第二章 夕季の秘密
第一章で出会った二人であったが、夕季にはある秘密があった。
そして、二人の関係を揺るがしかねないもう一つの秘密も――
その日の土曜日。半日の授業の後、夕季さんと会う約束をしていた。
土曜日に授業があるなんてただ面倒くさいだけだったが、二年生ともなると大学受験を意識し始めている生徒もいるのだろうか。
ただ優奈を探すことが生きがいだった僕は、夕季さんと出逢って少し自分の周囲のことを考えるようになった気がする。
「夕季さん! 待ちましたか?」
学校と家の通学路にある商店街。南北にのびる商店街は北の駅から始まるのだが、その手前、駅と商店街の間にちょっとした広場がある。真ん中にオブジェのある円形の溜め池の周りはベンチが巡らされていて、そこは待ち合わせ場所として多くの人に利用されている。
僕はあまり使うことがなかったが、今日は夕季さんがそこで待っていた。
「いえ、私も今来たばかりです。土曜日も授業があるなんて、祐人さん頑張っていますね」
「授業はなるべく出るようにしてるんです。そうすればだれにも文句は言われませんから。ただ出席しているだけで、内容はほとんど聞いてないようなものですけどね」
「それでもえらいですよ。私は……普通の学校には通ったことなかったなぁ」
「そうなんですか。夕季さんは今なにかされてるんですか」
「私は演劇のサークルに入ってますよ」
「へえ、演劇ですか」
演劇なんてものには、興味がなかった。そんなものは大げさで、古臭いものだと食わず嫌いをしていた。
「あまり、興味なさそうですね」
「えぇ……まぁ」
「でも、夕季さんが出てるなら少し見てみたいです」
「何でですか?」
何で、と言われても困ってしまう。
今日だって僕が会いたいというと、夕季さんは何故なのかと問うた。
「何故って言われたら、その……」
「こんな綺麗な人と、えっと」
「……」
「えっと、どうしたんですかっ?」
「祐人さん、私、言わなければならないことがあるんです」
「えっ?」
何だろうか。僕は恥ずかしいことを言おうとしてた気がするが、改まって夕季さんに見つめられると、とても緊張する。
「私、男の娘なんです」
「はいっ?」
何を言っているのかわからなかった。彼女は今、男と言ったのだろうか・
「だから、その、男の娘なんです!」
「夕季さんが、男?」
「男ではありません。男の娘と書いて男の娘です」
「それって、やっぱりおと――」
「男の娘です」
「はい……」
あまりにはっきりと言われたのでつい返事をしてしまった。
「で、その男の娘とは一体全体どういうものなんですか?」
「祐人さんは私を、女の子だと思っていましたか?」
「はぁ、まあ普通に」
「そんな感じの、女の子みたいにかわいい男の子のことを、男の娘と言うんですよ」
「そうなんですか」
いまいちよくわからない。
たしかに夕季さんは胸が大きくない。しかしそれだけで男だという考えはまったく出てこなかった。
それは僕がはじめ優奈と間違えてしまったからという側面がないわけではないだろうが、それほど夕季さんは女性的に綺麗だったのだ。
「それでも夕季さんは、綺麗です」
「ありがとうございます」
彼女が、というのも男ではあるが、笑顔で答える。僕のほうが赤面しているのが少し悔しかったが、それは少しひねくれているというものだろうか。
その日は頭が少し混乱したまま、夕季さんと街を歩いて回った。
なんだか世界に意味があるような気がしていた。そう――ゆうとの日々と同じくらいに……。
「ゆうさんのこと、考えてましたか?」
「えっ、ああ、少し」
「ダメですよ、男の娘とデートしてるときに、ほかの子のことを考えたら」
「あっ……。すいません」
「嘘です。私言いましたよ、祐人さんのこと受け止めるって。そのためなら優奈さんの代わりにもなるって」
「そんな、夕季さんにそこまでさせるわけには」
「良いんですよ。……では、ゆうって呼んでください」
「ゆ、ゆう」
「うん。何か言うことはない?」
「ゆう、綺麗になったね」
「うん」
「僕は、ずっとゆうのことが好きだったんだ」
「うん、知ってるよ。」
「え?」
「ボクのこと、好きなんでしょ?」
そういって夕季さんは笑った。まるで優奈のような、ちょっとからかった、だけど悪意はまったく感じられない笑顔だった。それに――
「ボクって……」
「なあに? もしかしてヒロくん、ボクのこと忘れちゃった!? 優奈だよ~。ヒロくんの愛しの!」
完全にゆうだ。僕の幼馴染の。そして――
「ゆう、ゆうは僕が君のことが好きだってこと、知ってたんだね」
「もちろん! ボクもヒロくんのこと大好きだよ」
「ゆう! うれしいよ」
「じゃあ、ボクたち恋人どうしだね。」
「ゆうが、僕の……」
「うん」
「ま、待って」
「なぁに?」
――自分でもおかしいぐらい夕季さんのことをゆうだと感じてしまった。
とても懐かしい感覚。まだ世界に温度があったときのようにうれしかった。こんな感覚は長い間感じていなかったと思う。
「夕季さんは、それでいいの」
我に返って辛うじてそう言った。
「はい。祐人さんのお望みの通りに」
その日は商店街を一緒に歩いた。ゆうとよく駆け回った場所だ。いつもゆうが僕を引っ張って連れまわしてくれた、大切な場所だ。
「ゆう、また君とこの場所を歩けてうれしいよ」
言って気づいた。また夕季さんをゆうだと思ってしまったことに。
「うん! ボクもうれしいよヒロくん」
昔より髪は少し伸びていたが、たぶんゆうがもし生きていて、僕と一緒に成長していたら、たぶん目の前にいる夕季さんとそっくりだっただろう。
「ゆう……」
ダッ――
家の方へ夢中で駆けていった。僕は最低なことをしているのではないだろうか。
「祐人さん!」
夕季さんが叫んでいるのが聞こえる。ごめん、夕季さん……っ!
最後まで読んで頂きありがとうございます!
第一章の投稿から少し期間が開いてしまい申し訳ありません。
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