第四章 優奈の死の真相
あの公演から数日経った今日、僕は神社に来ていた。
あの日の違和感は、このときにはもう消え去っていた。関東近郊の人気のない場所にある、深く鬱蒼とした、けれど清冽で神聖な雰囲気を持った場所にある神社だった。
ここに来たのはゆうに呼び出されていたからだったが、一体何の用があるというのだろうか。
「ゆうー!」
呼びかける。
がさがさ、と植生の陰から木の葉の掠れる音がした。不気味な雰囲気と共に揺れる金髪の姿をした少女が現れた。
「……はい」
「その恰好は……」
「巫女服です」
ゆうは巫女姿だった。巫女……。現実では見たことがなかった。
中世以前には巫女と呼ばれる存在がいたらしい。けれど、中世の幕府が行った宗教政策により神社庁の神社に派遣する神職はすべて男性になってからは、創作の中でしか見ることはできなくなった。
ゆうは紫色の袴の和服を着ていた。これが巫女服と呼ばれるものだとは僕も知っている。
「ゆう、巫女さんだったの?」
「そうです……」
「なんで敬語なの? ゆう」
「ヒロくん、いえ――祐人さん、聞いてほしい話があるんです」
「何? ゆう」
「本当の、ゆうさんの話」
「……」
それはあまり思い出したくない話だった。ずっと好きだったゆうとやっと一緒に過ごせるようになったのだから、現実を見るのは嫌だ。薄々気づいていて、甘えていたことを手放したくなかった。
「話しておかなければならないんです」
「なんで? 僕は今のままがいい。大好きなゆうとずっと一緒にいたい」
「私が、私でなくなる前に」
「……」
夕季さんがあまりにも真剣な顔をして、衝撃的なことを言ったので、僕は現実を受け止めようと思った。
「私が優奈さんを限りなく本人に近く再現できるのは、私に優奈さんの記憶があるからです」
「優奈の……再現? 記憶?」
どういうことだろうか。たしかにはじめに夕季さんがゆうの真似をしたとき、なぜこんなに似ているのかと少し思ったけれど。
「夕季さんは優奈に会ったことがある、ということでしょうか」
「いいえ。生きているうちには一度もありません」
「その言い方は、まるで死んだあとに会ったというような言い方ですね」
我ながら性格の悪さがにじみ出た言葉である。けれど、僕はゆうの最期を知らない。そしてゆうを侮辱するものは決して許さない――例えそれが夕季さんだとしても。
「その通りです」
「――!」
「夕季さん、例えあなただとしても、ゆうを傷つけたなら容赦しません」
「それは……私も覚悟しています」
夕季さんは強い意志を持っていたように見えた。
まるで、初めから何かの罪を受け入れていたかのように。
「優奈さんは、ある儀式の生贄となって亡くなりました」
「そんな……僕には行方不明と聞かされていたのに」
「その儀式を執り行う組織や関係する機関が揉み消して、[そういう風に事実を闇に葬ったのです」
果たしてそんなことができるのだろうか。僕は全く信じることができなかった。
「この国では年間約八万人の方が行方不明になっています。そのほとんどが無事に帰ってくるそうですが、残りの方々は二度と戻ってくることはないそうです」
「それが、すべてそいつらの仕組んだことということですか!?」
「いえ、そういうわけでありません。この国の治安状況であっても、そういうことが在り得るという話です。その組織はとてつもなく巨大で、歴史に関わっています。故に、簡単に行方不明として処理できるのです」
「じゃあ、どうしてゆうなんだ。僕から彼女を奪った理由を教えてください……」
理由を聞けば納得するのかと言えば、絶対にしない。今からでもそいつらに復讐をしてやりたい気分だ。
「その儀式の、重要な役を担っているんです。彼女、いえ――彼女の一族は」
「ゆうの、家?」
ゆうの家、つまり榊家は特に普通の家といった感じで、確かに広めの庭つきの一戸建ての家だったが、僕の家ともそう変わるところはないだろう。
「そうです。榊家は御子の家系でした」
「み、御子のっ?」
御子――。この国に住んでいて知らない者はないだろう。
太古の昔にこの地上に現われ荒れた地上を創り変え、平定した神の子孫。歴史上の支配者。
今でも続く血統を持つ日本の女王の家系だ。
「そんな話、聞いたことないけど」
「ええ。これを知っているのは儀式に関わる団体や、一部の国家権力や関係機関の者に限られていますから」
「そんなことをなぜ夕季さんが、それにそんなことを僕に聞かせるなんて……」
「私も関係者だからです、それに貴方も」
「僕が関係者?」
「ええ。お話を続けましょう。御子の一族、御杖代と呼ばれる者たちは継承問題で中世に南北に分裂しました。現在は北の御子が正統とされていますよね。」
「はい……授業でもそんなことを聞いたことがあるような気がします」
聞いたことがある、というのは僕は授業にまったく興味がなかったからだ。ゆうを失ってから、夕季さんに出会うまで――僕は全く周りが見えていなかった。見ようとする意識さえ意味のないものだと感じていた。
「優奈さんは、南の血統――榊家の一族です」
「そ、そうだったんですか……」
打ち明けられた幼馴染の事実に動揺を隠せない。まさかゆうがそんな家に生まれていたなんて。
「正直混乱してて何がなんだかわかりません。夕季さんを疑っているわけじゃないです。けど、信じられないです。ゆうがそんな……」
夕季さんは微笑むとすぐに改まった顔をした。
「確かに混乱させてしまったかもしれません。だけど、真実はここからですよ」
そうだ。儀式、そしてそこに夕季さんや僕がどうやって関わっているのか。
僕からゆうを奪ったやつらの話を聞かなければならない。ゆうを……奪った……?
「ううっ……。うああああああああああ」
僕はその場に崩れた。涙がとまらない。
「ゆうっ! ゆうっっ!!」
空中を掴みかけた手が落ちる。
「ゆううううううううううううううっ!!」
「大丈夫だよ、ヒロくん。ボクはここにいるから」
落ちた手を攫う温かい手。
「ゆう……。ゆう……ありがとう」
少しずつ呼吸が整ってくる。
「……。お話は、また今度にしましょうか」
「はあっ……はあ……。いや……、聞きます。それが僕の権利であり義務であり、宿命な気がしますから」
夕季さんは少しの無言の躊躇いをみせた。けれど僕の必死さに負けたように口を開いた。
「皇統が南北に分裂したその頃、中世には軍事力を司る組織が東方に幕府を開きました。神話には神が世界を創り変え、地上を平定したのち、代々の御子がその領土を拡大していった様子が描かれています。ですから、それを繰り返すための力だったのですが、幕府勢力は軍事政権としての独立を御子に要求しました。それに対して御子は自らへの信仰の要求と政権委譲の拒否の態度を示した為、幕府は反逆の計画を立てたのです」
「なんでそんなに幕府は御子から独立したかったんですか?」
「幕府の主導者である大統領は男性で、より自然を侵略し勢力を強大なものにしようという考えの人が多かったようですが、女系女王の御子はその行為のすべてを皇祖である神に伺いを立てていたので、それに不満な彼らは実権を自らのものにしたかったようです」
「そして彼らは当時分裂していた南院の御子をかどわかし、儀式を行うようになったのです」
「それがゆうを殺した……儀式」
僕は最初彼らを皆殺しにしてやりたかった。
けれど、幕府? そんな大事だとは思わなかった。誘拐を専門にした犯罪組織ぐらいだと思っていた。
もちろんそれでも僕にどうこうできるかはわからないが、爆薬を体に巻き付けて彼らの拠点で道連れにしてやろうぐらいのことは思っていたのだ。
僕は今、全くどうしたらいいのかわからなかった。ゆうを失ったときのような無力感が足を掬い、何もない暗黒の空中に浮遊しているようだった。
「そ、その儀式っていうのは……?」
恐る恐る尋ねる。
「神の子孫である御子を殺し、代償として男の巫女を立てる罪の儀式、巫女渡しの儀式です」
「つまり、ゆうを殺して夕季さんを巫女にするって、そういうことか……」
「その、通りです」
「男の巫女なら、自分たちの思い通りの託宣を勅令として下すことができますから」
「神を騙すために、私たちはこのように女性のような振る舞いをしているのです」
繋がった気がする。
「そしてその時に御子の記憶を継承し、力を略奪するのです」
「その記憶が、夕季さん自身を蝕んでいる、ということですか」
「はい。そのために定期的に巫女渡しの儀式を行い続けなければならないのです。私が私でなくなったとしても、次の巫女は立てたれ続けます」
「っ……!」
まるで人間を使い捨ての道具にしか思っていないかのようだ。
「私たち宮代の人間は、もとは銀色の髪に紅い目をもって生まれてくるんです。それが私たちの、罪の証だと教えられました」
「悪いのは夕季さんじゃないよ。夕季さんは、無茶苦茶なことをやったヤツらの被害者じゃないか」
「いえ、私は咎人なのです。茨の冠を被せられた、哀れな傀儡の王。だから貴方が、祐人さんが綺麗な金髪だと褒めてくれたこと、とても嬉しかったんです。それが例え、儀式の際に榊家の特徴である金髪碧眼になることの結果だとしても」
夕季さんは涙を浮かべた瞳で微笑んでいた。
「祐人さん、私を選んでくれますか?」
僕はゆうに似ている夕季さんを好きになったのだろうか。
それとも、夕季さんの優しさが好きだったのだろうか。
「僕は……」
最後まで読んでいただきありがとうございます。
いかがでしたでしょうか。
原作はゲームなのでこれからの形式をどうしようか考えていますが、また近いうちに更新したいと思いっています。
そして、この小説をブックマーク登録された方がいるようです! ありがとうございます!
是非ご意見・感想もお待ちしています!