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7 報酬のその先

 シュガーラディッシュの特殊個体への追及をかわし終えた頃には、魅了状態だったトレントたちも正気を取り戻していた。

 百を超える植物系の魔物たちが自らエルダートレントの周りへと植わっていくその様子はまさに圧巻だった。


「森が生まれているみたいだ……」

「こうして見ると、エルダートレントの爺さんの大きさが際立ってくるな」


 トレント種を始め動くことができる植物系の魔物はその利点を生かすためにそれほど大きくならないという特徴があるのだが、でき上がっていく森の中心にいるエルダートレントは、頭一つ分どころか軽くその数倍はありそうだ。


「あそこまで大きいと、移動することは不可能でしょうね」


 身の丈が数十尺となると、もはや伝説クラスの巨人や巨獣と同じだ。そんなものが動き回るようなことがあれば、大騒ぎではすまなくなるだろう。


「その代わり根で攻撃できるのだから十分でしょ」

「根っこをあれだけ動かせるんだったら、枝も自在にしならせることができるんじゃないか?」

「ありそうな話だわ……」


 つまり移動はできなくとも身動きはできるということだ。しかもその力は強力で、二十階層にようやく到達したような冒険者では相手にもならないだろう。


「さて、いつまでもこうしていても仕方がない。さっさとエルダートレントの爺さんの所に行って、報酬を貰おうぜ」

「今更だけど……、本当にちゃんとくれるのかしら?」


 意思の疎通が図れるとは言っても相手は魔物であり、しかも勝てるかどうかも分からないほどの力の持ち主であることを思い出してリンが不安そうな声を上げた。


「騙す意味がない。俺は信用する」

「うむ」


 対して、ガンスとクウエはその心配は不要なものだと感じているようである。パーティーの中でもとりわけ野性的な二人は、持ち前の直感で何やら嗅ぎつけているらしい。

 そしてそんな二人の勘には何度となく窮地を救われてきたため、残る三人もそれに従ってみるつもりになっていくのだった。

 ちなみにディーオはどのような結果になったとしても『新緑の風』の面々の決定に従うつもりでいて、先輩方のお手並み拝見と言わんばかりに、一歩下がって成り行きを見守っていた。


 ほどよい間隔が開けられたトレントたちの森は、森の中とは思えないほど歩きやすいものだった。

 一本一本の木々が離れているため足元まで光が差し込んでいる上に、張り出した根に足を取られるようなこともない。枝葉を切り払うという余計な労力も必要なかった。


「おお!お前さんたち!よく儂の仲間たちを助けてくれた!ありがとう、ありがとう!」


 そのまま森の中心――再び急成長することを用心したのか、周囲はぽっかりと開けた空間となっていた――に辿り着くと、上機嫌なエルダートレントに迎えられた。

 トレントたちの解放がよほど嬉しかったのか、何か裏でもあるのではないかと思わず勘繰ってしまいたくなるような歓迎ぶりである。


「あ、ああ。上手くいって良かったぜ」


 若干引き気味になりながらも代表としてグリッドが応えると、作戦が成功したことにようやく納得がすることができた――戦闘もなく、シュガーラディッシュの採取もディーオがほとんど一人でやってしまったため、不完全燃焼気味だったのである――らしく『新緑の風』の一同はホッと息を吐いたのだった。


 余談だが、グリッドの後方に位置していたリンが「早く何か言え!」と言わんばかりにその足を軽く蹴っていた。もちろんエルダートレントに気付かれないような場所を狙って、だ。

 淀みないその動きから頻繁にそうしていることが覗え、リーダーの悲哀を目の当たりにした気分になるディーオなのだった。


「色々と聞きたいこともあるが、まずは礼として約束したものを渡さんとな」


 そう言ってエルダートレントが身動ぎをすると、ディーオたちの前にとさりと二本の枝が落ちてきたのだった。


「確か杖として用いるという話じゃったな。そのままでも、加工してでも使えるように少し太めで長い物にしておいた。好きに使うといい」


 女性陣二人が歓声を上げながら拾い上げたそれは、エルダートレントの言葉通り片手で持つには少しばかり太めだったものの、長さは二尺弱と杖にするには十分な大きさだった。加工しやすいようにと考えてくれたのか、節や湾曲もない。

 更に少量ではあるが魔力を溜め込む性質があるようで、魔法発動媒介としても申し分ない性能である。まさに生粋の魔法使いにとっては垂涎の品だと言える物だろう。

 その様子を見ていたディーオの頭に、天啓のような閃きが走った。


「これは……、シュガーラディッシュと一緒にマウズの迷宮の目玉商品にできるかもしれない」


 マウズはグレイ王国が国を挙げて整備したことで、町こそ立派なものであるが、迷宮それ自体は発見されてからまだそれほど時が経っていない新しいものである。

 また、各階層の広さなどから生まれも比較的最近の若い迷宮ではないかとも推測されている。

 そのため以前にも説明した通り、ここでなければ手に入らないという、いわゆる名物的なものが存在していなかった。


 エルダートレントは迷宮以外でも生息していて、決して珍しい魔物ではない。しかし、周囲のトレントや魔物植物を統べる存在だとされており、トレントに比べるとその数は極端に少ない。

 結果、エルダートレントの素材はそれなりに希少価値の高い物となっている。


 さて、目前にいるエルダートレントだが、彼?は特殊個体化している。一般的には危険性が増す特殊個体化であるが、彼の場合は迷宮の介入という事情があったためか、危険どころかこうして言葉を交わすことすら可能となっている。

 もちろん、枝や根を自由に動かしての攻撃は脅威であり、周りを囲むトレントたちの存在もあって、戦うとなると相応の戦力が求められることになるだろう。


 話を戻そう。それほどの力を持つ相手と意思の疎通ができる状態にある。これは非常に幸運なことであり、チャンスであるとも言えた。

 なにせ戦わずとも、そして打ち倒さずともその素材を得られるように交渉することが可能であるのだから。

 加えてもう一つ、同じ階層にシュガーラディッシュがいることも幸運の上乗せになっていると言えた。

 今回の一連の流れから、トレントたちにとってシュガーラディッシュは天敵に近い存在であることが分かる。


 これを利用して、シュガーラディッシュの採取――エルダートレント側からすれば駆除――を請け負うということができるのではないだろうか。

 報酬はもちろんエルダートレントの素材だ。こちらは多くなくても良い。むしろその価値が崩れないように少量である方が望ましい。

 ただし定期的に確実に手に入るようにすべきだ。


「これからのことで一つ提案があるんだが」


 いずれ『子転移石』が設置されれば、ここまで来ることができる力量のある者であれば簡単に出入りできるようになる。

 そうなればトレントなども乱獲されるかもしれない。そうなる前にマウズの冒険者協会を巻き込んで、エルダートレントとの協力体制を作っておくべきではないか。

 そう思った瞬間、ディーオはエルダートレントに先ほどまでの考えを元に話を持ちかけていた。


「……ふむ。人間と協定を結んで、シュガーラディッシュを脅威となる前に排除する、か」

「ああ。だけどまだ思い付いたばかりだから、どう転ぶか分からないところはあるけどな」


 と言いながらもディーオには、あの面白いこと好きの支部長であれば間違いなく乗ってくるだろうという予感があった。


「詳しい取り決めには後日、俺たちのような冒険者を取りまとめている『冒険者協会』という組織があるんだが、そこから担当するものが派遣されてくることになると思う」

「その組織や、儂に会いにやって来るだろう者は信用できるのか?」

「組織自体は国を超えての巨大なものだから確かなことは言えない。だけど、話し合いに来る人物は間違いなく信用できる」


 想像通りに事が進めば、その交渉に訪れるのは支部長本人になるだろうから。

 そして副支部長の額の荒野がますます広がっていくことにもなるはずだ。


「その時にお前さんたちの誰かが同行してくることは可能かね?」


 グリッドに顔を向けると、慌てて首を縦に振り始めた。どうやら突然始まった話し合いに呆然としていたようで、反応する直前にはまたしてもリンから足を蹴られていた。


「そう要求されたと伝えはするよ。ただ、絶対に従ってもらえると確約はできない」


 建前的には対等とされている冒険者と『冒険者協会』だが、実際には『冒険者協会』の方が立場が上という場合が多い。

 マウズは迷宮を抱えているために多くの冒険者が必要であることと、支部長が特級冒険者出身ということもあって、冒険者寄りの経営がなされている。


 しかし、支部によっては禁止されている仲介料を取ったり、魔物の素材を不当に安く買い取ったりといった悪どいことをしている所もある。

 もっとも、冒険者には根無し草で拠点を持たない者も多いために、すぐに他所へと移動されてしまい、立ち行かなくなるか不正が明るみに出てしまうかのどちらかであったりするのだが。


「それなら、お前さんたちがいなければ交渉するつもりはないと言っていた、とでも大袈裟に伝えておいてくれ」

「どこまで効果があるかは分からないけど、言うだけは言っておく」

「それで構わんよ。こちらとしても人間たちと戦わずにすむのなら、それに越したことはないからのう。しかも邪魔なシュガーラディッシュまで駆除してくれるなら万々歳じゃ」


 かなり突拍子のない提案だったはずなのだが、エルダートレントの方は意外にも乗り気だった。

 どちらかと言えば『新緑の風』の面々の方が驚いていたのだが、これは魔物相手に取引を持ちかけようとしたため、という部分が大きい。

 なぜなら、魔物というものは基本的に相容れることのない存在だとされているからである。いかに意思の疎通ができるからと言っても、長期的な交流を持つなど、常識的に考えるならばあり得ないことなのであった。


 余談だが、宿敵やより強い魔物を倒すために一時的に魔物の協力を得る、魔物を利用するという展開はお伽噺の定番にもなっている。

 その影響かなんとも身勝手な話ではあるが、短時間であれば魔物との協力はむしろ推奨されていたりする。

 ディーオたちが簡単にエルダートレントの要望を聞き入れたのは、シュガーラディッシュを採取するという元からの目的もあったが、この点に由来する部分もあったのだった。


「それじゃあ、今日はここまでにして、明日から急いで町に戻ることにしようか」


 これまでにない儲け話の元を手にしたことで、すっかり気が大きくなっているディーオだったが、支部長から託された『新緑の風』がマウズへとやって来た理由を探るという隠しミッションについては、相変わらず忘れ去ったままになっていたのだった。


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