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夏菊・小説版  作者: 渡会ライカ
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第三章の二 夕季の演劇

逃げ出した祐人を気遣う夕季。祐人は夕季に対しての態度をはっきり決めることができるのであろうか。

今日はゆうが所属している演劇グループの公演会がある日だ。先日ゆうから受け取ったチラシに従って隣街の会場まで向かっている。

 会場までは僕の家から10キロメートルほどあったが、僕は電車が嫌いだったので歩いて向かっている。

 七月の下旬で雲は少なく、太陽がほどよく照っていたので肩の肌がチリチリと灼けるのが辛い。

 現在地は道程の中盤ぐらいだが、足は痛く息も上がっていた。やはり電車で来るべきだっただろうか。

 ゆうを探し回っているから体力には自信があったのだが、ゾンビのような徘徊で得られる筋力とスタミナなんてたかが知れているだろう。

 僕が演劇の公演なんてものを自発的に見ることはとても珍しいだろう。それどころか、ゆうに再会するまでは趣味もなく、生きがいも目標も特に何かを頑張るということがなかった僕の趣味はゆうと遊ぶことで、それが生きる意味だったのだ。

 それに今回も演劇に自発的に行くといっても、ゆうが出ている劇だと言うから見に来ているだけで不純な動機と言えるだろう。


「はぁ……」


 少し立ち止まって休憩する。この道は川沿いに続いていて、所々に休憩できる席のようなものがあるので助かる。

 公演があるのは隣街の文化会館だ。街は新しくできた鉄道駅のもと整備された比較的新しい街で歩きやすい。しかし太陽の光が反射してとても暑いのは勘弁してほしい。

街の坂道を少し登ったり下ったりして目標の文化会館に着いた。




 なんでこんなやつが来ているんだ、と思われていないか自意識過剰になる。

 受付でパンフレットを受け取って後方の席を取り眺める。ゆうの名前がないかを探すためだ。


「ええと……宮代夕季。これがゆう……?」


 ゆうのフルネームはこんなのだっただろうか……。

 いいや、違う。僕の幼馴染のゆうの本名は榊優奈だ。


「そうだった。俺が再会したのは優奈ではなく夕季さんだったんだ」


 なぜだか、気を抜くと夕季さんのことをゆうだと錯覚してしまう。


「ゆう……」


 苦しい胸を抑えて呟く。

 そんなことを考えていたら、いつのまにか幕が上がっていた。




 舞台に目を向けると、夕季さんがドイツの民族衣装に身を包み踊っていた。

 公演内容は『若きヴェルターの悩み』というものらしい。どうやら、ゲーテの原作を演劇用にしたもののようだ。

 ゆう……いや、夕季さんは主人公ヴェルターが恋をするロッテという女性の役だった。

 しかしヴェルターの恋は叶わない。ロッテには婚約者がいたからだ。あらすじを見たらどうやら最後に彼は自殺してしまうようだ。しかしそれでこの小説は完結しない。

 自身をヴェルターに重ねた多くの青年が自殺したというのだ。


 演技をする夕季さんはとても美しかった。けれど、夕季さん演じるロッテの婚約者役の青年が夕季さんに近づくたびにもやもやとした感情で居ても立っても居られなくなる。

 いや、感情移入しやすい主人公のヴェルターがロッテとダンスを踊ったり、手を握ったりすることさえも僕の心を掻きまわす。

 僕は夕季さんのことが好きなのだろうか。それとも、ただゆうに似ているから、代わりとしているのだろうか……。

 そんなことをしても、僕はもう二度とゆうに会うことができないのに。


 ヴェルターは最後に、ロッテの触れた拳銃で額を撃ち抜き自殺した。

 僕のこの悲しみを解決する方法は、やはりヴェルターのように、最後に頭を撃ち抜いてゆうと同じところに行くことだけだという思いに捉われる。

 ゆうと、同じところへ――







 急に景色が変わった。


 彼は歩いていた。

 屍で形作られた丘の上を歩いていく。鮮血、今さっきこの残酷で凄惨な葬儀を終えたかのように艶めかしい血の大河が地上へと流れていく。

 彼はその丘を登り続けている。彼女達の死屍を踏みつけながら。その頂上には十字架。銀髪に紅眼の美しい少女――に見紛う少年が磔にされた十字架。

 彼は登る。

 磔の少年の口元には血が滴っていた。

 まるで彼の口元から地上に死が生まれたかのようだ、と彼は思った。

 磔の少年は笑った。

 髪は金に、瞳は碧く染まった。

 頂に上りついた彼は少年の頬を撫でる。

 少年は本当にいいの、と彼に問う。


「全ての罪を贖おう。その代わり、この神話を終わらせる力を与え給え」


 男はそう言うと彼は少年に口づけをした。そして少年の冠を自らの頭に被せる。


「ありがとう、ヒロくん」


 少女は言った。


「ありがとうございます祐人さん」


 少年は言った。

 彼は、彼女は、そう言いながら笑っていた。






「はっ……」


 気づけば僕は家にいた。夢の中で見た少年は誰だったのだろう。

 僕と夕季さんには、やはり何かの因縁があるのだろうか。


今回も読んでいただきありがとうございました!

また前回から間隔が開いてしまって申し訳ございませんでした。

渡会は早稲田祭内にて行われるワセケット07に参加致します。詳しい情報はTwitter @Laika_50NM にて呟く予定なので是非フォロー&チェックお願いします。

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