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4 ブリックス

 ブリックスには一流の冒険者になるという夢がある。

 しかし、夢を持っているからといって、その夢を叶えるために努力をしているからといって、報われるとは限らない。ブリックスもそんな中の一人だった。

 小器用だった彼はそれなりにどんな武器でも扱えるようになっていくのだが、ある程度の技量になると途端にそれ以上成長できなくなってしまうのだった。


 極端な程の早熟型、それがブリックスだった。後から思えばそれでも放り出さずに一つのことを続けていれば、ほんの少しずつでも上達していくことができたのかもしれない。

 だが、幼い彼にはそれを受け入れ、耐えることができるほどの心の強さはなかった。

 なまじすぐにコツを覚えてしまうので、自分は天才なのだと思い込んでしまっていたことも、それに拍車をかけていた。


 結局、冒険者となり大成するためには力不足となってしまう。それでも夢を諦めることはできなかった。

 ブリックスはポーターとして『冒険者協会』に登録をしたのである。数多くの現役冒険者と接することで、彼らの技術を学ぶために。


 それからは無我夢中の日々だった。親身になってくれる冒険者も中にはいたが、大半は蔑んでくるような相手ばかりだった。酷い時にはポーターの契約を途中で打ち切られそうになることもあった。

 そんな苦難の連続を彼は持ち前の人当たりの良さと小器用さで乗り切っていった。


 ブリックスにとって幸運だったのはマウズにやってきたことと、ディーオに出会ったことだろう。

 もちろん、それ以外にもたくさんの幸運に支えられているのだが、一際大きく影響したという点で、この二つは外すことができなくなっている。


 マウズだけに限ったことではないが、迷宮では外よりも多くの魔物が狭い範囲で出現する。それはつまり魔物を倒せるだけの腕があるならば、短時間で大量の魔物素材を確保できるということでもある。

 そのため荷物を運ぶポーターの需要が高く、またその扱いも迷宮外に比べると格段に良くなっている。

 特にマウズはまだまだ町が整備されたばかりなので、どんな素材でも喜ばれた。経験の浅い時分から無理に奥へと進まずとも、低階層を周回することで稼ぎを得られたのである。

 このように恵まれた環境によってブリックスは無駄にその若い命を散らすことなく、冒険者として、そして迷宮探索者としての経験を積んでいったのだった。


 一口にポーターといっても完全に荷運びに従事する者から、戦闘に参加する者まで様々である。

 そして特定のパーティーに入っていないフリーの立場であれば、最低でも自分の身は守ることができるだけの戦闘能力を持っていることが必須だとされている。

 それだけ人一人を守るために割かなくてはいけない労力とは大きいものであり、それを減らせられるということは、そのまま探索に費やすことができる労力が増えるということなのである。


 ブリックスの場合、自衛ができるどころか低階層序盤であれば逆に、出現する魔物を倒すことすらできていた。

 大量の荷を運ぶだけでなく、状況によっては戦力ともなり得る。彼の人気は瞬く間に上がり、迷宮探索に同行して欲しいと多くのパーティーから依頼されるようになっていった。




 ディーオがマウズの町にやって来たのはそんな時だった。

 マウズの町はまだまだ成長途中の若い町である。迷宮を擁しているとはいっても賄い切れていない物も数多い。

 そんな日常生活に必要な品々は定期的にグレイ王国の依頼を受けた行商人たちによって運ばれていた。


 が、その時現れた一団は異様だった。複数の荷馬車が連なっていたのはいつもの通りだったのだが、そこに乗せられているはずの荷物が明らかに少なかったのである。


「盗賊や魔物にでも襲われて荷を奪われたのではないか?」


 マウズの人々は不安に思いながら口々に噂し合う。

 マウズへの定期物資輸送はグレイ王国からの依頼であり、その荷に手を出すということは国に喧嘩を売ることと同義である。

 しかし世の中にはそうした危険に気が付かない盗賊(おバカさん)たちもいる。それに魔物にとってはこちらの事情など関係ない。

 ルートにもよるがラカルフ大陸全体で見ると、毎年およそ一割の荷物が目的地に到着することができずに、どこへともなく消えてしまっているのが現状なのであった。


 ところが、荷台がスカスカの馬車を引いているにもかかわらず、隊列を作る者たちの顔は揃って明るかった。中には込み上げる笑いを必死になって堪えようとしている者すらいた。

 まあ、折に触れてニヤニヤとしてしまっていたので、全くもって成功しているとは言えなかったのだが。

 多くの人々が見守る中、一行は目的地である町の市場へと辿り着く。


「それじゃあ、順に出していってくれ」


 小隊の主らしき男が一人の少年にそう告げた。護衛として雇われていたのか、その少年は新米冒険者のようで何かの魔物の皮で作られたと思われる部分鎧を身に着けていた。


「こっちの敷布の方からでいいんですね?」

「ああ。頼むよ」


 少年と男の会話が終わった次の瞬間、集まった人々は信じられない光景を目にすることになった。

 少年がどこからともなく荷物を取り出すと、地面に敷かれていた厚手の布の上に次々と置いていったのである。

 敷布の上はあっという間に様々な荷物で山積みとなった。


 アイテムボックス持ちのポーターの少年、ディーオの名がマウズ中に知れ渡った瞬間であった。




 ブリックスは驚愕すると同時に強い焦りを感じていた。自分と同じような年の頃であり、更にはポーターというこれまた同じ職に就いている者が、自分にはない貴重なアイテムボックスを所持していたのだ。

 これまで築いてきた立場や地位――それがどんなに小さなものであったとしても――を奪われてしまうと思ってしまったのであった。


 ブリックスは何とかしてディーオを追い出すことはできないかと考え始めた。

 そのためには相手の為人(ひととなり)を知らなくてはいけない。そう結論付けた彼はさっそく対象に接触を図った。

 幸いなことに似たような年齢に同じポーターの職と、話しかける口実には事欠かない。それらこそが脅威を感じる原因であることは一旦忘れることにして。


「よう、相席しても構わないか?」


 ある日、冒険者協会マウズ支部の隣接している酒場、『モグラの稼ぎ亭』の隅の方にあるテーブルで一人食事をしていたディーオへと話しかけた。

 既に何組ものパーティーが仲間に引き込もうと声を掛けていたため、どんな状況であったとしても警戒されるだろうと推測していた。そのため、あえて手の込んだことはせずに正面から突撃していったのだ。


「うん?ああ、どうぞ」


 気負いもなく、スープに浸したパンを口へと放り込みながらディーオは相席に同意した。警戒心の欠片も感じられないその姿に、ブリックスは拍子抜けしながら席に着いた。

 その間もこちらを気にする様子もなく食事を続けるディーオ。パクパクと小気味よく食べ進めていくその様は、調理を行った者だけでなく見ている者にも心地よさを感じさせた。


「随分とまあ、美味そうに食べるな」


 気が付くとそんな言葉が口をついていた。


「いやだって、本当に美味いし」


 もぐもぐと動かしていた口を止めて、ディーオはニカッと笑う。

 釣られるようにしてひとしきり笑うと、ぐうと腹が鳴った。どうやらこちらの方まで釣られてしまったようだ。


「マスター!定食一つ大至急で!」

「あ、俺も定食!」

「俺にもくれ!」


 ブリックスが声を張り上げた途端、周りの席に座っていた者たちも負けじと叫び始めた。育ち盛りの食欲に触発されたのは彼だけではなかったのだ。

 その日の『モグラの稼ぎ亭』の夜間売り上げは、珍しく酒類よりも料理類の方が多かったという。


「ふあー、食ったー!」

「……よくそれだけ食えたよな」


 二人の間にあるテーブル――二人掛けの小さ目の物ではあったが――の上には、料理を盛っていた大小様々な皿が所狭しと重ねられていた。

 それもそのはず、ディーオは何とブリックスも注文していた定食に加えて、バドーフのステーキや煮込み料理、更にはいつの間に取りだしたのか、迷宮産の甘味を用いたデザートまで食べていたのである。

 大食い大会もかくやという食べっぷりに、最初は面白そうに見ていた周囲の者たちも、最後の方では胸焼けを起こしたように苦しそうな顔つきになっていたのだった。


「それで、わざわざ相席までして俺に何の用だ?」


 膨れた腹をさすりながらの問い掛けは、相変わらず緊迫感の欠片もなかった。


「同業で年も近いから一度挨拶しておいた方がいいと思ったまでだ」


 そのため、引きも溜めもなく用件を話してしまっていた。忸怩たる思いになるが、出てしまった言葉を戻すことはできない。

 この町から追い出したいという心情を吐露しなかっただけマシだと思うことにしたブリックスだった。


「そうか。あんたもポーターなのか。まだこの町に着いたばかりで右も左も分かっていないから迷惑を掛けることになるかもしれないけど、よろしく頼むよ」


 そんな彼の内心など知らないディーオは、邪気のない人好きのする笑顔を浮かべたのだった。ついでに、食べ過ぎで動けないという情けない状態でもあったが。


「お、おう。俺が分かることなら教えてやるよ」


 そんな様子にすっかり毒気を抜かれてしまい、当初の目的とは正反対の状況へと陥り始めていた。


「助かる。あ、名乗るのが遅れたな。俺はディーオ。これからよろしく」

「ブリックスだ」


 と握手をしながら、どうしてこんなことになってしまったのかと、心の中で首を捻るブリックスなのだった。




 こうして出会った二人の年若いポーターは、時に協力し合い、時に競い合いながらどんどんと腕を磨いていていった。

 そう、結局ブリックスはしっかりしているようでどこか抜けているディーオを放っておくことができずに、色々と面倒を見てやることになってしまったのだった。

 冒険者協会で行われている迷宮探索の基礎講座を教えたり、教官を紹介したりしたのも彼である。


 もちろん一方的に搾取されていた訳ではない。ブリックスにとっても利点はあった。その最たるものが訓練と称して二人で迷宮に挑むことだった。

 ディーオはブリックス以上に戦闘を得意としていた。それだけではない、勘も鋭く――本当は『空間魔法』によって周囲の状況を把握していた――いち早く魔物や罠を発見するというという芸当も披露して見せた。

 それは本職や専門職に比べても遜色ないと思えるほどであり、二人はポーター同士とは思えない勢いで――しかも訓練なのに――迷宮を踏破していくことになる。


 そしてディーオがマウズに現れてから一年も経つ頃には、両名とも二十階層を超えることができるようになり、マウズ支部所属のポーターの中では上位の実力を誇るようになっていったのだった。


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