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5 八階層の調査探索

 ディーオとニアが『転移石』によってやって来た八階層は、数日前に大事件の現場になっていたとは思えない程普段通りの雰囲気を保っていた。


「静かね」

「ああ。……もう少しざわついているかと思ったんだが、さっそく予想が一つ外れたようだ」


 幸先の悪いディーオの台詞に、ニアが「はあ……」と大きくため息を吐いた。


「こうなると『大改修』が影響したのか、それとも他の原因があるのかを調べる必要が出てくるな」

「それによって迷宮の介入具合が分かる?」

「他に調査事例がないから何とも言えないな」


 仮に今回の『大改修』が先の事件を受けてのものだったとしても、それが迷宮自身が行ったことへの隠蔽工作なのか、それとも他者の痕跡を排除するためのものだったのかは判断がつけられないだろう。


「……周りに町まで造って利用しているという割には不明なことばかり。どんな危険が潜んでいるのか、考えを巡らせたことがないのかしら?」


 心底呆れた口調でニアが疑問を口にする。


「国や協会のお偉いさんにとっては、利用できるという事だけで十分なんだろうさ」

「それで安心していられる感性が理解不能だわ」


 そう言ってむくれるニアは、不可思議をそのままにしておくことができない研究者の感性と気質なのだなと、改めてディーオは思うのだった。

 余談だが、ディーオ自身は興味や関心のない事にはとことん無頓着になる性質だ、と本人は考えている。

 最近の迷宮の異常に対して事あるごとに頭を突っ込んでいるのは、日頃の糧を得るための場所であるという以上に、迷宮の踏破が彼自身の目的を達するために一番の近道であるために他ならない。

 ただ、周囲の者たちが同様の感想を抱いているかどうかはまた別の話なのだが。


 何にしてもこの場だけで分かることなどたかが知れている。

 無言で頷き合うことで意見の一致をみた二人は奥へと向けて足を進め始めるのだった。




 襲い来る魔物たちを倒しながら探索を続ける。その頻度が若干多いようにも感じられたが、ここ数日ほとんど人が出入りしていなかったことを考えると十分に許容できる範囲内であるようにも思われたのだった。

 もちろん八階層の魔物など、それこそモンスターハウスの罠で周囲一面を取り囲まれるのでもなければ苦戦にすらならない。

 極端なことを言えば、前衛に位置するディーオ一人だけでも簡単に対処できてしまえる。そのはずなのであるが、先程からニアも同じくらいの数の魔物を倒すことになってしまっていた。

 現に、今も、


「シャドウハウンドが二頭か……。ニア、一頭任せる」


 という具合に意図的に魔物の片割れを後方へと通していた。


「えっ?また!?アイスアロー!」


 戸惑いながらも形成した氷の矢を撃ち出し、あっという間に倒してしまうニア。


「あの、ディーオさん?無理に魔物をこちらに回してくれなくてもいいのですけれど……?」


 しかしその狙いや目的が分からなかったため、何故か敬語で尋ねたりしていたのだが。

 なにせ数日前の七階層までの探索の際にはそのようなことはしてこなかったのだから、困惑するのも当然のことだろう。

 更に魔物を通過させる基準が存在するかも分からないという状況だったため、普段以上に緊張を強いられて疲労していたことも挙げられる。

 それでも敬語になる必要はないのではあるが。


「余裕のある今のうちに緊張感を高めておく方が良いだろう」

「それならこの前の時の方がよっぽど余裕があったはずよ!」

「この前は十分に緊張していただろう。まあ、六階層から七階層辺りはかなり気が抜けていたようだったけどな」

「うぐっ……」


 ディーオの指摘に心当たりがあったため、ニアはそれ以上言い返せなくなってしまう。

 数日前、八階層へと到着して早々に街へと帰還した時には「まだやれる」と思っていた。

 その後、ジルとの会話などを経て数日間は町の中での聞き込み調査が主となることを告げられた訳だが、一人になって落ち着いて思い返してみると、ニア本人が驚いてしまうくらい何も思い出せなかったのである。

 特に先ほど指摘された六階層と七階層が酷く、ほとんど条件反射で書き込んでいたメモを見てようやく本当にそこにいたのだという確信が持てる程だった。


 はっきり言って研究者としてはあり得ない失態だった。

 単調な作業の繰り返しであったことは言い訳にならない。そもそも研究というものの大半は地味で単純な作業で成り立っており、それを苦にするようでは研究者などと名乗る資格がないのである。


 対して冒険者の場合は、休息できるときには休息をする、という事が鉄則であった。

 それは何時(いつ)いかなる状況下であっても、最高かそれに準ずる性能を発揮することが生き残るために必須だからである。


 いつの間にか、ニアは本人が思っている以上に冒険者というものに適応してしまっていたのであった。

 それが良い事なのか、それとも悪い事なのかの判断は本人でなくては分からないことであり、後々ゆっくりと考えればいい事である。

 だが、迷宮というどこに脅威が潜んでいるのかも分からない場所に来ている今、集中力や緊張感を保てないことほど危険な状態はない。

 それ故にディーオは一番手っ取り早い魔物と戦うという方法を持ってニアに緊張感を高めさせていたのである。


「だ、だけど、これからが本番という時にやらなくても!」


 ディーオの目的は分かった。とはいえ納得できたかと問われるとそうではなかったようだ。

 それで疲労しきってしまっては意味がないのではないか。

 集中力や緊張感を高めるにしても魔物をけしかけるような荒っぽい方法ではなく、せめてもう少し穏便な方法があったのではないか。

 痛いところを突かれたことと相まって、ついついニアは苦情を口にしてしまうのだった。


「本番直前、いや本番に突入している今だからこそ、やる必要があるんだ」


 ただまあ、すぐにディーオの反論によって迎撃されてしまっていたのだが。

 そして、もしも第三者が居てこの様子を見ていたならば、「本当に真面目に探索しているのだろうか?」と不審がられてしまうような状態であったことに、二人とも気が付くことはなかったのであった。


 そんな口論にもならないような言い合いを続けながらも、襲いかかってくる魔物を次々と倒していく。

 しかし、その中にはあの事件の引き金となったゴーストは一体たりとも混ざってはいなかった。


「あの時現れたゴーストは全て倒されてはいないのよね?」

「協会が公表している資料によるとそうなる。ただ、最後の方は相当な乱戦に加えて大規模魔法の暴発があったから、聞き取った内容も不明瞭なものが多かったようだな」


 それでも多数の者が『転移石』を用いて逃れた時や、七階層への階段を登る時にゴーストを見たと証言している。

 そのため二人は未だゴーストは居座り続けているという前提で八階層へとやって来ていた。


「到着してすぐに感じた事でもあるけれど、これってもう平常化された後なんじゃないかしら?」


 迷宮の『大改修』によって八階層に残っていたゴーストは全て消されたか、本来の居場所である九階層へと引き戻されたのではないか、ニアはそう考えているようだ。

 八階層の調査探索を始めてから既に数刻が経過している。ディーオもまたその可能性が高いのではないかと思い始めていた。


「決めつけるのは早計だ。これまでのように居ることを前提にしておかないといざ遭遇した場合、咄嗟に動くことができなくなるぞ」


 しかし、彼の口から飛び出したのは諫めるような言葉だった。

 話し合いの場においてわざと対立するような意見を言うことで、議論を深めていくきっかけにするという方法がある。

 ディーオが行った事はいわばそれに近いものであり、小さな油断一つが即命を落とすことに繋がる現状において、最悪の状況を排除すべきではないというものだった。


 冷静であれば何のことはないただの忠告として聞くことができただろう。

 そう、冷静であったならば。


「あなたさっきから何様のつもり!私はあなたにお守りをして貰いにきたのではないのよ!」


 突然の魔物退治を繰り返させられていた結果、ニアの精神はディーオが想像している以上に疲弊していたのだ。

 加えて前回のミスを指摘されてからあまり時間が経っていなかったこと、つまり未だショックを引きずってことも原因であろう。


「何を言っているんだ、少し落ち着け」


 最近は頻繁に他の冒険者たちと組むことをしていたとはいっても、ポーターという職業柄か基本的にはリーダーとなっている者の指示に従っていた。

 もちろんその行動を観察して貪欲に知識として蓄えてはいたのだが、いかんせんディーオには経験が足りなさ過ぎた。

 ニアの能力を平常時のままに考えてしまっていた上に、こうした非常事態に直面した際の適切な(・・・)対処法を構築するどころか理解してもいなかったのである。


「私は十分落ち着いているわよ!」


 結果、火に油を注ぐことになってしまう。


「そんなに信用がないのなら、ここからは別々に調査しましょう!その方が余程お互いのためだわ!」

「お、おい、待て!?」


 偶然というものは恐ろしいもので、時としておあつらえの舞台を作り出すものである。

 二人が口論をしていたすぐ先では「どうぞ別れてください」と言わんばかりに道が多方に分岐していたのだから。


「付いて来ないで!」


 ぴしゃりと言い放ち、ニアはその内の一番右側の通路へと駆けて行く。その小柄な体は迷宮の壁に阻まれてすぐに見えなくなってしまった。


 このまま追いかけるのは簡単だが、お互いが(・・・・)落ち着くためには少し時間を空けた方が良いのかもしれない。

 それというのも、ディーオの方もこの唐突な事態に思考が硬化してしまっていたからである。


 特に彼の側からすれば身勝手な行動を取ったように見えてしまい、彼女への怒りというものが少なからず存在していた。

 そのため、今顔を突き合わせてしまえば本格的な喧嘩にまで発展してしまいそうだったのである。

 幸い、と言って良いものなのかは分からないが〈地図〉と〈警戒〉の併用によって居場所の把握は可能だ。

 更に危険が差し迫ったとしても〈跳躍〉などを駆使すれば短時間で彼女の元まで辿り着くことができる。

 焦らず、頭を冷やすべきだろう。


 しかしこの余裕を百数える間もなく恨むことになるとは、神ならぬどころか未熟なディーオには想像もつかないことだった。


「いやああああああああああああああ!!!!」


 魂削るような悲鳴が別れた先から聞こえてきたのである。


「ニア!?」


 すぐさま〈地図〉と〈警戒〉を使う。

 ところが、普段であれば一瞬で脳内に投影されるべき映像が、この時に限ってはいつまで経っても浮かび上がってはこなかった。


「くそっ!」


 原因は分からないが、今は一刻も早く彼女の元へと辿り着くことが重要だと判断したディーオは、悪態を吐きながらもニアが消えた道へと急ぎ駆けだした。

 一歩一歩が重く遠く感じる。

 頭を埋め尽くすのは後悔の二文字ばかり。

 ここは謎多き迷宮の中で、しかも最近は異常事態が頻発していたはずなのに、どうしてこの事態を予測することができなかったのか!

 なぜ、自分の『空間魔法』だけは変わらずに使い続けることができると考えてしまったのか!

 間に合え!無事でいてくれ、と念じ続けながらディーオは我武者羅(がむしゃら)に足を動かし続けた。


 そしてようやく辿り着いた先は袋小路になった大部屋程度の空間だった。

 その隅でニアが小さくなってガタガタと震えていた。


「ニア!ニア!しっかりしろ!」


 その姿を見つけるやいなや、ディーオは縋り付くように寄り添うとその様子を確かめていった。

 見る限り体に傷はなさそうだ。そのことに安堵しながらも、虚ろな目で震えたままになっていることに不安を覚えた。


「おんやあ……?ガキが増えていやがる」


 聞き覚えのない第三者の声が響いてきたのはそんな時だった。

 ニアを庇うようにして声のした方向へと向き直る。


 その男を視界にとらえた瞬間、ディーオは二つのことを確信した。

 一つは人を傷つけることなどなんとも思わないような危険な存在であるという事。


 そしてもう一つ、『その男は自分自身である』という事だった。


2017.12.27 ニアが逃げ込んだ場所の大きさを変更しました。


小部屋くらいの空間 ⇒ 大部屋程度の空間

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