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3 噂と友人の帰還

 先に報告書を提出していたこともあり、エルダートレントとの取引についての説明はすぐに終わった。それから三日も経たないうちにマウズの冒険者協会が主体となってこの取引を行うことが内々に決定された。

 更にそのことをエルダートレントに伝え、細かい取り決めを行うために支部長自らが迷宮の二十階層へと向かうことも決まったのだった。


 その三日間で副支部長の額の荒野が目に見えて広がることになってしまったのだが、賢明な協会職員たちは誰一人としてそのことに触れる者はいなかったという。

 ただ、愚かな冒険者が数名、酒場でその話を持ち出して以降、姿が見えなくなったという噂がまことしやかに囁かれていたのだった。


 そんな怪談めいた噂話はさておき、ディーオと『新緑の風』の五人は支部長の護衛――関係者全員が「必要なのか?」と首を捻ることになったが――兼、案内役として二十階層のエルダートレントの元へと再び向かうことになった。

 情報を知る人間を増やさないようにするためだということは事情を知る人間から見れば明らかだったが、この取引によって発生するであろう利益を考えると当然の判断だと、一様に首を縦に振っていたのだった。


 しかし、ここで予定外の事態が発生した。

 地下十五階層で設置を行っていた『転移石』が一向に作動しなかったのである。更に間の悪いことに騒ぎに反応して数体の魔物が乱入、設置部隊の隊長と数名の隊員が大怪我をする事態となってしまった。

 特に隊長の怪我は酷く、治療を行った医師の見立てでは、魔法を併用したとしても最低でも一月は絶対安静が必要とのことだった。

 この事件により、以降の階層での『転移石』の設置は一時見送られることになったのだった。


 余談だが、この世界において治療・回復の魔法は魔法の一つの系統として扱われている。

 救済の分かり易い形として宗教関係者に好まれるという傾向はあるが、神々由来の門外不出の(わざ)でもなければ、信仰心がなければ使用できないという制限もない。

 ただ、そうした組織で認められたとなれば箔が付くという側面もあるので、回復魔法を極めようとする者は神々を祀る組織の門を叩くことが多いのである。


 ところで、迷宮によって『転移石』が起動できない階層があるというのは既に知られていたことである。

 しかし、どこの迷宮でも三十階層を超えるような深層であり、これ程浅い階層で起動できないという事態は初めてのことだった。

 十階層以下でも未だモンスターハウスの罠が頻繁に発見されており、市井にはマウズの迷宮は異常だという噂話さえ流れ始める始末だった。


「まあ、そうした噂の半分くらいは他所の国の息がかかった連中が流しているものらしいがな。ここにいる冒険者の数を減らそうという魂胆らしいぞ」


 そうディーオに向かって解説したのは、久しぶりにマウズの町へと戻って来ていたブリックスである。

 この一か月程彼は、マウズの町を中心としてグレイ王国のあちこちを旅して回っていた。なんでも若い女性ばかり六人のパーティーに――しかも美人揃いだったらしい――ポーターとして雇われるという、他の男どもが聞けば殺意を芽生えさせること間違いなしの一か月間だったそうだ。


 事実、旅先では何度も嫉妬に狂った男どもに嫌がらせをされかけたのだとか。全て未遂で終わっているのは、ブリックスを雇った女性たちが対処してしまったからである。

 ディーオや彼らの席の近くでこの話を聞いた者たちは、絶対にその女性たちと敵対しないでおこうと固く心に誓っていたのであった。


「いざという時に冒険者は戦力になるとはいえ、建前的には国同士の争いには不干渉とすることになっているんだろう?呼び寄せるようなものならともかく、このやり方だとグレイ王国に喧嘩を吹っかける気でいると公言するようなものじゃないのか?」

「そういう脅しも込めているのかもしれないな」


 逆に言えばそれだけ追い詰められているとも見て取れる。

 グレイ王国は迷宮の発見後、急速にマウズの町を整備し、さらに冒険者協会の支部長として貴重な現役の特級冒険者を招聘(しょうへい)することに成功した。

 これだけでも大きな成果だったのだが、得た二つを巧みに利用することによって、初心者から熟練者まで多くの冒険者が訪れる環境を構築していった。


 そうなると当然迷宮の探索も進んでいくことになる。見つかったばかりの若い迷宮だったために一階ごとの規模が小さかったこともあり、破竹の勢い――あくまでもほかの迷宮に比べての話ではあるが――で踏破されていったのだった。

 マウズの迷宮ならでは、というものは見つからなかったが、一般的な魔物の素材や薬草類などは確保できるようになり、流通にも大きな変化をもたらすことになる。


 これに驚き危機感を募らせたのが周囲の国々であった。なにせグレイ王国といえばこれといった特産品も観光地もない国力の低い国だという扱われ方をしていた。

 それでも存続してきたのは魔境に蓋をするという面倒で危険な役回りを押し付けるためだ。ところがそんな格下に見ていた国がいきなり迷宮からの獲得品で国力を上げ、限定的とはいえ冒険者という戦力を抱えることになったのだから、焦るのは自明の理であった。


「それでここにきて、支部長が迷宮に入ることになったらしいと聞けば、何かがあると思っても不思議じゃない。早い話が嫌がらせだ」

「はあ……。歴史と伝統と力のあるお偉い国がやることとは思えないせせこましさだな」

「まあ、そう言ってやるなよ。国なんてものにかかずらかっている連中は、魔物だけを相手にしていればいい俺たち冒険者とは違うんだよ。時には魔物なんてくらべものにならない程の恐ろしいものを相手にしなくちゃいけないんだからな」


 それは時には自分たちと同じ国であったり、組織であったりするのだろう。場合によってはとんでもない力を操る個人であるかもしれない。


「『私は魔物よりも人の方が怖い』っていうことか。さすがはオリバス・マーティン。含蓄のある言葉だ」


 ディーオの台詞にブリックスも首を縦に振って頷いているが、実はこれは誤用である。

 オリバス・マーティンとは『冒険者の祖』とも呼ばれている人物であり、現在の『冒険者協会』が設立される以前に活躍したとされている。

 彼が残したとされる言葉は数多く多岐に渡っているのだが、実在したかどうかを含めて判明していないことは数多い。


 先程ディーオが用いた言葉もそうしたものの一つなのだが、こちらはその中でも珍しく出所がはっきりしている。

 彼直筆の日記――とされているもの――が原典であり、現在では大陸北部にあるラウン聖選帝国の国立文書館に収蔵されているのだ。

 しかし、原典が存在するからといって内容が全て公にされている訳ではない。何故かといえば、この日記の場合は書かれていることが物凄くどうでもいいことばかりだったからである。

 まあ、当時の文化風習を調査している研究者にとっては宝であることに間違いはないだろうが。


 ちなみに、先の『私は魔物よりも人の方が怖い』という一節は、命がけで狩ってきた魔物の素材が商人に買い叩かれてしまった事への愚痴である。


「だけど、支部長が迷宮に潜るっていう話はどこから漏れたんだろうか?」


 オリバスの日記の内容も門外不出とされ厳重に扱われていたはずなのに、いくつかは漏洩している。そのことを知った上で用いたのであれば、ディーオは相当な博識な上に皮肉屋でもあると言える。

 もちろん知っているはずもなく単なる誤用であった。


「あー、『冒険者協会』も一枚岩ではないと聞くし、ここの支部だけでも色々な思惑が渦巻いているってことなんだろうな」


 現在、支部内では支部長が先頭に立って粛々と犯人探しが行われている。それというのも有用な情報が簡単に他国に流れてしまいかねないとして、グレイ王国から正式な苦情の文書が届けられたためである。

 これは極めて異例の事態で、支部長などはディーオとの会話で登場したキュナルア草の事を聞きつけられたのかと深読みし過ぎてしまった程だった。


 この後、数か月に渡って調査が続けられることになるのだが、犯人は見つからず仕舞いとなってしまう。

 それもそのはず、情報を流した犯人など存在しなかったからである。


 しかし、要因となったことはあった。副支部長の額である。

 支部長が何かしでかす度に副支部長の頭部緑地帯が伐採されていくのは、マウズの冒険者協会に出入りしている者にとって常識とも言えることであった。

 噂を流した者は副支部長の額の荒野が一段と広がったのを見て、何かがあると察したのだった。

 事実、副支部長がかつらを被る――そこに至るまで紆余曲折、七転八倒なお涙頂戴な物語があるのだが、紙面の都合上割愛する――ようになって以降は、このような事件は一切発生することがなくなるのだった。


「話は変わるが、ブリックス、お前これからどうするつもりなんだ?例のお姉さま方から専属契約の話が上がっているんだろう?」


 初対面の時からなぜか女性冒険者パーティー『水面の揺らめき』の六人に気に入られていたブリックスは、数か月間の共同生活を経て、完全にベタ惚れされていた。


「はっきり言って悩んでる。(あね)さんたち、四等級なだけあって冒険者としての腕は確かなんだけど、日常生活の方がなあ……。洗濯は何とか各自でできるように躾けたけど、料理の方はまだまだだし」


 返ってきた予想外の内容に、思わず「おかん(・・・)か!?」と突っ込みたくなってしまったのも当然のことだろう。ブリックスの世話焼き気質は相手が年上の女性であっても発揮されていたらしい。

 てっきり甘酸っぱいを通りこして、ドロドロに爛れた話が飛び出してくるものだとばかりに身構えていたディーオ並びに聞き耳を立てていた周りの客たちからすれば、肩透かしもいいところだった。


「町中ならこうやって店で食えばいいし、移動中や依頼で外にいるときは旅食か保存食だろう。それほど料理の腕が必要か?」


 ディーオの意見にブリックスが大きなため息を吐く。


「あのなあ、誰もがお前みたいに規格外のアイテムボックスを持っている訳じゃないんだからな。あんな熱々出来立ての料理は保存食だとは言わない!」


 そう、ディーオは普段、自前の『空間魔法』があるのをいいことに、『モグラの稼ぎ亭』を始めとした行きつけの店で作ってもらった料理を〈収納〉して迷宮に持ち込んでいるのであった。

 対して、一般的な冒険者は限られた手元にある食材を使っていかに人間らしい食べ物を作るかに腐心することになる。

 なぜなら美味い食事はそのまま活力に繋がるからだ。戦闘にあまり参加できないポーターにとって、調理技能は必須に近いものであると言えた。


「とにかく、今の段階で離れるのも心残りだし、どうするべきか悩んでいるっていうのが本音だ」


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