逢魔が時の猫④
朝揺さぶられて目が覚めた 何年かぶりの深い安らかな睡眠で何か今までに溜まった疲れや枷が
すべてぬけおちた感じがした。
それだけでも幸福な気持ちだったのに自分を起しているのは天使に見えた。
「おはよう、おはよう先生疲れは取れた」
よく見ると昨日の少年で自分の顔を見てにこにこ笑っている。
記憶が湧き上がってきて跳ね起きた。
少年が驚いたように目を丸くした
「どこにいたんだ、大丈夫だったかね」というと
「心配してくれたんだありがとう」と言ってまた笑った
「失礼します」 昨日中蘭と名乗った女が入ってきた
「目が覚めましたか余計なお世話かと思いましたがお風呂も沸かしておきましたので、よかった
ら・・・・」
「ああ」言いながら起き上った
出勤前に風呂なんて何年振りだろう、でも風呂は壊れていたはずじゃあ・・・
ぼんやり考えながら風呂に向かおうとするといい匂いが家じゅうに漂っている
雨戸が全部引きっぱなしなのが気になったが よく見ると家の中がピカピカに磨かれている
少ししかない古い家具は丁寧に磨きこまれ命を吹き込まれたように見える。
そして浴室も綺麗に磨かれていた
清潔な湯につかるのは何とも気持ちよかった
リラックスでき 生き返ったような気分になった
風呂から上がると食卓に色々なものが並べられ小年と中蘭、そしてもう一人和服の女が座って
自分を見て指をついて頭を下げた。
「葛の葉と申します」
思わず目を見張った
自分はこれほどまでに美しい女を見たことがなかったからだ
柔らかく無造作に束ねた髪は少し黄色っぽく、長いまつ毛で武装された目は
ガラスがはまっているような透き通った薄い茶色で色が抜けるように白い
「さあ、覚めないうちにどうぞ」
いつもは駅の立ち食いか、コンビニのサンドイッチで済ましている
自分には最高の食事だった。
赤だしの味噌汁、焼き魚、ぬかずけ、卵焼きのかわりなのか和風のあんかけのオムレツまであった。
どれも非のうちどころのない味付けで食べ過ぎないように量も調節してあった
食べ終わるとすぐほうじ茶が出てきた
「あの、何が何だかわからないんだが・・・・」やっと昨日からの感想を言った
「もちろん、承知しております」 葛の葉と名乗った女が言った
「でも説明するととても長くなるのでお帰りになったら説明いたします、夜のお食事の支度をさせていた
だいていいでしょうか?」
「ああ」少し放心しながら言った
「それではお支度を遅れてしまいます」
ちょうどいい時間だった
隣にいって着替えると、くたびれたスーツまでパリッとしている
出かけ際に「今日も手術なのでしょう」
「ああ」 答えると自分の手を取ってぶつぶつ言った
そして「大丈夫必ずうまくいきます」といって笑みを浮かべた
皆がそろって「行ってらっしゃい」と言った
不思議だが心暖かく満たされていた
それから身体にも力がみなぎっていた
あの朝食のせいだろうか?
気分よく病院についた
手術も今までにないくらいの出来だった
帰ると電気がついているのは不思議だったドアを開けると「お帰りなさい」たくさんの声
がして コマちゃんが天使の笑顔で走ってきて飛びついた。
「先生、先生お帰りなさい」後ろから 葛葉と中蘭 あともう一人中蘭と同じような縮緬のきものを着た
女がいる
こちらは黄色に黒のだんだら模様の帯を締しめている
玉欄と名乗った。
葛の葉がもう一人呼んでいいかといったのでうなずくと小柄な娘が入ってきた
顔を見て驚いた
あの霧に囲まれた日一人で、自分の倍ほどの鎧武者たちを相手にして戦った娘だ
帰ってから中蘭 が「心配ありません」と何度も言ってくれたがつい手を取って
「無事でよかった」っと言った。
朱雀と名乗った女は下を向いて照れたように笑った
近くで見ると驚くほど幼かった
あの時とにかく逃げるので精いっぱいだった
でもこの状態は何だろう 自分は確かに正気で仕事もしてきた
帰ってきたらいつも買ってきたものを温めて食べて眠るだけだ
今日いきなり、大人数で鍋を囲んでいる 尋常でないほど美しい女と天使のような男の子
そうだこの子が呼び水になったのだ
この子の名前それしか知らないもしかしてひどい犯罪に巻き込まれているのかもしれない
なのに不安は感じなかった
それどころかくつろいで楽しんでもいた 食事がこんなに楽しいの初めてかもしれないみんなの顔は好意
と善意に満ち溢れていて何とかして自分を喜ばせようとしているように見える
男の子が眠くなったらしくウトウトし始めた。
「もう眠らせないと・・・」
だれかがつぶやいたので、抱き上げて奥のへ屋に運んだ
その体はくにゃくにゃとして温かく柔らかい。
「先生こちらへ」 葛の葉が招いた 自分がいつも眠っている寝室に入っていく
いつも敷きっぱなしの布団がふかふかになっていた
お盆を置きお茶を置いた
「もうお気付きでしょうが私たちは人間ではありません」
葛の葉が自分の目をまっすぐに見ながら言った。
少しも驚かずうなずいた.
「ああ」わかり切った発見をしたときだけに訪れる落ち着きが訪れた
足りなかったパズルのピースがすとんと落ちて来たような安堵感があった
その表情を見ると葛の葉はほっとしたように微笑んだ。
「心の強いお方で本当によかった」
「そうかね」
「そうですよ、あなたの心の強さと頭の柔らかさがあの子を呼んだんです、それから私たちも・・・・」
「あの子はいったい何だね?」
「猫又という物の怪です、人に仇をなすようなものではありません
弱い 儚い存在です
あなた様とは前世からの因縁になります、これからすべて説明いたしますが、今の世とはすべてが違っ
ております
善とか悪とか言われるものはほとんど現代とは真逆に等しく
たくさんの人が何もわからずに死んでいきました
葛の葉はそこで言葉を切った。
突然の墜落
のたうち跳ね回る状況なのに絶対的な勝者はいなかった
「言葉では説明ができません、だから実際に見ていただきたいのです」
そういって近寄ってきて額を押した
目の前に光の乱舞が見えた