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7 パーティー結成

 中階層への進出を果たしたものの、その結果は散々なものだった四人組とニアは、迷宮から戻って来てもなお暗い顔をしていた。

 このまま放置しておいては苦手意識を植え付けたままになるかもしれない。そう考えたディーオは、彼らを食事へと誘ったのだった。


「それで、お前たちはいつまで落ち込んでいるつもりだ?」


 そろそろお開きにしなければ明日の行動に差し支えるという頃合いになって、ディーオが同じ卓に着いた五人に声をかけた。

 ちなみに『モグラの稼ぎ亭』自体は隣の冒険者協会が二十四刻常に開店状態なこともあって、年に数回を除いては基本的に店を閉めることはない。

 そのため追い出されることはないのだが、酔い潰れて眠ってしまった者たちのいびきや歯ぎしり、寝言等々によって別の意味で騒がしくなってしまうのだった。

 更に朝まで入り浸ってしまった時には宿泊賃として代金を上乗せしなくていけないという暗黙のルールもあったので、ディーオとしては意識がまだ明瞭な今のうちに区切りを付けさせておきたかった。


「反省するのは大いに結構だが、これからは何度もあの階層へと足を運ぶことになるんだから、切り替えることができないと死ぬぞ」


 それは脅しでも何でもなく、純然とした事実だ。


「だけど兄貴、あれだけ兄貴がゴーストは危険だって教えてくれていたのに俺たちは……」

「それにマジックイーターのことだってそうだ。十一階層まで行くかもしれないことは分かっていたんだから、ちゃんと下調べをしてさえいれば、あれほど手こずることはなかったはずなのに……」


 どうやら四人組は自分たちの欠点に思い至ることができたようだ。ディーオたちの目論見通り、これからは魔物を相手にしても侮ることはないだろう。

 しかし、ここまで落ち込んでしまうのは予想外だった。魔法使いの有用性を理解させるのにちょうど良いかと思ってニアを連れて行ったのだが、魔法が全く使えない彼らにしてみれば劣等感を覚えてしまったようだ。


「はあ……」


 そしてニアの方もまた、自分がいかに驕り高ぶっていたのかを突きつけられて凹んでいた。

 今から冷静になって思い返してみれば、集めてきた知識と鍛えてきた魔法の力でもっとうまく立ち回ることができた気がする。が、それでは遅いのだということを嫌というほど思い知らされた。


 あの時、あの瞬間に思い付かなければ、死という形で終わりを迎えてしまうのである。実戦派の研究者仲間が口癖にしていた「次の機会などない」というのはこの事だったのだ。

 見下しこそしていなかったものの、その言葉を全く理解しようとしていなかった自分の未熟さに顔から火が出る思いだ。

 だからこそ、望外に得た「次の機会」を無駄にすることはできないと、身構えてしまっていたのだった。


 そんな後輩冒険者たちを見て、ディーオはどうしたものかと悩んでいた。唯一の救いは、彼らは気落ちしながらも心の底からやる気を失った訳ではないということだろう。

 それはテーブルに並べられた大皿を見てみればすぐに分かることだった。なにせその上に載っていた料理の数々は、ことごとく彼らの腹の中に納まってしまっていたのだから。

 想定外だったのはニアも四人組と同程度の食欲を発揮したため、ディーオの取り分がほとんどなくなってしまったということだろうか。


 ちょっとだけ恨みがましく彼女を見た瞬間、とある閃きが舞い降りた。


 四人組に足りないものは言わずと知れた魔法使いである。まあ、できれば斥候役も欲しいところではあるが、それは一旦置いておこう。

 そして、ニアに必要なものは安全、確実に魔法を使うための前衛役だ。出来うるなら魔法の無駄撃ちをしなくてもいいようにそれなりの力量がある者が望ましい。


「なあ、お前たち、しばらくパーティーを組んでみたらどうだ?」


 突然の提案に「え?」と驚きの声を上げる五人を前に、ディーオはその考えがかなり良い案であるように思えてきていた。


「まず、パーティーのバランスから見て魔法使いの存在は必須だ。本当なら二人くらいは欲しいところだが、ニアの力量なら無理に予備の魔法使いを入れる必要はないだろう。人数が少なければ守る方の負担も少なくて済むという利点もあるからな」


 と、ここでこっそりと五人をヨイショしておく。

 新米ではあっても彼らとて冒険者だ。弱いからパーティーを組めと言われれば反発したくなる。

 そのため、互いのメリットという部分を強調していくことにした。


「それと、今はロスリーとマルフォーが指示出しをしているが、二人もどちらかといえば前線に立ちたがる方だ。だから冷静に状況を見ることができて、指示を出せるニアが加われば、その力を十二分に発揮できるようになると思うぞ」


 四人組の連携が形になっているのは練習の成果というよりも、長年の付き合いによって培われたものだといった方が適当だ。

 そのため、それなりにはなっていてもそこから上には進めていない。現状、個々の能力が高いことと、低階層のみで活動していたことから四人組はそのことに気が付いてはいなかった。

 だからこそ魔法使いという職業上、一歩引いて戦場全体を見ているニアが指示役として入ることによって、より巧みな連携の形を作り出すことができるのではないかと思われた。


「どうだ?なかなか良い感じになるとは思わないか?」


 互いの顔を見合わせた後、ディーオに言われてその様子を想像してみる五人。

 最初こそ難しい顔をしていたが、何かしらの打開策を見つけられたのか、すぐにその表情は上向いていった。


「へへっ」

「ほう……」

「ふうん……」


 ついには獰猛な笑みすら浮かべる始末である。そして再び互いに顔を見合わせたかと思うと、


「これからよろしく!」


 全員が右手を重ねてあっという間にパーティーの結成に同意してしまったのだった。それは間近で見ていたディーオが思わず「煽り過ぎてしまったか?」と不安に思ってしまうほど瞬く間の出来事だった。


 その後、パーティー結成の祝いとして食事代を集ろうとしてきた五人の頭にチョップを入れて、ディーオは先に帰ると席を立つ。


「くっくっく。まさかお前が先輩面する日が来ることになるとはな」

「自分でも驚いてますよ」


 むず痒いような不思議でいてどこか心地いい気分に浸りながら、マスターとそんな言葉を交わして五人の分の代金まで支払うのだった。


 さて、ニアと四人組についてもう少しだけ補足しておこう。

 パーティー結成の翌日から数日の間、彼らは迷宮には向かわず冒険者協会の訓練場でひたすら動きのすり合わせを行った。

 それはお互いに怒鳴り声が飛び交うほど白熱したものであり、周囲で訓練していた冒険者たちがその気迫に驚いて逃げ出すほどであったという。


 途中からは教官や他の冒険者たちも入り混じっての集団戦の様相を呈してしまい、運悪くマウズの町近くで大量発生した巨大黒蟻(ブラックビッグアント)の群れが、ちょうど良い実験台としてあっという間に駆逐されるという副産物を生み出したりもしていた。

 ちなみに、発見から討伐までの最短時間を大幅に更新し、冒険者協会マウズ支部の名を広めることに一役買うことになったのだが、それはまた別の話である。


 さらに余談だが、この機会に四人組はディーオへのリベンジを果たそうと狙っていた。が、当のディーオは「いやな予感がする」と期間中に冒険者協会へと寄り付くことはなかったのだった。

 もちろん第六感的な感覚によるものではなく、『空間魔法』を駆使した結果であることはいうまでもないだろう。

 ニア辺りに知られれば「魔法の無駄遣いだ!」と騒がれること請け合いだが、これがディーオにとっての日常なのであった。




 それから数日後、ニアたちが迷宮に潜り始めたことで冒険者協会はようやくいつもの落ち着きを取り戻していた。

 その代わり、迷宮低階層において五人が通った後は罠の一つすら残っていないと言われるようになるのだが、それはもう少し先の話である。


「そんなことのために君は町中を何日も逃げ回っていたのかい?」


 そろそろシュガーラディッシュ確保のための計画について詳しい話を詰めようとしていた矢先、何日も協会へと姿を現さなかった理由をディーオから聞かされた支部長は、開口一番そう口にした。


「支部長は他人事だからそんなことが言えるんですよ……」


 最初は四人組だけだったディーオに模擬戦を挑もうと探していた人間は、最終的には十倍近くまで膨れ上がっていた。

 路地裏からこっそりと覗き見てみたが、血走った目で町中を探し回るその様子は戦慄を覚えるには十分過ぎるほどだった。


「その点に関しては同情するけれど、協会は一日中開いているんだから、人目の少ない時にやって来ることくらいはできたんじゃないのかな?こっちは作戦の鍵になる君と連絡が取れなくてやきもきしていたんだよ」

「その点に関しては申し訳ないです」


 実際には誰かしらの見張りがいたので、普通であれば彼らに見つからないようにするのは至難の業であったかもしれない。

 しかしディーオには『空間魔法』という裏技があり、やろうと思えばいくらでも冒険者協会を訪問することはできたのである。

 そしてどんな事情があったにせよ、依頼の予約主――話し半分であったが――という本来であれば何よりも優先しなくてはならない相手を後回しにしてしまったことは紛れのない事実であった。

 その二つの点から、ディーオは自ら頭を下げるべきであろうと考えたのだった。


「結果的に間に合ったのだからこれ以上は何も言わないけどさ。それに先ほども言ったように今度の作戦の鍵を握っているのは君だ。あまり小言を口にして逃げられても困るからね」

「支部長、そういうことはせめてもう少し深刻そうな顔で話してくれないと、報酬の取引の材料に使えないじゃないですか」


 ディーオが指摘した通り、支部長の顔には穏やかな笑みが張り付いており、そんな事態になるなど少しも危惧しているようには見えなかった。


「そうかい?まあ、君に交渉権を与えるととんでもない金額を搾り取られそうだから、結果的にはいい方向へ流すことができたかな」


 元よりそのつもりであった癖に、全くとんだ狸である。心の中で小さく毒づきながら、彼は続きを促すのだった。


「それで、この時点で話ということは、俺を護衛してくれるパーティーが決まったんですか?」

「ああ、その通り。しかし体面上仕方がないこととはいえ、君に護衛が必要かと問われると疑問を抱かざるを得ないね」


 本人を除くとマウズの町で最もディーオの力量を把握しているだろう支部長が「くっくっ」と小さく笑う。


「いやあ、最近はずっと低階層をうろうろしていましたから、二十階層はちょっとばかり荷が重くなっているかもしれません」


 その姿を見てディーオは、過信は禁物だと諫めておくことにした。なにせモンスターハウスの罠が発見された二か月前のあの一件以降では、先日の引率が初めての中階層への進入だったのだ。

 それもすぐにマジックイーターに出会ってしまい四人組の体力が尽きたことで引き返してきたので、実質的には十階層までの探索しか行えていない。

 丸二か月以上もの間足を踏み入れていないことを考えると、迷宮内部は完全に別物へと置き換わっていると考えた方が良い。

 つまり、実力のあるパーティーに同行するのはディーオとしても負担の軽減に繋がることなのであった。


「確かにそのくらい用心してくれる方がこちらとしても助かるけどね」


 今回の依頼は支部長がこうして前面に立っていることからも分かる通り、マウズの町の市場だけではなく、冒険者協会マウズ支部との合同の依頼ということになっている。

 絶対に失敗は許されず、万全の体制が求められているのだ。先ほどの「体面上仕方がない」という支部長の言葉はそういう意味でもあった。


「結局、俺と一緒にシュガーラディッシュ採取ツアーに選ばれてしまった不幸なパーティーは誰なんです?」

「おっと、肝心のことを伝え忘れていたね。君が同行してもらう相手は『新緑の風』という五人組の二等級冒険者パーティーだ」


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