清明様の憂鬱 水べの夢をこの頃見ない㊶
記憶は捏造し思い出は美しく薄らいで消えていく
そういうのが一番美しく理想的なのだろう
執着しても過去は変えられない
どんなに愛しくても後ろだけ見て歩いていくことはできない
綿帽子をかぶった葛の葉は思った
だけど私は あの絶えることなく降り注ぐ月光を緑色に光る草原の香りを色を忘れるなんてとてもでき
ないだろう
ゆうべ久しぶりにあの夢を見た
朧月夜の夜更けまで周りに人のいなくなるを待ってあの人のもとに行く
よくみがいたぎやまんのグラスには桜の透かし模様 朱塗りのお盆に甘酒を少し
さてさて肴はなによけん
静まり返った家の中
一晩中探した薬草は術をかけても苦いのでハチの巣から盗んだはちみつと
台所から盗んだお味噌を少々抱いて温めたもの混ぜて
布団の横に座るとあの人が目を開けて自分を見て少し笑う
病気になってもこの人は気高く賢く見える
私は正坐したままかがみこんで乾いた唇に甘酒を少し含んだ接吻をする
(少しでいいから召し上がってね ほんの少しだけ召し上がってね)
かすかにうなづく かすかに笑う
この夢を見た日はいつも泣きながら目が覚めたが今日は違った
私は泣いてはいなかった
胸も少しも痛まなかった
もしかして どこかで自由で幸福になったあの人が力を貸してくれたのかもしれない
そんなことを思うと嬉しくなった
その時 ノックの音がして我に返った
「どうぞ」と言うと清明様が顔を出した
「お前」清明は白無垢の屑の葉を見て絶句し急いでドアを閉めた
絶句したのはその艶やかさのためだけではない
葛の葉が煙草をくわえていたからだ
「何やってる 白無垢でくわえ煙草の花嫁なんて見たことないぞ」
屑の葉は少しも慌てず
「嫌ですわ 清明様ともあろうお方が これが煙草に見えますの?」と言ってくつくつ笑った
確かに煙は出ていなかった
それになんだか幽かに動いているように見える
屑の葉は灰皿にそれを押し付けるとぱっとそれを空中に放ったそれはぱっと消えた
そして清明を振り返って言った
「さあ 私の晴れ舞台なのですから協力してください」




