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ポーターさん最強伝説  作者: 京 高
三章

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8 帰り道での出来事

今話で10万字超えました!

読んでくれている方、ありがとうございます。


 大量のシュガーラディッシュを収穫し、更にエルダートレントに交渉の約束を取り付けてから二日の後、ディーオたちの姿は未だ迷宮の中にあった。

 迷宮内の構造が大幅に変化しており、マッピングしていたお手製の地図が役に立たなくなったことに加え、毎階層のように危険で厄介な罠に頻繁に遭遇してしまっていたからである。


「まるで迷宮が私たちを逃さないように手を出してきているようですね」


 ルセリアが呟いた言葉に、残る『新緑の風』の面々は「まさか!」と笑い飛ばしていたが、ディーオは言い得て妙だと内心で薄ら寒いものを感じていたのだった。

 このように予想外の足止めをくらってしまっていた訳だが、そこはやはり冒険者である。転んでもただでは起きない強かさを持っていた。


 十八階層に辿り着くと、わざとモンスターハウスの罠を起動させては集まって来たホワイトビーを乱獲、シルバーハニーを大量に確保――普通の蜂とは異なり、ホワイトビーは巣ではなく各個体が蜜を蓄えている――したのだった。


 そうして二日、迷宮へと潜り始めてから五日目の夜になるかという頃には十六階層への入り口、すなわち十五階層への登り階段のすぐそばにまで辿り着いていたのだった。


「儲けが増えたのは良かったが、残りの日数が少なくなっているのは痛いな」


 全員で火を囲んで夕食を取っていると、不意に思い出したかのようにグリッドがそう口にした。予定では本日中に迷宮から抜け出すはずだったからだ。

 罠の多さに辟易としていたところにモンスターハウスの罠を発見してしまったのが敗因だった。


「どうせ階段を求めてあちこち探し回る際に遭遇するのだから、いっそのこと呼び寄せて先に殲滅してしまえ!」


 今となっては誰の思い付きだったのかは分からなくなってしまっているが、乱暴を超えて無茶とも言えるその案に全員が乗ってしまった。

 せっかくの地図が完全に使えなくなっていた鬱憤を晴らすかのように、呼び寄せられた魔物たちを潰していったのだった。


「それ以前に迷路型の階層ならともかく、大空間型の場所でモンスターハウスの罠を稼働させるなんて自殺行為もいいところよ。どう考えても正気じゃない」


 迷路型の場合は通路や壁を利用して戦いやすい状況を作ることもできるのだが、大空間の場合は遮蔽物などに乏しく取り囲まれてしまいやすいのである。

 無事に倒しきれたこと、そしてその後の探索が楽なものになっていたのがせめてもの救いか。


「しかし、私も含めて精神状態に異常は見られませんでした」


 リンの苦言にルセリアが答える。戦いやその他諸々での怪我は薬や魔法などで傷口自体は簡単に塞ぐことができる。

 しかし、その時に悪いもの――経験上知っているという程度で、雑菌やウイルスなどの概念はない――が体内に入ってしまうことがある。そのため、ヒーラーである彼女は定期的に仲間たちの体調や精神状態を確認していたのである。


「うーん……、もしかすると『迷宮に酔った』のかもしれない」


 その様子を見ながらディーオはポツリと呟いた。


「『迷宮に酔った』?なんだそれは?」

「迷宮内で目的を達成したり、大きな成果を上げたりすると、そのことにばかり意識や感覚が向いてしまって、他のことがお座なりになってしまうことがある。そんな状態のことを『迷宮に酔った』と言うんだ」


 依頼や目的を達成した後に、怪我をしたり命を落としたりするケースはそれなりに存在していると言われている。

 しかし、前者はともかく後者は確かめる術がないので、はっきりしたことは分かっていないのが現状だ。


「ああ、『危険な帰り道に迷い込んだ』のか」


 ディーオの説明を受けてグリッドが口にしたのも同様の意味合いの諺である。行きに対して帰りの方が多少こなれてきていたり、逆に気が急いたりしているために無茶をしがちになる。

 そうした行為を戒める言葉であり、どちらかと言えばこちらの言い回しの方が一般的で、ディーオのものの方が迷宮界隈でのみ使われている派生語だった。


「言われてみればその可能性はありますね」

「大量のシュガーラディッシュにエルダートレントの素材……。そちらを気にしていなかったと言えば嘘になるわ」


 改めて自分たちの状態を見つめてみると、該当する点は多くあった。そうしたことが知らず知らずのうちに荒っぽい解決策を取る要因になっていたのだろう。

 言葉を発していないクウエにガンスも神妙にリンたちの反省の弁に聞き入っていた。


 反省を超えて後悔し、更には落ち込んでいく『新緑の風』の五人を、ディーオは一人不思議そうに見つめていた。

 確かに失敗はしてしまったが、現状それを潜り抜けることができている。ならばその経験を次に生かせば良いのではないか、と考えていたからだ。


 これにはディーオと『新緑の風』の立場の違いというものがあった。

 ディーオに課せられていたことはシュガーラディッシュの採取であり、この時点で一応目標は達している。

 対してグリッドたち『新緑の風』の依頼はそのディーオを護衛して無事に連れ帰って来ることだった。つまり、現時点でも依頼の真っただ中なのである。

 そんな依頼の最中であるにもかかわらず、緊張感を維持できていなかったことに衝撃を受けていたのだった。身も蓋もない言い方をすれば、ベテランの域にいるはずの彼らは、新米が犯してしまうような失敗をしてしまい、落ち込んでいるのである。


 このままではひたすら場の空気が悪くなっていく。そう感じたディーオは少々無理矢理ではあるが、話題を変えることにした。


「なあ、せっかくだから少し味見をしてみないか?」


 そう言って取り出したのはシルバーハニーの入った蜜袋だった。巣ではなく各個体に蜜を蓄える性質があるホワイトビーには、体内に蜜専用の収納器官が存在するのである。

 この器官から分泌される物質によって、シルバーハニーという名の通り銀色の蜜が生まれるのだと考えられている。


「え?でもこれだって商材でしょう?」

「正規の依頼とは違って臨時収入だし、気にする必要はないぜ。それにこうやって味見をするのは取った人間の特権だよ」

「特権か……。ははっ。それはいいな」

「面白い。俺は気に入った」

「うむ」


 ニヤリと笑ってやると男たちが喰いついてくる。良くい言えば遊び心のある、悪く言えば子どもっぽい連中だ。

 こうなると甘いもの好きな女性陣の二人が陥落するのは時間の問題だった。


「し、商材にするならきちんと味を知っていないといけないわよね!」

「そ、そうですね!安全性も確認しておく必要がありますし!」


 二人がそれらしい理由(上手い言い訳)を思い付いたところで、それぞれの椀が差し出された。苦笑しながら受け取って蜜袋からトロリとした液体を移していく。

 焚火の火で照らされたシルバーハニーは、ほんの少し赤みを帯びて幻想的な色合いとなっていた。


「綺麗ね……」


 真っ先に渡された椀を覗き込んで、女性陣がうっとりとした表情を浮かべていた。

 その声もどことなく艶やかであるように感じられてしまい、本能を刺激された男たちはゾワリとした感覚に身震いをすると意図的に椀の中へと意識を向けたのだった。


「そ、それじゃあ、せっかくの特権なんだ、さっそく味見をしてみようぜ」


 グリッドの言葉に全員が匙を口へと運ぶ。


 その一瞬、音が消えた。

 そして次の瞬間には爆発するように歓声が上がる。


「美味いな!」

「これがハチミツ!?」

「評判は聞いていましたが、これ程のものだったなんて!」

「甘いものは苦手だ。だがこれは美味い!」

「うむ!」


 初めて食べた五人から次々と飛び出る高評価に、既に何度かこうやって味見と称しては特権を使用していたディーオはニンマリと笑みを浮かべていた。

 余談だが、取り出した蜜がいつもよりも輝いているように感じられなくもなかったのだが、いまさら戻すことができないことでもあるし、気のせいだと思い込むことにしたのだった。


 ひとしきり蜜の味を楽しみ、そして余韻に浸る。死と隣り合わせの危険な迷宮の中とは思えないような穏やかで心地良い時間が流れていく。

 傍からだと、何をするでもなくのんびりと周囲が暗くなっていくのに任せているように見えたことだろう。

 実際にディーオは『空間魔法』によって魔物の動向を瞬時に把握することができるために、大部分の力を抜いていた。


 一方、グリッドたち五人は気を抜いているように見えても、周囲への警戒は常に行い続けていた。加えて、彼らは何かしらの機会を伺っているようでもあった。


「何か聞きたいことでもあるのか?」


 誰に向かって問うでもなく、ディーオはそう口にした。


「どうしてそう思った?」

「あれだけわざとらしく様子を探られたら、嫌でも気が付くってものだろう」


 試されたことへの不快感を露わにしながら言うと、グリッドはゆっくりと首を横に振った。


「そうとも言い切れないぞ。俺たちと同じ二等級でも鈍いやつは全く気が付かないからな。まあ、試すようなことをしたことは謝る」


 これ以上問い質したところで意味がないと悟り、謝罪を受け入れることにする。


「それで、何を聞きたいんだ?」

「むしろ聞きたいことがあるのはお前の方じゃないのか」


 軽く肩を竦めて続きを促したところ、想定外の答えが返ってきた。

 グリッドだけでなく残る面子も同様の顔をしている。


「……あ!」


 一体何のことだろうと頭を悩ませること十数拍、ディーオはようやく『新緑の風』の目的を聞き出すという支部長からの隠し依頼について思い出していた。


「鋭いのか鈍いのか、よく分からないやつだな……」


 そんな彼の様子に呆れ顔になる『新緑の風』。

 面倒な依頼だったこともあって、ディーオは無意識下では積極的に忘れ去ろうとしていたのかもしれないなと思った。

 さすがに今回ばかりは申し開きようがない。それでも「アハハ……」と笑って誤魔化そうとするあたり、尋常ではない肝の太さっぷりである。


「まあ、聞きたい内容の方も大体は予想が付いているがな。さしずめ、わざわざ新興の迷宮都市にやってきた目的はなんだ?というところか」

「……正解」


 名前が売れているかどうかに関係なく、二等級ともなれば高位冒険者に位置付けられる。

 戦力として囲おうとする国や貴族がいてもおかしくはなく、それぞれの冒険者協会の支部で素性や目的を探られ、似たような質問をされてきたのだろう。


「ディーオ、今回同行したことで、お前は十分に信頼できる相手だと俺たちは思っている。だから答えることは(やぶさ)ではない」


 二等級という格上の相手から認められたことにディーオは喜びを覚えていた。自ら選んだ結果ではあるが、幼少時代を孤立して過ごしてきた彼は、他者から必要とされたり認められたりすることを求める傾向があった。

 たった一人でも十分に迷宮内をうろつき回れる実力があるにもかかわらず、ポーターという職を続けている根源的な理由はここにあるのかもしれない。


「ただ、お前のことは信用できても、その背後にいる連中全てを信頼できる訳ではない」

「ああ。それは当然だよな。……だけど依頼者は誰かを教えることはできないぜ」

「それはこちらも重々に承知している。だからだな、これから俺たちが話すことをどこまで依頼人に話すのかはお前自身が決めてくれ」

「……それでいいのか?」

「ああ。最初にあった時の詫びだと思ってくれ」


 確かにあの時は失礼な態度ではあったが、それはディーオとて同じことだった。いや、どちらかと言えば彼の方が無礼な態度だっただろう。

 どうやら『新緑の風』の五人は内側に受け入れた者に対しては甘くなる性質のようだ。


「はあ……、分かった。あんたたちが不利になるようなことはできるだけ伝えないようにしておく」


 ディーオの返事に笑顔になる五人。

 その顔は長年苦楽を共にしてきた者たちらしく、どこか似通ったもので、そんな彼らを羨ましく感じるディーオなのだった。


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