1 『新緑の風』
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グリッドたち五人が『新緑の風』というパーティーを結成したのは今から十五年も前のことになる。
同郷の者や一緒に仕事をして気が合った者同士が、新米からようやく脱却した七等級になった時に結成したのだった。
しかし冒険者のパーティーとは入れ替わるのが常であり、五人の場合も本人の意向や他のパーティーからのスカウトなどで短期、長期の別なく『新緑の風』から外れるということはよくあることであった。
パーティーリーダーは基本的にグリッドが務めていたのだが、彼が不在の時にはリンがその代役を務めていた。グリッドがリンに逆らえなかったり、彼女の裁量権が大きかったりするのはその時の名残であるとも言える。
逆に大勢を受け入れていた時期――先に挙げたリンがリーダーを務めていた時に当たる――もあり、その頃はクランやギルドを作った方が良いのではないかと冒険者協会の職員からしきりに勧められていたものだった。
結局はすぐに減少してしまった――グリッドが帰って来てリーダーに戻ったためだと噂されている――ため、いつの間にかその話も立ち消えになってしまっていたが。
そんな経緯をたどってきた『新緑の風』だが、ここ五年間ほどは初期の五人にほぼ固定され、すっかりとベテランの貫禄を醸し出すようになっていた。
等級の方もパーティー、各個人ともに二等級へと上昇しており、名実ともにトップクラスの冒険者として名を馳せていくことになる。
余談だが二等級よりも上、つまり一等級と特級は同じ冒険者という括りの中にはあるが、その立場は異なっている。
特級は規格外を放り込むところでもあるが、同時に名誉職としても面も強く、引退した者や多大な功績を上げたが生死が不明の者、または死亡が確定している者へと贈られることが多い。
そのため、マウズの町の支部長のように現役の特級冒険者というのは実はかなり貴重であり、そうした人物は規格外の能力の持ち主として動向を注視されることになっている。
反対に一等級の場合は政治色が強く、権益が多大に絡んでいる。簡単に言うと各国が囲い込んでいるのである。
出国に制限を設けたり、一部の依頼への拒否権をなくさせたりする代わりに、様々な面で国内での活動を優遇するというのが基本的な形だ。それぞれの国が公認して後ろ盾になっているのが一等級冒険者なのである。
元々は特級がその役目を持たされていたのだが、名誉職としての側面が肥大化してきたため、一等級に繰り下げられたのだった。
実はこれには『冒険者協会』が独立性を確保するためという意味合いも大きい。
現在、貴族の依頼を受ける機会もあるという名目で、一等級への昇格にはどこかの国の推薦が必要ということになっている。
下手をすれば国の駒となりかねない一等級を押さえるために、特級が存在しているのである
こうした事情から、普通の冒険者が到達できるのは二等級が最も高い等級ということになっている。が、逆に言えば到達できてしまう――と思えてしまう――場所でもある。
昇格に特別な条件が必要になる特級や一等級と異なって、二等級が世間一般から憧れの対象にならなかったり、それほど大したことがないと思われてしまったりしている原因はそこにあった。
更に困ったことに、そのイメージが身内や仲間内であるはずの冒険者協会の職員や冒険者たち自身にまで蔓延してしまっていた。
こうした思い込みを払拭させようと『冒険者協会』では新たな呼び名を用いたりしているのだが、上手くいっているとは言い難い現状だ。
閑話休題。そんな普通の冒険者の最高峰である二等級へと辿り着いていた『新緑の風』は、一貫してストライ王国南部のとある町を拠点としていた。
もちろん、冒険者としての経験を積むために大陸中を歩き回ったりすることもあったが、それは『新緑の風』から外れて、個々での活動としてであった。
そこは海沿いにある港町で、海岸に沿って移動することで隣国との貿易は行ってはいるのだが、言ってみればそれだけのありがちな地方都市である。
町の冒険者協会へと持ち込まれる依頼内容も、五等級までの中堅どころならまだしも、四等級では役不足となり、三等級より上ともなると完全に釣り合いが取れていなかった。
低位の冒険者が難易度の高い依頼を受けられないように、高位の冒険者が難易度の低い依頼を受けることはできない。
まあ、こちらに関しては緊急性が認められる時を始めとした様々な例外措置もあるので絶対ではない。本当に偶然遭遇してしまう場合もあるし、杓子定規にやっていて被害を出してしまうよりは、多少の規定違反で済ませる方が遥にマシなのである。
話を戻そう。拠点にしている港町では受けられる依頼がないグリッドたち『新緑の風』の面々はどうしていたのだろうか?
実は、依頼を探すためだけに数日かけて近隣の大きな町へと出向いていたのだ。そこで都合のいい依頼が見つからない時には、さらに足を延ばしてストライ王国の王都にまで行くことすらあった。
そんな手間を掛けるくらいであれば、もっと大きな町や王都に拠点を移してはどうか、と協会の職員を始め、多くの人がそう勧めたのだが、彼らが首を縦に振ることはなかった。
これが冒険者の絶対数が少ないグレイ王国であれば、何としても王都へと拠点を移させようと色々な手を使ったことだろう。
その過程でもって『新緑の風』やその周囲について事細かく調べ上げられて、彼らが動こうとしない理由も暴かれてしまったに違いない。
しかし、彼らがいたのはストライ王国だった。ラカルフ大陸でも有数の巨大迷宮といわれるキヤト迷宮があり、やって来る冒険者に事欠くことはなかったのだ。
王都には複数の一等級冒険者が居を構えており、それに次ぐ規模の町であれば二等級冒険者はさして珍しい存在ではなかった。
結果として『新緑の風』は、少し変わったところのある冒険者パーティーとして処理されてきたのだった。
さて、その肝心の理由であるが、それなりにどこにでも転がっているような内容だった。
それは五人がパーティーを結成する以前の若かりし頃に遡る。初心者に毛が生えた程度だった彼らは、その頃の若手冒険者が陥りやすい自分たちの力を過信するという病にもれなく感染してしまい、大失敗をしてしまう。
命からがらに逃げていた彼らを救ったのは、たまたま移動中だった下級貴族とその護衛の家臣団だった。
命を救ってもらったことの感謝に加え、貴族を無用の危険に晒してしまったことへの謝罪の意を込めて――貴族への敵対行為として処刑されてもおかしくはなかったため――平伏していた五人に涼やかな声が届いた。
「貴族といっても私は吹けば飛ぶような木っ端貴族だから気にするな。それよりも将来のある若者たちが無事で本当に良かった」
そう言って笑ったのは、後に『新緑の風』の拠点にすることになる港町グローとその周辺を治める領主、トゥナマ・グロー男爵その人であった。
その器の大きさに感銘を受けた五人は口々に「この恩は必ず返す」と告げる。
「それじゃあ、俺の治めている町に来てくれないか。なにぶん田舎なもので、腕の立つ冒険者がいないのだよ」
そんな若者たちにトゥナマは軽い気持ちでそう返したのだった。
実際にグロー男爵領は田舎であり、冒険者といえば家を継げない領民の次男や三男坊くらいなもので、他人よりも少しだけ腕っぷしが強い程度の者たちだった。
家臣団は精強になるように訓練を施してきたが、領内全てをカバーするには絶対数が足りない。だから短期間でもいいのでグローの町で仕事をしてもらえれば、と考えたのだった。
しかし、五人は純粋過ぎた。なにせ今の今に至るまでその約束を果たし続けているのだから。
「ああ、彼らに関係がある下級貴族というのはトゥナマ殿のことだったのか」
「あれ?支部長、知っているんですか?」
グリッドから聞いた『新緑の風』と繋がっている貴族について話したところ、その相手であるマウズの町の冒険者協会支部長から予想外の反応があり、ディーオは思わず聞き返していた。
「彼の国の当代きっての英雄様だよ。もしも彼の爵位がもう一つ高ければ、王家の姫の誰かを降嫁させていただろうとすら言われているお人だ」
「へえー、それは凄い。うん?でも英雄だなんて言われているくらいだから、功績は挙げているんでしょう?それなら爵位も上がるものなんじゃないんですか?」
ディーオだけでなく貴族と碌に関わりのない平民の多くは、爵位とは成した功績によってある程度までは上がっていくものだと考えている者は多い。
これは英雄譚や昔話が大きく影響しているのであるが、今回の話とは関係ないので詳しい説明は割愛する。
「ストライはこの大陸でも歴史のある国だ。そういう国の例に漏れず、あそこも古参の重鎮と呼ばれる連中が幅を利かせているのさ。グロー男爵家は確か三代ほど前に騎士から取りたてられたばかりの貴族としては新興の家だったはずだ。手柄を立ててもそういった古株連中に奪われているというところじゃないかな」
「うへえ……」
貴族という一見すると華やかそうな舞台の裏で、壮絶な足の引っ張り合いがなされているらしいことに、げんなりとした顔になるディーオ。
「まあ、中央からの距離を取っているのは彼の方だという話も聞くし、本人かそれとも近しい場所に頭が切れる人物がいるのは間違いないだろう」
一方で支部長は、そんな泥沼のような貴族社会を泳ぎ抜いているトゥナマ・グローという人物と、そこに繋がりがある『新緑の風』に対して警戒感を強めていたのだった。
「……ああ!だから『新緑の風』はわざわざマウズにまでやって来たのか!」
「どういうことだい?」
「いや、さっきの続きですよ。『新緑の風』がマウズの迷宮にやって来た目的です。なんでもそのトゥナマ男爵の縁者が病に罹っているらしくて、それを癒すための材料を探しのためらしいです」
「それが誰なのかは?」
「さすがにそこまでは教えてもらえていませんよ」
本当は詳しく聞いていたのだが、ディーオは話さなくてもよい、話すべきではないと結論づけていた。ただ、この支部長のことなので薄々は察しているのではないかという気がしていた。
「それもそうか。全く関係のなかった部外者が十日足らずでここまでのことを聞き出せているだけでも十二分な成果だしね」
「エルダートレントの特殊個体からの攻撃を防いだことが、信頼を得る第一歩だったように思います」
本当はそれ以前から少しずつポイントを稼いでいたのだが、ディーオからするとあの事件が一番の契機と感じられていた。
「……そちらも後で詳しく話を聞いておかないといけないな。まあ、今は『新緑の風』のことだ」
大量のシュガーラディッシュと一緒にディーオたちが持ち帰ってきた案件は、間違いなくマウズを発展させる大きなチャンスとなるものであったが、その分とてつもない程の難題でもあった。
その矢面に立たされることになるだろう支部長としては面白そうだと感じる反面、物凄く面倒だとも思ってしまうのだった。




