6 同一存在
今年最後の更新となります。
来年も恐らくは週一回の更新となると思いますが、せめて途切れないように頑張っていこうと思っておりますので、よろしくお願いいたします。
ディーオとその男の間には全くと言って良いくらい共通点はなかった。
分かり易い外見を上げても、ディーオが十代後半で成長期特有の若々しさに溢れているかと思えば、男の方は初老を超えた年代であった。
背筋を伸ばしてすっくと立っている一方で、猫背気味に腰を曲げて上体を屈めている。
更には髪の毛や目の色に至るまで異なっていた。
内面もまた同様だ。これからの成長過程において変動はあるだろうが、少なくとも現在のディーオであれば男が今その顔に張り付かせているような表情、嗜虐に満ちた粗野で下卑た笑みを浮かべることはないと断言出た。
それでも、それでもだ。
ディーオの胸の内で、この男と自分は同一の存在であるという確信が揺らぐことはなかったのだった。
そして同時に、一目見た時から確信していたもう一つの事実、危険な存在であるという事もより強く感じるようになっていた。
何度となく繰り返し迷宮に挑んで来た経験から、支部長や『新緑の風』といった高位冒険者を間近で見ることができていた経験から得られた危機察知能力が、目前の男に対して全力で警報を鳴らし続けていた。
「カハハ!良い面構えじゃねえか。そっちのピーピー泣き喚いているメスガキよりもよっぽど殺し甲斐があるってもんだぜ!」
男の見下した台詞に、背後で縮こまっているニアの体がビクリと跳ねたのを感じた。その様子から二人の間には何かしら因果があるのではないかと予想した。
問題はこの因果が明らかに良くない方向のものだという事だ。ニアの怯え方や正体のなくし方から察するに、かなり恐ろしい目に合わされた可能性がある。
自分と同一の存在であるならば、この男もまた『空間魔法』を使用できるという事だ。背後を守りながら戦える程甘い相手ではないだろう。
それに男の言い様からして、こちらを動揺させたり動きを制限させたりするために、わざとニアを狙ってくる算段が高い。
いやそれ以前に、その歪んだ嗜虐心を満足させるためにあえてニアの方から狙ってくるかもしれないのだ。
いずれにしても彼女を背後に置いたまま戦う事はできない。決断したディーオはすぐに行動へと移した。
「ニア!聞いてくれ!俺があいつと戦う。だからその間に逃げるんだ!」
ニアの正面にしゃがみ込むと、両頬をその手で挟んでそう告げた。
男へ無防備な背中を向けることになるが、こうした手合いは搦め手やそれ以上の卑怯な手なども使うが、形としては得てして正面から叩き潰すことを好むものだ。
同一存在であるという事も併せて、背後から攻撃はないと考えていた。
ディーオの言葉が届いたのか、それとも頬を張るような勢いで挟まれた痛みによるものかは不明だが、虚ろだったその目に光が戻り始めた。
「逃げ、る……?」
「そうだ!あいつは俺が何とかする。だからニアはここから離れ――」
「嫌っ!」
ディーオの説明を遮り、それまでとは反対に今度はニアが体にしがみついてきた。それはその華奢な体のどこにそんな力があったのかと驚くような強さだった。
「もう誰かを残していくのは嫌っ!誰かに残されるのは嫌っ!」
両の瞳から涙を溢れさせながらの訴えは聞く者の心に突き刺さり、思わずその願いを叶えてやりたくなる。
しかしそれは余りにリスクが大きく、賭けとすら呼べないほどのものだ。
たとえ彼女の心の傷を抉ることになろうとも、ここは絶対に退いてもらわなくてはいけない。
「五月蠅いだけのメスガキだと思っていたが、なかなか泣かせるじゃないか。どうだ色男、女のお願いを聞いてやるのも男の甲斐性ってもんだぜ」
聞く者の神経をささくれ立たせるような男の言葉は意図的に無視して、ディーオはニアだけを見つめ続ける。
しばらくすると思惑が外されたと理解したのだろう「チッ」と舌打ちする音が聞こえてきたのだった。
それでもなおひたすらに、ディーオはニアを見つめ続け、言った。
「ニア。俺にはな、どうしても叶えたい夢が、成し遂げたい目標があるんだ」
「……ゆ、め?」
「そうだ。だからな、絶対にこんなところで死んでなんかいられないんだよ」
「…………」
「ワンダたち四人のことだって気がかりだ。腕っぷしだけでのし上がってきたから、ちゃんと監視しておかないと、どんな騒動を引き起こすか分からない」
もしも四人が聞いていれば「兄貴にだけは言われたくない!」と口を揃えて叫び出しそうな台詞である。
ニアにしても光が戻り始めた目に訝し気な色合いが浮かんでいる程である。
「それに……、喧嘩別れしたままっていうのは、どうにも後味が悪くていけないし、な」
「え……?それって……」
「後でちゃんと仲直りをしよう。……ほらな、俺は死ぬなんて無責任なことができる立場じゃないのさ」
笑いかけてやると落ち着いてきたのか、しがみついていた腕の力が徐々に弱まっていった。
「死なない?」
「ああ。死なない」
「帰って来てくれる?」
「もちろん」
それでもまだ不安げな顔を変えようとしないニアの頭をポンポンと軽く叩く。
子どものような扱いにムッとして抗議の声を上げようとしたところを、隙を突いて一気に立ち上がらせる。
「上出来だ」
まだかすかに震え続けてはいたものの、彼女はその両脚でしっかりと立つことができていた。
「絶対帰って来なさいよ」
不意打ちじみたそのやり方にニアは頬を膨らませていた。万全とは言い難いが、これだけ言えるなら一人で逃がしてもこの階層の魔物程度であればどうとでもできるだろう。
「ハッハッハア!いやあ、くさい三文芝居かと思っていたが、なかなかどうして!いい暇つぶしになったぜ」
ついに自分の出番だとばかりに男が割って入ってきたのはそんな時だった。
「自分が犠牲になっても女を逃がす、か。定番の感動シーンだぜ。……だけどなあ、俺がそれをさせると思っているのかあ!?」
ニタアと粘ついた笑みを浮かべると同時に、殺意の塊をぶつけてくる。しかし、ディーオは恐ろしいよりも気持ち悪さを強く感じていた。
それは男の言葉の向こうにこちらを嬲ろうとする思惑が透けて見えたからかもしれない。
そして男の目からまるで捕食しようとするかのような意思が垣間見えたからなのかもしれない。
ともかく、そんな思いをニアにも感じさせることが嫌で、ディーオは再び庇うようにして彼女の前へと進み出た。
「お前ごときが俺たちを止められるか」
場の、男が発する雰囲気に呑まれるのは危険だ。
咄嗟に判断したディーオは挑発するような言葉を発しながら、〈収納〉していた短槍を取り出して構える。
だが、相手もまた『空間魔法』を持っているはずであり、口にしたほど余裕がある訳ではない。確実にニアを逃がすため、一つ策を巡らせることにした。
「ニア、俺が攻撃を始めたら、こちらのことは気にせずに思いっきり逃げろ。いいな、思いっきりだぞ!」
顔を巡らせることができないので、正確に意図が伝わったかどうかを知る術はない。
しかしディーオはニアならばこちらの思惑を理解しているはずだと信頼していた。
「ハッ!逃げられるものなら逃げてみろ!」
「だからそうさせてもらうと言っている!」
瞬時に足へと力を込めて、一拍で男に肉薄すると短槍を突き出す。
全身全霊を込めたそれは、まさに会心の一撃だと自信を持って言えるものであり、『新緑の風』の前衛を務めていた男性陣であっても対処するのは難しかったであろうと思えるものだった。
「甘いな」
「なにっ!?」
そんな高速の突きを男はいつの間にか手にしていた短剣で軽々と捌いた。
瞬間、ゾワリと寒気が走り、ディーオは慌てて右手へと飛び込むようにして逃げる。無様にゴロゴロと地面を転がりながら辛うじて目にしたのは、自分が直前までいた空間を引き裂く白刃の輝きだった。
「ほほう。今のを避けるか。攻撃はまっすぐで単調だったくせにやるじゃねえか。だが、そんなんじゃあ、鼠一匹も逃がせやしねえぞ」
土埃にまみれながら体を起こした時には、男は特に追撃をするでもなくその場でディーオへと向き直っていた。
ニタニタと人を小馬鹿にしたような顔で余裕を見せられて、怒りでカッと頭に血が昇りそうになるのを懸命にこらえる。
先程の一撃は確かに正面からの陽動も牽制もない攻撃だったが、その分速度や力は十二分にあったはずだ。決して易々と対処できるようなものではなかった。
悔しいが近接戦闘における男の技量とそれを隠蔽する技術の高さは想像をはるかに超えているものだと認めざるを得ないだろう。
「だからって止まれるか!」
短槍の持ち方を変えて剣でするような袈裟懸けに振るう。その際、柄の中ほどを掴んでいた右手を滑らせて距離感を眩ませた。
「ぬおっ!?てめえ、小癪な真似をしやがって」
真っ直ぐな正々堂々としたものから正反対とも言える小手先の技への変化には、さしもの男も対応しきれなかったようだ。
伸びるように振り下ろされる穂先を懸命にかわしていた。
「これで終わりじゃないぞ」
右手一本で大振りな横薙ぎを見舞うと同時に後方へと大きく飛ぶ。
「燃え盛れ業火よ!」
「なん――、ぐわあっ!?」
突如側面から炎が男を襲った。ニアはディーオの意図をきちんと読み取り、思いっきり魔法を放ったのだった。
「今だ、ニア!逃げろ!」
「うん!」
これを逃せば逃げ切る機会は永遠に失われる。脅迫じみた思いに突き動かされながら、ニアは懸命に男の横を擦り抜けて行く。
「チイッ!待て――」
「させるか!」
ディーオは炎に巻かれる男に肉薄すると、その場から動かせるまいと連続で短槍を突き入れた。
「ガアアアッ!このガキどもがあああああ!!」
そして怨嗟に満ちた男の叫び声が響く中、ニアはその姿を迷宮のどこかへとくらまして行ったのだった。
「一回戦は俺の勝ちのようだな」
「……今さら後悔しても遅いってことをその身に刻んでやろうじゃねえか」
通路へと続く入り口を塞ぐようにしてディーオが宣言すると、男は低く地の底から轟くような声で憎々しげに言い返してくる。
何かしら魔法への耐性を備えているのか、灼熱の炎に包まれていた割には驚くほどに軽傷だった。
どうして同じ存在だと確信したのか?
それは男の方も同じなのか?
本音を言えば問い質したいことは山のようにあった。だが、それは一旦後回しにするべきだ。今はこの男を倒すことに集中するべきだろう。
仮に『空間魔法』の技量が同じだとすれば近接戦闘の技術の分だけこちらが劣っていることになる。
ディーオはこれまでのどんな戦いよりも厳しい戦いになることを予感していた。
そしてその予感は外れることはなかったのだった。
ちょっとは二人が主人公とヒロインっぽい関係に見えるようになったでしょうか?
そして物語も山場を迎えております。問題は、僕が戦闘シーンを書くのが苦手だという事ですな(笑)。
いや、笑い事じゃないのは十分に承知しておりますけどね……。




