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9 意外な結末

今話では、いわゆる残酷な描写が登場します。


苦手な方は気を付けてください。

 迫りくる凶刃をかわし、襲いかかる拳や脚を受ける。

 当初拮抗していた互いの攻撃も、あちらの奥の手だったのだろう体術を組み込んだものへと変わった瞬間に簡単に天秤が傾いてしまった。

 とはいえ、あそこで崩壊していたら既に物言えぬ屍となっていただろうから、耐え切れているだけマシだとも言える。


 それでも防戦一方となった現状は、ディーオが思っていた以上に心身に負担を掛けていた。攻撃を受け続けていた四肢、特に腕は痺れて感覚が鈍くなってきている。

 体のキレもなくなり、徐々にだが、再び小さな傷を作るようになっていた。

 そしてそうした傷から発せられるピリピリとした痛みが思考能力を奪っていく。


 このまま何も起こらなければ、じきにディーオの負けは決定的なものとなるだろう。

 年若いディーオに対して初老の男、体力という面で見れば有利だったのかもしれないが、それは男の持つ経験によって覆されてしまった。

 地力による戦いでもディーオは負けを喫することになってしまっていたのだ。


「はっはっはあ!どうしたどうした?すっかり黙り込んでしまったじゃないか!」


 そしてここにきて男はその攻撃を、ディーオを嬲るようなものへと変えていた。

 わざと短剣を目立つように振るい、そこに気を取られた瞬間を見計らって殴りつけていく。また、痛みと恐怖を植え付けるように浅い傷に留めていた。

 それは勝利を確信した者の余裕だったのだろう。事実、ディーオは切りつけられ、殴られ、蹴られる毎にふらふらとおぼつかない足取りとなっていた。


「そらよ!」

「うぐっ!?」


 調子に乗った男の回し蹴りによって左肩を痛打されたディーオは、よろめきながらも壁際まで後退していった。


「大口を叩いていたが、所詮はこんなもんか」


 遊び飽きた玩具を見るような目を男が向けた先には、ディーオが壁にもたれかかるようにしてようやく立っていた。

 右手には短槍を持ってはいたが、逆手で穂先を下にして杖のようにしている。

 その姿はまさに満身創痍、見る者が百人いれば百人共が「これ以上戦いを続けることなど到底できない」と判断するだろうという有り様だった。


「それじゃあ、まあ、俺のために死んでくれや」


 死の宣告というにはあまりにも軽い台詞を口にした後、男はその言葉を現実にするためにディーオへと向かって足を動かし始めた。


 かき消すようにディーオが消えたのはそんな瞬間だった。


「!?どこに逃げ――」

「あああああ!!」


 背後から吼えるような、叫ぶような声が聞こえて慌てて振り返る。


 ズブリ。


 腹部に異様な衝撃を受けたかと思うと、灼けるような熱さと痛みに襲われた。

 驚愕に見開かれた目に映っていたのは、力の限りに何かを投げつけたような姿勢で固まるディーオの姿だった。




 ここで時間は少し前に遡る。


 地力でのぶつかり合いでも敗戦の色が濃くなってきたことを察したディーオは賭けに出ることにした。

 否、賭けに出るより他なかったという方が適当か。

 ともかく彼は、男の油断を誘ってその機会を得るために、反撃を減らして防御にのみ注力するようにしたのだ。


 守りに専念したディーオへの攻撃は苛烈を極めた。もしも決断があと少しでも遅かったのであれば、この怒涛の勢いに巻き込まれて終わっていたかもしれない。

 男の動きが嬲るものへと変化してからもひたすら耐え続けて、肉を切らせ続けた。たった一度の骨を断つ機会を得るために。


 その機会は存外早く訪れた。


「そらよ!」

「うぐっ!?」


 調子に乗った男が回し蹴りを放ってきたのだ。距離を取るためにこれ幸いにとよろめきながらも壁際へと後退する。

 大きく肩で息をする真似をしてやれば、


「大口を叩いていたが、所詮はこんなもんか」


 思った通り男はすっかり勝った気になっていた。


「それじゃあ、まあ、俺のために死んでくれや」


 その台詞に何か妙なものを感じながらも、この機会を逃す訳にはいかないと背の壁に預けていた体重前方へと移動させながら、小声で「〈跳躍〉」と唱えた。

 ぶれるようにして歪んだ視界が戻った時に彼が立っていたのは、直前まで見ていた場所だった。

 前傾状態で倒れていく身体を食い止めるために自然に右足が前に出る。

 その一歩を踏みしめた床面からの反動を利用して、振り返るように強制的に体を捻り、短槍を持った腕を振り上げる。


「!?どこに逃げ――」


 驚いた男が何かを言っていたが、気にせずねじられた体を戻していく。


「あああああ!!」


 身体に残っていた力全てを注ぎ込むつもりで振り返ると同時に短槍を投げつける。

 咆哮を聞いて居場所を突き止めた男が振り向くのと、投げられた短槍の穂先がズブリとその腹へとめり込んでいくのは、ほぼ同時のことだった。


 驚愕に見開かれた目をこちらへと向けたまま、男の足は後方へとその身を運んでいた。

 恐らくはその身の危険を感じた体が反射的に行っていた動きなのだろう、どん、という衝撃を受けて、ようやく壁に当たったのだと気が付いたようだ。

 奇しくもその場所は、ほんの数拍前にディーオがもたれかかっていた場所だった。


 三十寸程もある穂先が入り込んだのだ、重傷は免れないだろう。また腹部という場所柄、いくつかの内臓に傷が付いている可能性がある。

 心臓や脳を穿たれたような即死の危険はなくとも、一刻も早い治療が行われなければ命にかかわってくるはずだ。

 その証拠に男の腹からは次々と赤い液体が染み出し、着ている服を染め上げていた。

 更に血と共に足の力も抜けているのか、ずるずると崩れ落ちていく。


「ひ、へへ……。い、痛え……」


 そんな危機的な状況であるにもかかわらず、男の顔には下卑た嘲笑が張り付いていた。


「お前、俺の周りだけ『空間魔法』が使えないと知っていやがったな……」

「ああ」

「くそガキが……。いつからだ、何時から知っていた?」

「あんたに『空間魔法』で攻撃をしようとした時だな」


 ディーオが建てた仮説は「男本人やその周辺と、また彼を含むようにして展開される『空間魔法』を発動することができない」というものであり、正確には男の認識とは異なっている。

 そして〈裂空〉や〈障壁〉は前者、〈地図〉や〈警戒〉は後者によって発動が阻まれたと考えられ、このどちらにも当てはまらなかった〈収納〉は使用でき、問題なく愛用の短槍を取り出すことができたのだろう。

 ただ、そこまで詳しく説明してやる義理はないので。この点は胸の中に留めておくことにしたのだった。


 それにしても思い返すだけで冷や汗が出てくる。〈収納〉を使用した際に『空間魔法』の無効範囲内にいたとしたら、短槍を取り出すことができずに早々に詰んで敗北していたことだろう。

 綱渡りどころか、奈落に渡された細い細い糸の上を歩かされていたようなものだったのである。


「さて、今度はこちらから質問する番だ」

「ぐ……、おいおい、死にそうな怪我をしているのに治療もしないのか?」

「あんたを生かしておくつもりはない。これが答えだ。それよりも俺の質問に答えてもらうぞ。……あんたは、別の世界の、俺、だな」

「……ああ。その通りだ」


 ディーオの回答に生き残る術はないと悟ったのか、男はあっさりとその事実を認めていた。


「何のために、そんなことを?」

「……おいガキ、俺を殺すと決めたやつが今さら良い子ぶってるんじゃねえよ。何のためかなんてとっくに分かっているだろうが!」


 血が混じり赤く泡立った唾を飛ばしながら、男は怒鳴った。


「…………」


 俗に才能と呼ばれる力がある。

 個々人が先天的に持つ力を指すものだが、こうした才能は神々や世界から一時的に貸し与えられたものだとする考え方が、どこの世界でも(・・・・・・・)一般的である。

 そして貸されたものであるならば、いずれは返還しなくてはいけない。この返還の時期こそが死の瞬間であるとされている。


 それでは、その瞬間に死ぬ者と同一の存在があればどうなるだろうか?

 答えは「その同一の存在に才能が引き継がれる」である。


 世界を渡ることができたという古代魔法文明期に記されたとされるその書物は、ディーオたちがアクセスできる『異界倉庫』に今でも収められている。


 つまり男は、異世界にいるディーオたち同一存在を殺して、その才能を奪おうとしていたのだ。

 ディーオとしてはいくら同一存在であったとしても生理的に受け付けないのか、想像するだけで気持ち悪くなるため他人の才能を受け継ぐような真似はしたくない、というのが本音である。

 しかし男の目的上、放置しては他の世界の同一存在が危険に晒されてしまいかねない。

 そのため、ここで息の根を止めることを選択したのだった。


「どうやってこの世界にやって来た?」


 可能であるならば死の直前に元の世界に送り返してしまいたい。そんな思いもあって別の質問をしてみることにした。

 来ることができたのであれば帰ることもできるのではないか?という単純な予想である。


「……先に世界を超えたやつの後をつけただけだ」


 だが、帰ってきたのは完全に想定外の言葉だった。


「後を付けた?どうやって?」

「……さあな。よく分からねえな」


 男の感覚によると、真っ白な霧の中を足元に見える道の跡のようなものを辿って来た、という事になるらしい。


「それじゃあ、先にこの世界に来たというのは何者だ?」


 その質問を口にした途端、男の顔がそれまで以上に嫌らしいものへと変化した。

 それを見たディーオはどういった方向性になるにせよ、碌な回答ではないだろうと心の中で結論付けていた。

 そしてその予想を証明するかのように、男が口を開いたその時、


 ドスドスドスドスドス!


「がはっ!?」

「なっ!?」


 男の体中から鋭く尖った棘の先端が飛び出してきたのだった。

 壁にもたれかかっていた背をわずかに反らせるような態勢になっていることから、棘は男の背後の壁から生み出されたものだと推測できた。


「まさか!?どうして迷宮が!?」


 そんなことができるであろう存在は一つしかない。

 しかし、その理由が分からなかった。


「迷宮の意に反してゴーストを別の階層へと出現させたからなのか?」


 可能性はある。が、正解かどうかを知る術はなかった。

 そしてその間にも男の命の灯は着実に小さくなっていた。


「あ……な……」

「おい、大丈夫か!?」


 致命傷を与え、その上殺すことを宣言していた相手に向ける言葉としてはおかしなことは理解していたが、それでもそう言わずにはいられなかった。


「く、ろ……、に気を……、付け、ろ」

「気を付けろ?何に?それとも誰に、なのか!?」


 問いかけるも男の瞳は既に何も映してはいなかった。

 そして糸が切れたかのようにガクリと首が垂れると、異世界からやってきたというディーオの同一存在の男は光となり、迷宮の床面へと吸い込まれるようにして消えて行ったのだった。


 後には、赤く染まった無数の棘が生えた壁と、ディーオの短槍だけが残されていた。


今回の勝ち方は以前から考えていたものでした。

というか、〈収納〉で槍を取り出した時に、「あれ?魔法が使えなかったのが矛盾している?」と思って必死になって考えた結果だったりします。


……破綻してないですよね? と不安になる小心者の作者です(苦笑)。


そして今回私の作品では(多分ですが)初めて人を殺すという場面を書いたことになります。

書き上げた時は作品にのめり込んでいるのでそうでもなかったのですが、読み返してみるとはっきり言って気が重く、苦しくなります。

基本的にそういう事をしないでいられる社会で生まれ育ったことは、ありがたい事なのだと改めて感じました。


……あとがきの話すら重苦しくなってしまいまして申し訳ないです。



気を取り直しまして、さて、物語は山場を一つ越えて次回からは新しい章へと移ることになります。

同一存在だった男の言葉は何を意味するのか!? は既にバレバレのような気もしますが、分かっていても答えはどうか心の中に留めておくようにお願いいたします。


それなりにゴールが見えてきた感のある本作ですが、もうしばらくのお付き合いの程よろしくお願い致します。

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