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6 採取と消滅

累計アクセス数が一万を超えていました。

読んでくれた方、ありがとうございます。

「は?」


 この展開にはさすがのディーオも思わず間抜けな声を出してしまう。

 人一人をぺしゃんこにしてしまえるほどの巨大な手を持つ魔物など付近には存在していなかったはずだからだ。

 慌てて脳内地図を確認したが、やはり近くにはシュガーラディッシュの表示しかない。唯一可能性があるエルダートレントも昨日出会った場所に居座ったままだった。


「うわっとお!?」


 今度は横殴りの刈るような攻撃を間一髪で避ける。振り返ると薄桃の煙の向こうで、白と緑の斑になった巨大な腕がぐるりとこちらを向くところだった。


「白と緑?まさかシュガーラディッシュか!?」


 脳内の地図を拡大してみると……、間違いない。あの巨大な腕はシュガーラディッシュが集まって形作られたものだった。

 周りを見ると、残るシュガーラディッシュの半分くらいが消えている。

 その行く先は……。考える間でもない、あの巨大な腕だ。


 巨大な腕の攻撃は強力な上にその大きさからは考えられないくらい素早かった。

 しかしその反面、狙いが甘く予備動作も大きいため攻撃先を予測することが容易く、避け続けることができていた。


 ただし、そのためには巨大な腕をしっかりと観察する必要がある。


 巨大な腕はシュガーラディッシュたちが茎や葉で器用にお互いを繋ぎ止めてできている。そして必要なのはその構造と動きだけであって、あくまでも腕に似させているだけだ。

 その表面は凸凹で固定するために茎や葉が巻き付いているという具合である。


「気持ち悪い……」


 ディーオにとってその造形はたまらなく気持ち悪いものに見えていた。

 詳しい説明は避けるが、悪い毒に侵されているように思えてしまったのである。


 この時点で巨大腕は、収穫するべきシュガーラディッシュから消滅させるべき物体Xに変わった。


「〈隔離〉」


 攻撃直後の動きが止まった瞬間をついて『空間魔法』を発動させる。すると巨大腕は薄く光る六面体に覆われていた。

 ディーオを覆っている〈障壁〉とほぼ同じものだが、こちらが外からの攻撃に強いのに対して、〈隔離〉は中からの攻撃に強い構造となっていた。


 加えて説明しておくと、今回のディーオが自身に纏った〈障壁〉はシュガーラディッシュの出す煙に対抗するもので、気密性と持続性を優先していて防御力はそれほど高くはしていなかった。

 巨大腕の攻撃を避け続けていたのはこのためである。


 ディーオの〈隔離〉によって閉じ込められた巨大腕は、本能的な危険を察知したのか逃れようと必死にもがいていた。が、腕の大きさに合わせて作られた檻はその力を十全に発揮できるほどの空間がなく、少しだけその身を動かすことしかできなかったのだった。


 ぐるりと視線を巡らせて、シュガーラディッシュの発生させた煙で視界が遮られたままであることを確認する。

 これから使用するのはディーオが使える『空間魔法』の中でもとりわけ異質で強力なものだ。誰にも知られる訳にはいかなかった。


「〈虚無〉」


 発動の鍵となる言葉を口にした瞬間、体内の魔力をごっそりと持っていかれる感覚に襲われた。

 同時に巨大腕が〈隔離〉された空間が中心から真っ黒に染まっていく。数十拍後、闇が晴れたその場所には何も残っていなかったのだった。


 『空間魔法』〈虚無〉、光の欠片すら通さない程の濃い暗黒を作り出し、そこに飲み込まれたものを一切合切消し去ってしまうという恐ろしい魔法である。

 消えた物体がどうなってしまったのかは使用者であるディーオどころか、この魔法を開発した異世界のディーオたちですら分かっていないという。

 その不可解さから可能な限り使用を控えるように言い渡されている禁断の魔法でもあった。


「ふいー、疲れたー」


 単純作業を繰り返していたところに、いきなり襲撃され動き回らされた挙句、大量の魔力を消費しての超強力魔法の発動だ。さしものディーオもかなりの疲労を強いられていた。

 先程まで感じていたチリチリとひりつくような敵意が消えていたこともあって、その場に大の字に寝転ぶ。

 自然と見上げることになった視線の先にある煙が少しずつ薄まっているように思われた。


「あの腕の中に特殊個体も混ざっていて、それがいなくなったことで統制が取れなくなってしまった、というところか?」


 ふと、巨大腕のことを考えても強い嫌悪感が覚えないことに気が付いた。


「あー、さっきのあれは精神攻撃を受けていたってことなのかもしれないな……」


 通常のシュガーラディッシュが使う魅了とは全く方向が逆のものだったが、特殊個体であればそのくらいの事が出来ても全く不思議ではない。

 なんとも無茶苦茶な理論に思えるが、それほどまでに特殊個体とは規格外な存在なのである。


「問題はこの状況をどう説明するべきか、だよなあ」


 説明する対象はここにいる『新緑の風』だけではない。あの支部長も含めたマウズの冒険者協会の職員たちにも、複数種に特殊個体が同時発生した二十階層の異常事態という一連の流れの重要な一項目として説明しなくてはいけないだろう。


「よし!巨大腕と特殊個体については精神攻撃を受けたせいで全く覚えていないことにしよう!」


 迷宮内に限らず魔物に異常が見られた場合、発見した冒険者は出来得る限り詳しく丁寧にその状況を説明しなくてはならない。

 その冒険者の義務ともいうべきことを、ディーオはあっさりと無視することにしたのだった。


 ちなみにこうしたことが発覚した場合、下手をしなくても冒険者の資格を失うことになる。

 事実、この報告義務違反によって年間数十人の冒険者がその資格を剥奪されたり停止させられたりしているのである。

 ディーオもそのことは十二分に承知しているのだが、今回の巨大腕との戦いは秘密にしている『空間魔法』に直結している。

 そのことを話すことができない以上、誤魔化すより他に手はないのだった。


「さて、残りはグリッドさんたちに手伝ってもらって、掘り返すとしますかね」


 晴れていく煙の向こうから走り寄って来る『新緑の風』の面々が見えたのだった。




 特殊個体がいなくなったことで薄桃の煙を定着できなくなったこともあり、残るシュガーラディッシュの採取はあっという間に終わった。


「しかし、本当にすべて取ってしまって良かったのか?」

「問題ない。シュガーラディッシュは魔物だから早ければ一刻もしない間に迷宮の力で補充されることになるはずだ。むしろ特殊個体が生まれた群生だから残しておく方が危険だな」


 特殊個体が発生した一群からは再び特殊個体が発生し易いという説がある。

 変異種化が始まりかけていたためだとされていて、事実『冒険者協会』にも、特殊個体を討伐した際に残りに逃げられ、後に近隣で同種の特殊個体の率いる群れが発見された、という事例がいくつか報告されている。

 そのため、この説は有力であるとされているのだが、生態系の保持――空白地帯にはより強力な魔物が流入してくる可能性がある――などの観点から、殲滅させることができないこともあるのだった。


 ところが迷宮の場合、短時間でいなくなった魔物が補充されるので、特殊個体が発生した一群は漏れなく殲滅してしまうことが――ほとんど義務に近い形で――推奨されているのである。

 慣れてきて成果を上げ始めているとはいっても『新緑の風』がマウズで、そして迷宮での活動を開始してからまだ数か月しか経っていない。

 迷宮独自のやり方については未だに戸惑うことがあるのだった。


「そちらは良いにしても、特殊個体のことを何も覚えていないのは困ったわね」

「そうですね……。特殊個体だったものはいなかったようですし、それらしき残骸もない。ディーオ、少しでも構いませんので何か覚えていることはありませんか?このままだと『冒険者協会』からあらぬ疑いをかけられてしまうかもしれません」


 そう言われてもやたらと事実を話すことはできない。


「うーん、そう言われてもな……。逆に聞くけど、そっちからは何か気になることはなかったのか?」


 そのため、まずは外部にどの程度の情報が漏れていたのかを探ることにした。


「こちらからはシュガーラディッシュの出す煙で中の様子は全く見通せなかったぞ」


 中にいたディーオも視界は相当悪い状態だった。それでも危なげなく動き回ることができていたのは、脳内にある地図のお陰だ。

 これらのことから、グリッドの言葉はまず間違いなく信用できるものだろう。


「ああ、でも途中から物凄い音が響いてくるようになったわ」

「うむ」

「微かに地面が揺れていたような気もしたな。あれは一体何だったんだ?」


 一方で、巨大腕の攻撃によって発生した音などは気付かれていたようである。

 あれだけ巨大な質量が叩き付けられていたのだ、その振動が地面――と言うべきか床と言うべきか――を伝わっていても不思議ではない。

 さてそうなると、どう誤魔化すのが正解なのだろうか


「シュガーラディッシュを片っ端から引っこ抜いてはアイテムボックスに収納していったところまでは覚えているんだけど……。いつの間にか意識が混濁していたんだよな」

「つまり、想定していた以上の催眠能力、精神攻撃を受けたっていうこと?……能力の強化は特殊個体ではよくみられることだけど、特殊個体がいたと断定するには弱いわね。群生地のど真ん中にいたから、複数のシュガーラディッシュによる精神攻撃の影響を受けたとも考えられるわ」


 ダメ出しを受けるが、今のは次の手への布石に過ぎないので問題ない。むしろ先程の言葉をより強く印象付けることができ、ディーオは内心で高評価を下していた。


「まあ、そんな状態だったからはっきりとしたことは言えないんだが……、シュガーラディッシュが突っ込んで来ていたような気がする」

「はあ!?」


 『新緑の風』の五人が揃って声を上げる。魔物とはいえ植物系の、しかも自分で身動きができないはずのシュガーラディッシュが突っ込んで来るなど、つまらない冗談のようにしか思えないことだろう。


「おいおい、ふざけている場合じゃないだろう」

「いえ、待って!それが特殊個体の力かもしれないわよ」


 案の定、咎めるような声音でグリッドから注意をされてしまったが、それを止めたのは意外にもリンだった。


「……土に埋まっているシュガーラディッシュを矢のように射出する能力という訳ですか。あり得るかもしれませんね」


 更にルセリアも賛意を示す。


「そんなものか?俺には分からん」

「うむ」


 と、ガンスやクウエは懐疑的ではあったが、頭脳担当でもある女性陣二人が肯定的に受け止めたことで一気にディーオの出まかせを理解しようという流れに変わっていった。それほどまでに特殊個体の持つ能力は幅広く、脈絡がない場合も多いのである。


「私たちが感じた微かな地面の揺れは、発射された際に起きたものではないかと推察されます。そしてあの聞こえてきた音は、無意識ながらもその攻撃をディーオが受け止めた時に発生したと考えれば辻褄が合います」


 後は何をするでもなく勝手に決まっていった。


 その様子を見ながらディーオは、上手く丸め込めそうであることに内心ほっとすると同時に「もしも本当の事、自身だけでなく沢山の仲間を同時に操って巨大な腕のような物を形成して攻撃してきたことを伝えたら、彼らは一体どんな反応をするのだろうか?」とぼんやり考えていたのだった。


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