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6 中階層への初進出

 そして迎えた第九階層へと向かった日の夜、ディーオに四人組、ニアの六人はいつもと同じように『モグラの稼ぎ亭』にいた。

 しかしいつもとは異なり、魔法で明るく照らされている屋内であるにもかかわらず彼らが座った席はどんよりと暗く重苦しい空気に支配されていた。


「お、おい。あいつら一体何があったんだ?」

「知らねえよ。この前やって来たばっかりの嬢ちゃんも一緒だし、気になるなら声をかけてみたらどうだ?」

「あんな暗い顔した連中の間になんて入って行けねえよ!というか、このままあいつらの辛気臭い顔を見たままだと、飯も酒もまずくなりそうだ。席を移ろうぜ」

「そうだな」


 と、近くの席に座っていた者たちが移動するのもこれで五組目だったりする。

 ちなみに普段通りかそれ以上の量の注文をしているので店側からのクレームはない。冒険者稼業は危険で過酷だ。道半ばで断念する者や命を落とす者も少なくない。


 店の立地柄、ここにはそうした不幸に見舞われてしまった者たちも多く足を運ぶため、多少暗い顔をしているくらいでは追い出すようなことはしないのである。

 客の冒険者たちもそうした者たちを見ては時に悲しんだり、時に身を引き締め直したりするのが常であった。

 もちろん先ほどの男たちのように他人事にしか思えずに、席を移動して飲み直す者も多い。


 さて、ディーオたちに話を戻そう。本日彼らは念願でもあった迷宮の九階層へと足を踏み入れることになった。

 八階層で想定外の強敵に出会うこともなければ、モンスターハウスの罠を発見して足止めをくらうようなこともなく、予定通り九階層へと辿り着くことができた。

 それだけではなく何と十一階層まで進み、四人組とニアは晴れて中階層デビューをも果たしていたのである。


 そんな、結果だけを見ればある意味順風満帆な迷宮探索の後であったはずなのに、彼らの表情はひどく暗く硬かった。

 もちろんこれには理由がある。


 まずは四人組。彼らは九階層へと降りた直後に遭遇したゴーストを前に、全く歯が立たなかったのである。

 ディーオからすれば完全に予想通りの展開であったのだが、先輩方のゴーストの特性についての話をそれこそ話半分でしか理解していなかった四人にとっては大きな衝撃となった。

 それでも絶望して捨て鉢になったり、狂乱して辺り構わず武器を振り回したりするようなことがなかっただけでも比較的マシな部類といえた。

 もちろん、最初からこちらの言葉にしっかりと耳を傾けてくれていればそれに越したことはなかったのであるが。


 そして、そんな彼らに追い打ちをかけたのがニアとディーオの魔法攻撃だった。

 ゴーストは武器などによる攻撃にはべらぼうに強い反面、魔法での攻撃にはめっぽう弱い。それこそ魔法を覚えたての子どもですら倒せるほどである。

 天才だと自称していた通り、ニアの魔法に関する才能は素晴らしく、初級の攻撃魔法――この時は見た目にも分かり易い火の玉を放つというものだった――であってもかなりの威力を秘めていた。

 当然、ゴーストが太刀打ちできるはずもなく、四人組が武器での攻撃しかしてこないことをいいことに集まっていた十体近いゴーストが一瞬のうちに消滅させられてしまったのだった。


 それでも、まともな攻撃魔法ということで一応は噛み砕いて納得することができていた。

 が、そんな魔法使いとしての格の違いのようなものを見せられた直後に、ふわりと現れた一体のゴーストを、なんとディーオが呆気なく倒してしまうという事件が発生したのである。

 実はディーオは『空間魔法』の他にもいくつかの魔法が使える。特に火をおこしたり、水を生み出したりといった冒険者の間で使えると便利だと重宝されている基礎的な魔法は、訓練して軒並み使えるようになっていた。

 反対に言えばこれらの魔法が使えるから、四人を引率して九階層へとやって来られる訳なのである。


 そしてこの時、彼は魔法で生み出した水を拳に纏わりつかせてぶん殴ることでゴーストを撃退したのだった。

 このようなゴースト撃退法は接近戦を主体としていて、さらに魔法の適性が低い冒険者にそれなりに用いられている。

 しかし、完全に魔法を使うことができない四人や、逆に強力な魔法を操ることのできるニア――彼女に限らず魔法使いは、敵の攻撃を受けないようにするためとか、放った魔法によって引き起こされる事象に巻き込まれないようにするために、攻撃魔法は安全な後方から放つものだという認識を持っていた――からすると、かなりインパクトのあるものだったらしく、大騒ぎになってしまったのだった。


 結局、十階層を踏破するまでの間に六体のゴーストを初級の攻撃魔法にも満たない基礎的な魔法で倒してしまったのだった。

 そうした経緯から四人組は迷宮から戻ってきてから、すっかり意気消沈してしまっていた。ディーオに敗北して以来、二度目の挫折であった。


 一方のニアはというと、実は迷宮の中でこんな事が起こっていた。


 九階層から十階層にかけて、武器での攻撃がまるで効かないゴーストを中心に、彼女はその魔法の力によって縦横無尽の活躍を見せていた。


「ふふん!まあ、私にかかれば低階層の魔物なんて敵じゃないわ」


 ところが、そんな台詞とは裏腹に内心では忸怩たる思いを抱えていた。その元凶となっているのが、先ほどから基礎的な魔法でもってゴーストを撃退してみせていたディーオである。


 確かに実戦経験こそ少ないが、彼女には研究者として過ごしてきた間に培われた大量の知識を持っていると自負していた。

 それこそこの場にいる誰よりも魔物について、迷宮について知っているはずだった。しかし、そんな思いは呆気なく打ち砕かれてしまった。

 攻撃魔法以外の基礎的な魔法を用いてゴーストを殴り倒すという非常識な方法によって。


 ただ、一応ニアの名誉のために補足しておくと、これは別に彼女だけが知らなかったことではなく、研究者どころか魔法使いの大半が知らないことであった。

 魔法使いと呼ばれる者たちは当然、魔法の扱いに長けている。それこそ初級の攻撃魔法であれば欠伸(あくび)をしながらでも発動させることができるほどである。

 そしてゴーストは初級の攻撃魔法で簡単に倒せる存在だと広く知られている。そうであるなら魔法使いがゴーストに遭遇した場合、安全な距離から初級の攻撃魔法を使うのは必然ともいえるのだ。


 反対に基礎的な魔法でもゴーストを倒せるということを知っているディーオたち一部の冒険者はというと、魔法使いたちにとってこのことは周知の事実であると思い込んでいた。

 自分たちのような半ば門外漢ですら知っているようなことなので、専門家である魔法使いたちならば知っていて当たり前だと考えていたのである。


 更にパーティーを組んでいればゴーストの対処は初級の攻撃魔法が使える者に任せるのが常である。

 今回のディーオの場合、ニアがいなくても四人組の引率ができることを証明するために行ったもので、例外的な行動といっても過言ではなかったのである。


 と、背景にはこのような複雑な事情があったのだが、ニアにはそれを受け入れることができなかった。良くいえば向上心がある、悪くいえば負けず嫌いな性格がむくむくと頭を持ち上げていたのだった。

 魔法で受けた屈辱は魔法で返さなくてはいけない、などと考えたのかどうかは不明だが、十一階層ではそれまで以上に活躍してみせようと、ニアはより一層気合を入れていたのだった。

 魔法使いの天敵ともいえる存在が潜んでいることも知らずに。


 マウズの迷宮の十一階層は、俗に『中階層最初の壁』と呼ばれている。

 罠の隠し方がそれまでとは比べ物にならないくらいに巧妙になっているだとか、一階層がそれまでの数倍の広さになっているだとか、いくつかの理由があるのだが、その主たる原因と言われているのが魔法喰らい(マジックイーター)と呼ばれる魔物であった。

 その特徴として、


「ええっ!?ちょ、魔法が効かない!?」


 というものがある。

 正確には上級に分類されるほどの高威力・高火力の魔法であれば倒すことが可能である。が、それらの魔法は効果範囲が広いものが多く、狭い空間では味方はおろか自分まで巻き込みかねないため、それまでと同様に迷路のような入り組んだ造りをしていた十一階層では実質使用不可能なのであった。


 そして、到着してすぐに遭遇することになった体長一尺ほどのスライム状の魔物に向かってニアが喜々として放ったのは、それまでと同じ初級の攻撃魔法、火球(ファイヤーボール)であったため、何の効果ももたらすことはなかった。


「だから待てと言っただろうが。こいつはただのスライムじゃなくてマジックイーターと名付けられた変異種だ。名前の通り、魔法を吸収するという厄介な性質を持っているんだよ」


 余談だが、吸収した魔法を撃ち返してくる希少種いるという噂が冒険者の間でまことしやかに囁かれたりしているが、真偽のほどは分かっていない。


「何よそれ?反則じゃない!?」

「ゴーストみたいに武器攻撃が全く効かない魔物もいるんだから、その逆の魔物がいたっておかしくはないだろう」

「でも、そんな魔物の話は聞いたことすらないわよ!?」

「迷宮でのみ発生する変異種らしい。倒しても全く使えるところがないから、一通りの研究が終わった後は忘れ去られてしまったんだろう」


 そう、魔法を吸収するという性質から、発見された当初はさぞかし有用な素材となるだろうと思われていたのだが、倒してしまうと成分が変化してしまうのか、全く使い道のない物体へとなることが判明してしまったのである。

 買い取り先がないためマジックイーターの素材を持ち帰るのは、中階層に初めて訪れた冒険者の中でも情報収集が足りていない一部の者たちくらいのものである。


 さて、この状況ににわかに活気付いたのが、九階層、十階層といいところがほとんどなかった四人組だった。


「そういう事なら俺たちに任せてくれ!」


 ディーオが止める間もなくマジックイーターへと躍りかかり、


「ぬおっ!?こいつ、剣が通らねえ!?」

「どうなっているんだ!?槍も刺さらないぞ!?」


 見事に苦戦していた。


「このバカたれどもが……。マジックイーターに限らずスライム系の魔物っていうのは、大抵は武器の攻撃が効き辛いものなんだよ」

「うええっ!?」


 武器攻撃には耐性があり、魔法攻撃は無効化してしまうという勝ち目が全くないように思えるマジックイーターであるが、全ての動きが緩慢であるという致命的な弱点を持っている。

  十一階層にまでやって来ることができる力量を持つ冒険者であるなら、その攻撃を避けるのは容易く、追跡を振り切るのは朝飯前なのである。

 そのため、素材が一銭にもならないこととも相まって、遭遇したら逃げることを推奨されているという珍しい魔物でもあった。


 ただし、マジックイーターから逃げている際に、運悪く他の魔物に出会ってしまうということも十分にあり得ることなので、倒すか逃げるかは自己判断に任せられている。


「まあ、これも経験だ。俺とニアで周りの警戒はしておいてやるからそいつを倒してみろ」

「勝手に決めないでよ。どうして私が見張りを――」

「その杖でスライムを殴り倒すことができるのか?」

「……見張りをするわ」


 渋々といった様子のニアと一緒に警戒をすること四半刻、ようやく四人組はマジックイーターを倒すことができたのだが、完全に疲労困憊となってしまっていた。


「お疲れさん。こんな感じで中階層から下は面倒な魔物ばかりが出現するようになってくる。俺やブリックス、教官が焦らずに地力を高めろと言っていたのはそういうことだ」


 自分にも同じことが言えるのだがな、と心の中で苦笑しながらディーオは四人組とニアに忠告するのだった。

 こうしてゴーストとの戦いと初の中階層への進出は、五人を散々に打ちのめして終了となったのだった。


※ 正確にいうとゴーストは他者の魔力に弱い存在であり、魔法を発動させた魔力に触れることで消滅しています。

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