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ポーターさん最強伝説  作者: 京 高
四章

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5 親友の旅立ち

「なあ、ディーオ。俺はどうしたらいいと思う?」


 悩むブリックスの言葉にディーオは心底驚いていた。それというのも同じポーターという職であり、マウズでの迷宮探索者としての経験が少しだけ長く、ついでにほんの少しだけ年長者であるブリックスは、常に先輩や兄貴分のような態度でディーオに接してきたからである。

 そしてディーオもまた、気安く素の自分を出せる相手としてブリックスを信用し、頼りにしていた。


 ちなみに、それなりに彼らと付き合いのある者たちからすると、このことがブリックスの世話焼き気質をより強めることになったのは明白だったのだが、本人たちは未だに気が付いていなかったりする。


 そんな二人の関係は、ディーオの方がより深い階層へと先んじて進めるようになってからも変わることがなかった。

 情報を共有するために町にいる時には頻繁に顔を合わせていたこともあってか、町の人々の間にも、腕は立つが色々と抜けているところのある(ディーオ)と、そんな彼の世話を焼く心配性の(ブリックス)という認識が定着するほどだった。


 先程のブリックスの言葉は、そんな二人の関係を引っ繰り返すようなものだ。ディーオが――加えて二人を良く知る『モグラの稼ぎ亭』のマスターと店員たちも――驚くのも無理はないことだったのである。


 余談だが、たまたま居合わせた冒険者たちは、ブリックスが美人揃いと言われている女性冒険者パーティーの『水面の揺らめき』に誘われているという事実に、世界の不平等さを嘆き、心の中で「好きにしやがれ!」と毒づきながらやさぐれていたのだった。


「……正直、ブリックスからそんな相談を受けることがあるとは思ってもいなかったな」

「それは俺も同じだ」


 顔を見合わせて苦笑いをする二人。

 愚痴を言う事はあっても弱いところは見せない。傍から見れば子どもじみた強がりに過ぎないことだったのかもしれないが、そのことにブリックスは誇りに近いものを持っていたし、ディーオもそんな彼を好ましく思っていた。


「でも、頼ってくれて嬉しくも思うよ」

「…………」


 正直に心の有様を伝えると、ブリックスは照れたように視線をそらし、手元にあった果実酒を口に含んだ。


「それで、さっきの回答だけどな。……知らねえよ、好きにすれば」

「ぶふうーー!?」


 ブリックス並びに周囲の冒険者たちが一斉に口にしていた酒を吹いた。


「うわっ!?汚いな!?」

「げほっ、ごほっ……。き、汚いって、お前なあ……」


 思いきり咽てしまったブリックスが涙を浮かべながら非難めいた目でディーオを睨む。

 受け取り易いように投げたはずのボールが、力一杯打ち返されてはるか彼方へと飛んで行ってしまったようなものだ。

 しかも相手は直前まで受け止める気満々の姿を見せていたのである。疑問に思う以上に腹立たしく感じても不思議ではないだろう。


 ところで、先にも記したように酒を吹き出してしまったのはブリックスだけではない。周囲で聞き耳を立てていた者たちもまた同様だった。

 いや、ブリックスは照れてそっぽを向いていたため、吹き出されたそれは誰もいない場所で霧になり店内の仄暗い明かりを受けて淡い虹を作り出すに止まっていた。

 対して彼らは何の用心も備えもしていなかったために、向かい合う相手に向けて、またはテーブルの上の自らの料理に向かって吹き出すことになってしまったのだ。

 その惨状の程は推して知るべしである。


 まさか関係のない自分たちが抱えた身勝手な感想を、相談を持ちかけたディーオの口から聞くことになろうとは思いもしなかったのだろう。

 しかし、元々は仕切り等がないのをいいことに他人の会話に耳をそばだてているのが悪いということになる。こうした酒場では他所の出来での会話は基本的に雑音として聞き流すのがマナーだからだ。

 今回の場合はそのマナー違反に当たるため、ディーオに文句を言うのはそもそもがお門違いということになってしまうのであった。

 黙って自分たちの粗相の後片付けを始める男たちの姿は哀愁が漂っており、そんな客たちを見たマスターや店員たちが、必死になって笑いをこらえていたのはここだけの話である。


 そんな周囲の惨状を目にしたブリックスからは、すっかり怒りが消え去っていた。

 はあ、と息を吐いて手にしていた陶製のコップをテーブルへと戻す。


「だいたい、そんなことを言いながらも、もう決めてしまっているんだろう」


 そして、落ち着くのを待ってディーオからかけられた言葉に、まるで心の奥底を見通されているかのような錯覚すら覚えたのだった。


 そう、ディーオにどうすれば良いのかと聞いておきながら、実際にはブリックスはこれから先のことについて決めてしまっていた。

 そもそも、本当はそのことを告げるつもりでいたのである。にもかかわらず、口から飛び出したのは先ほどの問いかけだった。


「どうしてあんなことを言ってしまったかな……」

「それだけ心の中では俺のことを頼りにしていたってことだろう」

「ぬかせ」


 芝居がかった大袈裟な調子で胸を張るディーオを、座ったまま小突く真似をする。


「……いつ発つんだ?」

「姉さんたちの準備が整い次第だな。多分二、三日中。遅くとも五日以内だろう」


 そう、ブリックスは決めていた。

 彼女たち『水面の揺らめき』に同行してこの町から離れることを。


 中堅どころの冒険者パーティーに同行して二十階層まで到達して以降、ブリックスは自身がまたもや伸び悩んでいることに気が付いていた。

 特にディーオたちがモンスターハウスの罠を発見してからのここ数か月間は、低階層での活動が推奨されてしまっていたため、思うように行動することすらできなくなっていた。


 迷宮外になる『水面の揺らめき』への同行依頼を引き受けたのも、そうした点があったからだった。

 そして一カ月、彼女たちと行動を共にしたことである思いが芽生えていった。


「この人たちと一緒にいて、この人たちの技を盗むことができたなら、俺はもっと強くなることができる!」


 この世界では、特に冒険者界隈では先達や仲間の技を見て、真似て、覚えるというのは極々当たり前のことである。女性たちの方も、そうした彼の向上心溢れる態度を好ましく感じていた。

 だからこそマウズの町に戻って来た時に誘ったのだ。


「これからも私たちと一緒に、冒険者として旅を続けて行く気はない?」


 と。


 もちろんポーターとしての能力や知識がパーティーにとってプラスになると考えたためでもある。それに何より彼の作る料理の虜になってしまっていたことも挙げられる。

 この料理に関してのことについては、実はディーオにも少なからず責任があったりする。


 ディーオが冒険者となった目的、そして迷宮を踏破しようとしている目的が異世界の料理を食することだというのは、以前記した通りである。だが、その時までずっとおあずけ状態で耐えることなどはできなかった。

 彼は普段使いにしている宿屋の店員や市場の人々に再現してもらおうと、マウズにやって来るまでの間に先輩冒険者に聞いた話や、ちらりと覗かせてもらった古文書に書かれていたという体裁で、異世界の料理のことを話していたのである。

 そしてでき上がったものを試食、美味ければ商品化ということが日常的に行われていた。


 町中での行動を共にすることが多かったブリックスがそれに巻き込まれていたのは、ある種必然的なことだった。

 そんなこともあってか、彼は本人もあずかり知らぬ間に珍しい調理方法に長けることになり、更には舌も肥えていたのだ。


 もしかすると『水面の揺らめき』の面々がマウズの市場を練り歩いていれば、また違った未来になっていたのかもしれない。

 だが、彼女たちは特に町の中を散策することもなく、ブリックスを仲間に加えるとすぐに出立してしまった。そのため、野営地で彼の料理を口にし、一発で陥落してしまったのだった。


 閑話休題。そしてその彼女たちからの勧誘に対してだが、ブリックスはその場で承諾の意を伝えていた。

 ただ、


「この町には世話になった人もいる。そうした人たちにきっちりと話をしておきたい」


 と言って、単独行動を取っていたのである。


「正式に発つ日が決まったら連絡してくれ。見送りくらいには行ってやるよ」

「どうせ俺じゃなくて姉さんたち目当てなんだろう」

「当り前だ」

「そんなことに偉そうに胸を張るな!……宿は変わっていないんだな?」

「ああ。同じだよ」

「そうか」


 そこからは余計な口を開くこともなく、二人は手元の果実酒を飲み干してからのんびりと『モグラの稼ぎ亭』を後にしたのだった。


「おい、こら。金は払っていけ」

「くそっ!今日こそは抜け出せると思ったのに!」

「ディーオ!お前がチラチラと視線を動かし過ぎていたんだよ!」


 入り口近くのカウンターでマスターといつものやり取りをしてから。




 それから四日後の朝早く、町の南にある正門にディーオたちの姿があった。あの日の約束通り、ブリックスの旅立ちを見送るためだ。

 付いてきた四人組――ニアはブリックスとの面識がないため参加しなかった――が美人揃いの『水面の揺らめき』を前にして、緊張のあまりおかしな自己紹介をするというありがちなハプニングはあったものの、特に問題が起こることもなく終始和やかなまま会話は進んでいった。


 そしてもうすぐ出立の刻限が来るという頃、ディーオはブリックスに背負い袋を一つ差し出した。


「それは?」


 低級な魔物の皮で作られたのか、冒険者協会の近くにある道具屋に大量に陳列されている新米冒険者用のありふれた物のようにも見えた。


「餞別だ、持って行け」


 しかし、わざわざディーオがそうやって渡すほどの物だ。なんでもないはずがない、と長年の付き合いで気が付いたブリックスはすぐさま蓋の紐を解いて中に手を突っ込んだ。


「これは!?」


 取り出した手に握られていたのは、ここ最近マウズの町ではそれなりの頻度で目にするようになったホワイトビーの蜜袋、すなわちシルバーハニーだった。


「それでお姉さま方に甘い菓子でも作ってさしあげろ」


 ニヤリと笑うディーオにブリックスは一瞬呆けた顔を見せた後、


「そこは俺に対して何かを贈るべきだろうが」


 と言い返したのだった。


「うるせえ。お前への餞別なんてその背負い袋で十分だ」

「ちっ!仕方がないからこの安物で我慢してやるか」


 悪態をつき合うも、二人の顔には笑みが浮かんでいる。

 そんな二人を『水面の揺らめき』の六人はどこか懐かしそうに、そして後輩の四人組は羨ましそうに眺めていたのだった。


 こうしてディーオにとって親友とも兄弟とも呼べたブリックスはマウズの町から旅立って行った。




 後の世において『水滴る美姫たちの主』として名高い冒険者、ブリックス・オーディーはいくつもの秘宝を持っていたと伝えられている。


 その中の一つ『魔竜収納』は、見た目はどこにでもあるような頑丈な背負い袋のようであったが、その名の通り巨大な竜の遺体を丸ごと持ち運べるほどの容量を誇っていた。

 更に収納したものは一切の外部的な影響を受けることがなかったとか、ブリックス本人しか使用することができなかったとも言われている。


 それまでのアイテムボックスの概念を覆すほどの代物なのだが、一体いつ、どのようにしてその秘宝を手に入れたのかは、彼のどんな冒険譚にも記されていない。

 そのため、彼自身や彼の成した偉業をより大仰にするための作り話なのではないかという説も生まれている。




「行ってしまいましたね」


 友とその仲間たちの背中が見えなくなるころになって、ようやく四人組の一人、マルフォーが口を開いた。


「そうだな。……だけど、全く寂しいという気にはならないんだよな」

「そりゃあそうだ!あれだけ美人に囲まれて鼻の下を伸ばした顔を見せつけられたら、苛立ちしか感じないって!」

「確かにその通りだ!」


 早朝のマウズの町の正門に、ディーオたちの笑い声が響いたのだった。


いつかブリックス君を主人公にした、お気楽ハーレムコメディも書いてみたいと思ったり。

『魔竜収納』はディーオがブリックスのために一生懸命魔法をかけた物となります。が、色々と気持ちが籠っていたこともあっての物なので、同じ物をこれからも作ることができるかは不明という感じです。


実は今作は私にしては珍しく、二章辺りからプロットというか大筋を決めて書いていたりします。

が、その中にはブリックス君は一切登場していないんですよね……。

なので、ディーオとの出会いも含めて、ここ二話ほどは完全に予定外の展開となりました。


そして、そうした行き当たりばったりの方が筆が進む自分に、「なんだかなあ……」と呆れる今日この頃でございました。



次回からは再び大筋の迷宮のお話しに戻ります。お楽しみに。

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