逢魔が時の猫⑤
夜には人斬りが出るらしいので絶対に人間のエリアに入ってはいけない
葛の葉から言われていたコマちゃんが夜誰もいない道をすたすた歩いていたのは、
ふわふわと屍鬼や死神が飛び回っていたせいだ。
このころには珍しいことではなかったが今夜は特に多い
この連中はうるさくからんで来たり、愚痴をこぼしたりとにかくかまわれたいので
付きまとって離れない。
そのうえ間の悪いことに空には大名行列がいた
人間が百鬼夜行と呼ぶものだがこの連中もうるさい
たいていいつもは海や山に籠っているのだが時々行列をになって遊びに来る。
何が混じっているのかわからないのでとても危険だと青竜でさえ言う
不安になって人間の道を歩いた
稲荷様の偏頭痛のための薬を取りにいかなければならない
大した距離ではないがこんな者たちに出会うとは思わなかった 。
その時、湿っぽい夜気にまぎれて叫び声がした
コマちゃんは脚を止めて橋の陰に隠れた 数人の男たちがいて一人を囲んでいた 鈍い打撲音がして物
凄い声がした。
ひときり・・・コマちゃんはとっさに橋の主柱に隠れた
男たちはすたすたと歩いていく コマちゃん
は驚いて思わず声をかけそうになった、斬られたものはまだ動いている
周りに誰もいなくなってから駆け寄った。
(なんで、とどめを刺さないんだろう)
近くに来た死神に(ね、かわいそうだから連れてってあげればと言うと
(まだ死んでないからねぇ)死神も困ったように言った。
その時(何か来る)と言って死神がコマちゃんを引っ張った
そして刀が一閃した。
うめいていた首が胴を離れ空を飛び川に落ちて 洗い清められた
視線にきずいて小さな男の子がいるのを見つけた
いつもなら何のためらいもなく切り捨てていただろう
だが不思議なのはその子は切られた首の断面を見ていた骨がそいだようになっている
(すごいや)コマちゃんは思った
そして「おじちゃん天才だね」笑って言った
面食らったのは斬ったほうである
その子は笑いながら近づいてきた。
その時にはもうすっかり毒気を抜かれていて斬ろうという気持ちが萎えていた
これはコマちゃんの天真爛漫のせいだけではなく、死神も手を貸したせいだ。
その時人間には聞こえない足音を聞いてコマちゃんは「おじちゃんこっちへ」
言いながら手を取って橋から飛び降りた。
ふわっと橋から飛び降りると橋の下に隠れた。
バタバタ足音がする。
二人は身を潜めて待った
それから「もう大丈夫」コマちゃんが笑って立ち上がった。
また光の乱舞赤く長い座敷を通ったような気がしたと思ったら、葛の葉の顔があった
「ほんの少しですがお疲れになりましょう?まだご覧になりたいですか? あなたはあの子を助けてく
ださった 小説やテレビでイメージがゆがんでしまいましたが、誰もが自分が正しいと思って
いて でも もうすぐ幕府がなくなるのを承知していたのに、幕府が引いた身分制度を重視した
矛盾だらけの時代だったのですよ」
「それで、私はどうすればいいんだい」
「コマちゃんがね、あなたと暮らしたいと申しております」
「ええっ」と言って絶句した。
「驚くのも当然でしょうが、あれからもっと酷い戦いがあって刀は使わず、銃と大筒での戦いです
私たちも隠れるのに必死で、コマちゃんは犬神様に守られていたんです
犬と猫なのにね、犬神様もあの子をほっておけなかったのでしょう」
「何で私と暮らしたいと?」
「ずっと気にしていたんですよ、あなたが幸せかどうか、犬と言うのは基本的に、
主人には何かしてあげたいと常に思っている動物なんです 犬神になるような方は特に、あの子はその気
質を受けついたのでしょう」
「私が不幸だと?」
「それはわかりません、でもあの子は言いました、先生はずっと一人だったって、ずっと笑わなかったって」
「でも、その犬神様と言うのは?」
「犬神様には使命があります、あの子はねもう100年以上も生きているんです あの姿のままで、物の怪も
ゆっくりですが年を取りますから、本当は大人になっていてもいい でもとてもひどいことがあってあ
の子の時間は止まってしまったんです」
「ひどいことって?」
「あの連中をご覧になったでしょう?」
「あの、武者みたいな?」
「そうです、あれは家来ですが、あそこの藩主に兄弟も母親もみんな殺されました、酷いやり方で、本人
は覚えておりません
記憶は私たちが消しました、それでもまだしつこく狙ってきます
今回あの子がここに来たのは、いつまでも大きくなれない自分のせいで、犬神様達が身動きが取れなく
なっていたのを気にして私たちを頼ってきたのです そして先生を見つけたのでしょう」
(おなかがすいてるんだ) あの時の思いつめた顔を思い出した
「あれは、いったい何なんだ亡霊なのか?」
「亡霊と言うか念ですね、生きているときから欲望が強くてみずからを食らい、自滅してそれでも目
につけたものを引きずり込もうとする」
「 欲望? 」
葛の葉がしばしぼんやりときずまりな顔になった。
「もう、遅いですし、話しすぎました、明日あの子と直接話してくださいませんか
すぐ決心する必要はありません」
そういって立ち上がって額に手を当てた
「よく眠れますように」笑うとすとんと頭が重くなって眠りに引き込まれた
朝起きるとまたいい匂いがして「おはよう、おはよう先生」
という声がしたその声だけが元気がよかった
女たちが支度をして同じように笑って送り出してくれるときもコマちゃんは
葛の葉の後ろに隠れるようにしがみついていた
「話は帰ってからいたします」葛の葉がこっそり囁いた
なるべく普段どうりにふるまって家を出た
物事を単純化する作業には慣れていたし
継続というのは最良の薬だった。
特にこういう日には・・・・・・
帰って夕食が終わりまたみんながふわふわ消えてしまって、真の前に思いつめた顔のコマちゃんがいた
「思い出したの、先生? 」
「あらかた」
「先生は強いから平気ってみんな言ったけど、普通はずいぶんヘンテコでまさかって思うと思う」
その声が微かに震えているのがわかった。
「たぶんびっくりしないのは」
そこで言葉を切った、自分は何でこんなにすんなり受け入れられるんだろう
「もう一つの魔法、こっちは誰にも言っていないんだ」
コマちゃんが小さくかすれた何かの羽音みたいな声で言った
何かが深いところでつながってさざなみのようにすべらかに感情が動いた
あの時自分は何もかもが気に入らなかった
橋の下に隠れて足音を聞いたとき無意識にこの子を抱きしめていたのを思い出した
足音が通り過ぎてから「送ってあげよう」と言った
少年は黙って自分を見て「何を怒っているの?」と聞いた
その時、今までぼけていたピントがあって一気に視界が開けた
「怒ってはいないよ」 確かに怒っていない
自分はずっと不満を抱えてきたがそれが怒りではないと
始めて気付いた。
働けば、働くほど周りは自分を遠ざける自分は悔しかったが怒ってはいなかった
認められたかっただけだ。
「おじちゃんは天才だからねたまれるんだよ」
その子が自分の苦しげな表情を冷たく透き通った水のような目で見て言った。
あの時暗がりで光っていた目は子どもの物ではなかった
大人の物ともちがったが自分の心のずっと奥のほうを見つめていた
とても静かに
「そうかな」言いながら、自分でも以外な行動を無意識にとった。
少年をもう一度ぎゅっと抱き締めた、
そのときに何かが流れ込んできて二つの湖が水脈のようにどこか深い土の中でで繋がった。
それは何かの始まりで、絶対的なものも不必要な役割のものも存在しないと自分に認識させた。
そんなふうに思えたのは始めてだった。
いつも自分の周りをおおっていた膜がすっと溶けた
橋の上に出て「送ってあげよう」とごく自然に言った
そのまま黙って歩くと自分の胸からふわりと苦しみが蒸発して行く。
「ここでいいよ」少年が言って自分を見上げた。
「これ持っててくれる」赤い石を渡した。
「それがあればきっと変わるんだ」それから普通の子どもに戻ってにっこり笑った。
はっ顔をあげた あの時と変わらない少年が泣きそうな顔で自分を見た。
「僕が遅くなったんだ」
「だからずっと気にしてくれたのかい」
と言うと黙ってうなずいた。
コマちゃんがもっていたのは稲荷様から貰ったお守りだった
一回だけ魔法が使えるとにこにこ笑いながらかんざしから引き抜いてくれた物でそれで何か解決すると思った
コマちゃんは人の心は読めない、でも人の発散する感情が分かった
その人は今まで見たことないまぜこぜの光と煙に包まれていた、
血の匂い、混乱、そして孤独
その人じたいは自分の寂しさにきずいていない、怒りにすりかえられていたのか それが当たり前になっ
ていたのか?
分からなかったが自分をかばってくれただから、コマちゃんは石を渡した
( 稲荷様の力で、少しは寂しくなくなるかもしれない、お願いすればもう一つもらえるかもしれない
そうだ、また会ったとき渡そう)そう思うとウキウキしてきた
でもそれには早く薬を持って帰らないと・・・
「じゃあね、またね」コマちゃんは笑って言った
路地に消えた後ろ姿を見送ると、しっかりと握っていたはずの石は跡形もなく消えていた。
周りを探したがなかった
次の日その路地に行くと細い塀に囲まれた道に家はなく一番奥に小さなおやしろがあった。
「大丈夫、もう思い出したから・・・」
言いながら、ぎゅっと抱きしめた
自分の心とつながった部分があるなら伝わると思った。
あの時、介錯人が刀を振り下ろしたとき、自分は誰かに手を引かれて空中にいた
さわやかで、すがすがしい風が自分を抱きしめた、自由になった喜びしか感じなかった
下を見ると首のない自分の体が見えたが、もうどうでもよかった
「全然痛くなかったの?」 コマちゃんが驚いたように言った
「ああそうだよ、何も感じなかった」
「そうなの」言いながら表情がぱっと晴れた
「じゃあ、魔法はきいたんだね」
「魔法?」
「あの赤い石に願い事をしたんだ、先生が天才だってわかってもらえるように、おじちゃんの首を切っ
た人に憑いたみたいだ、つまりねあれが先生の力なんだよ」
ああ、そうだったのかなぜかすんなり納得が言った。
病院でもたまに奇跡と呼べるようなことが起こるが、ああゆうのにもちゃんと種明かしがあったのか?
でも、正真正銘の奇跡も存在する。
「ここで暮らすかい?」ごく自然に言葉が出た。
それからコマちゃんはここにいる
これが奇跡でなくて何だろう
時折、ふざけて聞いてみる
「先生はすぐに、くさい年寄になるんだよ、それでもいいのかい?」
「そしたらね、毎朝言うよ 、おはよう、おはよう 大好きな くさい、年寄の先生」
言って少しも変わらない姿で笑う