われる所以である。


「それなら訓練場で稽古をつけてもらえ。迷宮が『大改修』に入ったから様子見のために暇を持て余しているような連中もいるだろう」

「その手があったか!ありがとう、兄貴。時間を見つけて訓練場の方に顔を出してみるよ」


 それなりに動き回っているとはいっても、どこかで自分たちが日々弱くなっていることをひしひしと感じていたのだろう。やはり不安に思ったり焦燥にかられていたりしていたようである。

 今のワンダにとってディーオの提案は、厚く暗い雲の隙間から差し込んだ光明のようにすら思えたのだった。


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