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夏菊・小説版  作者: 渡会ライカ
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第三章の一 夏祭り

夕季の前から逃げ出してしまった主人公・祐人であったが、夕季は彼のことを気遣っていた。

 僕は夕季さんから逃げていた。

 しかし夕季さんはそんな僕を気遣ってくれ、心配です、とか、大丈夫ですか、とかのメールを毎日のように送ってくれた。それでも僕がちっぽけな気まずさで返事を返さないので、夕季さんは、

『今度の日曜日に夏祭りがあるんですが、私でよろしければ一緒に行きませんか』

というメールを送ってきた。

 さすがの僕もこんなメールを見たら行かないわけにはいかなかった。

 行く旨の返事を送り、そこに謝罪の言葉も添えた。


 それからはあっという間に日曜日になり、僕は待ち合わせの場所に行った。

 僕が初めて夕季さんに出会った場所、商店街だ。


「あ、祐人さん!」


夕季さんは先に待っていた。


「良かったです。本当に来てくれて……」


「ごめんなさい……。待たせてしまって、それに、あの日逃げてしまって」


「いえっ、ご主人様は何も悪くないです! すべては私の至らなさのせいです」


「ご、ご主人様って」


僕は慌てた。夕季さんはただでさえ目立つ美人だ。


そんな彼女にご主人様、など呼ばせたら周囲の人の顰蹙を買いもうこの街を歩けなくなってしまうだろう。ただでさえ僕は徘徊や教師への反抗を繰り返す不良少年だと思われているようなのだ(実際には授業中に寝ていたり課題をやらなかったりなどのやる気のなさからであって反抗心からではないのだけど)。


「男の娘は一人のご主人様と出会ったら一生尽くすものなのですよ」


「そんな、女の子より可愛くて、その上性格まで良いなんて……」


「それにボクは男の娘だから、ヒロくんが何をされたら良いのかもわかるんだよっ」


「っ!」


これはずるい! 思わず赤面してしまった


「かわいいですね、祐人さん」


「……。でもっ、つまり、男の娘って最強なんじゃ?」


「最強です!」


夕季さんは満面の笑みで答える。少しはしゃいでる様子の夕季さんを見たら元気が出てきた。もしかして僕を元気づけるためにこんなことを言っているのだろうか。やっぱり男の娘は、いや、夕季さんは最高だ。


「それじゃあ行きましょう」


 夕季さんはそう言って歩き出す。


「そういえば、夕季さんは浴衣じゃないんですね」


 浴衣は下着を着けないという。男の娘である夕季さんの浴衣の下はどんなことになっているんだろう。


「今、エッチなことを考えてました? 浴衣は胸が小さいほうが似合うんですよ」


夕季さんの、胸……。


「それに、それを言うなら祐人さんだって着てないじゃないですか、甚兵衛」


「それは……」


 確かにゆうと夏まつりに行っていた頃には持っていた。でもそれ以降僕は夏まつりにも行くことはなくなり、当然今の僕に合うサイズの甚兵衛は持っていなかった。


「女の子に幻想を押し付けちゃだめですよ」


「すみません……」


「でも、私は男の娘ですから大丈夫です。優奈さんとできなかったこと、したかったこと。全部私としましょうね」


「はい……」


 少し頭がぼーっとしてきた。僕がゆうとしたかったこと……。


「僕は、ゆうがいてくれればそれでいいよ」


「では、これからもずーっと一緒にいましょうね」


「うん……」


 それから綿あめを食べたり、金魚掬いをしたりといった夏まつりの定番と呼ばれる屋台を楽しんだ。華やぐ路地の提灯等の明かりを受けて夕季さんの金髪が煌いた。

 きらり、きらり。

 僕はこの光景が好きだ。金髪が楽しそうに揺らめくこの光景が。

 



 金髪が揺らめき――ふわりと落ちる。


「夕季さん!」


 少し人がまばらな神社の鳥居の前で、灯篭だけが光っていた。

 暗がりに身を横にする夕季さん。


「大丈夫ですか?」


歩み寄ろうとすると、


「近寄るな!」


 重苦しい声が響いて、茂みの陰から男達が表れる。

 狐の面をつけ、浴衣を着た男達に囲まれる。


「祐人さん、離れてください」


 僕はどうしたらいいのかわからなかった。

 この場から男達の言う通りに離れるのか。

 ゆうがいなくなった時のように、何もできずにただ見ているだけなのか。


「うああああああああああああああああああ!!」


 調子の外れた声を上げ夕季さんに駆け寄る。

 手を握り体を起こして夢中になって走った。


「祐人さん!」


「とにかく今は逃げよう」




 大分走ってもう追ってくる気配はしなくなっていた。


「祐人さん、私を置いて逃げればよかったのに」


「そんなことできるわけないですよ。僕、少しはかっこよかったですかね?」


「! とってもかっこよかったですよ」


「あいつら、何なんですか」


「……」


「あ、言えなかったら無理には聞きません」


「いずれ、お教えします。私と、祐人さんの関係を」


 夕季さんと僕の、関係――。

 いつの間にか雨が降っていた。

 雲の隙間からは月や、星の光が漏れ零れ、ふたりに降り注いでいる。

 僕は華奢な彼女の身体を引き寄せて抱き締めた。


 なにがあったのかはわからない。

 けれど、僕と夕季さんの時間を奪うようなものがあるのなら、このままこの景色の向こう側に行きたかった。どこか遠いところへ。

 僕は微睡み、現実と空想の狭間へと落ちていった。


読んでくださってありがとうございました。

少しずつ深まっていく夕季の謎。

優奈のような振る舞いに惑わされる祐人。

次回 第三章の二はなるべく早く更新します

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