第一章 夕季との邂逅
神や運命を信じるかなんてものは、僕にとってサンタクロースがいるかいないかなんてことのようにぼんやりとして曖昧なものだと思っていた。
この世界にはどうやらそういったものがいて、しかも現代にもそれなりの影響力をもっているなんてことを、このころの僕は知らなかったのだ。
第一章 夕季との邂逅
「はあ、はあっ」
日差しが首筋を刺す。
六月。日が差すように照っている中、僕は足が痛いまま、息が上がったまま、歩き続けていた。
「ゆう、ゆう!」
喉が渇いてかすれた声で名前を呼ぶ。
「ゆうー!」
返事はない。
当然のことだ。ゆう――優奈という名前の僕の幼馴染はもうこの世には存在しない。十年ほど前に突如彼女は亡くなったのだ。
それでもこうして彼女を探し続けるのは、認めたくないからなのだろう。
探すのをやめなければ、いつかまた会えると信じているのだ。
だから、僕はいつも高校の放課後、彼女を探している。
学校の授業の内容なんて、まったく興味がなかった。
いや、彼女についてのこと以外僕にはまったく興味がない。
「はあ……」
切れた息を整えるようにため息をつく。気が付けば僕は街の路地にいた。商店街のような路地だ。今は少し寂れた雰囲気だ。
そしてそこに存在していたゆうの背中が、思い出の中では活気のある風景として残っている。
そう、あの綺麗な金髪のような後ろ姿が――
「ゆう!」
僕はまたしても叫んでいた。
その金色の髪。繊細で美しい髪をもった後ろ姿は、彼女以外であるはずがない。
ゆうだ。僕の幼馴染で、彼女のことを、僕は大好きだった。
「ゆうーーー!」
思わず後ろから彼女を抱きしめていた。
「っ!」
ゆうがびくっと震える。
「ゆう!」
「えっ、あの……」
「え?」
「どちらさまでしょうか……?」
そう言って振り向いた彼女は、とてつもない美少女だった。
「いや、僕は祐人だよ、ヒロト」
「ヒロトさん?」
明らかに彼女は僕のことを知らないようだった。
「僕のことを忘れてしまったの? ゆう」
「あの、私は宮代です。ミヤシロユウキ。夕暮れの季節と書いて夕季です。たしかに『ゆう』ではありますけど……」
「じゃあ、僕の幼馴染の、優奈じゃないのか!」
「ユウナ……さん? 申し訳ありません、存じ上げませんね……」
「優奈は、僕の幼馴染で、貴女のような綺麗な金髪をしていて、それで……」
「金髪ですか? それぐらいなら、普通にいてもおかしくなさそうですけど」
「その、とても綺麗に輝く、細い金髪なんです」
「ふふ、そんな綺麗だなんて……」
彼女は頬を染め、わざとらしく手をそこに当てた。
「それに、幼馴染さんなら、私と見間違えるはずなんてないと思いますけど?」
「それは……」
急に脚から力が抜け、ガクッっと地面に膝をつく。腕を折り曲げてうずくまると、胸が苦しくなって涙が止まらなくなる。
「あのっ、祐人さん! 祐人さん! 大丈夫ですか!」
夕季さんは僕の背中に手を置いて心配してくれている。
「それは、ゆうが――もう、いないからです」
「えっ?」
「ゆう、僕の幼馴染の榊優奈は、僕が小学生のときに、行方不明になって、そのまま死んだことになりました」
途切れそうになる声を必死に言葉に紡いで答える。
「そう、なんですか……」
困惑したような声で夕季さんが呟く。
「引きましたよね、それなのに俺は、いまだに彼女を探して、挙句夕季さんに迷惑までかけて」
自嘲気味に言う。彼女がもういないことを改めて人に言うと、自分のしている行動がいかに非生産的であるかがはっきりとわかる。
顔をあげて夕季さんを見上げる、迷惑そうな表情をしているに違いないと思いながら。
「それなら、もし私でよろしければ、私を優奈さんだと思って頂いてかまいませんよ?」
天使のような優しい表情だった。僕はいまだかつてこんなに優しい人に出会ったことがないし、これから先も出会うことがないだろう。そう直感した。
「それに、私の名前も夕季ですから。『ゆう』でも違和感はないでしょう?」
「そんな、さっき出会ったばかりなのに、そんなこと……」
「祐人さんを見てればわかりますよ。好き、だったんですよね」
「今も、好きなんだ」
夕季さんは一瞬だけ悲しい顔をした。
「大丈夫です。 私が祐人さんを受け止めてみせます」
夕季さんは微笑む。
その言葉に含まれた意味を、僕はまだ何も知らなかった――
お読み頂きありがとうございました。
原作『夏菊』は、四章プラス第一エンド、ハッピーエンド・バッドエンドで構成されています。
多少の変更があることを予めご了承下さい。




