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4 支部長との交渉

 ディーオの情報を得る当てというのは、もちろん支部長のことだった。

 一介の冒険者が頼る相手としては異例中の異例であったが、シュガーラディッシュの大量収穫とエルダートレントとの取引を持ち帰って以降、マウズの協会内におけるディーオの評価は著しく上昇していた。

 そのため支部長との面会を希望しても無碍に断られることはなくなっていたのである。


 よくよく考えてみると、支部長室に缶詰めにされている時の退屈しのぎになるような相手を確保しようという彼の狙い通りだったような気がしないでもない。

 事実、支部長室に通されたディーオが目撃したのは満面の笑みを湛えた支部長であった。

 それだけこちらの実力を買っているという事でもあるのだろうが、やはりまんまと相手の思惑に乗せられてしまったことには腹立たしさを感じてしまう。

 その分これから無理難題を押し付けてやろうと不敵な表情を浮かべるディーオなのだった。


「……入って来て早々、何を企んでいるのかな?」

「企むとは酷い言いようですね。ちょっとお願いがあるだけですよ」

「お願いねえ……」


 支部長はその言葉の真意を見極めようとするかのようにじっと見つめてくる。

 一方、見つめられている当人であるディーオはというと、


(エルフ由来の端正な顔立ちの彼にこんな熱い視線を送られてしまえば、大抵の女性はあっという間に陥落してしまうのではないだろうか)


 とか、


(こんな絵面を誰かに、特に女性職員などに目撃されてしまったら、おかしな噂すら立ってしまいそうだ)


 などと全く関係のないことをぼんやりと考えていた。もちろんこれには真相を誤魔化すという思惑もあったのだが、大半は素の反応だった。

 四歳で『空間魔法』に目覚め、夢の実現に向けてその習得に多くの時間を費やしてきたためか、ディーオはどこか浮世離れしているところがあるのだ。

 『空間魔法』を併用した他人とは異なる強さを持つ一方で、常識外れな部分を持っている。支部長を始めとした熟練の強者からすると、とてもあやふやで掴み所のない要注意人物のように見えてしまうのだった。


 ちなみに、ディーオからすれば支部長は隠しているはずの『空間魔法』のことにさえ気が付いていそうな次元の違う強者(変態)という事になるのだが、この辺りのお互いの評は五十歩百歩というところであろう。


「まあ、いいか。そのお願いというのは何だい?」

「先日の事件の後に協会が行った聞き取りしたものを見せてください。できるならば原本で」

「……ディーオ、君は一体何者なのかな?」

「五等級冒険者ですね。職業はポーターで現在グレイ王国のマウズ支部に所属という事になっています」

「ちゃんと自分の立場は理解しているようだな……。君とクロニアンナ君だったか、あの四人組とパーティーを組んでいた彼女が自主的に(・・・・)迷宮の調査をしてくれているのは知っている。だけどそれはあくまでも自主的なもので、協会から依頼した訳でも何でもない。そんなたかが一冒険者である君に調査原本を見せることができるはずがないだろう!」


 徐々にだが口調が、そしてそれ以上に視線が厳しさを帯びていく。


「目を掛けられたから図に乗ったと思われているのなら心外だな」


 ディーオもまたそれに対抗するかのように鋭い言葉を用い始めた。


「そうではないと?」

「確かにあんたとは迷宮内で何度か行動を共にさせてもらって、その度に色々と教わってきた。だがそれは、一先達からの指導であったとしか考えていない。もしも取り入っただの媚びへつらっただのと思われているのであれば、この件の調査が終わり次第この町から出て行かせてもらう」


 これはただの絶縁宣言ではない。支部長に対する信頼が一切なくなるという警告であり、そんな人物が長を務める組織に対しても信用をしない、とディーオは言外に宣告しているのであった。

 マウズの町を離れたとしても、未だ現役であり特級冒険者でもある支部長と仲違いしたという噂が流れれば冒険者として生活していくことは難しくなるだろうが、それも承知の上でのことである。


「すまなかった。先ほどの言葉は謝罪して撤回しよう」


 それ程までの覚悟を持って刹那の間に決定できる人間などそう多くはいない。

 長年の経験から、この程度の事柄で放逐するには惜し過ぎる人材だと判断した支部長は、すぐさま自らの非礼を詫びたのだった。


「そう簡単に前言を撤回されると反応に困るんですけれど……」


 張り詰めていた空気から一転して、いっそのんびりともいえる雰囲気でディーオが口を開く。


「負けを認める機会を見逃さないことも重要だよ。そうじゃないと際限なく傷が広がって致命傷になってしまうからね」


 つまり、今の段階であればディーオからの要求を呑むのはさしたる苦労ではないと判断した、という事でもある。


「そんなことにも気付かずに舞台から退場していく人たちは結構多いんだよ」


 などとさらりと述べる辺り、さすがは現役特級冒険者ということか。請われて支部長の地位に就いているだけのことはある。

 やはり相当の曲者である。


「それで、ディーオは何が必要なのかな?ああ、どんなにお願いされも原本は無理だから。例え極秘であっても、あれを易々と開示していたら協会の信用がなくなるどころか、危険な組織だと認定されて潰されてしまいかねないから」


 いくつかの国や他の組合などの組織と、『冒険者協会』を敵視する存在は少なくない。

 そうした連中は隙あらば引き摺り下ろそうと虎視眈々と機会を探っているのだ。


「俺が知りたいのは八階層に現れたというゴーストの出現場所です。原本と言ったのはそちらの方が出現した順番なども分かるかと思ったまでのことです」

「……今の言い方からすると、何か掴んでいるようだね」

「まだ推測の域から出ませんよ」

「それでも何か気になることがあったのだろう。良ければ教えてくれないか」


 ジルから聞いた話は既に協会が行った聞き取りでも話していることは本人から確認済みだ。損失もなく貸しを作れる――まあ、先んじて情報を公開してもらうという行為によってすぐに相殺される運命にあるのだろうが――のであれば乗るべきだろう。


「俺が聞いた話によると、ゴーストは七階層との階段付近には出現していないそうです」

「それはおかしいな。聞き取りの結果ではその付近でもゴーストとの戦闘は起きていたはずだ。何組ものパーティーが証言していたから間違いない」


 支部長は聞き取りした結果をまとめたものではなく、原本の方に目を通していたようだ。

 しかもその口ぶりからすると、ほぼ全てを確認していたように見受けられるのだった。


「撤退してきた冒険者を追いかけて来ていた、とも考えられますよ。それなら辻褄が合う」

「あり得ないとは言い切れないか……。むしろ多くの魔物の習性からして、追いかけて来るという仮定は十二分に説得力があるように思えるな」


 魔物の多くには一度獲物と判別すると、それを捕らえるまで執拗に追いかけるという性質がある。

 ある統計によると辺境の農村部が襲われた事件の内、半数以上が獲物認定された人物が知らずに村まで誘導してしまったために発生したとされている。


「事件の起きた時にはまだ迷宮に動きは見られなかったはずだから、地図の方も準備できるか。早急にまとめさせることにしよう」

「できればゴーストに遭遇した際の状況なども知りたいです」

「分かった。二日待ってくれ。明後日には資料にして渡せるように用意しよう。それと、正式に協会からの指名依頼も出しておくから受けておいて。こちらは明日にでも出すことができるだろう」

「それじゃあ、明日の朝にでも受けに来ます」


 情報を渡したとしても文句が出ない立場にしてしまおうという訳だ。協会のお墨付きを得ることで他の冒険者への直接の聞き込みなども可能になるだろう。

 また、こうすることでこれまでのディーオたちの活動も依頼を前提としたものであったとすることができ、協会側としても事件に対処するために動いていたと誰に憚ることもなく口にする事ができるのである。


 良いように使われている部分があることは分かっていたが、『冒険者協会』があってこその冒険者であることは確かだ。

 今後は動きやすくなるという利点もあるのだから、そのくらいのことには目をつむろうと考えるディーオなのだった。




 そして二日後、ディーオとニアは協会から渡された資料に目を通す作業に没頭していた。

 場所はいつもの『モグラの稼ぎ亭』ではなく――運悪く食材等の調達のため一時休業していた――市場の外れに作られた青空食堂――市場内で買い込んだ商品を自由に食べられる場所――の一角である。


「おい、ディーオ。お前が今見ているそれ、極秘って書いているように見えるんだが……?」


 ディーオたちがいるテーブルより数尺離れた場所から声がかけられる。

 たまたま通りがかった馴染みが挨拶しようと近寄って来たのだが、見慣れない文字を目にして固まってしまったのである。


「うん、これのことか?それなら気にしなくても大丈夫だ。近日中にこれを含めた聞き取り調査のまとめが公開される手筈になっているから」


 言い換えれば今の段階ではまだ公開されていないもの、してはいけないものだと捉えることもできる。

 ディーオの返答に知人は顔を引きつらせることになった。


「冒険者協会からの頼まれ事に関わるものだから、見ても問題ないんだ」

「そうじゃねえよ!俺が言いたいのは、いくら正式な依頼を受けた上で預けられたとはいっても、こんな人通りの激しい屋外でそんな大事な資料を広げるなってことだよ!」


 更に的外れな言い分に、思わず知人は叫ぶ勢いで突っ込みを入れることになってしまうのだった。

 それによって余計に人目を集めることとなってしまい、二人は町中をさ迷い歩いた後、結局いつの間にか店を開けていた『モグラの稼ぎ亭』へと転がり込むことになる。


「それで、何か分かったの?」

「ええ。ジルさんの言った通り、七階層との階段の側にはゴーストは出現していなかったわ」

「階段付近で戦ったという証言も、正確には戦いながら後退してきたというものだった」


 そしてここでも情報をもらしている二人なのだった。


「八階層から追い出そうとしていた説が信憑性を増してきたわ」

「だけどさあ、一体何のために?八階層なんて取り立てて珍しい何かがあった訳でもないでしょう?居座っている魔物だって低能鬼(レッサーオーガ)巨大蜘蛛(ビッグスパイダー)とシャドウハウンドだから、素材だってたかが知れているわよ?」


 加えてバドーフも生息しているが、より低層で出現する者と変わりがないのでこちらで狩る利点は少ない。


「その辺りの事は行ってみないと分からない。まあ、大改修が始まっているから無駄足に終わるかもしれないがな」


 ひょいと肩を竦めてから乱雑に資料をひとまとめにしたディーオはそのまま〈収納〉の魔法でどこかへと送り込む。


「さて、行くか」

「はいはい。それじゃあジルさん、行ってきます」

「気を付けてね」

「……金は払っていけよ」


 小さく舌打ちしながら銅貨をカウンターへと転がして、ディーオは店を出て行く。

 ニアはというと、くすくすと笑いながらそんな後姿を見送った後、同じく銅貨を取り出すと店の二人に手を振ってから歩きだしたのだった。


補足です。

以前にも描写したことがありましたが、ディーオは別に無銭飲食がしたくて頑張っているのではありません。

元冒険者であるマスターを出し抜こうとしているだけであり、遊びのような物です。


マスター自身「俺の目を盗んで外まで逃げ延びたら、その時の代金は無料にしてやる」と公表していたりするので、若手冒険者の多くが挑戦しています。

まあ、ディーオのように何度も繰り返している者は稀ですけどね。

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